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豊富の富子

2017年3月23日 (木)

麦と菜の花の春

Tomiko

 富子だけんど、さきおとといはいい天気でぬくとかったから、久しぶりで畑の草取りを5時間ばっかりやっとうさ。ほうしたら筋肉痛で、痛くて痛くて、夜も寝られんでホントに困ったよう。やっと昨日はちっとよくなったけんどさ。みんなもあんまり急にがんばっちょしよ。

Dscn9754jpg2 がっしり伸びた大麦

 プランターの麦もだいぶしっかりしてきて、頼もしくなったね。10月10日に蒔いたから、へえ5ヶ月も経ってるだよね。これっからぬくとくなるから、ぐんぐん伸びるよ、楽しみだね。

Dscn9172jpg2 12月の大麦はチビだった

 これは同じ大麦の12月の写真だけんど、いかにも弱っちい葉っぱがぴょろぴょろ出てるだけじゃんね。

Dscn9759jpg2 小麦も背が伸びた

 小麦の方も一時は鳥にほじくられてどうなるこんかと思い、霜で根上がりして根っこが土の上に出ちゃって心配したりしたけんど、なんとかでかくなって良かったよう。小麦だから葉っぱが細いけんどね。

Dscn9760jpg2 根元はしっかり株別れ

 ほれでも株別れはしっかりできてるよ。一粒の小麦の種がこれだけのもんになるだからすごいじゃんね。

Dscn9758jpg2 パンジーキンセンカも

 菜の花のプランターも先が黄色くなってきたし、この写真を撮ってるときもウグイスが何度も鳴いたし。今日はあんまり天気が良くなくて寒いくらいだけんど、ウグイスは「春だよ」ってみんなに言ってるずらね。

Dscn9761jpg2 うまそうな蕾がついている

 麦が食えるようになるのはまだあと2ヶ月くらい先だけんど、菜の花はちょうどいいよ。ゆでて辛子醤油で食うと、酒の肴に最高だね。

2017年3月19日 (日)

日本で初めての音楽教科書

Tomiko

 富子だけんど、あとちっとで今年度もおしまいだねぇ。プランターの麦もだいぶしっかりしてきたよ。菜の花も今食えば一番うまそうだけんど、花を育ててるから指をくわえて見てるだけんどね。

Dscn9747jpg2 唱歌の小学校師範学校中学校教科用書

 教科書のケースを整理してたら、音楽の教科書の解説に「『君が代』が2番まであることがわかった」って書いてあったから、しげしげとながめたら、メロディーも全然違うし、歌詞も長いだよね。

Dscn9749jpg2 「君が代」のページ

 教科書の奥付を見たら、明治14年11月に初版が発行されていて、展示品は明治22年10月の4版らしいだけんど、値段の所に「臨時定価 大正10年度 26銭」ていう赤いはんこが押してあるから、これを買ったのは大正10年のことずらね。明治22年の定価は12銭だからえらく高く売ってるよね。

 買った人は誰かというと、ここの資料館の初代館長で志村量美さんていう人さ。その人が師範学校時代に買ったもんだね。表紙をめくると「小学校師範学校中学校教科用書」ってあるから、師範学校で音楽の授業の仕方を勉強するのに使ったずらね。

Dscn9751jpg2 教科書の奥付

 三重大学付属図書館で明治の初めの教科書のことをこう書いてるさ。「音楽の授業は明治14年から始まるが、指導者も設備も不十分で、当分実施しなくてよい科目の状態が続き、必修となったのは明治40年からだった。教科書は明治14年11月(1881)『小学唱歌集初編』が刊行されたが、当初は不足し、明治25年頃から充実し始める」だって。

 この教科書を作ったのは当時の文部省音楽取調掛初代所長伊沢修二という人たちだけんど、取調掛っていうのはすごいね。音楽にそぐわない係名だよね。それで出版社はどこかというと「大日本図書」ってあるだよね。大日本図書のホームページを見ると明治23年創業ってあって、じゃあこの音楽の教科書はいったい誰が出版した?って、?がいっぺえついちもう。なんたって日本で初めての音楽の教科書だよ。

Dscn9746jpg2_2 教科書の表紙(和紙和綴じです)

 この教科書に知ってる歌はあるかと思って探したら、「君が代」の他には「蛍の光」と「ちょうちょ」があったさ。他にも「むすんでひらいて」とか「霞か雲か」とか「庭の千草」とかがあるらしいけんど、第2編とか第3編に入ってるかもしれんね。

Dscn9753jpg2_2 志村さんの名前が残っている

 それで「君が代」に話はもどるけんど、明治14年の『小学唱歌集』には長くて、2番まである「君が代」が載ってて、明治23年の『生徒用唱歌』っていう教科書には3番までの歌詞のある「君が代」があるらしいよ。ここの資料館には残念ながらその本はないけんどね。4番のある「君が代」もあったりして、まあ今みたいになったのはだいぶ新しい時代の話ってことだよね。

2017年3月16日 (木)

和宮下向当分助郷身分証明木札

Tomiko

 富子だけんど、朝、資料館へ来る途中の山も木も、ぼんやり緑っぽくなってきたよ。今日はうれしいこんがあったさ。私の家族が見に来てくれただよ。私の本名は「殿岡うたの」っていうだって。この資料館を作るとき、蚕もみんな殿岡家から引っ越してきたさ。本人は引っ越しては来れんから、私はマネキン人形だけんどね。

 今日は今までずっと気になってはいたけんど、手に負えなかった「和宮下向当分助郷身分証明木札」を見せるね。皇女和宮が徳川家茂と結婚するに当たって、京都から中山道を通って江戸まで下向したときの荷物運びに、山梨県中の村々から人足を出したときの身分証明書だよ。なにしろ2万人からの行列だから、荷物も半端じゃないわけさ。

Dscn9648jpg2 身分証明木札

 50枚近くの木札があるだけんど、今まで1枚1枚違うこんが書いてあったらそこで降参だと思って、さわらなかったさ。だけんどよく見たら、みんな同じこんが書いてあるさ。

Dscn9649jpg2 身分証明木札の裏表

 たぶん右側が表で、「田安 御領地 御用」って書いてあって、裏は左側のように「甲州 八代郡 上大鳥居村」って書いてあるさ。上大鳥居村って言っても、下大鳥居村は豊富にゃあないよ。要するに豊富の大鳥居ってこんさ。これを腰にさげてれば、怪しいもんじゃないっていうこんだよね。

Dscn9652jpg2 大鳥居村の文久元年助郷帳簿(コピー)

 木札は50枚くらいしかないけんど、大鳥居からは182人の人足が長野県の佐久を通って八幡宿と坂本宿に行ってるだよね。坂本っていうと妙義山の麓みたいなとこで、車で行ってもやんなるくれえ時間がかかるに、昔の人はよく歩いて行ったもんじゃんね。そういう詳しいこんがわかるのは、上の写真の帳面があるからさ。これはコピーで本物は甲府の人が持ってるだけんどね。人足で出れば日当をもらえるけんど、旧暦の11月の長野県だよ。寒かっつらね。着るものをたくさん着てくようにっていう代官所から注意もあったらしいよ。帳面を見ると薪とか炭とかも買ってるから、向こうで使ったずらか。野宿をしたって書かれたもんもあるけんど、野宿をしんように小屋を建てろっていう命令もあったらしいだよね。

Dscn9650jpg2 中楯村の文久元年助郷関係帳簿

 これは同じときの「中楯村(中央市中楯)」の諸帳簿で、村中みんなでその費用を割って負担した一人一人の石高や支払った金額が書いてあったり、何にいくら使ったかっていうようなことが細かく書いてあるさ。まだ中身を読んでないから、宿題にしてもらうこんにして、大鳥居の計算で行くと、一石に付き7匁7分っていうから、5石くらいの家だと1万円くらいの負担をしたじゃあねえかなぁ。

 よその町村誌を読むと、割り当ての人数の一部しか山梨からは行かなんで、地元の人を金で雇って済ませる場合もあったみたいだね。当然その費用は村のみんなで負担するだけんどさ。もっと詳しく比べてみんと正しいこんは言えんけんど、村によって人足の日当も違えば、負担金も違うようの気がするだよね。「米倉村(旧八代町米倉)」じゃあ1石に付き9匁4分で全体では約100両だって。

 よく黙って負担したよね。金もだけんど、労働力もね。木札も帳面も黙って並んでるけんど、きっともっとなんか言いたいよね。早く代わりに言えるように頑張らんとだめだよね。

2017年3月14日 (火)

本年度の学校見学は終了

Tomiko

 富子だけんど、今日は夕方から雪か雨が降るって言ってるねぇ。ぬくといから雨かもしれんね。あんまり天気はよくないけんど、今日も大勢来てくれてるよ。学校の子どもたちの見学は3月の初めで終わったけんどね。最近は若い家族連れも多く来てくれるさ。若い人や子どもには初めて見るもんが多くて新鮮な驚きがあるだよね。

Dscn9626jpg2 おぼこさんの世話をする富子

 私んここへ来てっから6年近く立つけんど、だんだんに子どもの様子が変わってきてる気がするさね。例えば、「ぼこ」っていう言葉を知ってる子どもがいなくなったね。展示解説をするときに、山梨県の一大産業だった養蚕のことを話すわけじゃん。ほうすると山梨県の人は、蚕のこんを「おぼこさん」って言って自分の子どものように大事にしたっていう話になるわけさ。ほんだけんど「ぼこ」を知らんと話にならんじゃんね。

 「ぼこ」っていうのは、「子ども」のこんだよ。いい子どものこんは「いいぼこじゃん」って言うし、悪い子どものこんは「よたぼこ」っていうだよって、解説をしなきゃあならんさ。山梨方言を守りたい私としてはさみしいよね。

Dscn9629jpg2 機織り機

 機織り機のところへつれていって、「織り姫・彦星」や「鶴の恩返し」に出てくる機織り機だよっていうと、「あ~ぁ」って納得をするのは、よく昔話を読んだり、聞いたりしてる子だね。中には「うり子姫」にも出てくるよっていう子もいるさ。すごいよね、あんまり「うり子姫」を知ってる子はいんよね。ほんだけんど、「織り姫・彦星」も「鶴の恩返し」も知らん子っていう子も多くなったね。そういう子たちに機織り機の話をしても反応は薄いよね。

 保育園や幼稚園や小学校の低学年のときに、昔話をいっぺえ聞かせてやってもらいてえもんだね。教育勅語を暗唱するよりずっと必要なことだと思うよ。

Dscn9634jpg2 背負子

 あと子どもがよく知ってると思うのは、「二宮金次郎(尊徳)」だね。「背負子(しょいこ)」を見せて、こういうのをしょってる人が学校にいるけ?って聞くと、いないっていう学校もけっこう多いけんど、「二宮金次郎」っだっていうこんは知ってるだよね。どういうことをした人かは知ってる人は少ないと思うけんど。

 二宮金次郎は天明7年(1787)に小田原で生まれて、酒匂川の氾濫で田畑をなくし、叔父の家に預けられたけんど、油がもったいないって夜の勉強をやめさせられただって。だからあんな恰好で本を読んでるだよね。それにもめげず勉強して自分の家と615ヶ村の財政を立て直したすごい人だよ。酒匂川の氾濫は富士山宝永噴火の火山灰泥流でしょっちゅうおきただって。やっとなんとかなったのは100年後っていうから、ひとつの災害が起こるともとに戻るのがいかに大変かがわかるじゃんね。

Dscn9624jpg2 トイレ

 最後にトイレさ。資料館のトイレは築20年だから、和式が主で、洋式はひとつずつってわけ。そうすると最近の子どもにゃあ使えんだよね。男の子はまだしも、女の子の方はけっこうこぼして帰っていく子も多いね。学校でも1年生にはトイレの使い方を教えるだけんど、家で使わんから、難しいやね。そういう子どもたちにゃあ、山で「花摘み」なんてこんは無理ずらね。

2017年3月12日 (日)

日本刀のお手入れ

Tomiko

 富子だけんど、これだけぬくとくなれば、へえインフルエンザも流行らんらね。花粉症の人は大変かもしれんけんど、うつらんからその点は少しはいいよね。

 今日は館長が、「お客さんが来たら教えて。電話がかかってきても呼ばないで。」と謎の言葉を残して展示室へ消えたさ。なんだと思ったら、刀の手入れをするだって。お客さんを刀で切っちゃあ困るから、お客さんが来たらすぐ撤収するってことだね。電話が来ても呼んじゃだめっていうのは、刀をそこへほっぽり出しておくわけにいかんていうこんさね。

Dscn9635jpg2 特設刀お手入れ場

 資料館には日本刀がけっこうあるだよね。飯室家で伝えてきた刀6本の他に3本。これを全部お手入れするのはけっこう手間がかかるよ。

Dscn9640jpg2 目釘を抜く

 刀のケースの前に陣取って、刀を布の上に広げて、まずは目釘を抜いて柄をはずす。目釘を抜く道具は「目釘抜」っていって、打ち出の小槌みたいなかっこうをした真鍮の道具だね。この刀は長い刀で、館長が言うには江戸時代の新刀だって。長い刀だから写真を撮るのにそばによると、ちょっと動かしただけで私の方へ刃が迫ってきて切られそうな気がするさ。これだからお客さんがいたらおっかねえよ。

Dscn9639jpg2_2 古い油を拭き取る

 釘が抜けると、柄を外すこんができるだけんど、前に手入れをしたときに柄を外さんで手入れをしたから、ちっとかたくなっちゃてて外すのが大変だったさ。やっぱりおっくうがらんでちゃんとやらんと、そっから錆がきちもうよね。

 はばきも外してまずは古い油を紙でぬぐい取るだって。これをしただけで刀の光沢が全然違ったね。すごいもんだね。

Dscn9643jpg2 打ち粉を打って磨く

 その後はよくテレビドラマや映画でもおなじみの「打ち粉」を打つさ。ポンポンの中には、砥石の微粉末が入っていて、ぽんぽんと打つと白い煙みたいのが空中へ舞ってくよ。打ち粉を打っては紙でぬぐって、また打ち粉を打ってっちゅうように3回くらいやったね。

Dscn9645jpg2 丁字油を塗る

 最後は油を塗るさ。「丁字油(ちょうじあぶら)」っていって、錆を防ぐ油だよ。それをネルのきれへ少ししみこませて、それでていねいに刀をぬぐうだね。

Dscn9646jpg2 柄に納める

手入れが終わったら柄にもどして、目釘を打って刀掛けへもどして1本は終了。次にやるのは室町時代の脇差しだって。といあえずお手入れの工程を写真に撮れたから私はお客さんが来ないように見張りに戻るさ。

2017年3月10日 (金)

水パイプ

Tomiko

 富子だけんど、ぬくとくなったね。資料館のプランターの覆いをとって、直接空気にふれるようにしたよ。大麦も小麦も最近とみにがっしりしてきてこれっからが楽しみだね。

 きょうは水パイプっちゅうもんを紹介するね。常設展の喫煙具のところに並んでただけんど、なんの説明もなく置かれていて、はて何ずらな、と思って調べてみたけんど、あんまり詳しいこんはよくわからなかったから、もし知ってる人がいたら教えてもれえてえね。

Dscn9619jpg2 水パイプ(チャイナブラス)

 わかったこんは、水パイプっちゅうもんはトルコで発明されて、中国に伝わって、中国で発展しただって。確かにトルコに行ったときガラスでできた水パイプがたくさん並んでたねぇ。不思議の国のアリスにもなんだか変な青虫みたいなのが水パイプを吸ってた気がするよう。チャイナブラスっていうのは、真鍮でできているからそういう名前になったらしいよ。確かに真鍮でできてるね。

Dscn9620jpg2 水を入れる口

 吸い口の所を外して水を入れるのと、雁首の所を外して水を入れるのと2種類あるさ。水を入れて雁首に火の付いた煙草を吸い口から吸うだって。ほうすると味がマイルドになるだってよ。水のフィルターを通して煙草を吸うこんになるからね。昔は煙草の種類もそんなにたくさんなかったし、今みたいにマイルドなやつはなかったからこれが良かったのかねぇ。ほんだけんど有害物質を濾過するかどうかは疑問だって。今だったらためしてガッテンとかで科学的に分析してくれるかもしれんけんどね。

Dscn9621jpg2 本体に彫られた漢詩

 写真を見てもらうとわかるけんど、吸い口の所から本体の中心の所まで紐か鎖でつながってたらしい(真ん中へんに紐の通る穴が見える)。今紐も鎖もついていんけんどね。作りの凝ってる方には本体に漢詩が彫ってあるさ。字としては読めるけんど、何の詩かよくわからんね。あと横の方には絵が描いてあるけんどこの絵がまた何が描いてあるか意味不明な絵だね。

Dscn9622jpg2 横の方の絵

 煙管や煙草入れは資料館にはたくさんあるけんど水パイプはこの2つしかないっちゅうこんは一時的な流行だったっていうこんだね。

2017年3月 2日 (木)

米俵と関連資料

Tomiko

 富子だけんど、今日は雨っぷりだね。ほんだけんど今日も小学校やらデイサービスの人たちやらが大勢来てくれてるよ。ありがたいこんじゃんね。

 資料館にはまだまだ書き切れんほどたくさんの資料があるけんど、せんころ俵編み機のこんを書いたから、今日は米俵のこんを書くね。

Dscn9537jpg2 展示中の米俵

 米俵が今みたいな形になったのは、鎌倉時代だって。すごいね。それっからずっと何百年も米俵が使われてきとうだよね。江戸時代になると、1俵が4斗で今で言えば60kgっていうふうに大きさもそろってくるさ。昭和30年頃までは全国的に使われてたけんど、だんだん紙袋にとって変わられちもうだね。米俵は菰でできてるから、米が藁の間からむってしまいそうだけんど、大丈夫。二重になってるから、むらない。すごいよね。今は紙袋だけんど二重だよね。

Dscn9586jpg2 ワイヤで俵の中心を締める

 米俵にかかってる変な鉄の道具は何だとおもう?「俵締め機」っていうだって。俵の菰を編むのは女の人の仕事で、米を詰めて俵にするのは男の仕事だって。それだけ力もいる仕事だってこんさね。その上、熟練の技術がないと俵がきっちりできなんだだって。ところが昭和40年頃に農協がこれを売り出したら、一番重労働な中心の縄がけがすごく簡単になって、女の人でも俵作りができるようになっただって。

Dscn9589jpg2 桟俵を縄で留めて出来上がり

 仕組みはこの道具のワイヤを俵の周りにかけて、ワイヤを締めていって、きっちり締めたらそこを縄で縛ればいいってこんさ。昭和40年頃っていうからこの道具もそんなに長くは使われなかったね。農機具の中にはこういう風に、発明された頃はおしまいっていうもんが結構あるよ。

Dscn9587jpg2 竹でできた「刺し」

 俵に刺さってるのは「刺し」っていう道具で、竹を切って割って作った簡単な道具だけんど、これは長く使われたね。米の品質検査をするのに、俵の中にこれを差し込んで米を少し抜き取って検査をするわけだね。今もこれと同じ仕組みの金属でできた検査用具が使われてるよ。

Dscn9588jpg2 鎌のような「俵鉤」

 俵に引っかかっている鎌みたいなもんは、「俵鉤」とか「俵子鉈(ひょうずなた)」っていって、俵詰めの最後に桟俵をのせて縄で縫い合わせるだけんど、そのときに使うさね。鉤で縄の穴通しをして、刃で縄を切る道具だね。運ぶときにも引っかけて、使っただって。やっぱり俵を全国で使っていた昭和30年頃まで盛んに使われてただね。

2017年2月21日 (火)

菰編み台と俵編み機

Tomiko

 富子だけんど、昨日は風がすごかったじゃんね。午後っから雨は降るし風は吹くし、その上青空は見えてるしで、変な天気だった。玄関の戸をちょっと開けたら、戸と一緒に吹っ飛ばされそうになるし、顔にゴミがビシッと当たってくるし。

 今、資料のキャプションを付け替えてるだけんど、今までちゃんと知らなかったこんがわかったから、今日はそのこんを書くね。

Dscn9537jpg2 藁で編んだ米俵

 菰編み台と俵編み機のこんだけんど、今までどっちも俵を編む道具って思ってたし、ぼこんとうにも(子どもたちにも)そう説明してきただよね。進化形の編み機と古い形の編み機があるくらいに思ってたら、ふたつのもんはえらく違うってこんに初めて気づいたさ。

Dscn9544jpg2 菰編み台は歴史が長い

Dscn9538jpg2 縄を挟むタイプの俵編み機

 上が菰編み台で下が俵編み機だよ。どっちも縄を前後に振り分けて俵の胴体を編む道具だから、大差ないじゃんと思うら? 2つの道具の大きい違いは「菰槌(こもつち)」があるかないかだね。菰編み台は石なんかを菰槌にして、編んだ縄をゆるまないように固定するだよね。私のちっくいころはどこのうちでも石のついた台で編んでた気がするよう。横に入れる材料を何にするかでいろいろなものになるらしいけんどね。藁を入れれば米俵になるし、スゲとかだと炭俵になるし、簾(すだれ)を編むこともできるって。こういう編み方をもじり編みっていうらしいよ。

Dscn9542jpg2 縄の先端に注目

 ところが俵編み機は俵専用の装置で、俵の胴は2枚の板の間につぎつぎできていくだよね。一番の違いは錘(おもり)の石がないことだから、縄の先端は扱いやすく適当に縛ってあるね。じゃあ錘の代わりは何かっちゅうと、金具の部分で縄を挟んで、動かないようにできるっていうこんさ。

Dscn9540jpg2 金具とビー玉で縄を挟む

 縄を金具とビー玉みたいので挟んであるのがわかるけ?このビー玉も最初は冗談で入ってると思ってたら大違いだね。これでバネを留めてるだよ。試しにビー玉を押してみたら、金具の中に引っ込んで、手を離すとまた戻ってきたさ。ほんだからバネの力で縄を留めてるっていうこんだね。

 こういう俵編み機が普及するのは昭和40年頃からだっていうから、そう長く使われたもんでもないよね。米の保存袋はすぐに紙になるからね。俵には俵のすごさもあるだけんどね。

2017年2月17日 (金)

繭雛5段飾りを作ってみた

Tomiko

 富子だけんど、春一番が吹いたってねぇ。春がすぐそこまできてるだね。うちの畑は冬のまんま成長が止まってる感じだけんど、植物の体の中では何か変化が起こってるかもしれんね。

Dscn9548jpg2 制作途中の繭雛

 せんころお雛さんを見に来たお客さんが、工作で作る繭雛の見本を見て、「かわいいじゃん。繭で作ったお雛さんて、かわいいねぇ。」って言ってるのを聞いて、「繭で5段飾りのお雛様を作ってみたらどうずら。」って思ったわけ。お内裏様だけじゃなくて、三人官女や五人囃子も作ったらすごいじゃんと、さっそく繭を切って、さなぎを出して作り始めたけんど、時間がかかりそうだから家でやるこんにしたさ。

Dscn9554jpg2 仕丁に持ち物を付ける

 三人官女たちに着物を着せてたら、うちの2歳の孫が「かわいい、かわいい」ってほめるだよね。「くれ、くれ。」って言うけんど、やっちもうわけにいかず、なだめながら顔と着物は仕上げて、次の日資料館に来てから道具を作ってくっつけたさ。

 大臣の持ってる弓と矢は竹ひごを細く削って、糸を張ったり、矢羽根を付けたり、細かくて大変だったね。五人囃子の鼓もちゃんと作ったよ。立体にしたもんと平面にしたもんがあるけんど、平面は手抜きだね。

Dscn9563jpg2 できあがった5段飾り

 左近の桜と右近の橘も葉っぱや花は切った残りの繭を使ってつくったさ。雪洞も切った残りの繭だよ。何を使ってどう作るか考えると楽しいよね。

 ひな壇はチョコレートの箱で作って、赤い紙を貼ったさ。5段に15人のお雛さんを並べるとなかなかいいね。近くで見るとけっこう迫力もあるよ。

Dscn9564jpg2 表情もそれぞれ

 2月25日・26日のひな祭りでは、お内裏さんだけを作るけんど、よかったら5段飾りの繭雛も見ておくんなって。お雛さんの工作をしてくれる人には、お雛さんにあげる「ひなあられ」が当たる福引きも用意して待ってるからね。

Dscn9566jpg2 福引きのひなあられ

2017年2月 7日 (火)

麦落雁を作ってみた

Tomiko

 富子だけんど、この頃風が強いじゃんね。夜なんかビュービュー音がして、うち(家)んつぶれちもうかと思うくらいさ。

 風ん強くて外へ出て、結界の御幣探しができんから、家で麦落雁を作ったさ。初めてだからね。うまくいくかどうか、ちゃんと固まるずらかって心配でね。作り方は簡単だけんどさ。

 麦こがしと砂糖とオリゴ糖と水を全部ボールに入れて混ぜればいいだけだから、何にも難しいこんはないだよね。ただ本によって砂糖の種類もいろいろだし、水の量もいろいろだから、こっちも試しにいろいろやってみるしかないよね。

Dscn9482jpg2 水分はほんの少し

 混ぜても混ぜてもほとんどサラサラしたまんまさ。それでも我慢して混ぜてると、手で握ったときにちょっと固まるようになっただよね。くずせばすぐ粉々になっちもうけんどさ。

Dscn9484jpg2 混ぜても混ぜてもサラサラ

 この辺でいいかと思って、型にギューギュー詰めて、詰め終わったら型をひっくり返して、コンてまな板に叩きつけると、ポンてきれいな型にぬけて麦落雁が出てきたさ。型はまゆこさんに借りた型だよ。

 大成功と思って続けたら、だんだん抜けにくくなってきてきれいな形にはならなくなってきたさね。なんかもっと続けてきれいに取れる方法があるのかもしれんけんど、今日はあきらめて先へ進んださ。

Dscn9488jpg2 きれいな形ができた

 プロの落雁屋さんは一晩おいて固めるっていうけんど、フライパンで乾かしたり、オーブンで乾かしたりしてもいいらしいので、フライパンにのせて乾かしてみた。熱で水分が飛ぶと同時に、砂糖分が少し溶けてがっちり接着する感じだね。それでサクサクするけんど、くずれない落雁になった。

Dscn9516jpg2 資料館の打ち菓子の型

 次の日に今度は水分を多めにしてやってみたら、型に詰めるのは楽になったけんど、サクサク感がなくてしっとり感ばかりになっちゃってね。やっぱりレシピどおりがいいってことだね。型は家にあるもんで何か代わりになるもんはないかといろいろ試したら、計量スプーンのいいやつだとコンて叩いてポンと出せたから、いいもんを見つけたと喜んだけんど形が単純すぎるよね。

Dscn6617jpg2 伊勢神社の歳旦祭の落雁

 落雁は子どもの頃はよく見かけたよね。仏事っていえば落雁がつきものでさ。私たちは薄茶のお手前なんていうのには縁がなかったから、落雁ていえばもっぱら仏事だね。だから菓子の中では高級だよ。甘いもんなんかめったにないからね。今は、個人的には小布施の栗落雁とか、秋田の諸越とかは好きだね。鎌倉の小鳩豆落も好きだよ。正直言って仏さんにあげてあった菊の花なんかの落雁はあんまりうまいと思わなかったけんどね。

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