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2017年2月 1日 (水)

ミニ企画展「縁側の茶器」(2)

煎茶の歴史

今回のミニ企画展で展示している茶器は、主に煎茶を飲むときの道具です。というわけでまずは煎茶の歴史について書いてみます。

Dscn9111jpg3 ままごと道具のような煎茶の器

中国では、明代(今から約五~六百年前)になると、宋代に盛んであった抹茶は姿を消し、煎茶が盛んになっていきます。文人たちは香り高い煎茶を味わいながら詩を作り絵を描き学問を語りました。

Img_9724jpg2 常滑焼朱泥の茶器「玉人和月」とある

この風習が日本にも伝えられます。茶道の世界において形式化が進みつつあったことに加え、煎茶自体が当時最新の中国文化だったからです。中でも売茶翁と呼ばれた畸人の禅僧は茶道具を持ち、京都のあちこちで煎茶を供し評判となりました。

12jpg2 「玉人和月」のつづきは「摘梅花」

甲府城主として知られる柳沢氏の家臣に有名な柳沢里恭(やなぎさわさととも)という人がいました。この人は文武両道諸芸百般に通じた人で、絵も描き、詩も書き、そして煎茶もたしなみました。甲府のお屋敷でこんな茶器を使って煎茶をたしなんだのかと思うと、なんだか何百年も前の人なのに親しみを感じます。

Jpg2_2 お茶の色が映えるよう内側は白色

一つの文化として盛んになっていった煎茶の世界ですが、その後、煎茶道として一定のルールが生まれるようになり、幕末から明治・大正と最盛期を迎えます。この地域でもこの頃豊かな経済力を背景に煎茶道のようなものを楽しむ人が多かったと思われます。

明治以降は、西洋文化へと移行していったため、日本の伝統文化として受け継がれることになります。

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