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2017年1月29日 (日)

富札があった

Tomiko

 富子だけんど、今日もいい天気だねぇ。しかも春の陽気だよ。本当は一番寒い時期らしいけんどね。今日は資料館で節分のイベントをするから、よかったら来てくりょう。

 せんころ、ひょっとしたこんから、「安政元年の富くじの富札」って書いた封筒の中から富札が見つかったさ。富札4枚と銀札らしい小型の札が2枚いっしょに入っていただけんど、どこで出した富札だかわからなくてね。

Img_9783jpg2_2 4枚の富札

 達筆すぎて番号もよく読めなかったけんど、なんとか頑張ったら、例えば一番左のは二千六百九十五番て読めたさ。

Img_9792jpg2 富札の表(大きい字が番号)

 札の表を見ると「寅十月十三日会」って書いてあるから、寅年に出されたもんだって分かるから、「安政元年」て考えたと思うだよね。ところがよく調べてみると、「本吉町仕法方役所」って言うのは加賀藩の役所で、加賀藩が富札を出したのは慶応2年とか4年なんだって。つまり寅年は慶応2年の寅年のことだったさ。本吉町っていうのは、石川県の白山市美川本吉町のことで、金沢市の近くの日本海側の町だった。右上には「加入銀八匁五分」ってあるから、この富札を買うには、8匁5分払って買うっていうこんだね。今のお金で8500円くらいするようだよ。今の宝くじより高いよね。だから2人で買ったり、4人で買ったりしたらしいさ。

Img_9793jpg2 富札の裏(このくじについての情報)

 裏はどうなってるかっちゅうと、くじの情報が印刷してあるさね。ツルの組とカメの組で合わせて7000枚発行して、最高賞金額は銀11貫目だよとかね。この富札は、赤いツルの判が押してあるからツルの組だね。銀11貫目っていうと1貫目を125万円とすると1375万円になるね。当たりは600枚出て、一番少ない賞金額は8匁5分だから、くじの値段と同じだね。高いくじだったら、最高賞金が1000両っていうから、7500万円にもなったらしいよ。今は1億円とかのくじもあるけんどね。

 そういうこんで天保の改革のとき「突富」っていうのは禁止されただけんど、今の福引きみたいな形の「振籤」に姿を変えて、ずっと続いてたらしいね。

Img_9787jpg2 注意書きの判

表の四角い判には、賞金は札を売ったところで換金するが、札をなくしたり破損したりしたものは、当選していても換金しないと書いてあるよ。

残念ながら山梨県内で興業されたくじじゃあなかったけど、外れたから今に伝わったんだね。県内でも興業はあったようだから、富札があったらみてみたいねぇ。

2017年1月27日 (金)

繭と竹でひな人形を作りましょう!

Photoこんにちは、まゆこです。

Mayubina243

平成29225()26()に当館ではひなまつりを開催し、どなたさまも入館無料となります。

また、午前10時~午後3時までの間、「繭と竹を使ったひな人形作り」を開催いたします。

 

「繭雛(まゆびな)・あい竹雛(たけびな)を作ろう!

日時:平成29225()26日(日)午前10時~午後3時の間でいつでも参加できます。(各50セット)申込み不要・入館料無料

 

  材料費:繭雛は100円・あい竹雛は50円(材料がなくなりしだい終了) 

Dsc_3332←繭雛づくり

Dsc_3337←あい竹雛づくり

当館自慢のバラエティーに富んだ、250躰以上の雛様たちが皆さまをお迎えします。どうぞ、晴れやかな春のひとときを当館のひなまつりでお過ごしください。

まゆこ

2017年1月26日 (木)

道祖神祭り(5)

Tomiko

 富子だけんど、インフルエンザが流行ってるだってよ。みんな大丈夫けぇ?昨日も御幣を見つけたよ。田んぼの神さんも見つけたしね。

 『山梨県史』の民俗編に中央市(旧玉穂町)成島の道祖神の御幣のこんが載ってたって、前に書いたけんど、そのときに宿成島の御幣は青色で、上成島の御幣は白色だったって書いたよね。だから今もその色かなあと思って一生懸命青色の紙を探したわけさ。ほうしたらどうだったと思う?

Dscn9443jpg2 宿成島の塀の下に立っていた

 上成島も宿成島もどっちもカラフルで、いろいろな色の紙を使ってたね。いろんな色がセットになってる折り紙かなんかを使ってるだよね。両面折り紙っていって表と裏の色が違う紙を使ってるのは下成島だったね。豊富と違って、竹林がないから竹が手に入りにくいから御幣は小さいけんど、小さいからかわいいよね。2枚の折り紙を裏側どうしを重ねて御幣を切って、それを竹に挟んで立ててあるだけんど、内側の色がのぞいてなかなか色っぽいら?

Dscn9429jpg2 西新井と上成島の境

 面白かったのは、上成島の御幣を探して地図を見ながら進んでいったら、なんとそこに2本の御幣が立ってるさ。御幣の作り方が違うから、別の道祖神のものだなあと思って地図を見直すと、西新井の道祖神のものらしいって気づいたわけ。えー、道祖神さんどうしで、「悪いもんはあっちへ行けー!」「こっちに来ちょ。そっちに行け!」って言い合ってるようで、声が聞こえてきそうだったさ。環状道路のランプ下にも2本の御幣が立ってたよ。集落の境っていうのは、お互いの境だからしょうがないよね。

Dscn9445jpg2 三角の折り紙がついた下成島の御幣

 ちょっと南に下って、自転車を走らせたら、今度は白い紙がヒラヒラしているのが見つかったさ。八幡神社の境内にある道祖神にも同じ作りの御幣が立ててあったから、これは下成島の道祖神さん(八幡神社内の)の御幣だなって思って周りを探したさ。両面折り紙を三角に折って、それを白い御幣と一緒に竹に挟んで立てるだね。その南の乙黒じゃあ三角の折り紙が両面じゃなくて片面だけ色があるのだったさ。

Dscn9470jpg2 下三條の御幣

 昨日も、下三條でも御幣を見つけたけんど、ここは白い紙の御幣だったね。豊富ももう1回見てみっかと思って伝竜院のそばの大鳥居久保の道祖神のとこに行ったら、「奉待七夜月光天子家内安全」て書いてあるお札が立っていて、道祖神と「七夜月光天子」ってどういう関係なのかまた謎がふえちゃったけんど。仲川に沿って進んだらなんと大鳥居中村の道祖神と大鳥居水上の道祖神のお札も見つけたさ。お札の文字はやっぱり久保と同じだったさ。

Dscn9412jpg2 豊富大鳥居中村のお札

 すごいよね。中央市は市の境を御幣で結界を作って悪いもんが入ってこんように守ってもらってる町ってことだよね。こんなに守ってもらってる町はないじゃあないけ。おかげさんで今んとこそう困ったこんも起こらずにいるだよね。ありがたいね。

2017年1月25日 (水)

節分の秘密のまじない「鰯の口焼き」

Photoこんにちは、まゆこです。

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1月も後半になってまいりまして、そろそろと節分が近づいてきましたね。

当館ではH29 12829(土・日)に行う、節分の豆まきに向けての準備が着々と進み、万端となっております。

←今朝、目駕籠にネズミサシをというチクチクする棘だらけの木の枝を挿して、竹竿にくくりつけて、玄関前に立てました。

これは、甲州の節分には必要不可欠なものです。

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そして、あとは真っ黒こげに焼かれた鰯の頭を柊の枝に挿して入口に結わえておかなくては。

悪い魔物や災いを黒焼きにして、柊の葉の棘で近づかないようにするまじないなのですが、この鰯の頭を焼くときに、甲州独特の風習があります。

先日、館長がその秘密のおまじない「鰯の口焼き」を一人コソッと給湯室でやっていたので、まゆこは隠し撮りしちゃいましたよ! 

Dsc_0345ではまず、立派な鰯2尾。頭だけを切り落として串に刺しておきます。

Dsc_0349

←イワシの口焼きを館長が非常に楽しそうにやっているところ(ズルい!)

「カラスの口ペッ!しゃくとりむしの口ペッ!・・・まゆこの口ペッ!富子の口ペッ!○○の口ペッ!」と封じたい口を持つ生き物や人の名前を次々と小声で唱えるように挙げていき、黒こげになった鰯の頭の口めがけてペッ、ペッと唾を吐きかけながら、さらに真っ黒こげに焼いていきます。

Dsc_0350

 

農作物を食べてしまう害虫や鳥、獣の口を封じるだけでなく、自分にとって口うるさい近所のおばさんや嫌いな人の口までこの際、焼いてしまい、憂さ晴らしまでもしようというわけです。

 

年に一度のなんてディープな風習なんでしょ~!

 今年も当館ディスプレイ用のものを館長が独り占めしてやっちゃったので、うらやましかったまゆこは早速帰り道に地元スーパーオギノに寄って、イワシの丸干しを購入。

早速晩御飯前に我が家のカウンターキッチンで「鰯の口焼き」を盛大に行ったところ、キッチンと一体化しているリビングにも煙が濛々と立ち込めて雰囲気が出たのでさらに気分は上々!

盛り上がってきて、この際、家族にも聞こえるように「夜中に戸棚に隠しておいたおせんべいとチョコを出して食べ尽くすヤツの口ペッ!うるせぇなぁ、ばばあと今朝言ったヤツの口ペッ!朝の出勤直前に集金袋出してくるヤツの口ペッ!」とか大声で言ってやりました。(この時点で全然秘密じゃないんですけど~)あ~、すっきり♪

Dsc_0354館長が一人で作った、この節分厄除けアイテムは、館内常設展示室内にある有泉家住宅の長屋門に飾りました。

 

Dsc_0405

 

今度の土日の「節分の豆まき」イベントに参加の皆さんは入館無料となりますから、

どうぞ、節分バージョンになった常設展示室内も御覧くださいね。

まゆこ

2017年1月24日 (火)

道祖神祭り(4)

Tomiko

 富子だけんど、昨日は北風がすごかったねぇ。自転車で玉穂の成島の辺をまわって、道祖神の御幣をいっぱい見つけてきたよ。カラフルでかわいかったから、次の時また書くね。何しろ北風に向かって自転車を漕ぐといっさら進まんだよね。御幣も北風に負けないで立ってたよ。

Jpg2 浅利神社境内の4地区の道祖神

 今日は江戸時代の玉穂の下河東のことと豊富の浅利のこんだよ。『玉穂町誌』と『豊富村誌』に載ってただけんどね。江戸時代の古文書そのままじゃあ意味がわからんから、現代語に訳して載せるね。

Dsc_0065 下河東茶道の道祖神

 「正月14日の道祖神祭りに、若いもんたちばっかりかいい年のもんまで名主の所へ押しかけて、さんざん悪口やら乱暴やらを働き、そればかりか村役人にまで程度を超したことをしたから、代官に訴えたら、不届き至極ということで、牢屋に入れられました。・・・村のお寺の永源寺さまなどに頼んで、今後騒ぎ立てるようなことがないようにということでやっと許してもらいました。』だって。これは下河東村で寛政2年(1790)にあったこんだね。

P1000237jpg2 永源寺(11月3日撮影)

 ほんだけんど喉元過ぎれば熱さを忘れるだね。やっぱり騒ぎは起きたずらね。安政5年(1858)には成島村でも「道祖神祭礼議定書の事」っていう祭りの時に守る約束をしてるだよね。「獅子舞の時獅子宮を練り歩くことはしない」とか、「太鼓を破ったら自分たちで張り替える」とかね。

Dscn9460jpg2 獅子と獅子宮(資料館内)

 もっとひどいのは豊富の浅利村だよ。天保2年(1831)から弘化3年(1846)まで道祖神祭りができなかっただね。そのわけは、「天保2年正月14日の道祖神祭りのとき、仲間同士で喧嘩になり、混乱したから」だって。それで浅利神社の神主さんの竹内兵庫さんが間に入って、「今まで浅利の中では5カ所で道祖神祭りをしてきたが、これからは1カ所にまとめておこなう。5カ所の組から代表者を出して、その人たちの話し合いと監督の下に祭りを行う」「獅子舞の時もせりあいをしない」「獅子舞の時は酒を飲まない」「獅子舞の稽古をするのに先生を呼んでもいいが、指導料は自分たちで払う」など「何事についても5人の代表者の指示にしたがうこと」などを決めてやっと15年ぶりに祭りを再開するこんができただって。

Dscn9339jpg2 ボコを産んだ道祖神

 ほかにも祭りはあるけんど、どうして道祖神祭りだけこういうこんが起こるずらね。若者が主役だからずらか。道祖神祭りはちょっとHな祭りをするところもあるし、はめを外しやすいのかもしれんね。氏神さんのお祭りとかと違って、神さんも道ばたの神さんだしね。

 上の写真の道祖神は一丁畑稲積の道祖神さんだけんど、4年前の写真じゃあ石が1個しか写っていんけんど、今年は4個写ってるだよね。こういうのを「道祖神さんがボコ(子ども)を産んだ」っていうだって。ここの道祖神さんは毎年新しい桟俵を石の下に敷いてもらってるよ。そういえば、道祖神さんには男の神さんと女の神さんがいるだってよ。田富の大田和の道祖神は、大田和の地区で男と女の両方(ちょっと離れたところにある)を祀ってるっていってたよ。

2017年1月22日 (日)

道祖神祭り(3)

Tomiko

 富子だけんど、今日はいい天気じゃんね。日曜日だけんど静かだよ。あとちっとで節分だから、少しはぬくとくなるかなぁ。

 道祖神祭りの(2)で、道祖神ていうのは中国の旅行安全の神様だっていうことを書いたけんど、日本で始めて旅行安全のために道案内をしたのは猿田彦だよね。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が高天原から天孫降臨をしたときに猿田彦が道案内をしたっていう日本神話から、道祖神と猿田彦が同一視されて、猿田彦が道の神・旅人の神になっていったただって。

Jpg2 高部新道の猿田彦大神と彫った道祖神

 ほんだから道祖神祭りの石碑に道祖神とは彫ってなくて、猿田彦大神って彫ってあるのも豊富にはあるよ。高部新道の道祖神だね。

Dscn9392jpg2 関原北組の猿田彦命と彫った道祖神

 関原北組(関原1202-1)の道祖神には、台座に猿田彦命て彫ってあって、石祠の破風のところに猿田彦の顔らしいものがレリーフになってるよ。

Dscn9393jpg2 祠の破風のレリーフ

 『山梨県史』の民俗編を読んだら、山梨県の道祖神は、塞の神とはいうものの、集落のはずれに立っているものはあんまりなくて、どっちかといえば集落の中心に祀られていることが多だって。だけんど、道祖神祭りの時は、集落の境を意識して、青竹にシメを挟んだ御幣が立てられるらしいだよね。『山梨県史』には中央市の成島のことが書いてあって、平成14年にゃあ、上成島じゃあ白の御幣、宿成島じゃあ青色の御幣を立てただって。災いがムラに入り込まんように立てるだってよ。今度成島にも見に行かなくちゃあね。

Dscn9382jpg2 浅利豊積橋南詰交差点の御幣

 たしか豊富でも見かけたなあと思って、確かめに行ったら、浅利の北側の境に3カ所発見したさ。小さい御幣だね。

Dscn9386jpg2 関原愛宕神社近くのお札

 以前豊富の道祖神のこんを企画展示したときも別のを見たことがあったから、そこも確かめに行ったら、あったよ。関原北組(関原愛宕神社)だけんどね。ここは御幣じゃなくて、お札を青竹に挟んでたててあったね。「善い星皆来、悪星退散」って書いてあるから、はっきり災厄よけだよね。

Dscn9387jpg2 災厄を除けるお札のアップ

 平成24年の写真を見たら、お札を付けた青竹が4本ばかりまとまって置いてあったから、4本くれえ立てるだね。お札が本格的だから、お寺のお坊さんが作るのかと思ったら、そうじゃあなくて、その年の区長さんが作るだって。そういえばここの道祖神祭りは、線香をあげてお参りしてるよ。神様が混ざっただけじゃなくて、仏様も混ざっちゃっただね。

 今じゃあ自治会長が音頭を取って道祖神祭りをしないと成り立たんけんど、江戸時代は逆に大騒ぎになりすぎて大変だったらしいよ。そのこんが『玉穂町誌』と『豊富村誌』に書いてあったから、次の時話すね。

2017年1月21日 (土)

できたよ!「とよとみのまゆ」

Photoこんにちは、まゆこです。

Dsc_0390_2本日は山梨・豊富の養蚕をご紹介する冊子「とよとみのまゆ」が完成し、頒布を開始いたしましたので、お知らせします。

仕様:フルカラー、A4判16ページ (税込200円) 

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← 表紙写真は当館生産の繭だよ!まゆこが手に持って、館長に撮ってもらったの。

目次:p2「養蚕という仕事」養蚕という仕事/蚕の一生 

3「豊富地区の養蚕の歴史」江戸時代から昭和時代まで 

5「昭和30年代の養蚕風景」蚕の種がやってくる/稚蚕は土室で育てる 

7「お蚕さんと一緒に暮らす」富子さんのお宅拝見!

8「養蚕技術の進歩」上蔟技術の進歩 

9「繭の嫁ぎ先」豊富の繭の嫁ぎ先(昭和30年代)

10「最後の養蚕家」近代的な壮蚕飼育用の蚕室/なぜ養蚕をやめていったのか?

11「おかいこあるあるTrivia about silkworms in Toyotomi

16「山梨・豊富の養蚕遺産マップ」

頒布場所:当館窓口 

         そのほか、山梨県立博物館(笛吹市御坂町成田)・山梨県立考古博物館(甲府市下曽根町)・ふじさんミュージアム(富士吉田市上吉田)・北杜市郷土資料館(北杜市長坂町)でも販売してもらえることになりました。お近くの館にお寄りの際は、お手に取っていただければ光栄です。

 

Dsc_0385 当館は養蚕に特化した展示スペースを持っております県下一の養蚕資料収蔵館ですが、ここで告白しますと、実は、まゆこと養蚕(おかいこ)とのかかわりはたったの4年なんです。豊富郷土資料館に勤めるようになってからの4年間、毎年5月から10月の間に資料館に残されていた養蚕の道具を使って、蚕を飼い、できた繭を使って糸をとるということをしてきました。

←P6土室での稚蚕飼育の様子 p7「a life with cocoons」

Dsc_0387_2失敗も多くありましたが、この間に、豊富地区の方々にいろいろとお世話になり、養蚕関連の様々なことを教わりました。
また、飼育したお蚕さんそのものからも、多くのことを学ぶ機会をもらいました。

←「おかいこあるある」は豊富に伝わる蚕にかかわる豆知識集です。

短い間でしたが、蚕という生き物と人間の関わりを知ることによって得た情報を、今できる限りの精一杯、この冊子に詰め込んでみました!

Dsc_0388まゆこのお伝えしたいことがギュウギュウ詰めで、ちょっとウザいかも♪ 

豊富地区最後の養蚕家であった故中込文義さんへの感謝とオマージュも込めました。

もしご興味を持たれた山梨県外の方がいらしたら、気軽にお電話ください。

基本的には窓口販売ですが、ご相談に応じます。よろしくおねがいします。

まゆこ

2017年1月19日 (木)

昭和の包装紙

Tomiko

 富子だけんど、道祖神のことはちょっくらこっちへ置いといて、おもしろいもんが見つかったから見せるね。

Dscn9377jpg2 小さい七段飾りのお雛さん

 せんころボランティアさんと一緒にお雛さんを飾ってたときのこんだけんどね。資料館のお雛さんは古いもんが多いから、直し直し飾ってるだけんど、七段飾りの小さいお雛さんがあるだよね。戦後ちょっとたった頃のまだ物があんまりない時期に作られたもんじゃねえかと思うだけんど。雪洞なんかの布がぺこぺこになっちゃって、丸くふくらんだ雪洞になってないだよね。ほれで持ち主の人が、その辺にあった包装紙をくしゃくしゃと丸めてその中へ入れて形を整えたらしいだよね。

Dscn9379jpg2 この雪洞に入っていた

 その包み紙を見つけたボランティアさんが、「包み紙じゃあかっこ悪いから、違う紙にしたらどうで」っていうから、薄葉紙を丸めて入れるこんにして、包み紙をやっとのことで取り出したら、かなり古い包装紙で、これは面白いって、しわを伸ばして、裏打ちをして、どこの包装紙だか調べてみるこんにしたさ。

Dscn9373jpg2 梅林堂の包装紙

 一枚は甲府銀座の梅林堂っていうお菓子屋さんの包み紙だったさ。この店が今もあればいいなと思ったけど、残念ながらお菓子屋は廃業して駐輪場になってるらしい。昭和の初めの写真を見ると、松林軒ていうデパートの近くにあって、2階では喫茶店もやったりして、人通りもにぎやかで流行ってた。峡陽文庫に書いてあるのを見ると、梅林堂は明治12年に創業してて、昭和7年に喫茶部ができただって。

 昭和の初めの包装紙には電話番号が2969番て書いてあるだけんど、こっちの包装紙には、3056番になってるだよね。電話番号が地方都市で4桁だったのは手動交換時代のこんで、昭和30年代前半までだっていうから、ちょうどお雛さんを買った頃の包装紙じゃあねえかなぁ。お雛祭りに梅林堂のお菓子を買って、みんなでそれを食べながらお祝いしたと思うとなんか心がほんわかするねぇ。

Dscn9376jpg2 ケンシポマードの包装紙

 もう一枚は店の包装紙じゃなくて、精香舎のケンシポマードやヘアトニックの包装紙で、ケンシポマードっていうのは大正13年に発売されて、昭和に入っても人気を博した整髪料だったらしいさ。なにしろ男の人用の整髪料はポマードしかないって言う頃だからね。

 1960年代からはドライヤーが登場して、ヘアリキッドでふんわりしたセットができるようになって販売数がへったけんど、それまではポマードの世界だったわけさ。ケンシポマードは植物性で、ヒマシ油と木蝋に香料を練り合わせてあるだって。ちょっとべたつくし、原料が臭うから、香料がたくさん使ってあったらしいから、つけてたのはおしゃれな人だったんだね。お雛祭りをした家のお父さんが使ってたのかなあ。

 いずれにしても雪洞がタイムカプセルの役目を果たしてくれてただよね。

2017年1月18日 (水)

昔の「節分の豆まき」を再現します!

Photoこんにちは、まゆこです。

いよいよ今年もみんなで「鬼も目をぶっ潰すっ!」爽快イベント開催の季節がやってまいりました!!

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●事業名 「節分の豆まき~鬼の眼をぶっつぶせ~!」

日時 平成29128日(土)午後1時半と2時半

   129日(午後1時半と2時半 

※当日(全4回)資料館前庭に集合し、豆まきを行います。

※豆まき参加者は入館無料となります。

 ※参加者には、福引きがあります。

場所 中央市大鳥居1619-1(シルクの里公園向かい)

     中央市豊富郷土資料館前庭

問い合わせ ℡055-269-3399

 

Dsc_1492 当館で行う節分の豆まきは、古くから山梨に伝わる節分行事を再現したもので、地域文化の伝承をはかるために行います。

 

いまではほとんど行われなくなった甲州独特の節分は、主として昭和30年代初めころまで、甲府盆地各地で行われた記録が残ります。

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軒先よりも高い竹竿の先に目駕籠や手すくいを縛り、そこにネズミサシ・ヒノキ、スギなどの枝を刺して庭に立てます。

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夕方、竹竿の先の目駕籠めがけて、「鬼の眼をぶっつぶせ~!」を唱えながら豆を投げ上げるのです。

本人の気づかない間に、鬼は心の中に住みつくものです。

まゆこは毎年、1年のうちに心にたまった見えない鬼を一気にこのイベントで追い出すべく、全力で豆をかごの目にぶつけようと奮闘しています。

←目駕籠にネズミサシバージョン

参加者の皆さんもぜひまゆこと一緒にレッツエキサイト! 

まゆこ的に年々増加する鬼の多さを実感しており、精神衛生上、必要不可欠なイベントとなっております。

←手すくいにネズミサシ

 

しかも、たくさんの来館者の皆様と一緒に鬼をやっつけられるのですから、なんと心強いことでしょう。

Dsc_3437_2参加者の皆さんと共有できる一体感もこのイベントの魅力の一つなんです。

Dscn8663

今年の鬼たちは、一段と手強そうですわよ!

 みなさま、心を一つにして立ち向かいましょう!

まゆこ

2017年1月17日 (火)

道祖神祭り(2)

Tomiko

 富子だけんど、今日もさぶかったよね。朝、資料館へ来る途中の川から湯気が立ってたよ。川の水の方がぬくといだよね。さぶいから温泉へ来る人が多いよ。資料館に寄ってくれる人も多いよ。

 道祖神のこんについては、4年ばか前に資料館で企画展をしたことがあって、そんときに中央市中の道祖神をまわって調べたさね。町誌に載ってるより多く道祖神が見つかって、一覧表にしたもんもあるけんど、旧豊富地区が23基、旧田富地区が31基、旧玉穂地区が38基あるだよね。すごい数じゃんね。だいたい集落ごとにひとつはあるからね。全部で92基だよ。これが全部古いもんかっちゅうとそうでもない。平成になってから作られたもんもあるさね。そこがまたおもしれえじゃんね。

Dscn9326jpg2 13日、幟だけが立っている寛政10年建立道祖神

 「道祖神」さんてなんずらと思ったら、『豊富村の石造物』っていう本に、「古来道の分岐点で邪気が村に入り込むことを防ぐ岐神(ふなどのかみ)とよばれる神がいると信じられていた」ことと、「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉国(よみのくに)から逃げ帰ったときに道をふさいで幽鬼から尊を守った黄泉平坂(よもつひらさか)の石を道返大神(みちかえしのおおかみ)と呼」んだこと。この二つが混合して塞の神(さいのかみ)って呼ぶようになったことが書かれてるさ。

Dscn9309jpg2 13日、文政8年建立の道祖神

 さらにはそれに「中国の古代信仰に旅行の守護神として道祖神があって、この信仰が日本に伝来し塞の神と混合したらしい」って書いてあるさ。「道祖神」っていう名前がついたのもここからだね。「塞の神」とも呼ぶけんどね。「その上性器崇拝の習俗とも混合し、縁結び・子授け・安産などの祈願も行われるようになった」だって。まあすごい神様だね。御利益のデパートだね。山の神なんかもそうだけんどさ。日本人はどんどん神様を作っちもうし、よそから来た神様も御利益がありそうならどんどん祀っちもうしね。貪欲だよね。

Dscn9308jpg2 集落の境に立てられた青竹としめ

 『田富町誌』には、昭和20年頃までの道祖神祭りの2日間、どんなふうに祭りを進めてくかが書かれてておもしれえよ。その中に「1月11日の朝、道祖神の両側に5間の幟を立てることから始まる。当日の14日の朝、道祖神の前にしめ縄を張るとともに村落の境に青竹にしめを挟んで立てる」ってあるさ。豊富の関原でも立てるってことで、企画展の時にも復元して立てたけんど、豊富のは竹の背が高いだよね。町の中に時々見かけてなんずらなと思っていたらこれだっただね。今回立てたばっかの写真を撮ってきたよ。下の写真は集落の境っていうのがわかるように遠くから撮ったから、しめが見にくいけんどね。

Dscn9323jpg2 電柱の下に立てられた青竹としめ

2017年1月15日 (日)

道祖神祭り(1)

Tomiko

 富子だけんど、寒いじゃんね。こっちは雪が風花程度だったけんど、日本海側はえらいこんだね。センター試験ていうと雪じゃんね。きのうは風も強くて、寝てても鼻の頭がつべたくなっちゃって。

 13日と14日に道祖神祭りの飾りの写真をたくさん撮ったから、ちょっと載せるね。昨日は大田和のどんど焼だったから、そのことを中心に書いて、あと所はまた後で書くよ。

 どんど焼(山梨の一部と愛知の一部での呼び方)は、実家の方じゃどんどん焼き(山梨の一部での呼び方)って言ってた気がするけんど、左義長っていうのが全国に共通する言葉らしいね。

Dscn9342jpg2 14日午後4時まだ神様はいないお小屋

 平安時代に清涼殿の東の庭で、青竹を束ねたのに、毬杖(ぎっちょう)っていうホッケーのスティックみたいのを3本結びつけて、その上に扇子や短冊をくっつけて、陰陽師が謡ったりはやしたり踊ったりしながら燃やす行事があっただって。1月15日にやって、天皇もそれを見たらしいよ。

 庶民の間でもそれは、門松やら、注連飾りやらの歳神さんを出迎える飾りをどんど焼で焼くこんで歳神さんを見送る行事になってずっと続いてるだね。

Dscn9352jpg2 点火に先立って獅子が舞う

 謡い踊るっていうところが獅子舞になっていったのかもしれんね。陰陽師も鬼とかに仮装して踊ったらしいからね。

 あと、道祖神祭りは若者と子どもが活躍する祭りだけんど、大田和でもお小屋に火を付けるのは子どもの仕事で、中学生の女の子たちが四隅から火を付ける役をまかされてたさ。

Dscn9359jpg2 中学生による着火

 本来若者と子どもが活躍する祭りだけんど、昨日の新聞を見たら、集落が高齢者ばっかになっちゃって、道祖神祭りのおヤナギが飾れなくなっちゃったところのことが書いてあったね。10mもある柱に割った竹をヤナギのように付けていくのは技と体力と人手が必要だからね。ほんだけんどもったいねえよね。おヤナギは子どもの頃、実家の辺じゃあみんな作ってて、その下に立つとホントに神様が降りてきそうな気がしたよ。

Dscn9364jpg2 あっという間に大きな炎に

 大田和のお小屋も高齢者の人たちの技と人出がないと作れないって言ってたから、技の伝承をしていかんとだめだよね。昨日は寒くて北風も強くてお小屋を燃やしても大丈夫ずらかと思ったけんど、無事にできてよかったよう。

2017年1月14日 (土)

節分行事の準備

今日は大寒波が来ていて寒いですね。
太陽は出ないし、奥秩父の山や南アルプスは雪雲でしぐれています。

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公園も今日は寒すぎて誰もいません。

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そこで節分の豆まき準備で、目駕籠に付けるネズミサシを切りに行ってきました。

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左側の道路脇に、毎年いただいている枝があります。わかります?
では近づいてみましょう。

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びっしり生えた針状の葉がとてもちくちくして痛いのです。
まず切り落として、持つところの葉を綺麗に刈りました。

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これで準備は完了です。参加者に配る豆は、今年は300袋用意しました。

昭和30年代まで、甲府盆地の各地で行われていた豆まきを、
1月28日と29日の午後、1時半と2時半の1日2回ずつ行います。
高い竹竿の先にネズミサシと目駕籠を結わえて、これにめがけて豆をまきます。
昔は、この先に鬼が下りてきて、ネズミサシを避け籠に寄り付くので、
籠の目に着いた鬼を追い返すために、豆を投げたのだそうです。
『福は内。鬼は外、鬼のまなこ(め)をぶっつぶせ』と3度言ってなげます。
ぜひご参加ください。
用意した豆はこれです。表には「招福除災 鬼大打豆」の印が押してあります。

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ひな人形展がはじまった

Photoこんにちは、まゆこです。

 

Dsc_0368 本日より平成28年度第4回企画展「ひな人形展」はじまりました。

 江戸から昭和時代に製作された250躰以上の雛たちが皆さんをお待ちしています。

Dsc_0366もちろん、甲府の雛問屋が作った雛たちも、ちょっと古びているけれど堂々と立って、例年通り皆様をお迎えしています。このなかでも、上から2段目が童子の顔に身振り手振りがかわいらしい「横沢雛」です。その他、1段目は内裏雛、3段目は翁と媼の人形(高砂)と埼玉県岩槻発祥だけれども甲府の雛問屋が作った裃雛、4段目が神功皇后と玉津島明神がモチーフの雛、5段目が市井の人々を表現した雛たちを、今回は分類して展示してみました。 

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←昭和の7段飾りの内裏雛

さらに、男雛と女雛の並び方にも、時代によって変遷がありますので、そこのところも当館ではこだわった展示をしています。

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気になる方は、どうぞ解説パネルを読んでみてください。

明治・大正期の内裏雛

それから、当館には、添え雛とか添え人形といわれる内裏雛の周りに飾られたユーモラスな雛たちもたくさん居まして、それぞれに個性があり面白いのですよ。甲府の雛問屋で製作された添え雛たちの表情を見ていると、飽きることがありません。

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まゆこ的に勝手なストーリーを考えて配置しています。

←これは、かっこいい若君を町で見かけた娘たちがキャッキャッ言っておしゃべりしてる感じのシチュエーションにしてみました。

他にもいろいろな個性の添え雛があるので、みなさんも「この人形とこの人形をこういうふうに配置して、こんな場面にしたら?」と思いついたらまゆこに知らせてくださいな。

これから4月まで、当館でいっしょにお人形まつりを楽しみましょうぞ♪

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でも、今日はお外が寒すぎて、誰もまだ観に来てくれてないのだけれど・・・ね。

山梨県中央市のはじっこにある当館ですが、周辺で雪は降っていませんし、路面は良好です。

館内を暖かくしてお待ちしていますから、どうぞ観に来てください!

隣の温泉施設ふれんどりぃにもついでに寄って、体を温めて帰るのもよいですよ!

まゆこ

2017年1月 9日 (月)

小正月

Tomiko

 富子だけんど、降ったね、雪が。やっぱり成人式はどこへ移動しようが雪なんだねぇ。大人への試練てことかな。

 試練のことを言えば、小正月の行事は結構大人への試練も兼ねてるとこがあっただよね。うちの方のはそういうこともないけんど。子どもは活躍するよ。うちの娘なんかも子どものころ、どんど焼きで燃やす松飾りとかを集めに回ってたからね。

Img_9812jpg2 子どもたちの獅子がやってきた

 昨日は子どもんとうは、朝早くっからグループに分かれて、お獅子を先頭に家々を回ってくれたさ。獅子頭をかぶったら前が見えなくて歩けず、「前が見えないよ「」「獅子の口を開けて歩くだよ。」って大人の人に言われたり、太鼓を担いだ子が「もう、疲れちゃったよ。」「あと少しだから、頑張ってな。」なんて言われたり。子どもの試練の日だったかもしれんね。ほんだけんどこうやって1年に1回でも、地域の人たちに頼りにされる子どもって、いいよね。その町に根っこがあるのが大人になってわかるよ、きっと。

Img_9816jpg2 お獅子の祝福を受ける

 うちの孫の頭を獅子がちゃんとかんでいってくれたよ。

Img_9770jpg2 孫も団子を挿す

 うちでも子どもに役に立って貰いたいと思って、団子を木の枝に挿すのをやってもらったさ。なんだか訳も分からずやってるとは思うけんね。そのうちでっかくなってから、心の中にちっとでも残ればいいじゃんけね。

Dscn9305jpg2 雪のどんど焼

 さていよいよどんど焼の時間になったら、雪じゃん。どうするずらと思ってたら、「4時からやります」っていう放送があってさ。役員さんたち頑張ったね。4時頃にゃあちっと小降りになってきたから、会場へ行ってみたら、最初のうちは少なかった人も、松飾りや団子をもってどんどん集まってきて、にぎやかになったねぇ。私もミカンとおつまみと御神酒をよばれたさ。雨よりか雪の方が風情があってよかったかもしれんね。

2017年1月 7日 (土)

今日は七草がゆの日

Tomiko

 富子だけんど、寒いじゃんね。晴れても寒い。晴れるから寒いのかもしれんけんど。

 今日は七草だよ。例によって、近所のスーパーの行事用食品売り場は七草セットや七草がゆセットが大量においてあって、この寒空の中を生えてもいん草を探しにいかんでもいいようになってるさね。ありがたいこんじゃんね。

Dscn9280jpg2 パック入りの七草、緑が鮮やか

 七草がゆは正月の胃の疲れを休めるとか、冬場に足りなくなるビタミンの補給とか言われるけんど、白い米に緑の色が新鮮で体にも心にもよさそうだよね。

Dscn9284jpg2 土鍋で粥にした、ちょっと多すぎた

 昨日のうちに米をひやかして、朝粥をたいて切っておいた緑の七草を炊きあがる頃に入れて、ちょっと塩味をつけてできあがり。だしを入れる人もあるようで、そこはそのうちの好きな味にすればいいし、中に入れるもんも人参とか好きなもんを彩りよく入れればいいっちゅうこんだよ。

Dscn9289jpg2 行儀が悪いが粥を食べた

 野菜は大嫌いなうちの孫が七草がゆは食っったから、びっくりだよね。途中で梅干しを入れたり、ふりかけをかけたりして、味の変化も楽しんでたけんどね。大人も梅干しとかゴマとかでひと味変えてもいいらしいよ。要するに好きなように食えばいいっちゅうこんだけんど、行事食はいいよね。日本の文化だし、心がすがすがしくなるからね。

2017年1月 6日 (金)

H28年度「ひな人形展」

Photoこんにちは、まゆこです。

春の恒例「ひな人形展」開催のお知らせです。

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●企画展名 平成28年度第4回企画展「ひな人形展」

●会期 平成29114日(土) ~ 49日((月曜または祝日の翌日は休館)

入館料 大人250円・小中学生100円(幼児と65歳以上無料) 

日本の歌百選に選ばれ歌い継がれている「うれしいひなまつり」には、「男雛」・「女雛」だけでなく、個性豊かな「三人官女」や「五人囃子」「随身」たちも登場しますが、この歌にあるような豪華な段飾りを家庭で飾ることも、現在では少なくなりました。

 

当館の春の恒例となった「ひな人形展」では、江戸中期の享保雛をはじめ、昭和にわたるひな人形の変遷を一堂にご覧いただきたいと思います。

 

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また、250躰を超えるひな人形コレクションには、内裏雛のまわりに飾られた、添え雛といわれる個性的でユーモラスなお人形たちも多く含まれています。

 

江戸時代、山梨県甲府市横沢町には雛問屋が四軒あり、細工物の雛の製作地でした。それらの雛問屋が明治期になり、数多く制作した、素朴で独特の手振りの雛は特に印象的です。かつて「横澤ヒナ」、「横沢びな」と呼ばれました。

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今年のひな人形展では、当館所蔵の横沢で製作されたと思われる雛を、過去文献を踏まえて分析し、その正体に迫りたいと思います。是非、甲州の先人たちの愛した在地雛もじっくりご覧ください。

まゆこ

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2017年1月 5日 (木)

道祖神の飾り付け

Tomiko

 富子だけんど、お正月休みも明けて、今日から資料館も始まったよ。ウインドウには早速お雛さんを飾ったさ。あとちっとで春だよ。

Dscn9274jpg2 道祖神ののぼり旗

 1月3日の日に道祖神さんの前を通りかかったら、自治会の役員さんたちが道祖神の飾り付けをしてたさ。あわてて家に帰って、カメラをぶら下げて道祖神さんのところへ帰ったら、へえ役員さんたちはいなくなっちゃってたけど、飾り付けはばっちりできあがっていたさね。

 今年は早いよね。道祖神のどんど焼きも7日頃にやっちもうらしいよ。餅つきが終わったらへえ団子作りだよ。忙しいじゃんね。

Dscn9277jpg2 賑々しく飾られた双体道祖神

 青空にのぼり旗がはためいて、真っ白い注連飾りがきれいだよ。道祖神さんがホントに神様になった感じだね。この道祖神さんは古いんだよ。江戸時代のもんだよ。神様が二人仲良く並んでる双体道祖神だよ。

2017年1月 1日 (日)

おめでとうごいす

Tomiko

富子だけんど、明けましておめでとうごいす。盆も正月もなく資料館の2階で蚕の世話をしてるけんどね。今日は正月晴れっていうかどうかしらんけんど、いい天気じゃんね。ほんだけんど寒いよね。資料館へ来る途中の道も霜が真っ白だったし、大福寺も入り口がすごい霜だったよ。今年もいい歳になるように歳神さんを拝んだけ?

Dscn9266jpg2 孫がいたずらできない所に飾った

今年は除夜の鐘も搗かなかったし、歳旦祭も行かなかったさ。昨日一日台所に立ってたら、起きて行くずくがなくなっちゃとう。

Dscn9267jpg2 五色の幕をめぐらした観音堂

ほんだからせめて大福寺さんにはお参りしっかと思って来てみたら、ちゃんとお正月を迎えるる飾り付けがしてあって、お参りの人も来てたさ。

Dscn9268jpg2 青空高く翻る幟

観音堂だけじゃあないよ。鐘撞き堂も本堂もみんな幕を張り巡らしてあって、松飾りもお堂や入り口に全部してあって、豊富の人たちに大事にされてるってこんがよくわかるさ。鐘撞き堂のことをいえば、鐘は高いとこにつるさってるだけんどちゃんと下にいても撞けるように紐を垂らしてあるさ。考えたもんだね。

Dscn9269jpg2 鐘撞き堂にはお供え物の跡が・・・

これを見たらやっぱり搗きにこうばよかったって反省してるさ。お正月っから反省してるようなこんじゃあだめだよね。

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