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2016年10月15日 (土)

陸軍少将早川新太郎の墓所

P9233831 中尾神社

先般、陸軍少将早川新太郎の大礼服やその装飾具を寄贈されましたが、早川新太郎の生年月日や、没年月日、あるいは墓所などについては不明のままでした。そこで、新太郎の妻の実家である、田村家(笛吹市一宮町中尾・中尾神社宮司)の田村弘正氏を訪問し、親族の早川新太郎家のことを尋ねました。

Pa124006 宝樹院

Pa123992 早川家墓所

その結果、田村家と同じ寺院、一宮町中尾の臨済宗宝樹院に墓所があることがわかりました。早川家の墓誌の表には新太郎の名前は書かれていませんでしたが、裏側を見ると更に江戸時代からの祖先に次いで、新太郎の戒名と没年月日が記されていました。

Pa123986 墓誌裏側の左から2人目

戒名は「奉公院殿憲道義法居士」で、昭和2年10月20日没でした。残念ながら生年月日は不明です。陸軍士官学校へ明治22年に入学しているので、入学年齢が15歳くらいとすると明治7年頃の生まれかもしれません。没年齢は55歳くらいだったでしょうか?いづれにしても来年は没後90年ということになります。

今年の10月20日、間もなくですが、没後89年目になります。墓所と命日の確認できたのは何かの縁でしょうか?

奥さまは「志づ子」さんですが、墓誌に「俗名 静」と書かれている方だとすれば、戒名は「静真院秋月慈香大師」で、大正10年9月21日が命日です。

Pa123984 中尾神社宮司・田村家の墓所

早川新太郎家の墓は、一時、品川区の嶺雲禅寺ありましたが、平成22年に移転改葬され、現在の宝樹院に移されました。この墓所には田村イ与造の本家の墓所もあり、夫婦ともども落ち着いたことでしょう。

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