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2016年10月23日 (日)

台が原宿で逢ったすごい道具

Tomiko

 富子だけんど、久しぶりじゃんね。元気だったけ? こっちは風邪もひいたり、運動会が二つもあったりしてささらほうさらだったよ。

 昨日は台が原宿の骨董市・クラフト市に行ってきたさ。3年続けて行ってるけんど、年々店が増えてきて、最初に行った時は神社はシートを広げて弁当を食える感じだっとうに、去年は神社にも店が並んで、今年は神社の裏の公園にも店が並んでたさ。骨董の方も七賢の工場の奥の方まで広がってたね。

Dscn9028jpg2 人出も多かった

 骨董に趣味はないけんが、資料館にある古いもんがどういうもんか勉強するいい機会だからね。

 金精軒の二階にも店が入ってて、登ってみたら、面白い機械があるから見せてもらったさ。ほうしたら、信州紬の糸を紡ぐ道具だって。

Dscn9023jpg2 電動紡糸器

 真綿をこの道具にかけるとあっという間に糸が紡げて糸巻きに巻き付いちもうさ。手紡ぎだと、つばをつけて手で撚りをかけて、「おぼけ」にためてっから巻くっていうように手間がかかるけんどこれじゃあ早いわ。

 実演してた人がいうにゃあこれは明治からある機械で、鋳物で作ったあるから、これが壊れちゃったらへえ直せんだって。電動だから明治じゃあないなと思ったから調べてみたら、戦後のものだったけんど、古いことは古いし、今作ってるもんじゃあないよね。

Dscn9024jpg3 月見草で染めた真綿が糸になる

 長野県の人が発明して、信州紡ぎの発展に貢献しただって。今でも80歳くらいのおばあちゃんが何人かこれを使って糸紡ぎの仕事をしてるだってよ。

 信州は全域が紬の産地で、自然が豊かだから草木染めで染めるだって。戦後の振興策が実って今は高級織物になってるっていう話だよ。紬はもともとは糸が取れんよたい繭(よくない繭)から作ってたにね。時代が変われば変わるもんだねって、その人も言ってたさ。山梨じゃあどうして紬が作られなかったずら。繭作りはうまかったにね。

 そのとき取ってた糸は、月見草で染めた糸で、薄紫のきれえな糸だったよ。あとは桜や茜で染めたスカーフがたくさん展示してあって、どれも軽くてあったかそうで、きれえだったね。

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