フォト
無料ブログはココログ

にほんブログ村

« 名車スバル360「てんとう虫」きたる | トップページ | 第3回歴史文化講座『地方病終息宣言20年』を開催します »

2016年8月 9日 (火)

ミニ企画展 「帽子 ~暑いまぶしいさて何をかぶろうか?~」(2)

日本の帽子の歴史

古墳時代

 帽子の前身らしいものはそれ以前にもあったと思われます。古墳時代の埴輪には、帽子をかぶったものがたくさんあります。

 写真の埴輪は群馬県の保度田古墳群で復元展示されている埴輪です。帽子の人は正装している感じです。もう1枚の写真は東京国立博物館に展示されているもので、これも正装の男子です。

Jpg2 保度田古墳群の埴輪

Img_9344jpg2_3 東京国立博物館の埴輪

奈良時代

 朝廷に属する官人が制帽として冠をつけるようになったのは聖徳太子の冠位十二階制ができてからと考えられています。冠位十二階が制定されると、冠の色は地位を示すものになりました。そして、儀式の時は冠をかぶり、ふだんは圭冠(はしばこうぶり)という帽子をかぶります。こうしたステータスシンボルから出発したかぶりもの着用は、やがて成人男子のあかしといえるような存在となりました。平安時代には庶民に至るまで頭にかぶりものをつけ、露頂を恥とする文化が生まれたのです。

平安時代

圭冠にかわって烏帽子(えぼし)が登場します。百人一首や絵巻物でおなじみのものです。

やはり儀式の時には冠をかぶり、ふだんは烏帽子をかぶりました。烏帽子は今も神社の神主の装束や相撲の行司の装束に見ることができます。

女性は外出するとき、被衣(かつぎ)というものをかぶりました。着物ですがかぶるために作られた着物で襟のつく場所が普通の着物と異なります。また市女笠(いちめがさ、またの名を虫の垂れ絹)をかぶることもありました。

Dscn5131jpg2_2 流鏑馬の綾藺笠

Dscn5110jpg2 流鏑馬祭りの神事

鎌倉時代から安土桃山時代

 烏帽子よりも日よけになり、手軽にかぶれる笠が外出や野外労働には欠かせないものになります。武士の狩猟や旅、流鏑馬などには綾藺笠(あやいがさ)と呼ばれる笠が使われました。髻(もとどり)を入れるために真ん中が高くなっています。南アルプス市で行われている流鏑馬では、綾藺笠をはじめとして、鎌倉時代頃のさまざまなかぶりものをつけた人たちが登場します。流鏑馬それ自体もすばらしいですが、装束などにも目を向けたいですね。

 戦場に出る時に兜をかぶれるのは身分のある人だけでしたが、萎烏帽子(もみえぼし)という柔らかい布で作られた烏帽子をかぶり、その上から鉢巻きを締め、さらに兜をかぶりました。しかしうち続く戦乱のために、徐々にかぶりものをつけない風がおこります。

女子の間には桂包(かつらつつみ)が行われました。

« 名車スバル360「てんとう虫」きたる | トップページ | 第3回歴史文化講座『地方病終息宣言20年』を開催します »

企画展・ミニ企画展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1875313/66912991

この記事へのトラックバック一覧です: ミニ企画展 「帽子 ~暑いまぶしいさて何をかぶろうか?~」(2):

« 名車スバル360「てんとう虫」きたる | トップページ | 第3回歴史文化講座『地方病終息宣言20年』を開催します »