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2016年8月28日 (日)

ミニ企画展「帽子 ~暑い!まぶしい!さて何をかぶろうか?」(3)

日本の帽子の歴史

江戸時代

 江戸時代に男女ともによくかぶられていたのは笠でした。イグサやワラなどの草を編んで作られたものですが、その流行はめまぐるしく変わったようです。特に農作業や旅には笠は必需品でした。笠は日除けにもなり、雨や雪よけにもなるからです。

Img_9333jpg2 縫って作った菅笠

 展示している笠は菅笠と三度笠といわれる旅笠です。菅笠は縫い笠とも言われ、スゲの葉を糸で縫って作っています。もちろん土台は竹です。それに反故紙を貼って柿渋を塗ったものが常設展にあります。菅笠に防水性を加えたものでしょう。

 三度笠には男性用と女性用があり、展示しているものは「五徳」がついている深い形のものなので男性用でしょう。女性用は「丸輪」がついているようです。竹で編んであるので編み笠の分類に入ります。三度笠もスゲで作ったものが多く、軽いことが魅力だったのでしょう。

Img_9322jpg2 漆に金の家紋入り武家陣笠

武士の屋外活動には陣笠というものが使われました。陣笠というのは、戦国時代は雑兵などが貸与・支給された代用兜のことをさしますが、江戸時代には、漆塗りで、家紋などを入れた武士のかぶりものをさします。

展示されている陣笠は、文久4年2月(1864年、あと4年で明治元年)と書かれた反故紙を重ね合わせて作られた袋に入っていました。そのためほとんど使用しなかったと見られ、大変美しい状態で資料館へやってきました。江戸時代も後期になると端を反らせた頭に密着する形の陣笠になっていきますが、これは丸いだけの陣笠です。

Img_9354jpg2 内側が金の武家陣笠

常設展に展示されている陣笠も同じ作りです。こちらは漆がだいぶ傷んでいますが、裏側(内側)は金色がきれいに残っています。

Img_9357jpg2 揚げ帽子が角隠しに変化

 布で作った頭巾は主に男子のかぶりものとされ、帽子はもっぱら女子のかぶりものでした。頭巾はともかく、江戸時代の帽子といわれても想像がつかないと思いますが、結婚式で和装の花嫁さんがつける角隠しは、揚帽子(あげぼうし)が変化したもので、武家や庶民の上流階級の女性が外出などの際に用いたものです。同じく花嫁さんの綿帽子は、髷が結われるようになると、被衣(かつぎ)が変化したものとして、使われるようになったものです。そのほかには輪帽子と呼ばれる前髪の上にのせて共布の紐を後ろに回してしばる帽子もありました。 

江戸時代は、道路が舗装されていないため砂ぼこりがひどく、頭髪につけた鬢付け油に砂ぼこりがつきやすいので帽子が必要とされたそうです。

Img_9159jpg2 こよりで作った韮山笠

幕末から明治維新にかけて、農民が西洋式の兵隊として戦闘に加わりますが、農民兵は韮山笠をかぶって戦いに臨みました。韮山笠と言われるのは、韮山代官の江川担庵(反射炉を作った人)が農兵を組織し、この帽子をかぶらせて軍事調練を行ったことから来ています。山梨でも農兵が幾組か組織されたようなので、そこに入った人の持ち物だったのでしょう。山野をかける時の便を考え水に強く、半分に折れるため携帯に便利でした。なんと「こより」(和紙を細く切ってねじったもの)で作ってあり、それに漆がかかっています。

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