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2016年6月30日 (木)

コンニャク(2)

Tomiko

 富子だけんど、梅雨らしい日がまいんち(毎日)つづくじゃんね。おかげさんで、畑の草がえらい伸びちゃって、びっくらだよ。

Img_9276jpg2 コンニャクの葉

 コンニャクも葉っぱが出たよ。畑に植えといたのも葉っぱが出てきたさ。やっぱり6月の陽気がコンニャクには合ってるだね。元々がインドシナ半島が原産ちゅうからね。

Img_9279jpg2 上から見た葉

 コンニャクの茎のように見えるのは、ホントは葉っぱの軸、つまり葉柄だって。葉柄が茎みたいに立ってて、上で広がってるのはつまり1枚の葉っぱっちゅうこんだね。1枚だけんど何枚もの葉っぱに分かれてる。わけのわからん植物だね。

Img_9280jpg2 薄い葉で葉脈が見える

 葉っぱは茎みたいに見える葉柄とは違って、きれえじゃんね。葉脈もきれえに並んでる。こんな葉っぱだけんどサトイモの仲間だってよ。サトイモの葉っぱとはえらいちごう(違う)じゃんね。

Dscn8473jpg2 大きいコンニャク芋

 っていうわけで、じゃあ茎はどこかというと、地下の球根のようなところ。根っこじゃあないから、球茎って呼ぶだって。ほら、なおさらややっこしくなっだじゃんね。このコンニャク芋の部分は何かに似てると思ったら、英語じゃあ「エレフェントフット」っていうだって。確かに象の足そっくり。

 また何か変化があったら、書くね。

2016年6月29日 (水)

自由研究で使う糸取り装置

Photoこんにちは、まゆこです。

Dsc_0160
先日、当館に今夏の自由研究で蚕をテーマにすすめているという小学生が来てくれました。

しかも自分で育てた蚕が作った繭を持って!

彼とは、4月に、この研究プロジェクトをはじめるにあたって、蚕と養蚕の基礎知識を解説したのですが、その時に、いつどのように蚕を手に入れて育てるのがよいか相談を受けました。

その後、彼自身で当館もお世話になっている愛媛蚕種の黄白を無事に育て上げ、その研究経過を見せに来てくれたのです。

大変うれしいことですね。

 今回の来館は、次に、どうやって糸をとるかについての課題があるそうで、その解決策を探すためだそうです。

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そこで、昔の人が実際に使っていた座繰り器という道具の解説をした後で、家にある素材で簡単に作れる糸取マシーンの例として、ペットボトルを使った装置をご紹介しました。

 ←装置の上のかぼちゃはとりあえずの「重し」です。

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「例えばこんな装置を作ってみたらどう?」なんて、私と彼が話している間に、館長がササ―と作っちゃったんですけどね!

 

とても参考になったようで、彼の取材手帳に詳しくメモされたもよう。よかったです。

最終的な自由研究の成果が楽しみなので、その時は見せてもらおう♪

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こんな風に、夏休みは毎年蚕や養蚕をテーマに来館される親子連れがよくいらっしゃいます。

←虎蚕3齢1日目 しましま~!

蚕というテーマは非常に大きく、蚕と人間のかかわりの歴史や文化について調べる場合、昆虫観察という側面を重視して蚕を研究する場合とでは、展示の観かたや調べ方が違ってきます。

 まずは、蚕の何に不思議や魅力を感じたのか?を明確にして、研究をはじめるとよいと思います。

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当館では喜んで、アドバイスさせていただきますよ! 

まゆこ

←黒縞 3齢2日目 シマシマ~♪

2016年6月26日 (日)

ミニ企画展 「昔も今も変わらぬ相棒 文房具」 (3)

甲州雨畑硯

雨畑硯は、元禄3年(1690)に雨宮孫右衛門が早川で黒色の石を発見し、これを硯にしたのが始まりといわれています。天明4年(1784)に将軍に献上したことで名前が世に広まり、身延山参詣の土産として評判を呼びます。明治になり石の質や製法が中国の端渓硯に勝るとして、「雨端硯」と呼ばれるようになります。現在雨畑では「硯匠庵」のみが製造していますが、同じ石と製法で富士川町でも製造しています。

Img_9143jpg2 雨畑硯(小さいのはかな文字用)

硯に使う石は粘板岩という石ですが、雨畑硯に使われる石は粘板岩の中では質がよく、きめが細かく、ねっとりした感じがします。雨畑石と呼ばれるこの石は、埋蔵量が少なく、一時は別の石で作った硯を雨畑硯として売っていたそうで、本物の雨畑硯には、「雨畑真石」と書いてあります。

Img_9145jpg2 雨畑真石の文字が彫ってある

小井川遺跡の硯(山梨県立考古博物館蔵)

中央市の布施にある小井川遺跡は、新山梨環状道路建設工事にともない、県の埋蔵文化財センターが調査しました。この遺跡からは室町時代から戦国時代のものと思われる大きな建物のあとなどがみつかりました。

Jpg2 遺跡全景(小井川遺跡報告書より)

そこから出てきた多くの硯や、墨で文字が書かれた土器などから、高度な知識と教養を持った僧侶たちによる修行や写経道場として使われていた建物と考えられます。

Img_9138jpg2 小井川遺跡硯と雨畑硯

この建物のあとからは、12点の硯が出土しました。多くは火災による熱で割れたり、色が変わったりしています。

形は長方形のものがほとんどですが、頭部がドーム型をしているものや、撥型のものもありました。また、鯉と流水の模様を彫刻したものもあります。大きさは比較的小さく、幅が4~5cmのものが7つもあり、細筆で細字を書くために使われたと考えられます。現在も写経用やかな文字用の硯は小型のものが使われています。

2016年6月24日 (金)

H28こども夏まつり

Photoこんにちは、まゆこです。

夏恒例、豊富郷土資料館の「こども夏まつり」のご案内です。

Dsc_2183←参加賞のヨーヨー釣り

 子どもたちの自由研究や夏休み工作のヒントがたくさんある中央市豊富郷土資料館に、ご家族みなさんでお祭り気分でいらしてください。

気軽に郷土資料に親しむことのできる機会になったらいいなと考えています。

  より多くの市民や県民の方に体験してもらうため、開催二日間は入館無料としました。

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日時:平成2830(土)・31() 午前10時~午後3時(受付時間) 

 

 入館無料・参加費無料 

場所:資料館前庭・エントランス ・館内

内容:いろいろな遊びや体験、学習をして、参加賞をゲットする! 

 

 

 

 「水鉄砲で的当て」「魚釣りゲーム」「千歯こき(むかしイネからコメを収穫するときに使っていた道具)体験」「館内ウォークラリー(展示資料に関するクイズ)」の4つをクリアすると、参加賞がもらえます。

Dsc_2175_2 ←千歯こき体験

Dsc_2197 ←魚釣り

Dsc_2192 ←館内ウォークラリー

2歳以上の幼児と小中学生なら中央市外でも参加OK!入館料は大人も全員無料!

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←おかいこさんも見られるよ!

 お蚕さんの展示飼育を同時に行っています。

  是非、貴重なふれあい体験もお楽しみください。 

まゆこ

2016年6月23日 (木)

黒縞と虎蚕の毛蚕(蟻蚕)に会えた!

Photoこんにちは、まゆこです。

当館では、平成2868日に駒ケ根シルクミュージアム様から譲っていただいた、しましま模様の蚕の卵(黒縞と虎蚕)が次々とふ化し、成長しています!

Dsc_34926月8日の虎蚕の種はまだ真っ黒。

Dsc_3638618日虎蚕の種(卵)が催青してきた。

Dsc_0059虎蚕のふ化 卵が青みがかってきてから2日目くらいでドォーと殻を食い破って「毛蚕(けご)」が出てきました。

毛蚕は真っ黒で毛むくじゃらなので、蟻のようにも見えますから「蟻蚕(ぎさん)」とも呼ばれます。わずか3㍉ほどなんですけどね♪みえるかなぁ~。

Dsc_3654黒縞ふ化2日目

Dsc_0021毛むくじゃらの黒縞の毛蚕。まだしましま模様はわからないですね。
まゆこは、卵から生まれたばかりの毛蚕とか蟻蚕と呼ばれる姿のお蚕さんの写真を撮影することが念願でした。

豊富村では、昭和49年に稚蚕共同飼育所が山宮に建設されるまで、各家では卵をふ化させた毛蚕から育てていたんです。

 

だから、地元の人たちに、いまではなかなかお目にかかれなくなった毛蚕を懐かしく見て欲しいなと思って・・・。

Dsc_01026月23日、黒縞は眠に入ったので、消石灰ふりました。本日は黒縞がはじめての眠(みん)を迎えました。

Dsc_01046月23日朝・虎蚕ふ化から4日目、そろそろ眠に入りそう。今日はまだ、刻んだ桑葉をふわふわと上にかけるようにして与えています。

 さぁ、7月中旬に繭を作ってくれるまで、無事に育てられるでしょうか?いつも2齢眠までは稚蚕専門農家さんに育ててもらっていたので、毎日ドキドキしながらの挑戦です。

皆さんも見に来てくださいね。ちっちゃいお蚕を見るために、ライト付き虫眼鏡をご用意していますからご安心ください。

まゆこ

 

2016年6月22日 (水)

コンニャクの葉が出そうだよ

Tomiko

 富子だけんど、雨っぷりだねえ。熊本や大分じゃあ困るじゃんけ。地震で山んくんじゃっとうに、こんだまた大雨で崖崩れじゃあ。どうしてこう悪いこんは、同じとこに続けて起こるずらか。

 5月の半ばにコンニャクの種をもらったから資料館にも植えてみとうさ。コンニャクは食ったこんがあっても、種を見たこんがある衆はすくないら?種ったって芋だよ。コンニャク芋。

Img_9108jpg2 コンニャク芋

 こりゃあ2年目の芋だね。こういう芋を植えといて、秋に掘ってみると1年目の芋がひょろひょろとあっちこっちから角(つの)みたいに出てくるさね。それをまた春植えておくとこんくらいの芋になるっちゅうわけ。ほんだけんどこれじゃあまだ食えんさ。もう1回植えて、3年目になれば、芋もある程度でっかくなって、コンニャクを作るにいいでかさになるっちゅうわけさ。せんころ作ったコンニャクは、4年目の芋で作ったから、でかい鍋いっぱいになったよ。 

Img_9233jpg2 コンニャクの芽

上の写真の角みたいのが見えるけ?これがコンニャクの芽だよ。出てきとうが6月12日だね。コンニャクは元々ぬくといとこの植物だから、ぬくとくならんと出ちゃあこんだよね。

Img_9263jpg2 20cmくらいに伸びた芽

 これだったら出てるのがわかるら?奥のほうの鉢にもちっくいけんど芽が出てきてるね。芽の模様がなんともいえんよね。蛇みたいでさ。見てきれえっちゅう植物じゃあないよね。

Img_9266jpg2 葉が顔を出した

 ほうしてこれが今日さ。6月22日だね。上のほうに葉っぱがかたまってるのが見えるじゃんね。これん今に開くだけんど、開いたらまた写真を載せるね。茎の太さは2.5cmくらいだね。コンニャクっちゅうはおもしれえ植物だから、その話もこんだ書くじゃんね。

 

2016年6月21日 (火)

ひきひろい

Photoこんばんは、まゆこです。

Dsc_3633617日から21日にかけて、展示飼育中の春嶺鐘月と黄白がつぎつぎと熟蚕になり、上蔟作業を行っています。

昔は、この作業のことを山梨では「ひきひろい」といいました。

2861717時 館長の手に集められた春嶺鐘月の「ひきた蚕さん(熟蚕)」

 

Dsc_3626 H2861717時 資料館では夜中の作業は無理なので、苦肉の策として、桑を敷いた平かごの上に回転蔟を置き、その間と周りにまだ食べている蚕をのせて帰りました。

 桑葉から蒸散する湿気が繭の品質に及ぼす影響が少々気になりますが、食べるのに満足した蚕たちが自分たちで蔟にのぼってくれるでしょうから、この方法しか思いつきませんでした。

Dsc_010028621日 無事に立派な繭をつくった「春嶺鐘月」。よかった!
 よって、収繭(繭掻き・毛羽取り)は6月29日(水)となりました。

 

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さて、こちらは昭和30年の豊富養蚕農協のアルバムにあった「ひきひろい」の写真。

ひきた蚕を盆に集め、背後にある回転蔟にのせます。

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 ひきた蚕は、はやく蔟にのせないと、品質の良い繭にはならないため、手伝いの人も頼んで大忙しだったようですよ。

Dsc_007328620日「黄白」の数頭がひきはじめました。メスが黄色、オスが白の繭を作る品種です。

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 H28621日「黄白」 オスが先に繭を作りはじめるので、まだ白い繭しかつくられていません。黄色いメスの繭がみられるのは明日ですね♪

蚕たちが頭を八の字に振りながら一心不乱に糸を吐き続ける姿を見ると、毎回感動してしまいます。

繭の完成が近づくにつれて、その姿は見えなくなるのですが、緑の桑の葉しかあげていないのに、おかいこさんの体の中を通ると、どうしてこんなに真っ白できれいな糸になるんでしょうね。神秘的ですね。

 

「さようならぁ~、ありがとう。」もうあのむちむちの、モリモリ桑葉を食べていたおかいこさんが糸で見えなくなってくると、いつもちょっとさみしい気持ちになるまゆこです。

 本日、平成28621日(火)飼育展示中の蚕の生育状況は、「春嶺鐘月」は繭、「黄白」は営繭中、「黒縞」はふ化4日目、「虎蚕」はふ化2日目となっております。

 次回は、卵からふ化したばかりの3ミリ程度のちっちゃな「黒縞」と「虎蚕」の生育状況を中心にレポートする予定です。

全国の蚕ホリックの皆様、お楽しみにね!

 

まゆこ

2016年6月19日 (日)

第2回企画展「最後の養蚕家と豊富」始まる

養蚕展が始まりました。同時にお蚕も飼育しています。
卵からかえったばかりの蚕と、繭を作り始めた蚕が、同時に見られます。
毎日蚕マニアの方々にたくさんおいでいただいています。
昨日と今日は解説日で入館無料にしました。最後の養蚕家中込さんも喜んでいると思います。どうぞ皆さんもお出かけください。明日の月曜は休館日です。

P6183192 展示の解説中

P6183196 熱心な見学者

P6183190 甲府CATVの取材を受けています。6月27日から11チャンネルで午後7時から『街かど中央・昭和』で放送予定です。

P6183164 糸取体験

P6183147 卵から出てきた毛蚕(3mm)黒という種類で、黒い肌に白い縞がある珍しい種類です。1週間もすれば目視できるでしょう。

P6183149 刻んだ葉をあげます

P6193201 だんだん大きくなりましたが?

P6193210 こちらはムチムチの5齢(指の太さくらい)黄白という種類です。

P6193205 糸を吐き始めた蚕を蔟(まぶし)に入れました。

P6193207 まだうろうろしている

P6193209 繭をつくりはじめた蚕たち

2016年6月17日 (金)

もう上蔟(じょうぞく)!

Photoお久しぶりです。明日からはじまる企画展準備のため、さぼってましたまゆこです。

なので、今季は蚕の生育状況をお伝えする頻度が少なくなってしまいました。ごめんなさい。しかも、今日の昼ごろから、熟蚕(じゅくさん)が出始めたので、きゃー、大変!! 上蔟作業が始まりました。

 

Dsc_3606今日の朝の58日目のぱつぱつむっちりの春嶺鐘月。まだ熟蚕はいない。

Dsc_3610黄白は55日目。こちらも食欲がすごくなってきた。

Dsc_3604館長も朝から桑切り、除沙、給桑と大忙し。なんせ5齢蚕の食欲はものすごいので。

Dsc_3614そろそろひきてきそうな(熟蚕になりそうなor糸を吐きはじめる)予感がしたので、早速館長は回転蔟の組立開始。

Dsc_3619昼前にはもう糸を吐き始めたものがいたので、ちょうど良いタイミングでした。

Dsc_3625_2

繭をつくる部屋はそれぞれの蚕が好きに決めるので、蔟に乗せてしまえばおかいこさんたちにお任せなんですが・・・・。

 まだまだ桑を食べ続けている蚕の方がたくさんいるので、いま現在、まゆこと館長は蚕棚が気になって気になって困ってます。

 

今晩はどうするんだ~? 今晩は眠れそうにないまゆこです。

明日から、企画展「最後の養蚕家と豊富」がはじまります。明日と明後日の6月18日・19日(土・日)は展示開設日として、入館も皆様無料となります。あわせて、「繭から糸を繰り出そう!」というイベントも10時から行いますので、皆さんのご参加お待ちしております。繭をつくりはじめた蚕たちも見ものです。どうぞ、お出かけください!!

まゆこ

2016年6月14日 (火)

ミニ企画展 「昔も今も変わらぬ相棒 文房具」(2)

書道用品のひみつ

筆・墨・紙・硯の四つの文房具は、「文房四宝」と呼ばれています。東洋の文化にとって大変重要であり、また大きく貢献してきたという意味でこう表現されています。これらはすべて中国で発明されました。

Img_9253jpg2 下の筆は硬い毛でできている

筆は5千年前頃に発明され、陶器に線を描き、彩色をしています。3千年前の殷代の甲骨片には筆で書かれた文字が見つかっています。最古の筆の現物は2千5百年前の楚という国の墓から見つかった「長沙筆」です。筆軸にウサギの毛を巻き付けて絹糸で縛り、漆で固めてあるそうです。

日本最古の筆は、奈良正倉院に所蔵されています。大仏開眼の時に使用した大筆と、実用の筆で、全部で18本あります。

Img_9252jpg2 資料館にはこんな大きな筆もある

中国漢代の墨は小さな墨丸といわれる粒状のものだったようで、硯には、摺り石がついており、この石で小さな墨丸をすりつぶしたようです。紙が発明されると、墨の消費量が増え、墨丸の墨では間に合わず、現在のような墨の形ができたと思われます。これらの墨は松煙墨といわれ、松を燃やしてできる煤に膠を混ぜてかためたものです。

墨が日本に伝わったのは推古天皇の頃で、僧の曇徴と法定が伝えたと言われています。平安時代になると墨の消費量も増え、需要拡大に伴い油煙墨が開発されます。油煙墨は植物油を燃やしてできた煤に膠を混ぜかためて作ります。

日本最古の墨はやはり正倉院にあり、唐の玄宗皇帝から贈られたといわれる「貞家墨」で、舟形の松煙墨です。

Img_9254jpg2 爆弾三勇士の墨

 上の写真の墨にはなにやら絵が描かれています。裏を見ると、「忠烈」「三魂」の文字が。調べてみると昭和7年の上海事変のとき、鉄条網を破壊して敵陣へ突入するために、点火した破壊筒を持って突入し、自らも爆発に巻き込まれて戦死した「爆弾三勇士」を表しているとわかりました。彼らは映画や歌になり、教科書にも取り上げられるほどもてはやされ、グッズもたくさん作られたので、その一つと思われます。こんなところにも戦争遺品があるのですね。

硯は中国の秦の頃にうまれたものとみられています。最初は摺り石を伴う形でしたが、漢代の終わりになると徐々に固形の墨を摺る形態に移っていき、隋・唐の時代になると墨をためる墨池が作られるようになります。現代のような長方形で墨池と墨堂が前後に分かれているような硯になるのは宋の時代になってからのことです。

Img_9257jpg2 筆と比べると大きいことがわかる硯

日本での最古級硯は福岡県の弥生時代遺跡から出土した焼き物の硯の破片で、朝鮮半島で焼かれたもののようです。その後平安時代までずっと焼き物の硯が使われます。円面硯といって、丸い墨堂の周りに墨池があり脚がついているものや、風字硯といって、手前の縁がなく「几」の字の形をしているものが定型の硯でした。その他に甕の破片や食器を再利用した転用硯も使われます。

日本各地で石硯が作られるようになるのは室町時代ころからで、桃山時代頃の遺跡からは石で作られた硯が多く出土しています。産地は全国に広がり、山口県宇部市の赤間石、宮城県石巻市の雄勝石、三重県熊野市の那智黒石、山梨県早川町の雨畑石などが有名です。

Img_9241jpg2 小学校時代を思い出す習字セット

2016年6月13日 (月)

H28「甲斐の七夕人形を作ろう!」

Photoこんにちは、まゆこです。

Tirasi177 今年度、72日(土)・3日(日)に開催する七夕まつり、イベント情報をお伝えします。

 

 

 ことしも、山梨伝統の七夕人形のつくり方講座を開催しますよ!

 どうぞ、笹に飾って持ち帰り、お家に飾ってくださいな♪

工作 《申し込み不要・当日受付》

『甲斐の七夕人形を作ろう!』

  平成2872/3日(土・日)

  各日 午前10時・11

   午後1時・2時 の4

 

  場所:エントランスホール 

 

 参加費用1人・材料費等 50

 *大判の七夕紙使用は100円追加

 

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 ★参加者には、山梨伝統の七夕飾りをつくり、笹につけて、お持ち帰りいただきます。

 

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※このお人形は七夕の夜の翌日から、「泥棒除け」の神さまとして、家の守り神になります。

甲斐の七夕人形と一口に言っても、切り方には、本当にたくさんのバリエーションがあります。

Dsc_031_2昨年このイベントに参加された方でも、今年は違う切り方のお人形に挑戦してみてください。

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笹には、天の川を挟んで男女一対の星神様(甲斐の七夕人形)を作って飾ります。

七夕の夜を過ごした星神様には不思議な力が宿り、その後一年間「お留守居さん」として泥棒から家を守ってくれるのです。

どうぞ、ことしも、山梨の、神秘的で美しい七夕まつりを体感しに、豊富郷土資料館にいらしてください!

まゆこ

2016年6月12日 (日)

足踏み脱穀機で大麦を脱穀した

Tomiko

 富子だけんど、久しぶりじゃんね。梅雨にへえったっちゅうけんど、あんまし雨らしい雨は降らんね。ちっと降ってくれろば、畑のもんが元気になるだけんどね。

 今日は足踏み脱穀機で大麦が扱けるかどうかやってみとうさ。

Img_9227png2 大麦一束ずつ扱く

 上の写真じゃあどういう道具を使ってるかよくわからんかもしれんから、あとでよく見える写真をのっけるね。これでみると麦の束から穂がとれて、いい感じに扱けてるように見えるじゃんね。ところが、そこがちっと気になったから、ブルーシートをまくってみとうさ。ほうしたら下の写真のようになってたっちゅうわけ。

Img_9229jpg2 麦わらから穂だけが落ちた

 見てくれちゃあ。穂がそのまんまもげて落っこちてるら?これじゃあ脱穀した意味がないじゃんねぇ。もっと実がバラバラになってくれんとね。その決定的瞬間を下の写真で見てくりょう。

Img_9231jpg2 これが足踏み脱穀機

 ちっと見にくいかもしれんけんど、穂だけがひとり吹っ飛んでるのが見えるじゃんね。せっかく足踏み脱穀機を出して使ってみたけんど、失敗だったね。小麦だったら足踏み脱穀機で最高だけんどね。ほんだから「くるりん棒」が必要だったわけだね。とりあえず穂だけ落として、そのあとくるりん棒で叩いて粒にするってことだね。

 子供の頃大麦も作ってて、そりょう、脱穀機(電動だった)でこいた覚えがあるだけんど、どうして粒にできたか不思議だよう。

 そういうわけで、けっきょく槌で叩いて脱穀したさ。その後ふるいでふるってきれいにして。一番早いね。まあ量が少ないからだけんどさ。

Img_9240jpg2 これだけ大麦が穫れた

2016年6月11日 (土)

虎蚕・黒縞・黄白

Photoこんにちは、まゆこです。

 6月8日(水)から、飼育展示中の春嶺鐘月(しゅんれいしょうげつ)に加え、虎蚕(とらこ)・黒縞(くろしま)・黄白(おうはく)の3種の蚕が仲間入りしました。

現在、当館では4種類、しかも、虎蚕と黒縞は卵の状態、黄白は4齢・春嶺鐘月は5齢ですので、成長過程の違う蚕が同時に見られることになったわけです。

Dsc_3506春嶺鐘月は5齢前の眠です(610日)。

長野県の駒ケ根シルクミュージアムさんから譲っていただいた貴重な原種である虎蚕と黒縞は、18日頃にふ化の予定です。

Dsc_3492虎蚕の卵

Dsc_3493黒縞の卵
ふ化直前には卵が青色に変化してくるんですって! 毎日の観察が非常に楽しみです♪

Dsc_3491 現在の展示状況

また、山梨県蚕糸協会様が贈ってくださった黄白は、メスが黄色、オスが白い繭をつくりますので、またこれもおもしろいです。

Dsc_3490愛媛蚕種で稚蚕期を過ごした黄白

こんなにいろんな蚕を一度に観られるのは、山梨では珍しいと思います。蚕という虫は1000を超えるほど多種多様なんですよ!

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 日本では、繭の生産量と糸の品質向上を目指して、特に大正時代から、世界中の特徴ある品種が集められ、品種改良を盛んに行ってきた歴史があり、遺伝研究も充実しています。

 

そのおかげで蚕はもう人間の手がなければ生きていけない虫になってしまったわけですが、人間の作りだした蚕という不思議な虫の一端を感じていただけるかと思います。

どうぞ、観に来てください!

まゆこ

2016年6月10日 (金)

今年も七夕まつり

P6093007 今年の七夕飾り

もう3年目になるでしょうか。山梨の七夕人形を飾って、人形作りの体験講習を過去2年間、この時期に行ってきました。そもそものきっかけは、山梨独自の行事、地域の行事を再現しようという試みからでした。そのもとになったのは、山梨郷土研究会の『甲斐』124号に載せられた、信清由美子さんの「山梨の七夕人形」という論文でした。
最初の年は、信清さんを招いて「山梨の七夕人形」という講演と七夕人形作りの講習をお願いしました。地域の方や盆地一円から参加者があり、とても好評だったことから、昨年も同様に実施しました。勿論、今年も資料館職員の指導で、7月2.3日の土日に七夕人形作りの講習会を行います。

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P6103025 オルスイサン

P6103027梶の葉に和歌なんて風流ですね

P6103030 浮世絵に書かれた江戸の七夕風景

P6103032 江戸の華やかさが伝わる浮世絵

七夕人形は七夕飾りの役目を終えると、泥棒除けの「お留守居さん」として、門口や神棚に飾られたものです。人形には各地の特色もありますので、どうぞお出かけください。7月2・3日の土日は無料入館できます。また、七夕人形作りは材料が有料で、通常セットが50円、七夕紙を使う本格的なものは100円が必要になります。笹の枝を差し上げますので、作品をご家庭に飾ってください。

2016年6月 9日 (木)

土室(どむろ)の扉をいただいてきました。

4月28日に稚蚕飼育用の土室発見ニュースをお知らせしましたが、所有者の方にお願いして3つの扉のうち真ん中の1枚(観音開きの両側)をいただくことにしました。5月末には取り外し作業にかかったのですが、昭和50年代には使わなくなったと思われる扉の蝶番(ちょうつがい)は固く錆びついており、手回しドライバーではネジがなかなか抜けません。それでもようやく1本ゆるんだので、抜いてみると5cmほどもありました。赤くさびたくぎが柱の木材にしがみついて、離れないのも無理ないね~そこでCRC556を吹き付けてドライバーを使いましたが、腰や腕が痛くなるやら、ネジ頭がつぶれるやらで、当初の解体作業は一歩も進みませんでした。そこで、蝶番のネジ頭を切断するか、蝶番を半分に切断するか2つの方法を考えて、工具を入手してきました。

P6092980 戸に穴が開いているところに温湿度計が入ります。扉の大きさは、片側1枚が畳1枚ほどです。

P6092978 裏面はとてもきれいです

今日は、助っ人のMさんと、電動道具を車に積み込んで、朝の8時半から準備に取りかかりました。問題は電気です。隣が地域の集会場となっていましたので、地区の役員さんにお願いして、集会所のカギを借り、電気を引かせてもらいました。
電燈を付け、電気ドリルで、ネジ頭を削ろうとしましたが作業がはかどりません。グラインダーに金属切断砥石を取り付けて、蝶番の切断に挑んだところ、試に切った蝶番が意外と簡単に切断できたので、左右の扉を一気に切り離し、1時間ほどで作業を終了しました。
この扉は2重に板が貼られていて、運搬には大人2人掛で積み込みができました。
資料館で掃除をし、先に抜いておいた温度計のそうじもしましたが、これは今度の「最後の養蚕家と豊富ー養蚕展」に展示します。

P6092988 むかって左のものが完形です

P6092989 温度は正常に測れます。

P6092984 横から見た温室時計

温湿度計は特殊な土室用のもので、L字に曲げられており、中の温湿度が外で観察できるようになっています。○の中にKの文字が入った商標に、NAGANOとあります。長野県で作られたものか、長野という会社名でしょうか。温度計はL字に曲ゲラれ、湿度計も同様に曲げられていますが、外から水を注水できるようにパイプが取り付けられています。
この扉を企画展だけでなく、常設展にも展示を・・・という大きな野望を語る人がいます。ああ~頭が痛い~どこへ、どのように展示すればいいんだ・・・・

2016年6月 5日 (日)

山梨では珍しい蚕影大神の木像

Photoこんにちは、まゆこです。

きょうは、618日からはじまる企画展「最後の養蚕家と豊富」の準備情報について、少しご報告したいと思います。

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←南アルプス市上宮地風新居町内会の皆さんが、100年近くもの間、大切に祀ってきた「蚕影大神(こかげだいじん)」の木像

 

 蚕影神とか蚕影山と呼ばれる養蚕の神様は、現在の茨城県つくば市の蚕影神社を本社とし、江戸時代以降、東日本を中心に蚕種屋が広く伝えて信仰を集めました。

 山梨県内でも、蚕影大神とか、蚕影山という文字を刻んだ石造物は道祖神などとともにいたるところで祀られているのを目にします。

 しかしまゆこは、神像になったお姿に県内でお目にかかったことはありませんでした。

 ところが、今回の企画展の準備をする中で、山梨県農務部蚕糸課が昭和57年に発行した「さんし山梨」に極めてめずらしい木製の蚕神として紹介されているのを見つけました。

問い合わせたところ、現存することが判り、このたびの当館企画展に展示させていただくことになりました。

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そのようなわけで、南アルプス市上宮地の風新居地区の方々が大切にしてこられた蚕影大神像を本日、館長と借用してまいりましたよ。

 大正6年に勧請された木像で、頭にビーズ細工の垂れ下がる冠をのせ、右手に桑の木、左手に繭の入った皿を持っています。

高さ70㎝ほどですが、衣服には切り抜いた金箔で文様が施され、とても美しい色彩の神様です。

ぜひ、会期中にご覧にいらしてください! 

 

そして、今日のおぼこさん飼育展示状況は・・・、 

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←静岡県掛川市から沢山のお客様が団体で来てくださり、蚕の展示飼育に人だかりができていました。

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←本日は

4齢二日目ですので、体長3,5㎝ほどになり、だんだん見栄えがよくなってきました。

これから、どんどんぐんぐん大きくなりますよ!

お楽しみに♪

 

まゆこ

 

2016年6月 4日 (土)

蚕が4齢になりました

昨日まで眠っていた蚕のほとんどが、朝には脱皮して4齢になりました。

P6042930 この写真に何頭写っているかな~

P6042935 網の目をくぐってたくさんの蚕があがってきました

まゆこさんは、4齢の蚕に再度消石灰をふりかけて消毒し、網をかけ、その上から桑の葉を置いていきます。するとたちまち4齢になったばかりの蚕たちが、新鮮な桑の葉を目指して登ってきます。体は昨日よりさらに大きくなり、3cmほどになっています。

P6042934 石灰がぱらぱら体についています」

P6042931 背中の模様がかっこいい~

顔もしっかり、背中の馬のひづめ模様もくっきりです。今日から5日間ほど桑を朝晩与えると、最後の4眠となります。さて、今日から忙しいぞ~

2016年6月 3日 (金)

蚕が3齢眠になりました

蚕は4回の脱皮を繰り返して大きくなり、5齢で繭を作ります。今回は3齢眠ですので、起きると4齢となります。この資料館に来たときは、1cmほどだったのが、この5日間ほどで2.2cmになりました。この眠りから覚めると、どんどん桑の葉を食べて大きくなり、1週間ほどで5齢になります。ここでは蚕に消石灰をふりかけて、脱皮をしやすくしています。それに、桑の葉を食べられないように乾燥させて、成長をそろえています。

P6032899_2 まるで雪の中みたい

まだまだかわいい大きさですね。首をあげている不思議な寝姿です。寝言が聞こえますか?

P6032902_2 内緒話?

P6032903 そろそろ首が痛いよ~

P6032916_2 大丈夫だ~頑張るぞ~

P6032917_2 オオ、神よ早く眠りから覚ませたまえ 

でも真ん中のお蚕さんは脱皮済み。明日の朝まで桑はおあづけ。

P6032920_2 ぐにゃぐやむにゃむにゃふ~

2016年6月 2日 (木)

大麦の脱穀

Tomiko

 富子だけんど、昨日の夜はえらく風が吹いたじゃんね。おぼこ(お蚕)はもらったときと比べると長さは2倍くらいになったよ。やっと手でつまめるようになったから、数を数えてみたら、800頭いたさ。さすがに1000頭はいなかったけんど、けっこう多いね。

 せんだっては大麦の脱穀をしたさ。実の部分がまとまって取れちもうとやっかいだなあと思っていたけんど、案ずるより産むが易しだね。しんぺえ(心配)するこたあなかったさ。

Img_9212jpg2 ブルーシートの上で叩く

 横槌を使って、麦の穂のとこをトントン叩けば、実だけがポロポロ落ちてくるさ。叩いてるうちに芒(のぎ)も実からは離れていっちもうし、楽なもんだ。

Img_9218jpg2 こんなに実が落ちてきた

 一番心配だったのが芒だったけんど、芒はエビの髭(ひげ)みたいに太くて長いけんど、実の上からポキッと取れて落ちちもうさ。しかも叩いているうちにポキポキ折れて短くなっちゃってね。

Img_9219jpg2_2 脱穀が済んだ大麦

 風を送ってゴミを飛ばしたら、こんねにきれいになったさ。大麦の脱穀はうんと大変だったっていう話を聞いてたから、どうしっかと思っていたけんど、これじゃあいいわ。まだ試しにちっとやってみただけだけんど、違うやりかたも試してみたいじゃんね。

 麦は弥生時代に日本に入ってきて、粒のまんま食うのがその頃のやり方だからね。粉にするようになったのは、鎌倉時代頃っからで、それまでは小麦より大麦をたいへん作ってとうっちゅうからね。昔の人ができたことだから、なんとか精麦までやってみてえと思ってるだけんど。どうなるこんだか。弥生時代の人に教えてもれえてえもんだよね。

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