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2016年1月17日 (日)

講演会「サル年を迎えて」ーサル神と庚申信仰ー

1月11日午後1時半より講演会「サル年を迎えて」を開催しました。今年はサル年ですが、干支(えと)の申年は、どのように決められたのか?干支はどのように利用されてきたのか?また、サルはどのような信仰の対象になったかなどの話と、中央市内に残るサルの絵や石造

P1111671_2

物の紹介をしました。
サルは日吉大社では神の使いとして猿神と崇められました。また、猿神は富士信仰の御札でも現れますが、富士山が庚申の年に出現したという言い伝えから、信仰の対象になったとのこと。また、猿と馬は関係が深く、馬小屋には猿がつながれて守り神になったり、東北地方では厩猿として猿の頭蓋骨が、厩に置かれたことなどの説明をしました。

Photo 市内で最も古い三猿

Photo_2 灯篭にほられた猿

Photo_3

Photo_4 珍しい竿に乗る青面金剛と三猿

Pb261497 高部の庚申塔(青面金剛と三猿)

Photo_5 猿田彦大神

Pb221479_2 妙泉寺の鐘楼に描かれた猿

また、庚申信仰はサルの信仰としては最も知られた信仰で、平安時代から宮中では『守庚申』行事としておこなわれていましたが、これは中国の道教の信仰が日本の民間信仰と結びついて特に江戸時代に発展したものです。
庚申信仰とは、60日に1回巡ってくる庚申の日に、寝ている人の体から三尸虫が抜け出し、天の神のその人の罪悪を告げ口するのを防ぐために、一晩中眠らず芸能や飲食をする行事です。告げ口されると、大きな罪科は300日、小さな罪悪は3日間寿命が縮んでしまうと言われ、これを避けるため徹夜する信仰です。その中心となる仏は「青面金剛」で、その足元には三猿が描かれることが多いのは、三尸虫が「見たり聞いたり」したことを告げ口しないよう諭すためです。
猿田彦大神も道祖神にも使われますが、庚申塔にも多く利用されたものです。
また、方位として使われているのは、布施の妙泉寺の鐘楼の申の絵です。鐘楼の周りに十二支の絵があります。

今年はサルを探しながら散歩するのもよいかもしれませんね。

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