宮方商店が作った和紙繭貯蔵袋
先日、山梨の蚕糸包装材料一式製造販売していた会社「宮方商店」で作られた和紙製の繭貯蔵袋3枚を寄贈いただいたので紹介いたします。
この和紙でできた繭袋(油単ゆたん)は運搬用ではなく、製糸場での貯蔵用につくられた紐のついていない袋です。大きさは84㎝×150㎝、平成27年9月12日に山形県在住の方より寄贈していただきました。
この袋を製造した宮方商店の関係者にお聞きすると、「和紙製繭袋は岐阜県から特注品の紙を仕入れ、山梨の工場で職人が手でよく揉んで柔らかくしてから糊で貼り合わせて作っていた」といいます。
また、和紙でつくる繭袋は特別にこだわりのある製糸家が注文してくる商品で、当初から全体の2から3割くらいしか作っておらず、ほかはすべて木綿袋だったのだそうで、稀少品だそう。さらに和紙製は昭和40年初めぐらいで生産しなくなったとのことでした。
←製糸会社の屋号がプリントされている。
それから、販売先の屋号をいれて売ることは多かったそうですが、年号を入れたことは記憶にないといいます。ここにプリントされている年号については「その袋に入れた繭の仕入れ年を、製糸会社の方で後にプリントしたのではないか」というのが宮方商店で働いていた方の見解です。
寄贈品に記された屋号を調べてみると、山形県上山市長谷川製糸所(昭和46年まで操業)のものであることが判りました。経営者であった長谷川浩一氏(現蟹仙洞代表)に問い合わせ、まちがいないとの返事を得ました。○に漢字の「長」が書かれているといいます。
宮方商店には長谷川製糸所に生糸商標を販売していたという記録が残っていたので、調査に大いに役立ちました。
← 宮方商店の社用封筒にも商品名が記載されていた。
このたびは、以前に載せた「宮方商店」に関するブログ記事をみてくださった山形の方からのありがたいお申し出により、貴重な資料がまたひとつ当館所蔵資料となりました。
山梨にあった「宮方商店」の資料は販売先であった全国の製糸会社を通じて日本中に残されているものと思います。
改めて、「日本蚕糸業を支えた宮方商店、恐るべし!(館長談)」の実感を強くもちました。
現在、宮方商店資料の一部である、製糸会社に販売した生糸商標の見本帳を2冊お借りして、データ収集し、画像デジタルデータ化、製糸工場別リスト等の作成をすすめています。
全国216か所の製糸工場・総数817枚ものさまざまなデザインの生糸商標が見本帳の中に貼られており、販売年月日の記載もされている貴重なものです。
全国にある製糸場を有した地域の資料として活用しやすいように、どのようにこの資料を遺していくか?、宮方商店資料を受け継がれている御親族の方とともに今後検討していきたいと思います。
まゆこ
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