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2015年9月22日 (火)

竹輪八幡社説明板の改修

先般、資料館の脇に立つ神社の看板が朽ち落ちてしまいました。今まであまり気にしなかったのですが、改めてその文字を読んでみると、中央に竹輪八幡神社と書かれ、右には祭神2柱、左には子安明神などと書かれています。たしか、竹輪八幡は中央市高部集落の氏神で、今は集落の東はずれにあります。したがって、先の説明板にあるように昭和59年に、旧資料館へ勧請し、平成6年に新しい現在の資料館ができるとともに、遷座したのでしょうか。

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古い説明板はあまり良い状態ではなかったので、作り直すことにししましたが、古い説明板の文字がすべて読めたわけではありません。まあ、新しい説明板はこんなところで勘弁いただけますか?

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ところで竹輪八幡神社は、中央市の豊富地域高部にある神社が本社ですが、江戸時代後期に編纂された『甲斐国志』には、「八幡宮は竹輪の神社と称する」とあり、竹輪は地名を冠したものとわかります。ところが、この地名は現在の甲府市(旧中道町)の地名ですので、かつてはそこにあったのでしょう。

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なお、甲斐国志には「同殿に子安大明神を祀る。社頭に有子石 婦人その石の苔を採りて安産の神符とす」とあり、かっては大きな石があって、その石に生じた苔を妊婦に飲ませると、必ず安産であったという言い伝えがあります。今は有子石は埋まってしまい、苔を採ることはできません。

祭神は武人としての応神天皇が八幡神社の祭神で、火の中でも無事に子供を出産した木花開耶姫命は子安大明神の祭神としてまつられているのでしょう。

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なお、ついでですが、隣の蚕影山にも一部竹の垣根(四ツ目垣)を作りましたが、竹を結ぶ方法がどうしてもうまくいきませんでした。いろいろな方法はインターネットで調べましたので、次は大丈夫かな?頑張ります。

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