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2015年9月30日 (水)

桑爪を使ってみた

Photoこんにちは、まゆこです。

Dsc_2508←収蔵庫にもたくさんある「桑爪」の束

 伝統的な養蚕道具として、各地の郷土資料館に必ずといっていいほど展示されている「桑爪(くわづめ)」。

 

 桑の葉を摘みとる鉄製の爪が指輪のように人差し指に装着できるようになっている道具です。

 

でもまゆこは実際にどのように使うのか見たことがなかったので経験してみることにしました。とりあえず民具辞典に載っている挿絵を参考にすれば…とおもって人差し指にはめてみましたが、なんだか違うかんじ・・・。

 

Dsc_2509そんな時はいつもの「カンチョ―、桑爪ってどうやって使うんですか~?」

 まずは館長の指にはめてもらいました。慣れた人は両手に装着するらしいです。

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そして、畑に植わった桑木の枝の下から上へ順に摘んでいくとのこと。

 摘んだ葉は左右両方の手でそれぞれ枝の最上部を摘むまで上に重ねていきます。

そして、葉は腰に下げた桑摘み籠の中にきれいにそろえてギッチリ、ギュウギュウいれるそうです。

←両手で枝の下から上へ摘む様子。

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 新芽を削らないように注意して、葉の柄は枝のギリギリでなく、少し枝から離して切ります。

 

 葉を親指と桑爪のリング部分で挟むようにして押さえると、自然と桑爪の刃が柄を断ち切って葉が離れるといった感じです。

「これはいろいろな野菜の収穫にも使えそうで便利じゃないか!?」と思いました。ネットで現在でも桑爪を販売していないか検索してみると、やはり、「菜花摘み用の爪」として売られていたり、春菊やモロヘイヤ、キュウリ、ナス、インゲン、トマト、その他果物等の収穫に便利と書かれていました。

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 当館には展示されているもの以外にも、収蔵庫に桑爪の束がいくつも保管されており、むかしの人がたくさん使った道具なのだなぁとは知っていましたが、使い方や使用実感を知るととても新鮮な気持ちでこの資料に向き合える感じがします。

 むかしは地域の誰もが使っていた道具でも、資料館に実物が残っているだけでは、何をするための道具かは伝えられても、どうやって使うのか分からなくなってしまいますね。

 一般的には、使い方や操作のわからない道具はタダの不用品に限りなく近いから・・・、生きた資料にならないんじゃないかと思ったりしています。

(館長の了解をとってからですけど(^^♪)「さぁ、これからもどんどん昔の道具を動かしてみよう!」と思っているまゆこです。

まゆこ

2015年9月27日 (日)

きょうは十五夜、ススキにおだんご

Photoこんにちは、まゆこです。

平成27年はきょうが「十五夜」ですね。

Dsc_2534 正面玄関ウィンドウはお月見バージョン

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9月になってから当館の正面ウィンドウの室礼はお月見バージョンとなり、秋を演出しておりますが、本日は本番の「十五夜」を迎える日ですので、館長が張り切ってたくさんのススキを採ってきて生けてくれました。

←ウィンドウ展示の小さなスペースで一心にススキを生ける館長

 

 おかげて野趣あふれるすてきなお月見飾りになりました。

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資料館の裏山にはちょうどおいしそうな栗もたくさん落ちていたので、いただいてきたそうです。十五夜は芋名月といい、十三夜が栗名月と言うのだそうですけど、

1025日(日)の十三夜にむけて栗もいっぱい飾ってしまいましたわ♪

そんなことしていたら、近所に住む内藤さんが手作りのお月見団子を持って来てくれましたよ!

ワーイ、あんこ入りの豪華なおだんご!!

Dsc_2539この内藤家のおだんご、とっても美味しいの~♪ 左のがしげみさん作、右のパック入りの大きめなのが寿美子おばあちゃん作なんですって♪ 

いつも手作りのおいしいおだんご、ごちそうさまで~す。

ありがとうございま~す♡

あっ、それから、

晩秋蚕の繭かき・毛羽とり・糸繰り作業は、9月29日(火)午前に行うことになりました。 作業が平日になってしまったのご都合のあわない方も多いと思いますが、もしご興味がありましたら、当館に火曜の朝にでも電話でお問い合わせください。作業開始時間など、お客様の到着時刻に合わせて可能な限りですが調整できたらと思います。

まゆこ

2015年9月25日 (金)

キノコの収穫

シルバーウイークが終わり、久々の休みになりました。里はキノコの話題でもちきりです。1週間前に山に入った時も、キノコの出だしでしたので、シルバーウイーク休みの期間中はキノコの最盛期だったと思います。あー仕事は6日連続で、頭の半分はキノコのことでした。
ようやく昨日山にいきましたよ。山の中は人の足跡だらけで、獣の足跡も消されていました。自家用のキノコが少し採れればよいかと思い山に入ると、さっそくキノコ採りの人に会いました。「そこは俺があるいたよ」などと親切に教えてくれます。ならばと、少しルートを変えて、斜面を上や下にジグザグにあるきます。普段口を使い足を使わない生活なので、すぐに足が悲鳴を上げますが、この疲労回復には、1本のキノコの発見が薬です。

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最初はコウタケ、続いてオオジコウ(ムレオオフウセンタケ)、クロット(クロカワ・ウシビタイ)、イッポン(ウラベニホテイシメジ)、ホンシメジ、サクラシメジなどが少ないながら収穫できました。
場所はどこか?ですって?そんなこと言えますよ。御坂の山です。芦川地域かなーそれ以上は自分で歩いてくださいね。
帰ってきて、3分の一を煮て、写真はその残りです。今度は正月用の保存食を採りたいものです。
もうそろそろ、この資料館の裏山も収穫の季節になるのでは…と期待しています。

2015年9月22日 (火)

竹輪八幡社説明板の改修

先般、資料館の脇に立つ神社の看板が朽ち落ちてしまいました。今まであまり気にしなかったのですが、改めてその文字を読んでみると、中央に竹輪八幡神社と書かれ、右には祭神2柱、左には子安明神などと書かれています。たしか、竹輪八幡は中央市高部集落の氏神で、今は集落の東はずれにあります。したがって、先の説明板にあるように昭和59年に、旧資料館へ勧請し、平成6年に新しい現在の資料館ができるとともに、遷座したのでしょうか。

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古い説明板はあまり良い状態ではなかったので、作り直すことにししましたが、古い説明板の文字がすべて読めたわけではありません。まあ、新しい説明板はこんなところで勘弁いただけますか?

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ところで竹輪八幡神社は、中央市の豊富地域高部にある神社が本社ですが、江戸時代後期に編纂された『甲斐国志』には、「八幡宮は竹輪の神社と称する」とあり、竹輪は地名を冠したものとわかります。ところが、この地名は現在の甲府市(旧中道町)の地名ですので、かつてはそこにあったのでしょう。

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なお、甲斐国志には「同殿に子安大明神を祀る。社頭に有子石 婦人その石の苔を採りて安産の神符とす」とあり、かっては大きな石があって、その石に生じた苔を妊婦に飲ませると、必ず安産であったという言い伝えがあります。今は有子石は埋まってしまい、苔を採ることはできません。

祭神は武人としての応神天皇が八幡神社の祭神で、火の中でも無事に子供を出産した木花開耶姫命は子安大明神の祭神としてまつられているのでしょう。

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なお、ついでですが、隣の蚕影山にも一部竹の垣根(四ツ目垣)を作りましたが、竹を結ぶ方法がどうしてもうまくいきませんでした。いろいろな方法はインターネットで調べましたので、次は大丈夫かな?頑張ります。

黍の脱穀

Tomiko

 お彼岸だね。うちでも昨日お墓参りをしとうさ。お墓に行くと、久しぶりの顔にでくわすよね。

 プランターの黍もよく乾いたから、脱穀をしたさ。

Dscn7988jpg2 はざがけして乾かした黍

 ちっとだけんどね。これをどうすれば実がとれるずらかって心配しとうけん、何にも道具はいらんだよ。束を持って手をこすりあわせるようにしろば、実がぽろぽろ落ちてくるさ。ちゃんと殻もむけてるだよ。小麦とおんなじだねぇ。

Dscn7989jpg2 手でこすり合わせて脱穀した

 粒がちっくいからよく見えんかもしれんけんど、手でごしごしやっただけでこんだけとれたさ。ごしごしやっただけだから実も殻も混ざってるよ。

Dscn7991jpg2 その後槌でたたいて残りを落とした

 まだ穂に付いていそうだったから、こんだ「横槌」を使って穂をたたいたさ。たたくから「たたき棒」ともいうだよね。ほうしたら、またけっこう取れてきて、手でも取れるけんど、手じゃあ全部は取り切れんちゅうこんだよね。

Dscn7997jpg2 風選して殻を飛ばした黍

 ほの後外へ持ってって、風で殻やごみを飛ばしたら、ちゃんと皮のむけた黍だけになったさ。よく見るとあとちっと皮をかぶってる実があるから、すり鉢を使ってちっとこすってみっかと思ってるさ。

 まゆこが黍餅にしてえって言ってるから、早くしてやらんとね。

2015年9月20日 (日)

晩秋蚕の上族

9月18日の夕方から始まった上族が、19日には最盛期となりました。蚕は少し目を離すと桑の葉の間で繭を作り始めるので、注意が必要です。桑の葉を食べずに、頭を持ち上げている蚕の中で、体の色が黄色く半透明になった蚕を、少し持ち上げると、糸を吐いていることがわかります。これらは回転蔟へと移します。しかし、なかなか動き回って、マス目に入ってくれません。

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18日の夕方にすべての蚕を蔟に移しましたが、帝京科学大学の女子学生さんが上族の手伝いをしてくれました。アニマルセラピーならぬカイコセラピーの研究をしているとのこと。最近の学生さんの間では、男子学生の方が蚕を怖がるそうです。
19日の朝見ると、大部分が繭を作り始めていました。この蚕の種類は、『黄白』という種類で、メスが黄色い繭を、オスが白い繭を作ります。繭は2日ほどで完成するようですが、作り始めは透き通っているので、中の様子がわかります。また、繭を作り始める時は、体の水分を放出します。写真を撮っていると、突然下の新聞紙にぼたぼたとおしっこが落ちてきました。回転蔟はこうしたおしっこが他の繭にかからないので、よい繭が取れるのですね。

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20日の朝見ると、うろうろしている「ごろつき〈?〉」は3~4頭だけとなりました。150頭を飼い始めて、病気の蚕が4頭程いましたので、145個程の繭ができるでしょうか?「ごろつき」さんの動向次第ですね。
今年はこれで養蚕は終了ですが、一年間では約1700個ほどの繭を生産したことになります。これらの繭をどのように使うか、検討中です。
そうそう、忘れてはいけないことがありました。夏蚕の繭の乾燥を南アルプス市の豊小学校の知り合いの先生にお願いすることができました。いつもは天日干しですが、とてもよい状態で乾燥できました。この場を使い、御礼申し上げます。
今回の繭の乾燥は何とか自力で考えたいと思いますが・・・

2015年9月19日 (土)

何でも国策だったんだねぇ

Tomiko

 また台風が近づいてるっちゅうけんど大丈夫ずらか。うちの方も堤防が壊れるようのこんがあっちゃあ困るよぅ。

 今日は資料館の品物じゃあねえけんど、70年たって土の中から顔を出したもんがあるから、見とくんなって。

Dscn8028jpg2 土の中から出てきた謎の物体

 何だと思うじゃんね。長い方が5cmくれえで、短い方が3.5cmくれえのラグビーボールをちっと平にしたようの形をしてえて、穴がたくさんあいてるさ。粘土で作って素焼きをしてあるね。型に入れて作ったようで、字もへえってるさ。

 こっちっかわにゃあ(こちら側には)登録実用新案て二文字ずつ横書きに書いてあるさ。横書きだけんど右側から書いてあるから、戦後のもんじゃあねえね。

Dscn8021jpg2 コクサクと書いてある

 反対っかわにゃあコクサクって片仮名で書いてあってその下に灰っていうように読める字が書いてあるさ。「えっ、国策灰?」。これで戦争中のものと言うことはわかったけんど、「灰?」は相変わらずなぞさね。ネットで調べてもヒットしんし。娘が灰っていう字だけやけに平べったいから、上にまだなんか書いてあるかもしれんよ。っていうので、「国策炭」かなあと調べてみたら、あったさ。

 戦争中に10個90銭とかで袋に入って売ってて、炭だの豆炭だのと一緒に使うと、炭が長持ちするっちゅう燃料節約の品物だっただって。

 「代用炭」っちゅうことだね。戦争中はなんでもかんでも代用品だっただね。よく考えたもんだよ。

Dscn8022jpg2 登録実用新案と書いてある

 考古博物館の企画展で、甲府城のお城の石垣から出てきた代用炭が展示されてたらしいけんが、見に行かなかったから、今更ながら惜しかったなぁ。見に行った人にどんなだったか聞いたけんど、記憶にない人ばっかだった。残念。

 この炭は、うちの2歳の孫が公園でちっと顔をのぞかせてるのを見つけて、どうしても掘るっていうから、娘が一生懸命回りを掘って取り出しただって。その公園ちゅうのが武蔵野中央公園で、戦争中は中嶋飛行機の武蔵野製作所があったとこさ。中嶋飛行機は何回も何回も空襲にあって、工場は壊滅的な破壊をされたたしいけん、その土地から70年ぶりに代用炭が出てきたっちゅうこんは、なんだか「当時のこんを忘れちゃあ困るよ。」って言ってるようの気がするね。

2015年9月17日 (木)

晩秋蚕上蔟直前!

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こんにちは、まゆこです。

いよいよ晩秋蚕が上蔟間近になりました。

Dsc_2500_2体長7.5㎝ほどに成長したぽってり、むちむちのかいこちゃんたちのからだは魅力的です。

Dsc_2495社会科見学にやってきた小学生たちも、触らずにはいられない様子。
Dsc_2498次の行動を促す先生の声も蚕ちゃんの触り心地にうっとりの子どもたちの歓声にかき消されていましたよ!
Dsc_2501かいこちゃんの魅力に開眼した子どもたちには、また家族の人と観に来てもらいたいですね♪

さぁ、このかいこちゃんたちもそろそろ繭をつくる時期が迫っています。

   予定では今日の夕方か明日の午前中くらいなんですが・・・。

「上蔟」がおわるとその10日後が「まゆかき」する日です。

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今年の晩秋蚕の繭は「まゆかき」のあと乾燥させないですぐに煮て、座繰り器で糸を繰り出す体験(生繭繰糸)をやってみたいと思っています。

みなさん予定が合ったら観に来てくださいね。

日程は今週中にお知らせできると思います。

Img_0004 H27春の繰糸体験の様子。

まゆこ

 

2015年9月15日 (火)

人力稲刈り機を使ってみた

Tomiko

 富子だけんど、雨ばっか降ってアブラムシがついて困っとうもんだと思ってたら、いいやんばい(塩梅)の天気になってきたねぇ。道の駅を見てきたら、秋の野菜や果物がいっぺえ出てたよ。きのこも採れるし、これっから楽しみだね。

 資料館の展示物の説明をぼつぼつと替えてるだけんどさ。せんころ「稲・麦刈り機」て書いてある札を見つけて、どれんほうずらと思って探してみとうさ。「機」なんていう名前がついてるだから、鍬や鎌とはちごう(違う)からね。

 ほうしたら、「人力稲刈り機」ちゅうもんだってことがわかって、見にいったら確かにそういうもんが展示してあるさ。

Dscn8016jpg2 V字のところにも刃がある

 こういうもんがあると使ってみたくなるのが癖でね。さっそく黍を刈るのにいいじゃんと思って出してみたさ。ほうしたら鎌みたいな部品をワイヤで引っ張る仕組みになってるだけん、引っ張っても戻らんだよね。

 ほうなると館長のおでましさ。油をくれたり、ボルトをゆるめたりして、なんとか動くようにして、いよいよ刈れるかどうかの実験だね。

Dscn8009jpg2 鎌をレバーで操作して刈る

 ワラ束を挟んで、レバーで鎌を動かして刈るっていうのが使い方だと思って、そうやってみたら、刈れることは刈れるけん、これじゃあ鎌で刈った方が早いじゃんていう感じさ。

Dscn8012jpg2 押して切るのが正しい使い方

 ほれでまた館長が、ガーッと押していって束がいっぺえになったところで、レバーで鎌を動かして刈ってみたら、押してる間にかなりのワラが刈れて、鎌はうまく刈れなかった残りを刈る感じで刈れたわけ。力技だなと思ったけん、後で調べてみたら、それん正しい使い方だったさ。「V字部分のすきまに稲の株を入れて押し切り、レバーで鎌を操作し、刈り残しを切る」だって。

 立ったままで稲が刈れるっていうすごい発明だったらしいけん、腰は、かなりかがめんと刈れんよ。

Dscn8014jpg2 ニッサン稲刈機のプレート

 「ニッサン農機株式会社」製で、メーカーが書いてあるプレートがそんねん汚れたり擦れたりしていんから、あんまし使っちゃあねえだよね。実用新案登録がたくさんしてあって、いろいろ工夫がされてるみてえだけんね。昭和30年代に使われて、30年代の終わりにやあコンバインにとって代わられたっちゅうから、短い命だっただね。なんたって刈るしかできんからね。コンバインは刈った上に、束ねるっちゅうこんもできたから、負けちもうさ。展示されてる「人力稲刈り機」も、買ったけんどあんまし使わんうちにコンバインの時代になっちゃたずらね。

 これで実験はうまくいったし、説明も書けるしよかったよう。

2015年9月13日 (日)

中央市田富南部をめぐる研修会やります

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こんにちは、まゆこです。

 当館にいつもご協力いただいている「中央市歴史文化ボランティアの会」の研修会として、このたび、中央市田富地区南部を歩きながら文化財や歴史遺産について学ぶウォーキングを行うことになりました。

 
とくに今年は今福の大輿神社の秋の祭礼に行われる「浦安の舞」「川除け神事を伴う神輿」なども見学します。

 ボランティアの会会員以外の一般の方の参加もできますので、お声掛けください!

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日時:平成27104日(日)午前9時~午後3

 

集合場所:田富南小学校北側道路 9時集合

 

研修場所:9時~12時 ―長徳院(本堂・内藤清右衛門墓)―甲斐国志資料所蔵の内藤家―八幡大神社―鈴鹿神社―永正寺の忠魂碑―JA忍支所 等

 12時~1時 昼食

 1時~3時 宝珠院―大輿神社―浦安の舞 川除け神事と渡御―富士講の碑―今福の水害避難船―今福真明の碑(内容は諸事情により変更になる場合があります)

持ち物:水筒・お昼の弁当・ウォーキングできる服装

 

一般の方も参加費無料・申込みは必要

 

申込み:102日(金)までに、豊富郷土資料館 ℡0552693399 まで

 

※参加者には、詳細をご連絡します。

まゆこ

2015年9月12日 (土)

蚕影山大神遷座がすべて終了 6

蚕影山大神の遷座式が先日行われましたが、説明板と桑の植樹が遅れていました。昨日説明板ができてきて設置しました。また、本日は一ノ瀬桑の幼木を植えました。これですべてがそろいました。豊富の養蚕業について長く後世に伝えることができるでしょう。

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2015年9月11日 (金)

複葉機・赤とんぼのタイヤ?

先日の日曜日、『立川飛行機甲府製造所を探る』という講演会を開催しました。参加者の方から、飛行機のタイヤがあるので、見に来ないか?と誘われたので、本日の午前中に訪問しました。広い工場の一角に確かに特殊なタイヤが吊さげられていました。昭和12年製の刻印があり、立川飛行機甲府製造所に勤務していた方から譲られたそうです。高いところなので確認はできませんでしたが、下の写真などを見ると、、飛行機のタイヤとも思えます。所有者の方は、運搬用具のタイヤとして使用した時代があったとも言っていました。いずれ機会を見て詳細調査や、お譲りいただくことになるかもしれません。その時はまた報告します。

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飛行中の九三式陸上中間練習機

企画展「田富・玉穂の文化遺産展」

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こんにちは、まゆこです。

本日は、平成27年度第3回企画展「田富・玉穂の文化遺産展」についてのお知らせです。

  

会期:2015103土)~1227日)

 

展示場所:中央市豊富郷土資料館 企画展示コーナー

 

展示資料: 解説・写真パネル、田富・玉穂地区文化財ガイド拡大図

 

主催:中央市教育委員会/中央市豊富郷土資料館

 

協力:中央市歴史文化ボランティアの会/中央市文化協会郷土研究部

 

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 今年の春、中央市では市内の文化遺産を広く市民に紹介するため、「田富玉穂地区文化財ガイド」を作成しました(「豊富地区歴史文化ガイド」は平成24年に中央市歴史文化ボランティアの会が作成し配布しています)。

今回の企画展では、作成されたばかりの田富玉穂文化財ガイドを拡大図で展示し、さらに詳しい写真と説明文で紹介します。

 この機会に身近な中央市の歴史に興味を持ってもらい、文化財保護の意識が高まるきっかけとなれば幸いです。

 中央市民のみなさん、あなたの自宅付近にもいままで知らなかった地域のお宝(文化遺産)があるかもしれません!

 資料館で配布する「田富・玉穂の文化遺産ガイド」をゲットすれば、普段のウォーキングやお散歩がもっと楽しくなるとおもいますよ♪

まゆこ

2015年9月10日 (木)

蚕座紙と防乾紙の使い方

Photoこんにちは、まゆこです。

きょうも蚕にまつわるマニアックな話をしてもいいですか?

カイコを平かごに入れて飼うときに、カゴの上に敷く紙があるのですが、2種類あるんです。 茶色の紙と半透明の薄い紙。

Dsc_2394 茶色の紙のことを「蚕座紙(さんざし)」といい、半透明の薄紙は「防乾紙(ぼうかんし)」とよびます。

 実のところ、まゆこはこの二種類の紙の使い方をちゃんと守っていませんでした。

当館では常設で「蚕座紙」と「防乾紙」が一枚ずつ展示してあります。

Dsc_2389「展示資料の蚕座紙」

 ただし「防乾紙」は近所の方から倉庫に眠っていた大量在庫を譲っていただき、そのうち数枚を飼育展示用として実際につかっています。

でも「蚕座紙」は在庫がないので使っていませんでした。

 そして、とうとう元養蚕農家の方から厳しい指摘を受けてしまいました。「4齢になっているのに、防乾紙を敷いているのは蚕がかわいそうだ。しかも蚕座紙を敷いていないのはどういうことか」との指摘です。「はい、その通りでございます。ごめんなさい。」 

 ここで、2種類の紙の違いや特徴を説明しますと、

「蚕座紙」:蚕を飼うカゴに敷く黄土色の紙で、120㎝×90㎝のクラフト紙のような素材感です。

「防乾紙」:蚕のエサである桑の乾燥を防ぐため、蚕が3齢になるまで蚕座紙の上に重ねてしく、防水加工した紙です。蚕座紙と同じ大きさで、つるつるしていて半透明です。稚蚕期は上からもかぶせて使います。

 

Dsc_2391 「展示資料の防乾紙」

そしてこの「防乾紙」は山梨の人が発明したものです。甲府二十人町の北浦治策さんという方が昭和10年頃、防乾紙を使って蚕座面を改善した「防乾紙飼育法」を実用新案登録したそうです。

 この飼育法によれば、『春夏秋蚕とも蚕作が安定するばかりでなく、飼育法の簡易化によって、飼育労力と用桑は従来の半分で足り、生産費が大幅に軽減できるので、養蚕界画期的の大発明である(山梨県蚕糸業慨史)』と絶賛を博し、全国に普及したと文献に書かれています。

 実際、稚蚕期は桑葉を刻んで与えるので、そのままではすぐに乾燥してしまってカラカラになってしまいますが、防乾紙で覆えばかなり長持ちして給桑の回数を減らすことができます。

 ところで、同じ山梨県の斎藤直恵さんの「板紙回転蔟」もそうですけど、北浦治策さんの「防乾紙飼育法」も、日本養蚕業で現在も使用・実行されている大発明です。いまさらながら山梨の養蚕に尽くした人にはほんとに偉人が多いよねぇと感心させられますわ♪

 え~、なんですって、「まゆこは「防乾紙」のスゴさを説明して「蚕座紙」を敷いていなかったことについてお茶を濁す作戦だろう」ですって?まあそれもまちがってなくもないんですが・・・、今現在、蚕座紙は売っているところがありません(防乾紙も)。代用となるちょうどいい大きさのクラフト紙が近所でなるべく安く売っていないか探索中でございます。

Dsc_2414 ←「4齢で防乾紙を敷いていては蚕がかわいそう!」

 とくに蚕の5齢期は低湿度管理が重要ですから、早く見つけて購入したいと思います。

(でもきのう、まゆこは「近所の倉庫に眠っていた使いきれないくらいたくさんの蚕座紙をだれかが当館に持って来てくれる」という、まったく都合のいい夢を見ました。「まさゆめ」?なはずはたぶん無い。)

Dsc_2417←H279月10日、まだ蚕たちは4齢眠でねむってる♪

まゆこにとって夢に出てくるぐらい懸案の「蚕座紙」について今後問題解決を急ぎたいとおもいます。

まゆこ

2015年9月 8日 (火)

ラジオにこれから出演の計算機たちと富子さん

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こんにちは、まゆこです。

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本日平成279813時半~、YBSラジオさんに当資料館から「計算機たちと富子さん」が出演します。

現在開催中のミニ企画展「日本人の愛した計算道具」の取材にきてくれました。

Dsc_2416出演予定の手回し計算機のウォーミングアップに余念がない富子さん。

 

現在打ち合わせ中。楽しそうな中継になりそうですよ!

運がよかったら、みんな聴いてね~♪

Dsc_2413ちなみに今日の蚕たち。きれいなお姉さん、ボクタチノことも紹介してくれるかな? 

まゆこ

2015年9月 7日 (月)

今日は浅利与一公の命日ですよ

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こんにちは、まゆこです。

Dsc_2402きょうは朝8時からシルクの里公園の一角にある与一公墓所前で源平合戦壇ノ浦の戦いで弓の名手として名をはせた「浅利与一義成公顕彰式典」が行われる日でした。

Dsc_2400ことしは月曜日にあたり資料館は休館日でしたが、ちょうど飼育中の晩秋蚕に桑をあげに来ていたまゆこは、式典が終わった後の片付け前に運よく間に合い、お参りすることができました。これでいま飼っている晩秋蚕の生育も浅利与一公の御加護をいただけることと思います。 

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 市長をはじめ式典に列席された方々はこの後資料館脇に最近遷座されたばかりの「蚕影大神」の石碑もご覧になりました。

 蚕影大神は蚕影山と記されることも多いのですが、茨城県つくば市にある蚕影神社を本社としています。

 江戸時代以降に蚕種業者を介して、関東から中部地方にかけて「蚕影山大明神」への信仰が広まったといわれています。

 

 中央市豊富地区には蚕影山信仰を物語る石碑が他にいくつも残されているんですよ。

 4月に中込さんが亡くなられて、ことしから養蚕という産業が途絶えたシルクの里ですが、資料館で行う蚕の飼育を通して、これらの石碑を建てて蚕の健やかな成長を一心に願った、中込さんと先人たちの気持ちや心意気を少しでも継承していきたいです。

Dsc_2406 H2797日 黄白44日目」資料館で飼育展示中のかいこ

まゆこ

2015年9月 5日 (土)

甲州モロコシを収穫

Tomiko

 富子だけんど、今日は晴れていい天気になったねぇ。ほうなるとこんだ暑くてかなわんよね。暑いだ寒いだって文句ばっか言ってちゃあ申し訳ねえけんど、言いたくもなるら?

 甲州モロコシを獲ってみたよ。

Dscn7970jpg2 皮をむいた

 素人が作ったから、実んちゃんとへえっちゃあ(入って)いんのが多かったりするけん、取りあえず熟したようなのを獲ってみたさ。

 今主流のスイートコーンに比べると皮の上の方まで実が飛び出してるところがちごう(違う)ね。ほれに実が丸っこくて粒がでかくて、堅そうな感じがするさ。

Dscn7973jpg2 焼いてみた

 試しに焼いて食ってみるこんにしたさ。昔は七輪で炭火を使って焼いたもんだけんど、そういうわけにいかんから、ガスコンロで魚焼きの網を使って焼いとうさ。モロコシのはでる音はいいもんだねえ。焼けてくるとだんだんいいにおいもしてきてさ。

 さっそく食ってみたら、味はさすがにスイートコーンには負けるね。スイートコーンていうだけあって、今のモロコシゃあ甘いわ。甲州モロコシはもちもちして、いかにも穀物っていう感じだね。ちょっと食っただけで腹にたまる感じがするさ。ちっくいころは甘いおやつなんかねえから、これでも充分にうまかったずらね。醤油をつけて焼けばもっと味がしてよかったかもしれん。

Dscn7985jpg2 干して乾燥させる

 味じゃあスイートコーンに勝てなんだから、甲州モロコシは作らんようになっちゃっとうずらね。軒へ干して、乾いたら粉にしてまた食ってみるじゃんね。

2015年9月 4日 (金)

晩秋蚕豊作を蚕影大神に祈る

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こんにちは、まゆこです。

本日、平成27年晩秋蚕がやってきました!

(春蚕につづき、山梨蚕糸協会養蚕文化継承事業の承認を受け、当館に3齢眠の蚕を150頭届けていただきました)Dsc_237550頭ずつパック詰めの蚕

Dsc_2372ちなみにゆうパックで届くときはこんな感じ
 朝、ゆうパックで愛媛蚕種株式会社を出発した蚕は午後4時には当館に届くのですよ。

Dsc_2377まずは蚕影大神さまにお供えを
 さっそく資料館脇に遷座したばかりのかいこの神さまである蚕影大神(こかげだいじん)にお参りして晩秋蚕の無事の成長を祈りました。

Dsc_2382150頭の蚕を神様の前に連れて行き、無事に育つよう必死に祈る

 今回の蚕は到着した際にみんな起蚕(おきっこ)でしたので、4齢になっていると判断してさっそく桑葉を与えました。モリモリ食べ始めましたよ!

Dsc_2387今日はお腹を空かした蚕たちに桑葉をこんもりのせて帰りました。 明日の朝までバイバイ~♪

 明日から展示もいたします。

 ことし最後のおかいこちゃんたちをみんな見に来てくださ~い!

まゆこ

 

 

2015年9月 3日 (木)

ソバの花が咲いた

Tomiko

 富子だけんど、やたら暑かったり寒かったり天気が落ちつかんじゃんね。暑すぎたり、雨が降りすぎたりするから、野菜がやたら高くて困っちもうじゃん。体もいなようだよね。

 今日はソバの花の写真を撮ったから載せるじゃんね。ソバはホントに成長が早くてびっくりさせられちもうね。種を蒔いたのが8月の初めだよ。それんへえ花が咲いちもうだからね。

Dscn7960jpg2 ソバの花が咲き始めた

 せんだって本葉が出て茎が伸びてきたからってびっくりしたら、あっというまにつぼみが出て花が咲いただからね。

Dscn7959jpg2 白くて小さい花が集まっている

 ちっくい花だけんど集まって咲いてえて、よく見ると花束みたいできれえだよね。このソバは白い花ん咲いたけんど、赤い花ん咲くのもあるよね。こんなちっくくても花びらもちゃんとあるし、雄しべ雌しべもちゃんとついてるからね。葉っぱもつやつやしててきれえずら?

 この花ん全部ソバの実になるっちゅうこんだから、すごいよね。ちっくい実だよね。実が出たらまた写真を載せるじゃんね。楽しみだよう。

2015年9月 2日 (水)

田富地区藤巻の鈴鹿神社屋拝殿根替え工事

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10月に行う予定の中央市歴史文化ボランティア研修の下見をしていると、中央市藤巻の鈴鹿神社の拝殿に足場が組まれ、屋根をはがす工事をしていました。さっそく写真を撮って、工事作業の方に工事内容をうかがうと、雨漏りがひどくなり、現在のトタン葺をはがして、あたらしい屋根に替えるということでした。今度の屋根材も金属製の屋根にするので、当分は雨漏りは安心していられそうですね。

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本殿は一間社流れ造りの立派な社殿で、再建年代は不明ですが、由緒書によれば仁安年(1167)2月に伊勢国鈴鹿郡の鈴鹿神社の祭神を勧請して祀ったと言われています。伊勢国鈴鹿は古代の都を守る関所があった場所です。恐らく鈴鹿神社は道にかかわる神ではないでしょうか。山から平地に出るところに祀られることが多く、県内では鈴鹿神社は富士川町高下・同十谷・同柳川や身延町下山に祀られており、盆地底部ではここ藤巻だけです。
神社本殿は大きな欅に囲まれ、その由緒の古さを裏付けています。
拝殿の修理の完成が待ち遠しいですね。

2015年9月 1日 (火)

オモダカが咲いていた

Tomiko_2

 富子だけんど、久しぶりじゃんね。こんだ雨ばっか降ってて、なんちゅう天気だかね。いっさら雨ん降らなかったり、降ってばかいたり。まっといいあんべえ(塩梅)っちゅうにゃあいかんもんかねえ。

 今日はオモダカを見つけたこんを話すじゃんね。「沢瀉紋」ちゅう家紋があるけんど、変な葉っぱの植物があるもんだなあとずっと思ってたさ。ホントにこんな葉っぱの植物があるずらかって。

Dscn7975jpg2 沢瀉紋にはいろいろある

 ほうしたら、見つけちゃっとうさね。田んぼの脇に「あれっ、変な葉っぱが!」と思ってよく見たら、沢瀉紋の葉っぱじゃん。本当にあるだねえ、こんな葉っぱが。

Dsc_0026jpg2 イネも実ってきた

 しかもうちの近所の田んぼで。雑草を取っちゃたうちの田んぼにゃあないけんど、けっこうあっちこっちの田んぼに多い少ないはあるけんど、生えてたねえ。

Dsc_0023jpg2 鏃を並べたように見える

 オモダカは池や沢、田んぼに生える水草で、7月から8月にかけて白い花を咲かせるだって。もうちっと早く写真を撮れば、花の盛りだったかもしれんね。江戸時代にゃあ観賞用に栽培したらしいけん、池に生えてるときっときれいずらね。

 平安時代とかには貴族の車や武具にこの文様を描くのが流行っただって。オモダカの葉っぱがまるで鏃(やじり)を並べたように見えて、「勝ち草」とか「勝軍草」とか言われたり、オモダカという名前が、「面目が立つ」っていう言葉に似てるからだって。

 雌花と雄花が同じ株に咲くっていうのを今日知って、もっとちゃんと観察してくるだったって後悔してるさ。葉っぱの形にばっかり気をとられちゃったからね。

Dsc_0025jpg2 雄花と雌花

 上の写真でも、雌花と雄花が写ってるねぇ。上の方の雄花は雄しべしかなくて、下の方の雌花は丸っこい雌しべしかついていんさ。雄花の方にゃあチョウがとまってるのが見えるけ?。葉っぱの陰の方に見える薄緑色の丸いもんは、実だって。羽のついた種んいっぺえ集まって丸っこくなってるだって。

 謎が解けて、うれしいけんど、田んぼを作ってる人にとっちゃあ困る雑草ってこんだよね。

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