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2015年8月18日 (火)

日本人が愛した計算道具(2)

 今日はそろばんと計算尺について、書きます。

そろばん(算盤)

 串で刺した球の位置などで数を表現し、計算の助けとする道具です。世界には多種多様なそろばんがあり、紀元前から使われていたと思われます。4~5000年前のメソポタミア地方では、土や砂の上に線を引き、そこに小石を置いて計算していたと言われています。日本のそろばんは14世紀頃から中国で普及したそろばんが室町時代に伝えられ、江戸時代に普及しました。小学校1年生の教室にカラフルなそろばん型の教具が置かれていたりしますが、それらもそろばんの一種です。これらそろばんの仲間は古代のそろばんの呼び名から、アバカスと呼ばれます。

Dscn7507jpg2 江戸時代のそろばん

 中国から伝わったそろばんは、球が団子のように丸く、五玉が2つ、一玉が5つのものでしたが、手の大きさに合わせて枠も小さく、球も菱形に変形していきます。中国では16進法の計算が必要なため、五玉が2つ、一玉が5つ必要だったようです。五玉が2つあると、繰り上がりのとっさの短期記憶が苦手な人や、連続的な指操作を習得していない人でも、とりあえず五玉を2つ動かしておいて後で直せばいいので、確実に計算できるメリットがあります。

Dscn7510jpg2 江戸時代(下)と明治以降のそろばん(上)

 明治になり不要な五玉を1つに減らしたそろばんが普及します。また、昭和になって小学校でそろばんが必修になると、一玉も4つになりました。四つ玉そろばんになったことで日本のそろばんは高速で計算できるようになり、本家の中国でも四つ玉そろばんが使われるようになっているそうです。

 そろばんでの割り算は17世紀に毛利重能の『割算書』が書かれてから広まり、吉田光由の『塵劫記』でもそろばんの割り算にページを多く割いています。それは「割り算九九(八算)」を使う方法で、割り算九九を覚えて計算すると自動的に割り算ができてしまうという方法です。これを「帰除法」と言います。現在行われているのは、かけ算九九を使って商を導き出す方法で、「商除法」と言います。昭和の初めに小学校にいっていた人たちはこの割り算九九を覚えたのではないかと思います。この展示を見てくれた88才のおばあちゃんは、割り算九九を教わったと話してくれました。

 割り算九九は「二一天作の五、二進の一十・・・」のようにリズミカルに唱えて覚えました。ちなみに日本人がかけ算九九を覚えて使えるのは、日本語の特性で歌うように覚えられるからで、そうでない言葉を使う国では大人でも九九を覚えるのは難しいそうです。

けいさんじゃく(計算尺)

Dscn7526jpg2 計算尺

 1632年イギリスの数学者オートレッドが発明した対数の原理を応用したアナログ計算道具です。棒状のものや円盤状のものがあります。日本では1894年にフランスで使われていたものを欧米視察の土産として持ち帰ったのがはじまりです。さっそく次の年には逸見治郎が国産の計算尺を完成します。

Dscn7529jpg2 カーソルを合わせて計算する

 高性能電卓が普及するまで計算尺は科学者や技術者にとって必須アイテムでした。アニメ映画『風立ちぬ』で、主人公の零戦設計者がいつも胸ポケットから計算尺を取り出しては計算していたのを覚えている人もいるかと思います。

 1965年頃には中学校や高校の数学のカリキュラムにも組み込まれ、部活動としても盛んに行われ、全国レベルの競技会も行われましたが、1980年代に電卓の普及で生産が中止になりました。日本の計算尺は竹製で狂いが少なく、世界シェアの80%を占めたこともあったそうです。

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