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2015年5月30日 (土)

生糸商標も注文販売していた石和駅前の「宮方商店」

Photo (この記事は、記載日後の調査の進行により新事実が明らかとなりましたので、平成27年6月8日に、新たに加筆・修正いたしました)

こんにちは、まゆこです。

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山梨市小原にあった「鶴田製糸場」の生糸商標

 

ただいま開催中のミニ企画展「生糸に付された小さな芸術」でご紹介している生糸の商標は、タテ10.5㎝×ヨコ7.5㎝ほどの小さな紙にプリントされています。

色やデザインが様々で、とても美しいのですが、実は、山梨県石和駅前にあった会社が最近まで生糸商標を販売していたことをご存知の方は少ないと思います。

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 当館にある95点の生糸商標の多くは昭和30年代位のものと思われますが、一枚ずつよく観察すると、右下の端に『宮方印行』と小さくプリントされたものが多数存在します。 

 山梨県内製糸場のもの以外にも、福島県・長野県・埼玉県・東京都・静岡県・宮崎県・佐賀県・鹿児島県にあった製糸場の商標にもプリントされていました。

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株式会社宮方商店の封筒

これらの商標は、横浜に本社があった蚕糸包装材料一式製造販売「株式会社宮方商店」が作ったものであることがわかりました。

山梨県韮崎市出身の宮方氏が横浜で創業し、中央線沿いの石和駅前に製造工場がありました。

平成に入ってから、事務所のあった横浜から引き揚げましたが、山梨の工場は「株式会社ミヤカタ」として、平成267月まで稼働しており、「生糸商標」・生糸を結束するための「あみそ糸」・生糸束(綛)を結束するための「括糸」などを全国の製糸工場に向けて製造販売していたそうです。

 

Dsc_1493これらの事実は、ことしの1月に工場内を取材させていただいた折に伺ったお話です(詳しくは、2015124日記載、まゆこのつぶやきカテゴリーの『山梨県笛吹市『ミヤカタ』工場内の貴重な機械』という記事をご覧ください)。

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←「ミヤカタ」工場内の括糸を撚り合わせる機械

 取材の後、帰って当館の生糸商標をよく観察すると、右下端の余白に「宮方印行」と印されたものが多数存在することが判明しました。 

 昭和の終わりまであった横浜本社で請け負った全国各地の製糸工場の生糸商標のデザインを考案して、印刷会社に依頼して印刷し、販売していたのです。

 今回のミニ企画展の中では、この宮方商店さんのこともパネル資料としてご紹介していますが、これを観た元製糸工場経営者の方々が、「え~え~、ミヤカタさんねぇ~、懐かしいねぇ~、お世話になりました」とか、「新しく生糸商標をつくる時、ミヤカタさんにお願いすると、こんなデザインではどうですか?といっていろいろ案を持ってきてくれましたよ」などと話してくだり、みなさん、製糸場経営中は盛んに取引があったようです。

 この「宮方商店」さんの存在も、生糸産業が盛んだった山梨県ならではのトピックだと思います。

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鹿児島県の「IWAKIRI製糸所」の生糸商標にも『宮方印行』のしるしがありました。

Dsc_1558 ←現在も操業中の山形県松岡製糸所の生糸商標も、今年1月の取材時にはミヤカタ工場内に多数残されていました。

 その他工場内には山梨県大月市の平井製糸場や群馬県の吉野組製糸所、茨城県の須藤製糸の商標も多数残されていましたが、「宮方印行」の印はありませんでした。

 おそらく、平成に入ってからは生糸商標を注文販売する会社が限られ、プリントにわざわざ記名する必要がなくなったのかもしれませんね。

平成22年までの吉岡製糸場を最後に、県内製糸場は無くなりましたが、その後もしばらく平成26年まで全国の製糸場に山梨から貴重な資材を供給し続けていた全国唯一の工場が存在していたことは、まゆこにとって予想だにしないことでした。

株式会社ミヤカタ」経営者だった方のご親族が、当館にわざわざ連絡をくださり、工場内を見せて下さるというご厚意がなければ、知りえなかった事実です。

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平成10年頃まで操業していた大月市猿橋町にあった「平井製糸有限会社」の商標。こちらも工場内に多数在庫があり、ここから販売していたことは間違いないですが、宮方印行のしるしはありません。

 今回のミニ企画展において山梨の生糸産業の歴史の一ページとして「宮方商店」の存在を記すことができたことは、意義深いことだと思っています。

 奇跡的なタイミングと人とのつながりの妙に感心するばかりでなく、なんていうのかしら・・・感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 

まゆこ

2015年5月29日 (金)

「黄白(おうはく)」と「春嶺×鐘月(しゅんれいしょうげつ)」

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こんにちは、まゆこです。

Dsc_1947 蚕座の左に「黄白」右に「春嶺鐘月」がいます。

Dsc_1945←「41日目の黄白」:網をかけ、その上に刻んだ桑葉を散らしたところ、どんどん網の目をくぐりぬけて桑の葉を食べに上ってきました。カワイイです♪ 

昨日、山梨県蚕糸協会の養蚕文化継承事業で届けていただいた愛媛蚕種製造の蚕は、「黄白(おうはく)」という品種でした。

 この蚕は少し変わっていて、メスが黄色、オスが白いまゆをつくる蚕です。

 

 人工的に突然変異を起こさせて品種改良したもので、実験用によく用いられる品種です。

当館では初めての飼育なんです。

 

そして、昨日にひきつづき、本日も蚕が届きました!

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今日の朝届いた蚕は、山梨県富士川町の稚蚕業者で2齢眠まで育てられた「春嶺×鐘月(しゅんれいしょうげつ)」です。

 この春嶺鐘月という蚕は、日本の養蚕農家が春蚕期に最も多く飼育する、春の気候に適した実用蚕品種です。

 まっ白な繭をつくり、白い生糸(絹糸)をつくることができます。

山梨県富士河口湖町・茅葺集落「西湖いやしの里根場」さんのご厚意により、わけていただきました。

 

「黄白」の方が、一週間ほど先行して成長していきますが、これから、この2種類の蚕を比べながら飼育してくのが楽しみです。

まゆこ

2015年5月28日 (木)

愛媛から来たおかいこさん

Photoこんにちは、まゆこです。

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 平成27528日(木)午後3時過ぎ、待望のおかいこさん100頭が当館にやってきました。

← このおかいこは、山梨県蚕糸協会による平成27年度養蚕文化継承事業の承認を受け、飼育できることになりました。

 

長旅お疲れ様!

はじめまして!

山梨の空気はどうだい?

Dsc_1933愛媛から今日の朝ゆうパックで出発し、午後3時過ぎに山梨県に到着! 「『なまもの』ですね、確かに」Dsc_1939

一箱に50頭ずつ入っているはず。

「3齢・眠」で届いているはずなのですが、気温が高かったせいか、ほとんどの蚕が脱皮を終えて「4齢」になっている模様です。

エントランスホールにいるから、見に来てね!

しか~し、桑をあげるのはまだまだ明日の朝まで我慢ガマン!

 100頭の蚕すべてが起蚕(おきっこ)になってから、与えましょう♪ 

 

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 さあ、明日の朝から、無農薬でおいしくて栄養たっぷりの桑の葉をもとめて、中央市じゅうを探し歩きますからね!

 

 

 地元のみなさんはどしどし、桑葉情報提供、よろしくお願いいたします。

 

まゆこ

おかいこさんのお迎え準備

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こんにちは、まゆこです。

 「うれしいなぁ~♪ うれしいなぁ~♪ あ~した おかいこさん 来っるっの~!」 

 今日は、ルンルン歌いながら蚕具(お蚕さん達に使う道具)をたわしでごしごし洗って、消毒をしましたよ。「強い日差しもなんのそのっ! 早く乾いて最高だわ~♪ もう紫外線なんか気にしてられない~っ!」

Dsc_1925水洗いした「給桑台」と「飼育用の平かご」を天日干ししているところ。

 館長からはあまりよい顔はされなかったけど、あえて今年は昭和30年代位までの養蚕具で育ててみようと思いまっす! 折藁蔟(おりわらまぶし)だって作ってあるもん♪

 

 

Dsc_1923そして、石灰水で蚕網(かいこあみ)各種を浸け置き消毒。

Dsc_1921何が普通の石灰と違うのかわからないが、あえて気分的に「高級 消石灰」を使ってみました!

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 秘かに植木鉢で少しずつ増やしている桑の苗木も生育良好!

 

 明日の午後に、愛媛県から宅急便で蚕ちゃん100頭到着予定です。

 昨日からずいぶん気温も上がっているけど、無事に来てくれるかなぁ♪

 きょうの夜は心配とワクワクで、ぐっすり眠れそうにないまゆこです。

 

まゆこ

 

2015年5月27日 (水)

山梨に製糸場があった頃

Photoこんにちは、まゆこです。

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 先週土曜日平成27523日より、ミニ企画展「生糸に付された小さな芸術」がはじまりました。

 かつて製糸場を経営されていた方々、女工さんとして働いていらした方など、じっくりと熱心に、そして少し興奮気味に観てくださる方も多くご来館くださり、しあわせに感じているまゆこです。

  

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←中巨摩郡豊村十五所にあった「丸い花輪製糸場」の商標 :月桂樹の葉に囲まれたH.Hのデザインは経営者だったお父様「花輪博雄(はなわひろお)」さんの名前から考案されたそうです。

 昭和44年には山梨県内に製糸場は78カ所(「山梨県工業統計調査結果報告・産業細分別統計表」より)もあったのですから、ミニ企画展の展示スペースであるエントランスホールでは、かつての製糸場経営者の方々が久しぶりに再会し、固い握手を交わされる場面もありました。

 製糸業界の衰退期に、最後までともにがんばった同業者さんたちの間には、通じ合う感情があるように見えました。

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 会期がはじまって3日目で、こちらが把握できた方だけですが、現南アルプス市にあった「丸い花輪製糸場」現富士川町にあった「大正館製糸場」「深沢製糸場(増穂)」、現市川三郷町にあった「平和館秋山製糸場」、「三珠館村松製糸場」の関係者のみなさまにご来館いただいています。 

 ←南巨摩郡増穂町長沢にあった「大正館製糸場」の商標 :製糸場を経営していた頃を知らないお孫さんたちを連れて来てくださいました。

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また、この方々から様々な貴重な証言資料や製糸場で使用していた実物資料をご提供いただくことができました!

 経営者の方々からは、「生糸商標のデザインにこめた想い」「できあがった生糸をおさめた問屋さんのこと」

 そして、「昭和30年後半から次第に地元で調達できる国産原料繭の入手が困難となっていき、中国産繭を使うことを検討したが、当時は品質が日本産と比べものにならない程違っていたこと、そして、品質の良い繭でなければせっかく導入した自動繰糸機がうまく稼働できなかったので、廃業を決断したこと」などの苦しかった思い出もたくさん教えてくださいました。

 それからどの方も、「豊富(山梨県中央市豊富地区)の繭はすごくいい繭だった! 県内他地域のものよりもお金を積まないと(割増しで渡さないと)買えなかった」とおっしゃいます。

 養蚕が盛んだった頃には豊富地区に住んでいなかったまゆこですが、とてもうれしくて、うれしくて♪

 中央市最後の養蚕家だった中込さんが亡くなってしまわれたこれからは、この事実を絶対に市内の子供たちに伝えていかなくては!と強く思いました。

↑増穂町青柳にあった「深沢製糸場」:商標は生糸に付けられて出荷してしまうので、廃業したご自分の製糸場の生糸商標を現在お持ちでない方も多く、データをプリントしてお渡しすると、とても喜んでくださいました。

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 昭和30年代に女工さんだった方は「女工さんは目が良いのはもちろん、歯もよくないとダメなこと」「製糸場内の様子」「品質と能率の両方が伴っていないと、成績の良い女工にはなれないこと」「毎週、成績によって変わるお給料に一喜一憂したこと」「勤労感謝の日に行う演芸会が楽しかったこと」など、十代の頃の実体験をみずみずしく語ってくださいました。

Dscn7488←西八代郡三珠町にあった「三珠館村松製糸場」の商標 : 平成15年頃まで頑張って操業されていました。

 あまりよくないことかもしれませんが、この生糸商標のミニ企画は、会期中にみなさんから教えていただく情報で、日々進化し充実していく予感がしています♪

 終了する720日(月)までには、どなた様も入館が無料となる展示解説日が620日・21(土・日)にありますので、よろしければまた足をお運びくださいませ♪ 

まゆこ

2015年5月24日 (日)

水口祭り

Tomiko

 富子だけんど、ここんとこよく会うじゃんね。お互い元気でよかったよう。たっしゃが一番だからね。

Dscn74782 近所の苗代

 田んぼの片隅で苗代の稲がいいあんばいに育ってきて、田んぼにも水んへえって(入って)きてるとこん多くなってきたねえ。早いうちじゃあ、へえお田植えをしてるとこもあるじゃんね。

Dscn74802 田植えをしている田んぼ

 中央市じゃあどこでもほうだったけんど、昔は苗代へ種もみを蒔くときに、「水口祭り」っちゅうこんをしとうさ。菖蒲や芍薬なんかの季節の花を水の取り入れ口に飾って、神饌をお供えして、豊作を神さんに祈るっちゅうわけさね。

 そんときに小正月に作った「粥掻き棒」も一緒に飾って、田植えん終わるまで置いとくさ。

Dscn74832 粥掻き棒(かゆかきぼう)

 「粥掻き棒」っちゅうは上の写真の三方に載ってるので、カツノキで作って、小正月の「小豆粥」をかきまあして(かきまわして)、そけえ(そこへ)籾殻をくっつけて神棚に供えておくもんだけんどね。それんこの苗代作りんときにいよいよ出番になるっちゅうわけ。

 種まきん終わるっちゅうと「やこめ」を作って神さんにあげるだよね。あっちこっち田んぼを見て回ったけんど、「水口祭り」をやっていそうな田んぼがなかったから、しかたんねえから「やこめ」だけでもと思って作ってみとう。

Dscn74712 炊き上がった「やこめ」

 大豆を炒ってっから1時間くれえ水につけといて、ひやかしたうるち米ともち米の中に入れて炊くさ。蒸してもいいし、全部もち米でもいいし、大豆は黒大豆でもいいさね。

Dscn74742 神様に供える

 神さんに食ってもらってから、自分とうもよばれとうさ。大豆をフライパンで15分ばっか炒っとうけんど、そんときにゃあ、いい匂いがして、ほんとにうまそうだったし、できあがった「やこめ」もうんとうまかったよ。大豆もやっこく(柔らかく)なってて。豊富じゃあ、大勢の人に食ってもろうほど縁起がいいって言って、通りがかりの人にも食ってもらっただってよ。いいじゃんね。

2015年5月22日 (金)

菜種をとった

Tomiko

 富子だけんど、今日は失敗した話を書くじゃん。いつでも成功したこんしか書かんと、なにょうやってもうまくいくっちゅうこんずらと、思われるからね。

Dscn74302 鞘からこぼれた菜種

 このめえ干しといたアブラナがよく乾いて、実(種)が鞘から落ちてきたから、種をとるこんにしたさ。

Dscn74362 小槌で叩く

 木で作っとう小槌で、刈り取って干しといとうアブラナの鞘のへんをトントンたたくっちゅうと、鞘が割れて菜種んパラパラシートに落ちるさ。さやも落っこちるけんが、中の薄皮のようなもんは茎にくっついたままさ。これんドライフラワーのようできれえさ。飾っておきたいくれえだよ。

Dscn74392 叩いた後の「菜種がら」

 菜種を全部落っことしっちゃっとう後のアブラナの茎を、「菜種がら」っちゅうだよね。この菜種がらはうんと火ん付きやすいから、竈の焚き付けに重宝しとうさ。

 国語の教科書に載っている『ごんぎつね』にも、ごんが「菜種がらの乾かしているのに火をつける」いたずらをするこんが書いてあるさ。どこのうち(家)でもこういうように、焚き付けにしたずらね。ほんだから資料館の台所のもしきが置いてあるとこへ一緒に置いてみとう。今度来たとき見とくんねえ。

Dscn74412 とれた菜種

 これが採れた菜種さ。鞘が菜種に混じってるけんど、でっかいごみだから簡単にわけられるさ。その後ちっくいごみを風でとるさ。

Dscn74422 きれいに風選した菜種

 ほうしたらこんねんきれえな菜種になったさ。

 油菜だから油を搾らっかと思って、フライパンで炒って、蒸し器で蒸して、さあ油が出るかと思ったら、蒸すとべとべとしてくるっちゅうに全然さらさらしたまんまでいっさら油っぽくならんさ。どうも炒りすぎっちゃっとうようさ。1時間くれえ炒れっちゅうから、炒っとうどうけんど、炒りすぎになって損をしっちゃとう。量がちっとだったに、時間をかけすぎちゃっとうっちゅうこんだね。もっとみじけえ(短い)時間でもちゃんと火が通ったはずだよね。全部の種を使っちゃたから、この実験のやり直しはまた来年になっちまっとうさ。残念、残念。

2015年5月19日 (火)

芋から蒟蒻を作った

Tomiko

 富子だけんど、お田植えん始まっとうとこもあって、忙しくなるねぇ。資料館にもあとちっとで蚕も来るし、世話をしなきゃあならん生きもんが多くなると大変だよ。

 まあ、今日は忙しくなる前っちゅうこんで、蒟蒻(こんにゃく)を作ってみとうさ。コンニャクの芋を近所の人にもらったから、うれしいこんじゃんと思って。

Dscn72082 1kgごえのコンニャク芋

 見ろしね。でっかいらもの。これで3年だって。コンニャクは中国の暑いとこが原産だから、夏に種芋を植えて、秋にゃあ掘り出しとかんと駄目になっちもうだよね。1年目の芋はひょろっと細くて、紐みたようなもんさ。植えとくとだんだん太ってくるからね。そりょう繰りけえ(かえ)して、3年くれえ立つとでかい芋になるさ。普通は3年か4年以上は置かんけんど、7年目にゃあ花ん咲いて枯れちもうだって。

 私ん子どもの頃、おとうちゃんがコンニャクを1本だけ育てていて、コンニャクの花ん咲いたって見してくれたこんがあったけんど。めずらしい花とは思っても、きれえな花じゃあねえね。その後コンニャクは枯れちゃったさ。結局蒟蒻は食わずじまいってわけ。

Dscn72112 皮をむいてすりおろす


 芋がでかかったからとりあえず半分だけ使って作ってみとうさ。皮をむいて、おろし金ですりおろして、水を入れて混ぜるっちゅうと、最初はピンク色になるさ。蒟蒻を作る時にゃあ、最初から最後までゴム手袋をしていんとえらい目に会うよ。「シュウ酸カルシウム」っちゅう劇物が含まれてるから、うっかり口になんかくっつけたりしたら、やけどをしたようになって、窒息したりするだって。手にくっつくとかゆくてたまらんようになるからね。

Dscn72152 鍋で煮る

 火にかけてかきましながら焦がさんように煮るとだんだんねずみ色になってきて蒟蒻っぽくなってくるさ。時間をかけてゆっくりやるさ。

Dscn72172 羊羹流しで固める

 そのあと凝固剤の「水酸化カルシウム」を混ぜて羊羹流しに入れて固まらせるさ。作り方を教えてくれとうおばちゃんはソーダって言ってたけんど、今は薬屋で「水酸化カルシウム」っていえば売ってるからね。昔は灰を水で溶いた汁を使ってただって。推古天皇のときに中国から輸入しとうって言うから、その時は灰を使うしかねえさね。

Dscn72182 鍋であく抜きをする

 固まるのを待ってっから包丁で切って、鍋でゆでてあく抜きをするさ。30分ばっかゆでれば出来上がりっちゅうわけ。ゆでる時にはふくらむから、でっかい鍋でねえとだめだよ。

Dscn72212 さしみこんにゃくがうまい!

 こりょう薄く切ってわさび醤油で食うと、うまくてうまくて、買っとう蒟蒻なんか食えたもんじゃあねえよ。ゴムみとうような蒟蒻じゃあなくて、芋で作ったこん(こと)が口のなかで主張する蒟蒻だよ。

 山梨のような山国じゃあ、どこのうちでも畑のはじっこにコンニャクを植えといて、あたりめえのように蒟蒻を自分のうちで作って食ってとうずらね。コンニャク芋を手に入れて植えてみたいもんどう。イタリアじゃあ、「しらたき(糸蒟蒻)」をパスタの代わりに使うっちゅから、日本でも流行るかもしれんね。なんてったてカロリーは低いし、腹の掃除はしてくれるしさ。

2015年5月18日 (月)

鯉の季節 産卵

先日、釜無川の中条橋を早朝に散歩した時、岸辺の水面が激しくうねっていました。シカでも泳いでいるのかと、水面を見ると、数匹の大きな鯉がもつれあうように草むらに体をこすり付け、暴れていました。ちょうどカメラを持っていたので、その様子を何枚か撮影しました。

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さっそく調べてみると、鯉の産卵期は春から初夏にかけてとのこと。
この時期には大きな鯉が浅瀬に集まり、大きな水音をたてながら、
産卵と放精がおこなわれるのです。一度の産卵数は50~60万個というから、驚きの数です。
この卵は草に付いて、数日中に孵化するようです。

さて、この稚魚を見ることはできるのでしょうか?

2015年5月17日 (日)

麦秋間近

Tomiko

 富子だけんど、おみんなん(皆さん)元気けぇ? 暑くなったり寒くなったりで、体んついちゃあいけんよね。私もいっさら喉が痛えのが治らんで、やあさ。

Dscn74082 いっせいに花が咲いた

 いよいよ冬を越してきとうもんが、収穫の季節じゃんね。資料館の小麦も、いあんべえ(いい塩梅)に育って、穂が出て、花ん咲いとうさ。麦の花なんちゅうは見たこんがねえれ(ないでしょう)? 米(稲)の花と同しように、風媒花だから目立たんもんさ。雄蕊だけん外に出てるような花だからね。

Dscn74102 雄蕊が見える

 この花ん受粉をしてっから中の実がでかくなるだから、刈り取るまでにゃあ今ちっとかかるけんどね。これっからどんどん周りの草だの木だのは緑が濃くなってくっちゅうに、麦は今っから黄色くなっていくと思うとおもしれえもんじゃんね。

 黄色くなっとうもんはまだあって、油菜んいよいよ黄色くなったさ。雨ん降るめえに(前に)刈っとっかっかと思って、せんころ(先頃)刈って、今、日の当たるとこへ干してあるさ。

Dscn74122 油菜の刈り取り

 今日見てみたら、種を包んでる鞘ん割れて、種ん出てきてるのもあるから、そろそろたたいて種をとってもいいかもしれんね。

Dscn74132 刈り取った油菜

 どのくれえ種がとれるもんかわからんけんど、まあ楽しみにしてみるじゃん。

2015年5月15日 (金)

「繭のにおい」を嗅いだことありますか?

Photoこんにちは、まゆこです。

Img_0084←長野県下諏訪町松澤製糸所繭倉庫

 昨年11月、長野県下諏訪町にある松澤製糸所の「繭倉庫」をみせていただく機会に恵まれました。

倉庫内に一歩足を踏み入れた途端、いままでの経験にない、独特なにおいに包まれました。

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「なんだろう?この匂い!」「くさい?ような気がするけど・・・、干し草のような匂いもするなぁ」そして、社長さんに案内され、山梨県産繭の保管されている倉庫内部の奥深い所に入っていくと、もうその何だかわからない独特のにおいの密度がすごくて、「う~~!」話に集中できないほど圧倒されました。

 正直、「繭倉庫の中って、こんなにおいがするんだぁ~」とかなりのカルチャーショックであったことはまちがいありません。

 製糸会社が日本全国そこかしこにあった昭和30年代以前には、繭倉庫から漂う繭のにおいは当時の人々が普通に遭遇するものであったそうです。

山梨県内にも昭和33年には、130カ所以上の製糸工場が存在していたのですから、もしこの匂いを再現できたら、現在60歳代以上の方々には、幼いころの懐かしい時代のにおいが体験できる思います。 また、まゆこと同じように昭和40年以降生まれでも、製糸場が自分たちの身近な生活圏内に普通に存在していた情況を少しでも想像できたらおもしろいかも!?と考えました。

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← 富子さん製作ミニチュア版繭倉庫

そこで、山梨の製糸産業の歴史をたどるミニ企画展「生糸に付された小さな芸術」が平成

27523日からはじまるのにあわせて、ミニチュア繭倉庫を製作しその中に当館飼育蚕の乾繭をいっぱい詰めて、匂いを嗅いでもらうコーナーを作ることにしました。

製糸場敷地内に必ずあった「繭倉庫」からどんなにおいが漂ってきていたのか? においばっかりは実際に嗅いでみるのが一番ですからね♪

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器用な富子さんが群馬県の富岡製糸場の繭倉庫の外観を参考につくってくれました。

カビや湿気から守るため、繭倉庫には通気用の扉がたくさんつけられています。

実際に嗅いでみると、制作した繭倉庫はミニチュア版なので、その分、繭のにおいもずいぶんマイルドになっていますからご安心ください。

怖いもの嗅ぎたさでもいいですから、たくさんのみなさんに嗅いでいただき、近所に製糸場があった時代に想いをはせてもらえるとうれしいです。

まゆこ

2015年5月12日 (火)

オトシブミ

Tomiko

 富子だけんど、台風が来てるだっちゅうよ。今年は今までで一番台風が多く発生してるっちゅうから、これっからばんなりだっちゅうに、あんまし台風が多い年になっちゃあ困るじゃんね。

Dscn74152 玄関先に落ちていたロールキャベツ

 今朝玄関前を掃除してたら、葉っぱをロールキャベツみとように巻いたもんが、いっぺえ落っこててさ。調べてみたら、オトシブミっていう虫が作ったもんだったさ。

Dscn74182 オトシブミノ揺籃(ゆりかご)

 うまいもんじゃんね。接着剤も糸も使わんでこんだけのもんを作るだから。

 オトシブミっちゅうは、ゾウムシのなかまの甲虫で、頭から口がつんだしてる虫さ。ゾウの鼻みてえに見えるからゾウムシっちゅうずらね。

Dscn74192 デパートの包装のよう

 この巻き方がすごいじゃんけ。デパートで筒のようのもんを買うと、こういうように包んでくれるじゃんね。こりょう虫がやると思ったら、感心しちもうよね。

Dscn74172 玄関先のケヤキの木

 何の葉っぱで作ったかっちゅうと、ケヤキの葉っぱだね。今は鯉のぼりがたかってるけんど、オトシブミもたかってるっちゅうこんだわね。

Dscn74212 半分だけむいてみた

 そおっとむいてみたさ。葉っぱ全部を使って、うまく巻いてあるよね。虫の種類がちごお(違う)と、使う葉っぱも、葉っぱの全部を使うかどうかもちごお(違う)らしいよ。調べてみたら、大変の種類があっとう。

Dscn74222 葉の先の方に卵があった

 全部むいたら、黄色いちっくい卵が一個でてきたさ。卵からけえると(かえると)幼虫になって、中っかわから葉っぱを食ってでかくなるだって。このオトシブミはロールキャベツにした葉っぱを下に落っことしておくから、葉っぱは乾燥しちもうじゃんね。種類によっちゃあ、木にそのまんまくっつけとくオトシブミもあるらしいけんど、このオトシブミは乾いた葉っぱをえさにする種類っちゅうこんかなあ。けっこうパリパリしてるのもあったさ、そんな乾いたやつでもうまいずらか。
 拾ってきたやつを箱に入れてちっと様子をみっかと思ってるさ。どうなるらかね。

続きを読む "オトシブミ" »

2015年5月10日 (日)

ミニ企画展「生糸に付された小さな芸術」

 

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こんにちは、まゆこです。

 平成27年第1回ミニ企画展「生糸に付された小さな芸術」をエントランスホールにて開催いたします。

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生糸に付された小さな芸術

~ 富岡製糸場だけじゃない! 

かつて山梨にもたくさんの製糸場がありました ~

当館所蔵の昭和時代に収集された生糸商標ラベルのいろいろなデザインをご覧いただき、かつて山梨の経済を支えた生糸産業・製糸場の歴史をたどりたいと思います。

●会期は、 2015523日(土) ~ 720日(月)です。

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展示資料としては、

国内生糸商標95点(うち、山梨県製糸工場生糸商標26点 長野県製糸工場生糸商標40点 その他国内製糸工場生糸商標29点 )

生糸の括1点 括造器1点 生糸の綛1点 繰糸鍋1点 座繰り器1点 油単(繭袋)1点 その他解説パネル数点 (昭和33年山梨県製糸場分布図(130カ所)、山梨県製糸場数の変遷グラフ等)を予定しています。

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展示内容として、

・生糸商標とは?

・製糸場の生糸商標を印刷していた山梨の「宮方商店」

・生糸商標デザインいろいろ

・生糸はどのように出荷されたか?

・山梨の製糸の歴史を振り返る

等の項目でお伝えしたいと考えています。

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●関連事業もがんばります!(入館料は必要ですが、申込み不要・参加費無料。)

・「春蚕の飼育展示」平成27年5月29()6月中旬(予定)

(桑の葉をモリモリ食べて成長する蚕と触れ合うことができます。)

 

                   ・「繭から糸を繰り出そう!」6月6・7日(土・日)10時~11時・14時~15

器械製糸以前に行われていた座繰り器を使っての繰糸体験ができます。)

 

・「製糸場にあった『繭倉』の匂いを想像してみよう!」ミニ企画展会期中随時

 (当館飼育蚕の繭を貯蔵用に乾燥させた乾繭の匂いを嗅ぐことができます。昭和30年代の時代の香りの一つ、「繭倉」の匂いを想像してみてください!)

 

 今回のミニ企画展は、「観て、触って、匂いを嗅いで、体験する」関連事業と併せて皆様にお楽しみいただけたらうれしいなぁと考えて、現在、富子さんとちょっと焦り気味ですが、ワクワクしながら準備しています♪ 

 関連事業の詳細など今後随時アップしていく予定ですので、よろしくお願いします!

 

まゆこ

2015年5月 9日 (土)

新緑が目にまぶしい桑園にもう文義さんの姿はなく

Photoこんにちは、まゆこです。
Dsc_1929←玉穂地区にある桑園
ゴールデンウィーク最終日の6日、中央市最後の養蚕農家であった中込文義さんの桑園を見に行きました。

春の日差しを受けて、柔らかな一ノ瀬桑の新芽がきらきらと目にまぶしかったです。

文義さんが丹精して育てたこのすばらしい桑の葉を、ことしも春蚕たちにお腹いっぱい食べさせてやりたい!心からそう思いました。

Dsc_0270←H26の春蚕飼育の様子
しかし、ことしの春からは、この桑園の葉が蚕たちに与えられることはなくなりました。

中込文義さんが平成27423日に急逝されたからです。85歳でいらっしゃいました。

ショックが大きすぎて、2週間以上たった現在でも現実として受け止められず、ボヤーッとしたままのまゆこです。

Dsc_1930←玉穂地区にある桑園

ことし資料館で春蚕の飼育をはじめるのは、528~の予定となりましたが、きっとその作業の途中で、文義さんに教えていただいたたくさんのことを一つ一つ思いだし、ふつふつと悲しみが湧きがってくるような気がします。

文義さんには平成25年の春から、豊富の養蚕について、実際の作業を見せていただきながら、本当にたくさんのことを教えていただきました。

たいへんな作業の数々を一人で正確に黙々とこなしていかれる姿に、取材の度に毎回、尊敬の念を抱くばかりでした。

 今年度は桑園の手入れや桑木の剪定時期や方法などを重点的に教えていただきたいと思っていました。

 2月にお会いした時もとても元気で「ことしの春蚕もやるよ!」と力強くおっしゃっておられたのに・・・。

 85歳というご高齢にもかかわらず、養蚕にかける情熱の衰える様子が微塵もない文義さんに、このような時が突然にやってくるなど、想像もつかなかったのです。

 文義さんには、深く深く感謝してお礼を言って、最期のお別れをしてきました。

 ご家族の皆さまには、一日も早く心穏やかに暮らせますようお祈りいたしております。

Dsc_1932 ← 豊富地区にある蚕室と桑園

これで、中央市の養蚕・シルクの里豊富地区の養蚕の歴史は幕を閉じました。

山梨県中央市内に生業としての養蚕がなくなっても、お蚕そのものは資料館で細々と少量ずつ人工飼料でも飼い続けることができますが、桑園の景観を今後保存していくことは難しいでしょうね。

 立派な桑畑の写真を撮りながら、ここで桑切り作業していた文義さんの姿とその時のハサミの音を思い出し、何ともやりきれないさみしい気持ちになりました。

Dsc_0838 じっと待っていれば、切った桑枝の束を肩に担いだ文義さんが、そのうち木々の間からぬうっと現れるのではないかと期待してしまいます。

←H26晩秋、桑きりをする文義さん

 毎春と変わらず素晴らしい葉をたくさんつけた桑の木たちも、きっと、まゆこと同じく、今か今かと文義さんの現れるのを待っているのではないかと思い、「文義さんはもうここにはこないよ」と木々たちに言うのが怖くなって、逃げるように桑園を後にしたまゆこです。

 しかし、この地をシルクの里と言わしめた先人たちの誇り高き生き様を語り継ぐという、資料館の仕事の重要性も、生き証人であった中込文義さんが亡くなられたいま、痛感しています。

まゆこ

2015年5月 6日 (水)

ミニ企画展「鏡」 (4)

ガラス製の日用品(明治時代から現代)

 

江戸時代の終わり頃にガラスに水銀引きした鬢鏡が作られますが、ガラスの鏡が本格的に作られ始めるのは明治十年からです。

Dscn69542 明治の終わり頃のものと思われる鏡台

ガラスに銀引きした鏡で、鬢鏡(びんきょう)は手鏡程度の大きさのものしか作れませんでしたが、ガラス製造が本格化したことにより大型の鏡も作られるようになります。しかし、銀メッキをしたあとの塗装が親水性のカゼイン塗装だったため、湿気に弱くすぐ腐食してしまいました。現在は銀メッキの上にさらに銅メッキをしてから塗装しているため腐食しにくくなっています。

上の写真は針箱を横広にした箱の上に猫足と鏡をとりつけた鏡台で明治時代の終わり頃に流行したもののようです。鏡は輸入物と思われます。高さは52cmです。

Dscn69402 芦川漆器店の漆塗の鏡台

 この鏡は裏側に「芦川漆器店」というシールが貼ってあります。鏡はもともと漆器店で扱っていました。シールには甲府市櫻町4丁目という住所や電話番号も入っています。芦川漆器店は甲府市の八日町から桜町へ移転し、昭和に入ってからは家具も扱うようになり「芦川家具店」と店名も変わったようです。現在の住所でいえば中央4丁目ですが、すでにお店はなくなっています。ですのでこの鏡は、大正の終わりか昭和の初めころに販売されたものではないでしょうか。

Dscn69392 漆器店のシール

Dscn69432 鏡台の裏側

鏡台の裏側は布を貼った板で鏡を止めてあり、額縁のように取り外せる仕組みになっています。鏡を支える足もおしゃれです。高さは54cmです。

全くの日用品となった鏡ですが、実は現在も鏡に関する禁忌は多く、(引っ越しの時は、鏡を一番先に入れる。妊婦が葬式に参列するときは、お腹に鏡を入れるなど。)古代からの呪具としての鏡のあり方は連綿として続いているといえます。

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2015年5月 5日 (火)

ポストの塗り替え

P5050897

気になっていたポストの色の塗り替え作業をしました。もちろん私がやったのではなく、専門の技術者に頼んだのですが・・・どうですか、見事な塗りっぷりでしょう。
最初は金のブラシで、塗装とさびを落とし、次に水洗いをして、乾燥させました。今日は天気が昼からよくなったので、たちまち乾いて、塗ごろになりました。

P5050899 最初はこんな状態でした。

P5050900 塗り替えが進むと・・・

P5050902

さて色ですが、倉庫を見ると2種類の赤色がありましたが、オレンジと紅色でどちらを塗るか論争?になりましたが、技術者は「オレンジ」と決め、さっそく1回目の塗装をしました。この色が大正解でした。鮮やかなオレンジは、とてもよく目立つポストに仕上がりました。

P5050909 こいのぼりとよく合いますね

P5050910 ついでに郵便受けも赤くなりました。

これで、数年は色が持つと思います。バンザイです。所要時間1時間半ほどでした。
技術者のMさんに感謝です。

2015年5月 4日 (月)

竹の皮で包んだ柏餅

Tomiko
 富子だけんど、やたら暑くなっちまったじゃんね。このめえ(前)までさぶかったのん(寒かったのが)うそのようじゃんね。はんで(早く)押し入れから半袖を出さねえ困らあ。

 明日は端午の節句だから、柏餅を作ってみとうさ。柏餅っちゅっても、柏の葉っぱはこの時期にゃあまだちっくくて、やっこすぎるから、竹の皮で包んでみとうさ。竹の皮は、菌を殺してくれるから、むかしゃあ(昔は)よく「むすび」(おにぎり)を包んだりしてとうもんさ。子どもの頃、近所の兄ちゃんや姉ちゃんたちが、竹の皮に梅干しょう(梅干しを)三角に包んで、隅っこからチュウチュウ吸っておやつにしてとうけんど、うらやましかったもんさ。今かんげえてみろば(考えてみれば)、体にゃあ悪かったかもしれんけんどね。

Dscn7353jpg2 竹の皮(竹の子の皮)

 まあそれはおいといて、竹の子をもらったからその皮をとっといて、使っとうさ。竹の子は竹の子飯にして食っちゃったけんどね。

Dscn7355jpg2 上新粉をねって蒸す

Dscn7357jpg2 餡を入れて包む

 みんながそうかどうか知らんけんど、うちの兄弟には全員「名付け親」っちゅうのがあってさ。まあ、実際に名前をかんげえてくれたっちゅうわけじゃあなくて、後見人みてえなもんかもしれんけんどさ。弟の名付け親は、すぐ下の集落に住んでて、お節句になるっちゅうと毎年柏餅を作ってきてくれとうもんさ。自分のうちどうって家族が多いだに、よそのうちの子どもの分まで作ってくれるっちゅうわけさ。それも重箱にぎっしり詰めて持ってきてくれとうもんさ。それん(それが)いつでも竹の皮で包んであっとうっちゅうわけ。

Dscn7359jpg2 竹の皮で包んでできあがり

 私はどっちかっちゅうと草餅が好きだったから、白い柏餅をもらってもあんまりうれしくなかったおべえ(覚え)があるけんど、今かんげえりゃあ(考えれば)ぜいたくな話だよね。手作りの饅頭なんちゅうもんは、今じゃあなかなか作っちゃあもらえんよ。この話は、お節句が来るといつも思い出すさ。

Dscn7376jpg2 ショウブを飾ってみた

 ついでに菖蒲湯もたててみとう。この時期アヤメだのハナショウブだのと似たようの花が咲くからよくわからんようになってるけんど、菖蒲湯のショウブはアヤメとは全然仲間ん違って、里芋の仲間だって知ってたけぇ?葉っぱが似てるから仲間だと思ってたさね。

Dscn7379jpg2_2 菖蒲湯にした

 ちっくい頃はショウブなんかどこにでもあって、お節句の飾りにしたり、菖蒲湯にしたり当たりめえ(当たり前)のようにしてたけんど、今はそこら辺からとってくるっちゅうわけにゃあいかんよね。花屋だのスーパーだのホームセンターだので買う時代になっちゃとう。カブトムシといっしょだね。まあ売ってるうちは、買う人がいるっちゅうこんで、いいさ。

春の子供祭りが盛大に行われました

P5030876 こいのぼりが泳ぐ会場

5月2日・3日、30度を超える夏のような暑さで晴天の中、春の子供祭りを開催しました。2日の初日は、朝10時のオープンとともに、たくさんの親子連れがきて、1時間で入館者100人を超える勢いでした。この祭りは4年目ですが、皆さんに定着してきたと感じています。2日間で560人ほどが来館しました。

P5020843 ゴム鉄砲は男の子に大人気

P5020861 お米が粉になって出てきます

P5020851 ママと一緒にねらいを定めています

P5020853 さかなは5匹釣ります。真剣ですね

P5020864 けん玉が入るまで頑張りました

P5020838 風車を親子で作ります

子供たちはゴム鉄砲や竹のけん玉、石臼ぐるぐる、魚釣りゲーム、狩猟体験などの5つの体験ゲームを行うと、風車(こいのぼり付)キットを受け取り、エントランスで組み立てました。中央市歴史文化ボランティアのスタップの指導で作り上げた風車が、表の風を受けてくるくる回るととても嬉しそうでした。

入館者の方々は、県内各地から来ていただきました。資料館内部の見学もじっくりしていただき、5000点を超える古い生活道具や養蚕道具などの、資料の豊富さに驚いていました。

8月1・2日には「こども夏祭り」を行う予定です。

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