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2015年2月27日 (金)

横沢びなはみそっかすじゃない!

Photoこんにちは、まゆこです。

 平成2746日(日)まで開催の当館ひな人形展最大の売りは、そのバリエーションが多彩なことです。

 江戸時代から昭和に至るまでの時代的変遷、お大尽の座敷に飾られていた豪華な雛もあれば、庶民が田圃道でつづらを担いだ人形売りから購入した質素なつくりの在地雛もありますし、形体や材料にも、様々な違いを持つお人形に出会えます。

 展示総点数255体のうちには、享保雛・古今雛・横沢びな・有職雛・押絵雛・土雛・市松人形・御所人形などがあり、御殿飾りや雛道具も多数あります。

Dsc_1509
 しかし、やはり何と言ってもいま一番人気の雛は、「横沢びな」です。

 この質素なつくりの山梨の在地雛を目当てにご来館くださるお客様が、最近特に増えています。

 当館で横沢びなを紹介していることを新聞報道などでご覧になり、「自分の家のお蔵に眠っている、一部が紙で作られているボロボロの人形は「横沢びな」なのか?確かめるために来ました」という方や、当館に飾られている横沢びなの前で、ご自宅にあるお人形を携帯電話で撮影した画像をみせてくださりながら、「私の家にあるのも、これと同じ横沢びなですよね?」と質問される方もいらっしゃいます。

 そして、ご自分のお人形の素性がはっきりすると、うれしそうに「大事にします!」と、どの方もおっしゃられます。

 お客様の家の蔵にとり残されているボロ人形が、その持ち主の心の中で宝物に変身した瞬間を見られて、まゆこはとても幸せです。

 当館「ひな人形展」で展示している横沢びなたちも、一見、いまにも壊れそうでやっと立っているように見える、紙でできたみすぼらしいお人形ですが、地元山梨の雛文化を知り、その歴史を纏うと、とても力強く踏ん張って立っているように見えてくるから不思議ですね。

 その他にも、「あ~、そうそう、昔はこんなような目がクリクリした、こんなお人形さんがたくさんあっただよねぇ。思い出したよ~」としみじみお話してくださるおばあ様もいらっしゃいました。

 

そして昨日は、資料館すぐそばにお住まいの長田さんのお宅から、保管されていた木箱の中に紙のお人形があるという連絡をいただき、見せてもらいに行ってきました。

(以下、写真5点は中央市豊富地区・長田家の横沢びなです)

Dsc_1584 お宅に伺うと、座敷に昭和3年生まれのおばあちゃまの初節句に合わせて購入されたという御殿びなの前に、なんと13体もの横沢びなが並べられていました。

 なんて愛らしくて楽しそうなお人形たちなのでしょう!!

「キャー!カワイイ~♪」Dsc_1573保存状態がとてもよく、お顔にお化粧された頬紅がまだよく残っており、文献に残る横沢びなの記述に『冷たい北風の吹く冬の日、頬っぺたを真っ赤にした娘さんを「横沢びなのようだ・・・」と笑った』とあるのを今まで実感できなかったまゆこは、もう大感激!Dsc_1574手の動きが表情豊かで特徴的な横沢びなが13体も一同に並ぶと、とっても楽しそうで、まるでダンスパーティーしているみたいなの!

Dsc_1575雛壇のツンとすました他のお人形に比べて、おめめも丸くて大きくて、お口からはいまにも笑い声が聞こえてきそう♪

Dsc_1578 背面は紙製であるのも特徴の一つ。

 テンションMAXで大騒ぎしている失礼なまゆこに、「こんなに喜んでくれてうれしいよう」「これから毎年、箱から出して大事に飾りますね」「長い間箱に入ったきりだったけど、出してみれば、こ~んなにかわいい顔してるじゃん!」「宝物は遠くに探しにいかんでも、自分の身の周りの所で見つけ出すもんなんだねぇ」「よかったよぉ~、捨てなんで。大事な宝物だったのに、気づかなくてずっと捨てようと思っちゃってたんだから困るよう」などとしみじみ長田家の方々とお話しました。

Dsc_0163 

←こちらは、当館展示の横沢びな

 ところで、甲府雛問屋で明治大正期に多く製作された横沢びなに関して、唯一詳しく記述している「やまなしの民俗(上巻)昭和47年」の著者、上野晴朗氏はこの雛のことを「みそっかす」とか「泣きべそをかいているような風情」とか「頬っぺたを赤くぬられた奇妙な人形」とか「安物」などと散々な描きようでした。

 しかし、実物資料を目の前にしての現在のまゆこの感想は全く違うものです。

もちろん、他の雛に比べて材質や作りなどは質素かもしれませんが、横沢びなは「明るく楽しそうな表情に、今にも歌いだしそう、踊りだしそうな動きのある独特のポージングをした愛嬌ある山梨の在地雛」だということです。

 ともあれ、上野晴朗大先生がこの雛のことを、明治の終わりに製作にたずさわった老女に取材して詳しく書き留めてくださっていたからこそ、まゆこは当館の横沢びなたちの実態に迫ることができました。

 ですから、「横沢びなはみそっかすのように寂しい存在である」という書き出しの文章に、かえって上野先生のこの雛に対する深い愛情を読み取ることができるのも事実です。

 先生も、山梨の農村に暮らす庶民たちと同じように、横沢びなに強い魅力を感じていたのだと、まゆこは思います。

 

まゆこ

 

2015年2月26日 (木)

ミニ企画展「温まる・しのぐ」(3)

今日は部分暖房についての2回目です。

湯たんぽ

 

湯たんぽは「湯湯婆」とか「湯丹保」と書かれました。普及したのは江戸時代で、陶器製でした。大正時代にブリキなど金属製のものが作られるようになりますが、戦時中物資が不足すると再び陶器製になります。非常用水の貯蔵や水枕としても使われたようです。

 

形はかまぼこ形と現在主流の亀の甲羅形がありました。甲羅形の湯たんぽにある波は、薄い鉄板の強度を増すために施された工夫です。ここ数年体にやさしいエコな暖房器具として見直されています。

 

Dscn63152 元祖湯たんぽ 陶器製

Dsc_58252 ブリキ製と同形の陶器製

Dsc_57922 戦時中の湯たんぽ

行火(あんか)

室町時代に、禅宗の僧侶により中国からもたらされたといわれます。土製のやぐらに炭火を入れた火入れを置き、上から布団をかけて手足を温めました。一人で持ち動かせるので、「行」=動かせるという字が使われています。昭和30年ころまで使われていました。小さいものなので一人か二人でしか使えません。炬燵が使われるようになると使用されなくなりました。

Dscn67152 陶器製行火

 豆炭行火

 昭和34年に「品川燃料」という会社が「品川あんか」という名前で世の中にデビューさせ、発売と同時に新聞・雑誌・テレビを通じて大々的に宣伝し、「豆炭一個で24時間保温」のキャッチフレーズを全国に浸透させました。最盛期は年間三百万個以上も売れる大ヒット商品でした。現在、「ミツウロコ」や「十全」という会社でも生産されていて、アウトドアの人気で息の長い商品になっています

Dscn67312_2 発売中の豆炭行火と豆炭
 

 豆炭は石炭を粉末状にして消石灰などと混ぜ合わせ豆のような形に成型し、乾燥炉で焼成して作られます。製造ラインは練炭と共通しています。

 

 

2015年2月25日 (水)

桃の花が開花しました

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今月28日(土)と3月1日(日)に開催するひな祭り『繭びな・竹びなつくり』に合わせて、桃の枝を室内で育てていました。2月初めは寒い日が続いたので、花が咲くか心配でしたが、先日からピンクの花が咲き始めました。『繭びな・竹びなつくり』にお出でになると、桃の枝を差し上げます。写真にあるだけですので、無くなったときはごめんなさい。ちなみに桃の枝はボランティアの水上さんからいただきました。

なお、雛作りは朝9時から午後4時までです。2日間は入館無料で、雛作りの参加経費はありませんが、繭・竹ともに、50組です。どうぞお出かけください。

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2015年2月22日 (日)

明日は富士山の日

 明日2月23日は富士山の日です。富士山の日にはあちこちでイベントがあったり、お得になる施設も多かったりします。もちろん、豊富郷土資料館も富士山の日は入館が無料です。

 ところが今年の2月23日は月曜日。資料館は休館日です。じゃあ残念ながら今年の無料の日は「無し」にしましょうか。そんなことはありません。親切な館長はちゃんと前倒しで本日22日を無料の日にしました。

Dscn68832 先日の雪景色から一気に春

Dscn68842 玄関前のビオラもお出迎え

 今日は天気予報では雨が降ることになっていたのですが、青空も見えて気温も上がり、公園も多くの人でにぎわっています。そして資料館にも大勢の方が来てくれました。若いお父さんとお母さんにつれられた家族連れや、おじいちゃんおばあちゃんにつれられたお孫さんなど、子どもたちもたくさんきてくれました。そしてなんといっても、学校見学で来てくれた小学生が、家族を連れてもう一度来てくれたことはうれしいですね。何組もいましたよ。

Dscn68802 来館者どうしで盛り上がってます

Dscn68812 ゆっくり見ていただきました
 お雛様も飾られているので、小さい子から高齢者までゆっくり楽しんでいただけたようです。もちろん、ロビーの体験コーナーやおもちゃコーナーは大人気でした。

 というわけで明日は富士山の日ですが、資料館はお休みです。

2015年2月20日 (金)

ミニ企画展「温まる・しのぐ」(2)

懐炉の先祖は温石ですが、灰式カイロ、ベンジンカイロ、使い捨てカイロはすべて日本で発明されたものです。

 温石(おんじゃく)

 平安時代末頃から江戸時代にかけて、火鉢などで石を熱して真綿や布などでくるみ、ふところに入れて胸や腹などの暖を採るために用いた道具です。平安時代や中世の遺跡から出土していますが、防寒だけでなく、治療の効果もあるようです。(さすがにこれは資料館にはありません。自然の石との区別もつきにくく温石に使われたとしてもわからないかもしれません。)

 灰式懐炉(はいしきかいろ)

Dscn67362 灰式懐炉と懐炉灰

 江戸時代に木炭粉末に保温力の強いナスの茎などの灰を混ぜたものを、通気口の開いた金属容器に密閉して燃焼させる懐炉があったことが知られています。明治になると小判型の金属容器と、筒状で飴玉のように紙に包まれた懐炉灰が販売され広まりました。灰式懐炉の最後のメーカー「楠灰カイロ」という会社は最近まで輸出用に製造していましたが、現在は製造していません。

Dscn67392 懐炉灰(10本入り)

上の写真は懐炉用の灰で、栃木県の関口製灰所のものです。この会社では寝炉用の太灰も作っていたようですが、残念ながら実物はありません。寝炉はありますので、ご覧ください。

Dscn67542 寝炉

 懐炉より大きい灰を入れて、寝るときにふとんに入れます。湯たんぽや行火と同じように使いますが、寝ている間に蹴飛ばしても安全なように、灰がひっくり返らないような仕組みになっています。
 

 ベンジンカイロ

大正末期にプラチナ触媒式ライターを参考に、ベンジンをゆっくりと発熱させる懐炉が発明され、「ハクキンカイロ(白金懐炉)」の商品名で発売されました。触媒となるプラチナがマット状ガラス繊維に粒子として付着させてあり、効率的に反応が進行します。現在も、屋外で仕事をする人や、屋外での趣味を持つ人に根強い人気をもっています。

Dscn67332 ハクキンカイロ

現在も「ハクキンカイロ」「マルカイコーポレーション」「川崎精機製作所」が製造しています。また、海外製の類似品もいくつか販売されています。

使い捨てカイロ

アメリカ陸軍が使用していたフットウォーマーをもとに、「旭化成」が昭和五十年に「アッタカサン」を発売したのが最初です。それを原型にして、「日本純水素」の開発で、「ロッテ」が「ホカロン」の商品名で全国に売り出すと、一気に普及しました。貼るタイプのカイロが発売されたのは昭和六十三年のことです。現在「桐灰化学」「ロッテ」「大日本除虫菊」「白元」など多数のメーカーが製造しています。

使い捨てカイロはただごみとして捨ててしまうと、二酸化炭素を排出し、地球温暖化につながります。カイロの材料は鉄粉・炭・塩・パーミキュライトライトなので、環境を汚染するものは入っていませんが、塩が入っているためそのまま土に撒くと作物に影響があります。小川の水質浄化に使ってから土に撒くのがよいようです。

このほか電子レンジカイロや、エコカイロ、電池式カイロ、充電式カイロなどが使い捨てないカイロとして発売されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

滑石製の温石

 
 
 
 

 

2015年2月17日 (火)

ミニ企画展「温まる・しのぐ」 (1) 寒さは厚着でしのぐ

ミニ企画展「温まる・しのぐ」で展示されている展示品や常設展で展示されている温まる道具を何回かに分けて紹介したいと思います。

 まず第1回は寒さは厚着をしてしのいでいたという話です。エアコンの登場で冬でも薄着で過ごせるようになっている今日この頃ですが、少し以前の日本では寒さは厚着をして過ごすしかありませんでした。 

Dscn6876jpg2 袢纏で背中もぬくぬく

 袢纏(はんてん)というのは、丈は短かく形は羽織に似ていますが、脇にまちがついていません。そのような短い上着を袢纏と言います。昔は職人や商人の作業着として用いられました。今もお祭りなどでよく見かけます。

 袢纏に綿が入ると綿入れ袢纏となり、室内用の防寒着となります。布は2枚重ねで、その間に木綿の綿を入れます。襟には黒繻子の布をかけるのが一般的です。江戸時代後期から庶民の日常着として広まりました。今も久留米絣の袢纏などが売られていますが、まるで布団を背負っているように背中が暖かいことが最大の特徴です。エコロジーな防寒着といえるでしょう。

Dscn6877jpg2 おぶい袢纏とも言います

  ねんねこ袢纏は赤ちゃんを背負ったまま着て、赤ちゃんも背負っている大人も暖かくすごせます。赤ちゃんを背負ってお出かけしたり仕事をしたりする場合の必須アイテムでした。袢纏より一回り大きくできています。

 丹前(たんぜん)は別名褞袍(どてら)ともいい、厚く綿を入れた防寒のための上着です。綿の入った広袖の長着で布地は派手な縞柄のものが多く、丹前縞といいます。丹前は江戸時代の初期に、伊達男たちに流行したファッションだったので、派手な柄が好まれたのです。綿が入ったおおぶりのものを褞袍と呼ぶそうですが、関西では綿が入っているものも丹前というようです。和風旅館での浴衣と丹前がおなじみですが、本来は男性用の防寒着だったのです。

Dscn6728jpg2 夜着は掻巻より厚く綿が入っている

 夜着(よぎ)も掻巻(かいまき)も袖のある大型の着物のような形をした寝具で、掛布団の一種です。今でも使われていますが昔は各家庭で手作りされていました。掛布団の下に体を包むように使いますが、肩がおおわれて暖かいのが特徴です。夜着の生地は上質のものは絹で、庶民は麻や木綿で作りました。江戸時代から明治時代にかけて用いられ、昭和初期まで使いました。嫁入り道具でもあり、来客用にも使われました。

 夜着と掻巻にははっきりした違いはありませんが、山梨では夜着は来客用、掻巻は普段使いと区別していた地域もあるそうです。中には綿が詰められていて、厚みがあるほど高級でした。掻巻は寒さの厳しいところでは帯を用いて使用され、褞袍と同じように室内で使用されました。

 

 

2015年2月15日 (日)

縄綯機を使ってみました

Tomiko

 今日は百々(どうどう)公民館の人たちが大勢見学にきてくれたさ。公園もまだ空気は冷てえけんど人出がすごいね。春っちゅうこんだね。

 百々の人たちも、ちっくいころ蚕を飼ってたっちゅう人ん大勢いて、卵から飼ってたっちゅう人もいたし、さなぎを食ったっちゅう人もいたさ。山梨じゃあさなぎを食う文化はねえと思ってたら、食う文化があっとうだねぇ。油で炒めて、味付けはなんにもしなんで食っただって。何にも食うもんがねえだから、ほりゃあうまかったって言ってたさ。

 今日は縄綯機で縄を綯ったこんを書くじゃんね。農具の展示室の一番端っこに縄綯機が置いてあるだけんど、置いてあるだけじゃあ資料館の意味んねえから、実際に縄を綯えるかどうか試してみとうさ。

Dscn68312 農具展示室の縄綯機

 こういうことは何っちゅったって館長さね。朝っから展示室にこもって、何をやってるずらかと思ってたら、「縄ん綯えたよ。」ってうれしそうに事務室に来たから、カメラを持ってかけつけとうさ。

Dscn68232 ペダルを踏みながら藁を入れる

 縄を綯うにゃあ藁をすぐっていらん葉っぱをとって、たたいて柔らかくしてっからじゃあねえとできんからね。手で綯うでも同じこんさ。らっぱのようの形をしたとこへちっとっつやっこくしとう藁を入れるさね。器用もんの館長だけんど、足でペダルを踏むのと、藁を入れるのは一緒じゃあいっさらできんで、ドラムが反対の方へまわっちゃたりして困っとうさ。ほんだから藁をちっとっつ入れるのは手んだってやったさ。縄綯機を使いこなすにゃあ熟練の技が必要だね。

Dscn68282 ドラムに巻きついた縄
 

 しばらくやってたら、縄んドラムに巻きついて、縄綯機らしくなったじゃんね。ドラムの右っかわに歯車がやたらとたいへんついてるけんど、どういう働きをするもんだかいまいちよくわからんだよね。足でペダルを踏むだけで、あっちこっちが連動して動くらしいことはわかるだけんね。これっから又調べてみるじゃん。

Dscn68262 綯った縄をきれいにするカッター

 歯車はよくわからんけん、すごいのはこのカッターさ。隙間から斜めにのぞいてるのがそうだけんど、綯った縄の毛羽みたいな部分を切ってきれえにしてくれるさ。それもペダルと連動して回りながら切るさ。えらいもんじゃんね。

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 この縄綯機んいつ頃のもんだか知りたくて、よく見てみたら、広島県の「報国農機株式会社」っちゅうで作ったもんらしいさ。字は左から右へ書いてあるけんど、旧漢字が使ってあるし、会社の名前も戦前・戦中の会社のようの感じがするから、戦後すぐの器械ずらね。昭和30年ころになると、モーターで動く縄綯機が出てくるからね。そう思って「報国農機株式会社」を調べてみたら、今は「ホーコス」っちゅう会社になって、機械を作ってるらしいさ。昭和20年に報国農機株式会社になったっちゅうから、予想は当たってたねぇ。

 農家の雨っぷりの仕事で、自分の家で使うだけじゃあなくて、規格に合わせて作れば売りもんになっただから、大事な現金収入の道具っちゅうわけだよね。まあ一家に一台っちゅうくれえ昔はあったね。

2015年2月11日 (水)

角真綿をつくっておく

Photoこんにちは、まゆこです。

Dsc_1529 繭68個分でつくった角真綿

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 毎年2月は山梨県中の小学校から3年生「むかしのくらし」の授業の一環で、たくさんの子供たちが来館してくれます。

 1時間半程度の解説をクラスごとに職員一人がついて担当しますが、うれしいことに2月は連日その学校見学の予約でいっぱいです♪ 

2階の養蚕に関する解説では、繭を出荷する他に、各家でどのように生糸や角真綿にして普段の生活に利用していたかも説明しています。

 中でも角真綿をのばして布団を作る作業は、昔の子供のお手伝いの定番であったと地元のおばあさんに聞いたので、最近では子供たちに実際に角真綿を引き延ばすところをみてもらうようにしています。

 ですから、角真綿は見学学校のクラス数分くらいをつくっておきたいなぁと思いまして・・・。もちろん、当館で育てた蚕のつくった繭が材料ですよ♪ 

 

 前の晩から重石をのせて水に漬けておいた繭を水1リットルにつき重曹4グラムを入れて1時間程弱火でゆっくり煮ました。

Dsc_0708煮上がった繭をきれいな水でよくすすいだところ。

 

 

Dsc_0717繭層のいちばん薄くなっているところを探して破き、繭を裏返すようにして中に入っているさなぎと抜け殻を取り除きます。

 

Dsc_0720水の中である程度延ばしたら、木枠に四隅を掛けて成形します。

 

Dsc_0736繭4個分を重ねて木枠にかけたら折り畳むようにして外します。

Dsc_0747またよく水ですすいだら、よく水を絞って乾かします。

Dsc_1534小学生に引き延ばしてもらった真綿を今度は紡錘車で紬糸にしてみようかなと考えています。

Dsc_1543以前に、糸車で撚りをかけた紬糸を富子さんに布に織ってもらったもの。

こんどは紡錘車でつくった糸と違いを比べてみたいと思います。

 

まゆこ

2015年2月 9日 (月)

また降ったじゃんね

Tomiko

 富子だけんど、ひさしぶりじゃんね。豆まきもしとうっちゅうに、また雪がふったじゃんね。こうしょっちゅう降っとうじゃあ、まるで雪国のようだよね。まだ前に降っとう雪んとけちゃあいんだよ。

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 見とくんなって。資料館の前のロータリーは、温泉のお湯を撒いて雪をとかしてくれてるけんど、すぐまた白くなっちもうだよね。

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 赤いポストも白い帽子をかぶっとうようで、かわいいらもの。ポストの頭で雪の深さを測ったら6cmだったから、まあそんねん大雪じゃあなかっとうけんど、どかどか降ってる時んあって、このまんま降っちゃあうちい(家へ)けえれる(帰れる)ずらかってしんぺえ(心配)しとうさ。

 ほんでもいきもん(生き物)は正直じゃんね。あとちっとがまんしろばぬくとくなるって知ってるようで、麦はこの寒さんなかでも葉っぱをしゃんとさせてるし、アブラナもぴんぴんしてえるさ。

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 去年は土ん凍って、根っこん持ち上がっちゃってえらくだめにしちゃったけんど、今年は枯れ葉を土の上に厚くかけてやったら、ほとんど凍らなかったから、雪ん降ってもこれこのとおり。この写真は前の雪んときの写真だけんど、こういうのを見るとこっちまで元気になるじゃんね。

 「麦はあこいで育てろ」っていう言葉が豊富にゃああるだけんど、「あこい」っちゅうは甲州弁で「かかと」のこんさ。麦はしょっちゅう畑へ行って世話をして育てろっちゅうこんだね。いきもんはしょっちゅうみい(見に)いって、言葉をかけてやるといい花ん咲いたり、いい実んなったりするっちゅうけんど、おんなしだよね。

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 いきもんだから、自分のまわりの雪を体温でとかすずらね。麦ん生えてるとこだけ丸く穴んあいてるじゃんね。こういうのを子どもんとうに見せてやりてえもんじゃん。いきもんを育てるっちゅうこんはいいこんだよ。

2015年2月 7日 (土)

繭雛と竹雛をつくろう!

Photoこんにちは、まゆこです。

 中央市豊富郷土資料館では、会期中の「ひな人形展」にあわせて、平成27228日(土)と31日(日)は入館無料にし、「ひなまつり」と称してひな人形の展示解説や手作りのお雛様を作るワークショップをご用意しています。

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 今回は、ワークショップで作る「繭雛(まゆびな)」と「竹雛(たけびな)」のご案内です。

 

 日時 : 平成27228日(土)・31日(日)

 9時~4時の間いつでも参加できます。

      申込み不要・材料費無料・入館料無料

  ただし、繭雛・竹雛それぞれ、2日間を通して50セットの材料がなくなりしだい終了いたします。

Dsc_1414「繭雛」は、小学校高学年(5年生以上)向きです。

 Dsc_1622「竹雛」は、小さなお子さまでも大人と一緒に制作可能です。

Dsc_1404 山梨県中央市豊富地区は、平成のはじめまで品質の良い繭を多く生産する「シルクの里」として有名でした。

 現在では1軒の養蚕農家が存続するのみとなりましたが、当館では昨年度より、4月から9月の間、蚕の飼育展示を行っており、

今回のワークショップでは、その当館育ちの蚕たちがつくった繭をつかって雛人形つくります。

 さらに、もっと魅力的なお雛様にしたいと職員で試行錯誤した結果、古くから天然の万能素材として先人が利用してきた竹を組み合わせることで、左右にゆらゆらと揺れるかわいらしい「繭雛さま」ができました。

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 また、「竹雛さま」は、小さなお子さまでも簡単に作ることができるように、大人の方でもご自分なりにより自由な発想で制作を楽しめるようにと、館長が考案しました。

 ご家族で参加の場合は、それぞれ一つずつ2タイプの雰囲気の違うお雛様をつくることもできます。

製作時間は「繭雛」が30分くらい、「竹雛」が15分くらいです。

 

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 当館常設展示室内には、工作に使用する繭と竹に関する資料もたくさんありますよ!

 

先人たちの生き様も同時に学べる、豊富郷土資料館ならではの「ひなまつり」を、繭雛づくり・竹雛づくりで、どうぞお楽しみください!

 

まゆこ

 

2015年2月 6日 (金)

桃の節句に飾られなくなったお人形

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こんにちは、まゆこです。

Dsc_1490 

ここ山梨県中央市では、朝から雪がしんしんと降り積り、まるで雪国のようです。

 

しかし、午前中当館には2団体の入館があり、館内は100名ほどのお客様で大変賑やかでした。ありがたいことです。

そして午後になり、さすがにご来館されるお客様も少なくなったので、やっとまゆこも事務室の自分のデスクから、音もなく降り続く雪や窓の外の景色を眺めることができています。(この文章は平成2725日の午後、記しました)

 

 

 さて、シルクの里公園の雪景色とは対照的に、館内では春をよぶ「ひな人形展」が艶やかに開催されています。

 本日は、その中から戦前までよく飾られていたお人形であったのに、現在の雛壇ではほとんど見かけなくなってしまったお人形たちをご紹介したいと思います。

Photo_2 先ずは、「政岡(まさおか)と鶴千代(つるちよ)」をモチーフにつくられたお人形をご紹介したいと思います。

 写真の資料は土を型に押して焼いた土雛(土人形)ですが、この他にも張りぼて人形など、「政岡と鶴千代」モチーフのお人形は3体も常設展示室にあります。

 調べてみると、このモチーフの二人は「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」という有名な歌舞伎演目の登場人物だということがわかりました。

「政岡」は乳母として仕える幼い主君の命を守るため、我が子を犠牲にしてまで忠義を尽くす女性。 写真左、政岡に手をひかれているのがその幼君である「鶴千代」です。

 芝居では、幼い主君「鶴千代」の乳母として仕えている「政岡」は実子の「仙松」をともに育て、主君の毒見役としていましたが、ある日とうとう陰謀により、毒入り菓子を口にすることになってしまった我が子「仙松」。 しかし、政岡は仙松が苦しむ様子に胸を痛めながらも、我が子を助けようとはせずに、幼い主君の命を第一にそばについて立派に守り通します。

 この演目は、「伊達騒動」とよばれる江戸時代前期に仙台藩で起こったお家騒動をモデルにしているそうです。

 

Dsc_1511 常設展示室内に2体ある「政岡と鶴千代」像は政岡が鶴千代を肩に担ぎあげている。

 現代の私たちからすると、「我が子の命を犠牲にしてまで職務を全うする女性像を尊ぶ」ということへの理解はむずかしいです。せめて仙松の姿もこのモチーフに加えて欲しいですよね。

 しかし、人情に流されることなく主君への忠義を尽くす姿は、武士の時代とその後の戦前の軍国主義下では称賛される女性像であったようで、桃の節句に飾られる代表的なお人形の一つだったようです。

 その他戦前までの雛壇には記紀伝承上の女性もよく飾られていたようです。Dsc_1502

「神功皇后」や「玉津島明神」などがモチーフと思われるお人形も当館ひな人形展では多数お出ましいただいております。

「神功皇后(じんぐうこうごう)」は大和政権の初期に活躍したという皇后で、応神天皇を身ごもったまま武内宿祢とともに新羅を攻略したといわれています。

 勇猛果敢な女性の鏡とされていたのだと思います。

 このお人形は身ごもった女性の姿を表現するためお腹がちゃんと膨らませてあるのですぐにわかります。

Dsc_1506_3「玉津島明神(たまつしまみょうじん)」

「玉津島明神」は和歌を守護する三柱の神(他に住吉明神・柿本人麻呂)の一人で、「衣通姫(そとおりひめ)」とも呼ばれ、美しさが衣を通して輝いたといわれる神さまです。

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ひな人形や調度をセット販売することが盛んになる大正終わりごろまでは、現在の雛壇ではまず見かけることのないお人形たちがたくさんいらっしゃいました。

 

 

 

 

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当館ひな人形展では、町娘などの庶民をモチーフとしたお人形も多数あります。

それらのお人形たちのお顔もじっくり見てみるのも、楽しいですよ!

 

まゆこ

 

2015年2月 3日 (火)

節分豆まき大盛況でした

Img_01042 青空高く目籠を立てて

 1月31日(土)と2月1日(日)の2日間に、それぞれ2回ずつ行われた節分の豆まきは大盛況のうちに終わることができました。参加されたみなさんや、報道してくださった皆さんに感謝します。

Img_00022 節分の由来を説明

 資料館での豆まきは今まで行ったことはなく、今年初めての試みでした。短い時間で終わってしまう豆まきに、寒い中参加してくださる人がどれだけいるのかと、大変心配をしながら準備をしていたのですが、テレビや新聞各社がとりあげてくださったおかげで、多くの方がさんかしてくださり大変うれしく思っております。

Img_00162 門口にはヒイラギとイワシの黒焼きも

 大きなお寺や神社などで行われる豆まきは、自分で投げることはできません。また、最近は節分というと恵方巻きというぐらいに、商業ベースで関西の風習が関東でも行われるようになっています。「これはちょっと郷土資料館としてそのままにしてはおけない。山梨で古くから行なわれていた節分の豆まきを少しでも復元して、皆さんに体験していただくことが大事なのではないか。」と、館長は思ったのです。

Img_00052 目籠に向けて豆を投げます

 中央市の節分の様子を調べていくうちに、さまざまな証言をいただき、甲府盆地一円で同じような豆まきが行われていたことがわかりました。各町村で出された町村誌にも同でも同じでした。県外ではどうなのか詳細はわかりませんが、「鬼の目をぶっつぶせ」という掛け声があるところもあるようです。山梨以外の県の様子もこれから調べてみたいものです。

Img_00122 大人も子どもも夢中になれる

 1日目も2日目も本当に多くの方が集まってくれました。「これが目当てで来ました」「昨日も来たけど、楽しかったのでまた来ました」「テレビで見て子どもがやりたいというので来ました」と、それぞれ楽しみに来てくださったようです。2日合わせて230人もの方が豆まきに参加してくださったのです。おかげで資料館のまわりにいたかもしれない鬼たちは、這う這うの体で逃げていったと思います。本当にありがとうございました。

2015年2月 1日 (日)

ミニ企画展「温まる・しのぐ」始まる

2ミニ企画展ちらし

  日本の家は長い間「無暖房住宅」だったと言われます。世界的には韓国のオンドルや、ロシアのペチカ、ローマのハイポコーストなど部屋全体を暖める暖房が古くからありますが、「囲炉裏」や「炬燵」「火鉢」などは部屋全体を暖める暖房ではなく、暖をとるものでした。

 日本人が長い間「暖房=家の気密性」というものに無頓着だったことは、『徒然草』の有名な言葉「家のつくりようは、夏を旨とすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑き頃わろき住居は耐へ難きことなり。」からもわかります。冷房のなかった昔、とにかく夏の住みやすさを優先して、風通しのよい家にしないと、暑さや湿気で耐え難いものだったのです。日本では冬は厚着と採暖そして気合でしのぐものだったのです。

 そういうわけで今回のミニ企画展のテーマには、「温まる」だけでなく「しのぐ」という言葉を付け加えました。

Dscn67102_2 ミニ企画展の様子

Dscn67432 寒さをしのぐ道具を展示

 そんな寒さをしのぐ道具を集めてみました。この機会に現在の暖房についてもう一度見つめなおしてみましょう。

Dscn67612 お座敷の火鉢たち
 

 ミニ企画展に展示されたもの以外にも温まる道具は資料館のあちこちで見ることができます。囲炉裏の部屋はもちろん、お座敷や帳場、学校のコーナーにもあります。エントランスのミニ企画展を見た後に常設展をまわりながら、温まる道具をさがしてみてください。

 ブログでも温まる道具を取り上げ解説をしていきたいと思いますのでお楽しみに。

 

 

 

 

 

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