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2015年1月30日 (金)

節分の豆まき準備

31日と2月1日の豆まきの準備をしています。

が、今日は雪です。何にも悪いことしていないのに、どうして雪がふるの?明日の豆まきに、果たして参加者はいるのでしょうか?心細い限りですね。

とはいっても、準備はしっかりしなければ、と思い、今日はイワシの黒焼きを作ろうと思います。

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昨日の夕方購入したイワシ(まるまる太っていますね)を2匹、取り出して焼きました。次に頭としっぽを切り離し、真中は私の昼食のおかずに、頭と尻尾は切り離して、さらに焼きます。すごい臭いがしてきました。強烈な黒焼きの頭と尻尾をヒイラギの枝にさして、玄関に着けます。鬼が嫌いなヒイラギと豆がらの枝、そしてイワシの頭・尻尾の黒焼きです。これで鬼が来ることはないかもしれません。でも、お客さんが来なかったらどうしよう~、それも不安ですね。(誰ですか?「鬼はお前だろう」・・・なんていうのは)

イワシの頭を焼くときには、害虫の名前やカラスや雀の名前をあげれ、「○○の口焼け」と言いながら唾を吐きかけたそうです。いつも口うるさい近所の人の名前も出して「○○のおばあの口焼け」などとも言ったようです。

立春前の節分は、新しい年の始まりとも言われ、一年の悪災の目を摘むために、節分行事が行われたのですね。「鬼は外、福は内、鬼の眼をぶっ潰せ」という鬼の眼は、悪いことの兆し(目)をつぶすことなのですね。

ヒイラギとイワシの頭も鬼が嫌うものですから、悪いことや災いを遠ざける意味があります。

明日・明後日は、昭和30年ころまで盛んに甲府盆地の各地で行われた「節分行事」を再現します。楽しみにしてください。待ってます。

2015年1月29日 (木)

みんなで「鬼のまなこをぶっつぶせ~!」

Photoこんにちは、まゆこです。

Dsc_1593いま当館では、131日(土)と21日(日)に行うイベント「節分の豆まき」の準備に追われています。

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 資金的に何でも手作りにこだわらざるをえない我が館では本日は、館長製作消しゴムはんこ付き豆袋をつくり、豆を詰める作業をひたすら頑張りました!

 

袋に豆を詰めるまゆこの向こう側で、当たりくじをつくる館長。

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そして、豆袋の中にこのような紙が入っていたら、あなたは「当たり」です!!

「当たり」といっても、ホントにほんとにささやかですけれどもねっ♪

鬼のお面とおたふくのお面が各回

5人に当たります。

この「くじ」も館長の手作り!そして、豆とくじを詰めたのはまゆこ、「当たり」の方にお渡しするお面作製は富子さんが担当しています。

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いつものことですが、豊富郷土資料館

3名全スタッフの力を結集して、手作り感満載で行いますよ!

「山梨で昔(昭和30年くらいまで)やっていたちょっと変わった節分の豆まき」を再現して楽しみ、みんなで鬼を追い払い、晴れやかで明るい気持ちになりましょうよ!

豊富郷土資料館で行う豆まきは、地域に古くから伝わった伝統行事を再現し、地域文化の伝承を図るのが目的です。今回の豆まき行事は、昭和30年代初め頃まで、甲府盆地各地で行われた節分行事の記録をもとに行います。

 1 開催日時

 平成27年1月31日()・2月1日()の午後1時半・2時半の4回

 

2 行事内容

 まず、前庭に豆まき参加者の集合を促し、古い節分の行事を説明します。

 説明は、

『イ.軒先よりも高い竹竿の先に目駕籠を縛り、そこにネズミサシ・檜・杉などの枝を指して庭に立てる。夕方、この上の目駕籠に、「福は内、鬼は外、鬼の眼をぶっつぶせ」と三回唱えて、豆を投げることがおこなわれた。カゴの目は鬼の目で、このカゴに鬼(悪いもの)が依りついてくるので、これを撃退し、一年の悪災を払うこととする。

 ロ.門口に焼いたイワシの頭や尻尾を柊(ヒイラギ)の枝に刺して結わえる。これも悪い魔物・災いなどを黒焼きにするという脅しの意味があり、ヒイラギの葉には棘があるので、悪いものが近づかないようにするまじない。また、イワシの頭を焼くときは、悪い虫や鳥、獣、嫌いな人等の名前をあげて「〇〇の口焼き」等と唱えながら唾を吐きかけて、黒くなるまで焼く事が行われた。』

というようなものです。

 

3 豆まき手順

 参加者に袋入りの豆をわたし、職員が《福は内・福は内・福は内、鬼は外・鬼は外・鬼は外、鬼の眼をぶっ潰せ》と叫んでから、「ソレ」の掛け声で、目駕籠を目指して一斉に投げてもらうことを説明し、参加者も一緒に「福は内、鬼は外・・・・」を唱えることをお願いしたいと考えています。そして、「・・・鬼のまなこをぶっつぶせ!」「ソレ」の掛け声とともに、参加者皆で目駕籠に豆を投げます。

 

4 参加賞の抽籤

 参加者に配った豆袋の中に、当たりくじが入っていた人には、鬼の面・おたふく面をお渡しします。

 

5 豆まき後、参加者は無料入館をしていただけます。

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当館での「節分の豆まき」イベントは初の企画です!

うまくいくでしょうか?皆さんに楽しんで頂けるでしょうか? そもそも参加者は集まるのでしょうか?・・・・・!!

 

館長も富子さんもまゆこもドキドキワクワクしながら準備進めていま~す♪

 

みなさ~ん、来てくださいよ~! みんなで「鬼のまなこをぶっつぶそ~!ウォー!」

 

まゆこ

2015年1月25日 (日)

真綿の布団作り

Tomiko

 富子だけんど、あとちっとで1月も終わりだねえ。すぐ春ん来るからいま少しがまんしとくんねえよ。

 聞いとくんねぇ。うちに双子の孫が生まれとうさ。ちっくくて細っこいけんど、5本の指にゃあちゃんと爪もはえてぇて、不思議のようのもんどう。

 ちっくいからちっくい布団を作ってやらっかと思って、めえ(前)っから買っといた真綿の布団のセットをとん出して、まゆ子に手んだってもらって真綿引きをしとうさ。なんちゅったてまゆ子は、小学生が見学に来るたんびに真綿引きをやって見せてるからうまいもんさね。

Dscn65552 重なった角真綿

 重なっとう真綿を1枚にはがすのが容易じゃないけんど、ちょいっと引っ張ると、はがれて2枚になるから、だんだんはがすのもうまくなってきてね。そりょう2人で引っ張って布団の大きさに伸ばして、重ねていくっちゅうわけ。25センチ角くれえの薄ぺらい真綿が、引っ張ると1メートル以上に伸びて、ふわふわになるさね。堅かっとう繭が、ふわふわの綿になるだから、すごいもんさ。真綿が引っ張り加減で方っぽうが厚くなっちゃたりするときもあるけんど、そういうときにゃあ薄いとこへ厚くなったとこを重ねるようにして全体を同しようの厚さにするさ。

Dscn65662 広げ始める

Dscn65682 こんなに広がった

Dscn65692 広げた真綿を重ねていく

 真綿っちゅうは、繭を煮て四角く広げただけだから、細い絹糸が1本につながってできてるだよね。ほんだから広げても糸は全部つながってるさ。近江真綿を使って真綿布団を作ってるとこをテレビで見たこんがあるけんど、うまいもんだよ。真綿もうまく、引っ張りやすく作ってあると思うけんどね。でっかい掛布団を作るように伸ばすだから、2メートルは伸ばすずらね。2日がかりで650枚もの真綿を引くらしいよ。全部シルクっちゅうこんだから値段もいいさ。

Dscn65732 ふわふわして光沢のある真綿

 ほんだけんどシルクだからね。1本につながった糸でできてる綿だから、ほこりは出んから、アトピーとかアレルギーの人にはいいわけさ。その上シルクにゃあセリシンちゅう肌をきれえにするもんがへえってるだから肌の弱い人にもってこいだね。シルクは糸だけじゃあなくて、山ほど使い道があるだから。また養蚕を盛んにできればいいだけんどね。光る繭とか、蜘蛛の糸の遺伝子を組み込んだ繭とか、せっかく研究してる人もいるだから、いっぺえ作って日本から世界へ売り出してえじゃんね。

 

Dscn65892 できあがった布団軽くて暖かい

2015年1月24日 (土)

山梨県笛吹市『ミヤカタ』工場内の貴重な機械

Photoこんにちは、まゆこです。

 先日(平成27118日)、中央線石和温泉駅前で昨年の10月まで操業していた「株式会社ミヤカタ」さんの工場を見せていただく機会をいただきました。

 この工場は大正時代に横浜に設立した蚕糸包装材料一式を製造販売する「宮方商店」の自社工場として、昭和に入ってから山梨県東山梨郡石和駅前にて操業を始めたそうです。

 

 そして、平成2610月まで創業者の親族であった須田夫妻が工場を稼働させていました。

 日本に現存している製糸工場主要4社(山形の松岡製糸場・群馬の碓氷製糸場・長野の宮坂製糸場と松澤製糸場)に、つい3カ月ほど前まで、蚕糸包装材料(主に、あみそ糸と括糸)を納めていた工場なのです。

 

 まずは、綛(かせ)状のあみそ糸をボビンに巻き直していた機械をみてください。

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「綛繰り機」または、「巻返し機」とよばれる機械だと思われます。

 あみそ糸とは、中細の木綿糸のことで、製糸場で綛の形に巻き取られた生糸の最初と最後の糸口がわかるように、さらに、糸同士がもつれないように「ヨコ8の字」にかける糸のことです。

 製糸工場で行われるその作業は「あみそがけ」と呼ばれ、この作業に使われる木綿糸は、糸口を示す白色の他に、繊度別(糸の太さ別)に色が決まっており、紫・ピンク・黄色があります。

「紫とピンクの木綿糸であみそがけされている生糸の綛」をまゆこは平成26年11月に宮坂製糸場と松澤製糸場で見学していましたが、それらのあみそ糸も実は山梨の「ミヤカタ」で作られたものだったようです! 

Dsc_1577「ミヤカタ」に残されている「結束糸(括糸)・あみそ糸の見本」

次に、括糸(かついと)を作る機械をご覧ください。 

 

Dsc_1502この機械は一般的に「合糸機」と呼ばれるものだと思われます。

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Dsc_1131括糸とは、生糸を出荷する際に糸の損傷を防ぎ、荷造りや運搬をしやすいように、生糸の綛を結束するためのひものことです。綛が何束か結束されたもののことを「括」とよびます。この「括(かつ)」を3か所で結束しているのが括糸です。

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その他、

・木綿糸を合糸して作った括糸を糸玉にまとめる機械

・小型ボビン用の巻返し機 

・繭袋(油単)を縫う工業用ミシン

・巻管 

・製糸会社から受注した印刷済みチョップ

の数々などがありました。

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 工場内の機械は、スイッチひとつを押せば、まだすぐに動かせる状態です。

たった3ヶ月ほど前まで、ここは須田さんというご夫妻が「あみそ糸」と「括糸」を生産し、現存する数少ない日本の絹産業を根っこで支えていた現場の一つだったのです。

工場内をご案内してくださった、いまは亡きご夫妻の娘さん達は「両親が亡くなってから、それまで取引のあった日本中にある何軒もの製糸や織物業者から問い合わせがあり、『この「ミヤカタ」でやってくれていた仕事をしてくれる同業者を紹介してください』といわれ、調べましたが見つけられませんでした。その時初めて、この工場で両親がやってきた仕事がどれほど重要で貴重なものだったかを知りました」とおっしゃっていました。

 

 そして、「ほかに同業者がみつからないということは、この工場内にある機械が希少なものであるということなので、操業時そのままでストップしている状態をなるべくたくさんの専門家の皆さんに見ていただき、この工場内の機械を活用する道筋をつけたい」とのお話をしてくださいました。

 まゆこにとって「灯台下暗し」とはまさにこのことで、山梨県内につい最近までこのような絹産業を担う工場が操業していたことを知らなかった自分が悔やまれてなりませんが、ご遺族の意向と同じく、まゆこも、日本の絹産業をつい最近まで支えていたこの工場内の機械や技術を今後活用できたらと強く願っています。

また、その方策を考えていただける人や機関を探すお手伝いを出来る限りしたいと思いました。 

 この「株式会社ミヤカタ」工場内にある機械についてのお問合せやご相談、アイデア等がありましたら、当館にご連絡ください。

お願いいたします。

(あみそ糸や括糸を実際に製糸工場で扱う様子は当ブログの『まゆこのつぶやき』カテゴリーの過去記事をご覧になってみてくさださい)

まゆこ

 

 

 

 

 

 

2015年1月21日 (水)

体験事業『節分の豆まき』

Photoこんにちは、まゆこです。

   豊富郷土資料館では、体験事業「節分の豆まき」を平成27131日(土)と21日(日)午後1時半・2時半の4に分けて行うことになりました!! 

昭和30年代初めまで甲府盆地で行われていた「節分の豆まき」を体験してみませんか?

 

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~中央市内でかつて行われていた節分行事を再現し、体験するイベントです~ 

 

 

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甲府盆地各地では、昭和30年代初め頃まで「節分」といえば、

どの家の庭先にも屋根より高く、目駕籠(めかご:竹で編んだ目の粗いザル)を結わえつけた長い竿が立てかけられていたものでした。

この目駕籠は「鬼の目」とよばれ、人々はこの「鬼の目」に向かって

「福は内、鬼は外、鬼のまなこをぶっつぶせ!」と大声で唱えながら炒った大豆を投げました。

カゴの目は鬼の目で、このカゴに鬼(悪いもの)が依りついてくるので、これを撃退することで、一年の悪災を払ったのです。 軒先よりも高い竹竿の先に目駕籠を縛り、そこにネズミサシ・檜・杉などの枝をさして庭に立てます。

 

また、悪魔を退散させ、様々な災いから家を守るため、門口には焼いたイワシの頭や尻尾をヒイラギの枝に刺して結わえました。

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中央市内の旧3町村誌をみると、そのイワシを焼く時に、悪い虫や鳥、獣、嫌いな人等の名前をあげて

「○○の口焼き・・・」と唱えながらつばを吐きかけて、黒くなるまで焼いたなどと記述してあります。

例えば、「稲の虫の口焼き、桑ぬすっとの口焼き、青虫の口焼き、○○のおばあの口焼き!?・・・」など。

口焼きされる中でも、「○○のおばあ」に入る○○には、近所の噂話をまき散らすような女の人の固有名詞が入ったそうですよ! 

節分に唱えごとしながらイワシの頭を焼いた先人の画像を思いうかべ、「なんてシュールな光景なんだぁ~!」と叫んでしまうのは、まゆこだけでしょうか?

 

そこで、いまは行われていないけれども、甲州独特でこんなに面白い節分行事がかつて行われていたことを皆さんに知っていただきたいなぁと、当館スタッフは思ったわけです。

 

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さて皆さんには、今回のイベントで「鬼のまなこをぶっつぶせ!」と叫んで目駕籠めがけて豆を投げ、邪気を払う体験をしていただこうと考えております。

豆を投げた後はくじ引きもあります!

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さすがにシュールすぎる「○○の口焼き」は解説をするのみにさせていただきます。 ご了承くださいませ。

また、豆まきに参加の皆さまには、もれなく当日の入館料が無料になるという、ささやかな「福」もついてまいります。

是非、

131日と21日の当館の「節分の豆まき」にお出かけください♪

 

まゆこ

2015年1月20日 (火)

伝浅利与一公印

Dscn66911 伝浅利与一公印と印影

浅利与一公の印と伝えられるこの印は、長い間展示してありましたが、文面はわかりませんでした。先日新しい与一公の遺物を展示するにあたって、今まで展示してあったものを見直してみたのですが、この印に何と彫ってあるかわからないということがわかったのです。

                             

篆書体であることは想像できましたので、いろいろ調べてみたのですが、どうしてもわかりません。だいたいどっちが上でどっちが下かもわからないのです。そこでハンコのことはハンコ屋さんに聞くのが一番と、ハンコの町六郷(現在は市川三郷町)の知り合いを頼って聞いてもらいました。するとたちどころになんと書いてあるかわかったのです。

 

この印には「文行忠信」と彫ってあったのです。「文行忠信」とはどういうことなのかも教えていただきました。「文行忠信」というのは『論語』のなかのことばで、漢文では「子以四教 文行忠信」とあります。その意味は「孔子は4つの大事なことを教えてくれました。それは文行忠信です。」となります。

篆書では下のようになります。

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とは、読書し学ぶことです。

行とは、実践することです。

忠とは、誠実にふるまうことです。

信とは、信義を)守ることです。

これは孔子の理想とする君子像です。座右の銘を印鑑にしたということでしょうが、こうなるとはたして誰の印かということになります。

Dscn66852 伝与一公印の印面

 

 浅利与一はご承知のように平安時代から鎌倉時代にかけて生きた人です。当然孔子の教えは日本に伝わってはいましたが、日本では科挙制度が取り入れられなかったため儒教の価値は定着せず衰退していました。その後、鎌倉時代の初めごろからなかばにかけて朱子学が禅宗の僧によって伝えられ、仏教の僧が学ぶたしなみとなります。江戸時代になると儒と仏は分離し、武家層を中心に定着します。したがって浅利与一の時代に儒教の言葉を印鑑にするということは可能性が低いと思われます。

Dscn66903 獅子をかたどった鈕(正面)
 

 それでは印鑑の形式からするとどうでしょう。古代の印鑑で有名なものは志賀島の金印ですが、これは中国で作られた印鑑です。中国の官印制度が導入された奈良時代には私印は許されていませんでした。官印は四角く薄い印面をもち、鈕は打ち出の小槌の持ち手のようなものがついているのが一般的です。その後貴族には私印も認められるようになりますが、平安時代の中期から花押が広く用いられるようになります。戦国時代になると花押とともに私印が盛んに用いられるようになります。織田信長の「天下布武」の印や、武田信玄の龍の印などは有名です。この時代、印面の文字や絵、印面の形もさまざまな印鑑が作られます。江戸時代になると自分の名前を彫った印ばかりになりますが、この時代は吉語、成語、呪文の印がたくさん用いられます。印面はこの時代のものによく似ていると思われます。

Dscn66824 獅子の鈕(横から)

全体の形は糸印と呼ばれる印鑑に似ています。鈕は獅子の形をしていてたてがみなども表現されていますが、それほど丁寧な作りではありません。印面の直径は3cmで、高さは3.5cm、重さは59gです。銅製で、鈕と印面は別々に作られ、あとで接合したようです。しかし、中は中空ではありません。重さはずっしりとありますし、糸印のように読めない文字が書かれているわけではありませんから、糸印ではないと思われます。印面には朱肉がこびりついています。糸印は戦国時代の武将も使っていますから、似ているものを作っていることも考えられます。

今のところわかっていることは、ここまでで、いつの時代の誰が使った印鑑かは、はっきりとはわかりません。大福寺のお坊さんか、ゆかりの武将か、いずれにしても高い教養を持った人の印鑑だろうと想像をふくらましているところです。

  

2015年1月18日 (日)

小正月の小豆粥

Tomiko

富子だけんど、いなもんがふっちゃたじゃんね。みんなんのとこは大丈夫だったけぇ?このめえ(前)七草粥について書いとうけんど、今日は小豆粥のこんを書くじゃんね。日本じゃあ、小正月の1月15日に、1年間たっしゃでいられるように小豆粥を食う風習があるさね。旧暦の15日は満月ずら?満月っちゅうは、望月(もちづき)っても言うから、望粥(もちがゆ)とも呼ぶっちゅうわけさ。小豆粥の作り方を調べると、餅を入れるっちゅう所もあるから、望と餅をかけてるだね。

 

赤(朱)色は昔から悪いもんをおっ払うとかんげえ(考え)られてきて、神社の鳥居だの、お地蔵さんのよだれかけだの、還暦のちゃんちゃんこだの、ダルマだのいろんなもんに赤い色を使ってるっちゅうわけ。小豆粥も、お赤飯も同しようにかんげえ(考え)て、赤色の小豆を使うっちゅうこんさ。どっちも普段の食いもんじゃあなくて、ハレの日の食いもんだね。

Dscn66472 土鍋で小豆粥を炊く

 『延喜式』にゃあ、小正月に、米・小豆・粟(あわ)・胡麻(ごま)・黍(きび)・稗(ひえ)・葟子(むつおれぐさ)を入れた「七種粥(ななくさがゆ)」を、宮中の儀式で食うって書いてあるっちゅうよ。そんとき、一般官人にゃあ、米と小豆だけの「御粥」がふるまわれただって。

 

七草粥のときにも書いたけんど、中国じゃあ1月7日に七種類の菜をぬくとい(温かい)汁物にして(これを羹という)食って、厄除けをしてただよね。それん日本に伝わって、日本に昔っからある「若草摘み」といっしょになって、その上「七種粥」の影響も受けて「七草粥」になったっちゅうわけ。7日と15日が混ざっちゃとうだね。

Dscn66492 できあがった小豆粥

 粟とか稗とか黍は、あたしんちっくい頃は当たり前に作られていたけんど、今じゃあめったにお目にかからんね。まあ、小鳥の餌ん中にへえってるのを見たこんがあるっちゅう人は多いかもしれんね。葟子(むつおれぐさ)っちゅうのはイネ科の植物で、古代には食ってただって。別名ミノゴメっちゅっても、今は雑草だね。

 

山梨や長野なんかの関東の東部じゃあ、炊いた粥で粥占いをして、粥占いに使っとう粥掻き棒を田の水口に立てて田の神の依代にする風習もあるだよね。資料館のある豊富地区でもやってたから、展示資料の中に粥掻き棒もあるさ。

Dscn66512 粥掻き棒と箸

 粥掻き棒はカツノキ(ヌルデ)で作るっちゅうわけ。写真のように上の方の皮をちっとむいて、木口へ十字の割り込みを入れて。こりょう(これを)2本作って、縄でしばるとできあがりさ。この棒で粥をかきまわして、粥をつけるっちゅうわけ。棒にくっついた粥でその年の農作物の豊凶を占うわけさ。こりゃあ(これは)5月まで神棚へかざっといて、田んぼが始まるときに外へ出すさ。

 

カツノキで作るもんはまだほかにもあるだよね。家族の人数分の箸を作るさ。この箸を使って粥を食って、食った後の箸は囲炉裏(この辺りでは「ひじろ」ともいう)で燃やしちもうだよね。うち(家)でもおじいさんは毎年りちぎに粥掻き棒と箸を作ってとうけんど、代替りをしたとたん作らなくなっちゃって、今じゃあやっちゃあいんさ、だめのもんじゃんね。

10p12003162 バケツにどんど焼きの灰を集める

 小豆粥を煮た釜を洗っとう水にも役目んあるだよ。この水にどんど焼きの灰を混ぜて家の周りへ撒くっちゅうわけ。そんときにゃあ「ヘビもムカデもどけどけ。おらあ鍛冶屋の婿どんだ。槍も刀も持ってるぞ。ちっともさわるとぶっ切るぞ。」って歌いながら撒くっちゅうわけ。これも悪霊や疫病がうち(家)ん中へへえらん(入らない)ようにっちゅうおまじないだよね。どんど焼きの灰を持ってけえる(帰る)人もけっこういるから、今もやってるうちはあるっちゅうこんさ。えらいもんだよね。

 

小正月は正月よりいろいろやるから、調べるこんにゃあことかかんでおもしれえね。

 

2015年1月17日 (土)

今日から「ひな人形展」

Photoこんにちは、まゆこです。

本日から恒例の「ひな人形展」がはじまりました! 

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「灯りをつけましょ雪洞に、お花をあげましょ桃の花、五人囃子の笛太鼓・・・」と唄われる昭和時代の豪華な段飾りを家庭で飾ることも、現在では少なくなったのではないでしょうか? 

 新聞の折り込み広告で売出し中の雛人形をみてみても、男雛・女雛のお二人を飾る「親王飾り」と呼ばれるものが主流のようで、そのお供が付いたとしてもせいぜい三人官女くらいのようです。

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いまの子供たちは「ひなまつり」の歌を教えても五人囃子がわからないのよぉ~」というお声を聞いたことがあります。

当館の、昭和時代の7段飾りにいらした個性豊かな五人囃子・右大臣・左大臣・三人上戸などのお人形にも、是非ご家族で会いにいらしてください。

 その他、山梨県の在地雛である「横沢びな」や「享保雛」等の古いお雛さまも多数展示いたしております。

 

 期間:平成27117日(土)~45日(日)

 ひな祭り228日(土)と31日(日)は入館無料。

 繭雛づくり228日(土)31日(日)9時~4時の間でいつでもできます。

 

Dsc_1404 繭雛作品例

お待ちしております。

まゆこ

2015年1月16日 (金)

満員御礼!売切御免!「ふわふわヒツジ作り」大盛況で終了

Photoこんにちは、まゆこです。

Dsc_1463お客様が緑綿を使用して作製の超カワイイ立体ふわふわヒツジ。

先日平成27110日~12日に開催しましたイベント「つくって飾ろうふわふわヒツジ」には、本当にたくさんの方々にご来館いただき、感謝いたしております。

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富子さん企画・考案のこのふわふわヒツジの材料は当初50セットほどしか用意していなかったのです。

しかし、開催予告チラシ等でそのビジュアルをご覧になった皆さまや地元マスコミの反響の大きさを受け、立体・平面の2タイプともに150セットに増やして対応させていただいたのですが・・・、足りませんでした。

特に、「立体まんまるふわふわヒツジちゃん」は大人気で、材料売切れで作ることのできなかったお客様もいらして、申し訳ありませんでした。 

  このイベントでは、当館栽培の木棉から「実繰り」という昔の道具を使って種を取り除き、ヒツジちゃんの毛の材料としました。

Dsc_1448みなさんに感動体験だと言わしめた道具「実繰り」。この道具を使えば、自分の手で綿の実から種を取るより、すばやくきれいに種を取り除くことができます!

 また、ヒツジちゃんの顔と耳の材料には、当館飼育のおかいこがつくった繭を使用したんです!

 現山梨県中央市では、江戸時代に田富・玉穂地区で甲州木綿の栽培が行われていましたし、豊富地区では平成時代のはじめまで養蚕がとても盛んな地域でした。

 ですから、当館にはこの木綿と繭に関わる道具もたくさん展示してあります。  

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 今回の「つくって飾ろうふわふわヒツジ」にご参加くださった方々は、どなた様もかわいらしいヒツジちゃんをつくっていく間に、郷土の先人の生業の歴史やそれに関わる道具や知恵も自然と学ぶことができるという企画になっていました。

 

 

Dsc_1453 平面カード型のふわふわヒツジもカワイイでしょ!

 これからも、当館では、今回のように皆様にご好評いただけて、郷土資料館ならではの貴重な体験のできるイベント企画ができるよう、頑張っていきたいと思います。

 そして、このようなイベントで大活躍の中央市歴史文化ボランティアの皆さんには、益々お世話になりそうですが、本年もどうぞよろしくお願い致します。

 

まゆこ

2015年1月15日 (木)

小正月(繭玉)飾りに願いを込めて!

Photoこんにちは、まゆこです。

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 エントランスホールに小正月飾りができましたので、みてください!!

ボランティアさんのお力も借りて、

「資料館で飼育するお蚕さんが良い繭をたくさんつくってくれますように」と

願いを込めたステキな小正月飾りができましたよ!

  

 

 繭玉などの素材となるお団子は、

先日水上家からいただいた米粉を、おばあちゃんに教わったとおりに練って、茹でて、すりこぎで潰しながらまた練って、つくりました。

 

Dsc_1342米粉に熱湯を加えて混ぜてから練ってまとめたあと、小分けして丸め、平たく押し潰しておきます。

 

Dsc_1344 湯で煮て、中まで煮えて粉っぽくなくなったら取り出して、ボールに移してすりこぎでつぶしてから、また手でよく練ると、成形する前の米粉だんごが出来ます。

 

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 色付けは食紅の他に緑や黄色もあったほうがきれいだと水上家の人が言っていたので、白の他に3色用意しました。

 

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 カタチづくりには地元豊富地区在住のボランティアさん2人にもお願いしました。

 白と黄色の繭玉、桃、きゅうり、トマト、米俵、小判、そして緑の桑の葉は多めにつくっていただきましたよ。

 

 その年にたくさん収穫したい作物や手に入れたい品物をカタチ作ってシラカシの木に飾るのです。

Dsc_1471超リアルにつくってもらった「一ノ瀬という品種の桑葉」

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まゆこは特に「おいしくて栄養があって柔らかくて、おかいこさん達が喜んでたくさん食べてくれる大きな桑の葉がたくさん繁りますように」

 

そして、「大きくて立派な形の良い繭がたくさん収穫できますように」と、

館長の切ってきてくれた大きなシラカシの木に心をこめて飾りました。

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  現在の中央市内では、養蚕が廃れてしまい、専業農家も少なくなってしまったので、「小正月飾り」をする習慣を伝えている家庭は少ないのではないでしょうか? 

 それでも地域の道祖神前で行う「どんど焼き」の風習はまだ残っているので、焼くための枝につける「丸いだんご」だけをつくる人は多いようです。

 そもそも現代的な家には小正月飾りを施したシラカシの木をくくりつける大黒柱がなくなってしまいましたものね。

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でも、今回まゆこは、色とりどりのお飾りをつけた美しいシラカシの木を見上げながら思いましたよ。

 

昔の人びとはもっと現実的で切実な願いを持って、繭玉や桑葉、野菜の飾りをつけたに違いありません。

 そして、大黒柱に豪華に飾られた小正月飾りは、薄暗い家の中をパッと明るくするようなさぞかし美しい風情だったことでしょう。

 人々のその心象風景はいまではすっかり12月のクリスマスツリーにとって代わられたということでしょうか? 

 美しい地域伝統の「小正月飾り」を来年からも是非、飾っていきたいな♪ そして中央市の皆さんにももっと観ていただきたいな♪と、心底思ったまゆこです。

 この「小正月飾り」は、本来16日の朝には片づけるものですが、今回は平成27118日(日)まで飾っておく予定です。是非観にいらしてください。

 

まゆこ

2015年1月14日 (水)

地元の小正月(繭玉)飾りを教わりました

Photo本年もよろしくお願いいたします。まゆこです。

110日から12日の3連休に開催した「ふわふわヒツジちゃんづくり」には、職員の予想をはるかに上まわるたくさんの方々にご来場いただき、ありがとうございました。

 

あまりの人気にびっくりのスタッフでしたが、ボランティアの方々にも急きょご協力いただき、みなさんに「かわいいヒツジがつくれてうれしい!」と言ってもらえてたいへんうれしかったです。

 

Dsc_1354ところで、今日114日は小正月の準備をしなくてはなりませんねぇ。

実はまゆこは一足早く昨年暮れの平成261229日に、中央市豊富地区にお住いで、当館ボランティア水上さんの、88歳になられたスミコおばあちゃんに小正月の繭玉かざりを教えていただいていたんです!

スミコおばあちゃんには、以前にお手製の草餅をお孫さんを通していただいたことがあり、そのおいしさはまゆこにとって忘れられない味です。

その後、養蚕仕事の合間にこの地域で作られていた「ならびだんす」というお団子のことなど、いろいろ教えていただいています。

 

「1枚目写真左がスミコさん、右がお友達のトクコさんです」

 

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 水上家では、かつて、冬でも青い葉のついている「シラカシ」の木を大黒柱に荒縄で括り付けてから、

おだんごを繭玉やその年に栽培する野菜や果物、米俵、小判等の形につくり、

小ぶりのみかんとともに飾り付けていました。

 とってもとってもきれいです!!

 

 この飾りは14日の朝からつくり、

16日の朝にはお団子を外して朝食のお味噌汁に入れて柔らかく煮て食べるそうです。

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近年の水上家では、梅の木に飾っているのだそうですが、

「なるべく、おばあちゃんの古い記憶に沿った形に作ってほしい」というまゆこの要望に応えて、

わざわざシラカシの木を切ってご用意してくださっていました。

 

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こちらが今回、スミコおばあちゃんが飾りとしてつくってくださった様々な形のおだんごです。

 農業を営む水上家が自家製した米を、粗目に引いた米粉(うるち米2:もち米1)が材料です。

Dsc_1414_2上・左からかぼちゃ、桃、繭玉(真ん中のくびれた小石丸)下・左から桑の葉、茄子、胡瓜、米俵、そのほか紅白の丸玉、小判なども作りました。 なんでも、その年につくる野菜や果物、まゆの豊作を願って飾るのだそうです。 特に桑の葉を飾るのは「シルクの里・とよとみ」ならではという感じがしていいですよね!蚕が大当たりするには、桑の葉も豊作でなければなりませんものね♪ おばあちゃんたちがちゃんと「一ノ瀬」という品種の桑の葉の形を忠実につくっているところを見せていただき、非常に感動したまゆこです。

 また、14日の夜にどんど焼きに子供たちが持っていくお団子は丸くつくり、手に持ちやすく火にあぶりやすいように、大黒柱に括り付ける飾りとは別に切った枝を用意して刺すそうです。

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 そして、本来は16日の朝に食べる小正月飾りのおだんごを入れたお味噌汁もつくっていただき、ごちそうになりました。

 うるち米ともち米の配合が絶妙なのでしょうね。

 ツルッとしてモチっとした独特の食感(「きりたんぽ」よりずいぶん「餅」に近い感じ?)がまゆこにとって初体験で、くせになるおいしさでした。

 このお団子用の米粉は水上家からいただいてきましたので、水上のおばあちゃんが教えてくれた通りにだんごをつくり、すてきな小正月飾りを資料館エントランスに再現してみたいと思います! 

 ちゃんとできるかなぁ~? 結果は次回の「まゆこのつぶやき」をご覧くださいな♪

 まゆこ

 

2015年1月 8日 (木)

七草

Tomiko

 富子だけんど、北海道や東北は吹雪で困るじゃんね。資料館じゃあ今日ははやばやお雛さんを飾っとうさ。早く春が来てくりょうばいいなあと思いながら飾ったさね。

 きのうは「七草」だったけんど、七草粥は食ったけ?あたしもよく知らなかっとうけんど、1月7日は古来中国じゃあ「五節句」の一つで「人日の日」っちゅって、犯罪者の刑罰もやらんようにして、7種類の野菜のへえった羹(あつもの)を食う習慣があったらしいよ。その「人日」と「小正月」の風習が混ざって七草粥が食べられるようになっとうだって。小正月のお粥は小豆を入れた「小豆粥」で、やっぱし邪気を払うっちゅう意味があるだよね。

 七草粥は邪気を払うっちゅう意味があるけん、お節料理で疲れた胃を休めるっちゅう意味も、冬の間足りなくなるビタミンとかを摂るっちゅう効果もあるだって。

 お粥の中に入れるもんはこの時期に採れる野菜でいいし、地方によっても説によってもちごうけんど、14世紀には今言われてるような七草になったらしいよ。

Dscn6625jpg2 七草のセット

 かごにへえってるは「セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ」の七種類だけんど、こりゃあスーパーで買ってきたセットだから温室育ちさね。

Dscn6636jpg2 セリ 

 セリ(芹)はちっくい頃よく田んぼの端っこや池にはえてえて、とってきておひたしにして食ったもんさ。独特のにおいがあるから子どもには好かれんよね。

Dscn6628jpg2 ナズナ
 

 ナズナ(薺)は春になると畑や野原にいっぺえはえてて、うちのほうじゃあペンペン草って呼んでたね。実をぶらぶらするように細工をしてチャラチャラ鳴らして遊んだもんさ。この草は麦と一緒に日本にへえってきた外国の植物だってさ。ほうは言って日本に来てっから2000年以上はたってるね。

Dscn6629jpg2 ゴギョウ

 ゴギョウ(御形)っちゅうはハハコグサ(母子草)のこんで、道ばたとかに生えてて、ちっくい黄色い花が咲くし、葉っぱに綿毛が生えてるからよくわかるさ。昔は草餅に使っただって。今はヨモギが餅草だし、旧大和村じゃあオオヤマボクチを使うけんどね。どれも綿毛があるのがおもしれえじゃんね。

Dscn6630jpg2 ハコベラ

 ハコベラ(繁縷)はハコベ(繁縷)のこんで、花は白くてごやごや生えるから、セットの中にもいっぺえへえってたさ。

Dscn6632jpg2 ホトケノザ

 ホトケノザ(仏の座)は春先にピンクの花が咲くホトケノザじゃあなくて、コオニタビラコ(小鬼田平子)のこんだって。菊の仲間で黄色い菊みたいな花が咲くさ。

Dscn6633jpg2 スズナ
 

 スズナ(菘)はカブ(蕪)のこんだから知ってるさね。まるっこい根っこの部分は、胚軸っちゅってどっちかっちゅうと茎だって。根っこはその下で、まあここは食わないね。

Dscn6635jpg2 スズシロ
 

 スズシロ(蘿蔔または清白)っちゅうはダイコン(大根)だから一番よく知ってると思うけんど、そう言われんとわからんよね。原産地は地中海方面だけんど、弥生時代には日本でも作られてたらしいから、古くっからある野菜っちゅうこんだね。大根は上の方が胚軸で、下の方のヒゲ根が生えてるとこが根っこだって、知ってたけ?ちなみに上の方が甘いからサラダで食って、下の方は汁も少なくて辛いから薬味にいいだって。

Dscn6638jpg2 七草粥ができあがった
 

 本当は「七草なずな、唐土の鳥は・・・」って歌いながら、野菜を切るどおって。まな板もトントンたたきながら歌うどおって。歌ってる間に邪気が逃げていきそうじゃんね。できあがったお粥を、湯気が立っている間にふうふう言いながら食ったら、あったまってうまかったぁ。冬はあったかいもんに限るね。

2015年1月 1日 (木)

伊勢神社の歳旦祭

Tomiko

 開けましておめしとうごいす。富子だけんど、おみんなんも元気で正月を迎えたけ?

 今日は朝早く起きて、臼井阿原にある伊勢神社の歳旦祭へ行ってきとうさ。車でぶん出したら近所の諏訪神社でも人だかりがして、新年の拝賀式の準備をしてえるじゃんね。灯台もと暗しだわと思ったけんど、伊勢神社に行く約束がしてあったから、ちょいっと写真だけとって、伊勢神社へ行っとうさ。

Dscn6595jpg2 諏訪神社の歳旦祭を待つ人たち

 ほうしたら、お神主さんが諏訪神社の式を先い済ませてっから伊勢神社に来るだって。お神主さんといっしょにこおば(来れば)よかったようと思ったけんが、あとのまつりだわね。

Dscn6602jpg2 「君が代」とともに日の出

 式は最初に東を向いて「君が代」を歌っとうさ。ほうしたらちょうどいい具合に、日の出の時刻でさ、歌と一緒に初日が出てきて、こういう偶然は感激するよね。

 氏子の人たちは全部で70人くらいはいとうじゃねえかなあ。若者もいて待ってる間にスマホをいじくっていたさ。どっちの神社もちゃんと正装して来てる人が多かったね。

Dscn6606jpg2 神主さんのお祓い

Dscn6609jpg2 氏子の方たち

 そのあとお神主さんの祝詞があったり、代表の人たちが榊をあげたりして、最後は直来があって30分くれえで終わったけんど、氏子でもないあたしにもお札とお供物をくれて、天照大神さんちゅうは、さすが太っ腹だなと思ったさ。

Dscn6617jpg2 お札とお供物のみかん・箱入り落雁
 

 そのあとうちへけえって、おせち料理とお雑煮をくって、うちの新年の始まりにしたっちゅわけ。来年は諏訪神社の歳旦祭を見せてもらいに行くからね。

Dscn6590jpg2 最近は皿盛りしているおせち

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