フォト
無料ブログはココログ

にほんブログ村

« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »

2014年11月30日 (日)

中込さんの繭が生糸になる松澤製糸所2(繰糸編)

Photoこんにちは、まゆこです。

今回も、下諏訪の松澤製糸所のレポです。

前回の記事では、入荷された繭が松澤製糸所で乾燥→繭倉庫に貯蔵→選繭される様子をお伝えしました。その後の工程には、「煮繭(しゃけん)→繰糸(そうし)→揚返(あげかえし)→束装(そくそう)」とよばれる作業があります。

Dsc_1352煮繭機(しゃけんき)で繭を煮ているところ。

    選繭の終った繭は蓋付きの網カゴに入れられ、ベルトコンベアーに乗って次々と湯の中に沈んでいきます。繭を熱湯にくぐらせると、セリシンという糸同士を接着させている成分が柔らかくなりほぐれて、繭から糸を引き出すことができるようになります。立ち昇る湯気とまゆこの失敗撮影のため、残念ながら不明瞭で申し訳ありません)Dsc_1344煮繭が終わると繭は繰糸機械に運ばれていきます。松澤製糸所の繰糸機はニッサンHR型です(昭和40年代に日本でつくられた全自動繰糸機の最高峰で、現在世界中で使用されている)。

Dsc_1368
 繰糸機械作業では、まず自動索緒エリアにて座繰りでするのと同じように稲わらの穂先を束ねてつくられた索緒箒(さくちょほうき)で繭の表面をなでて糸をひきだしていきます(=索緒さくちょ)。

 

 

Dsc_1217 索緒箒のついた円盤がくるくる回りながら動いて、繭の表面層の糸を絡め取っていくのです。

←宮坂製糸所で撮影したニッサンHR型の索緒箒

 さらに、引き出した表面層の糸から繭1粒に1本しかない正しい糸口を取り出します(=抄緒しょうちょ)。

 座繰りで人間がするのと同じ作業を自動にすると、こんなに複雑な機械装置になるんだ!とびっくりしますが、なぜか索緒する箒だけは昔と同じ稲わらでできた自然素材だというところに感心してしまったまゆこです。

他の人造素材に代えがたい特質があるんでしょうね♪

「この索緒箒はどこでつくっているのですか?」ときいてみると、「伊那でつくってくれる人がいるんです」とのこと。同じ質問を宮坂製糸所でもしましたが、やはり「伊那でつくっている」とおっしゃっていました。索緒箒をつくる技術を持つ人間がいてこそ、このすばらしく複雑な機械は動くことができるのだと思うと、なんだか不思議な気がします。

Dsc_1222

 

宮坂製糸所に置いてあった取り換え用の索緒箒。

 

Dsc_1357 ←巻き取られる「キビソ」 繭一つ一つから正しい1本の糸口を見つけ出すまでにはがした糸は「キビソ」といって極太の糸製品等になるので、このように巻き取って捨てずに活用するそうです。

Dsc_1337
 次に繭は給繭器に適量ずつ入れられて移動し、繰糸されていきます。

 流水プールのように繰糸機の周りには湯が張られており、そこにすき間なく浮かんでいるクリーム色の箱が給繭器です。

 繰糸エリアでは、数個の繭からの糸を合わせて撚りをかけながら一定の太さの生糸をつくって巻き取っていくのですが、その糸の太さを均一にするというのがこの作業工程での肝になります。

Dsc_1339 昔は女工さんたちが繰糸鍋の中で、待機する繭を手前に置いておいて、糸が細くなると待機繭の一つをとって糸を付けたす作業を行っていました。

 現在のこの機械では、給繭器が糸の太さを感知する機械と連動しているので、糸が細くなると自動的に給繭器の中の繭がひとつポンッととび出して、繰糸している部分めがけて投げられ、糸が追加されます。

 この糸の太さを感知する「繊度感知器(せんどかんちき)」と連動して動く「自動接緒装置(じどうせっちょそうち)」の仕組みは昭和30年代に次々と日本で開発・改良され、明治より続いた世界に誇る高品質の生糸をつくる日本の女工さんたちの仕事は、大幅に変化しました。

Dsc_1340

 

現在の作業は、機械の作動状況の点検と生糸が切れた時の処置を行うのが主だそうです。

  一定の太さで節のない美しい生糸を生み出す繰糸機は、とにかく繊細で複雑な仕事をするスゴイ機械でした。

 とくに昭和30年代に岡谷で発明された「繊度感知器」は、小枠に巻き取る前に、糸が円形のガラス板のすき間を通りぬける際、生糸の太さの変化を感知するもので、それまで女工さんが繭の粒数で太さを確認していた時代から大きく品質を向上させたといいます。(繊度感知器については、まゆこ力量不足でうまくお伝えできないのが残念ですが、岡谷蚕糸博物館さんの展示を見るとよくわかって感動します!)

 しかし、松澤製糸所社長によると、このスゴイ繰糸機も解舒率(かいじょりつ)の良い高品質の繭があってこそ最大限に機能できるとのことでした。

 繭層が薄かったりすぐに糸が切れてしまうような繭では、繰糸が高速化しても、糸の不具合を検知した機械が頻繁に停止してそれに対処する人件費がふえてしまいます。

 宮坂製糸所社長が繰糸機の歴史を解説してくださった折にも、昭和30年代以降の繰糸機の進化は日本の最高品質繭の生産供給力とともにあったと話しておられました。

 昭和30年代といえば、わが山梨発明の「回転蔟(かいてんまぶし)」が全国の養蚕農家に急速に普及して、繭の品質を格段に高めた時期と重なります。山梨の先人の果たした役割も大きかったのだなぁと考えると、とてもうれしくなったまゆこです。

 

さて、繰糸工程で小枠に巻き取られた糸はこのままでは出荷できません。次回は、つづく「揚返」という工程からご紹介しますね♪

 

まゆこ

2014年11月29日 (土)

緑綿で布を織る

Tomiko

 富子だけんど、久しぶりじゃんね。畑仕事で忙しかったからね。大根も白菜もよく育ったから、冬の支度んできるじゃんね。うれしいよう。白菜を干して漬けっかと思ってるから、うまくいったらお茶あ飲みに来てくりょう。

Dscn64842 繊維の細い緑の綿

 今年採れた緑の綿は、布団綿にする計画もあるけんど、あたしゃあ糸にしておりもん(織物)にしてみとうさ。緑の綿は、白い綿と比べてみると繊維がやっこくて、たよりねえくれえでさ。糸車で糸をつむぐだけんど、繊維が細くてどんどん細い糸になっちもうだよね。細い糸だからこんだあ綛にするとき、どんどん切れちもうさ。困るじゃん。ほんだから途中からは太い糸になるように紡いでみとうさ。ほうしたら、綛にするのがずっと楽になったさ。

Dscn64572 紡いでから煮る

 ほんだけんど不思議なこんに、できた綛を米のとぎ汁で煮ると(本当のことを言うと、米のとぎ汁の代わりに石臼体験でできた米粉をちっと入れとうどうけんどね)、細い糸も強くなっちもうだね。玉にまくときにゃあ、全然切れなかっとうさ。何が起きとうずらね。煮てっから、干す前に絞ったら、まるっきりヨモギ団子を作ってるような色になって、綿のときより色も濃くなっとうようの気がするよう。これもおもしれえじゃんね。

Dscn64802 毛糸玉のように巻く(小さいのが細糸)

 いつもの機織り器で織って、砧でたたいてできあがった布も、けっこう緑色が濃くて、緑の綿でできた糸を染める時にゃあどうするずらかと思うよね。細い糸も全部使ってみとうけんど、ちゃんと切れんで織れるし、細いと布も薄くできるね。まあ、はかはいかんけんどね。

Dscn64812 出来上がった布

 今使ってる機織り器で長い布も織れるように、ちっとかんげえて(考えて)みとうさ。織ったところを巻けるようにするこんと、経糸を長く作ってそれをちっとっつ(少しずつ)伸ばしていければいいっちゅうこんだから、またそのうちにやってみるじゃんね。それより前に、和綿を糸にして、洋綿と比べる仕事も残ってるし、やるこんがいっぺえ(いっぱい)あって楽しいよう。

2014年11月26日 (水)

中込さんの繭が生糸になる松澤製糸所1

Photoこんにちは、まゆこです。

 今日は長野資料調査報告シリーズ第5弾「下諏訪の松澤製糸所で教えてもらったこと」をお伝えします。

 

 今回の調査で、まゆこはどうしてもこの松澤製糸所も見学させていただきたいと思っていました。

 いつも養蚕の様子を取材させていただいている山梨県中央市の中込文義さんの出荷した繭が、その後どのような道筋で絹製品になっていくのかを追いたかったからです。

 文義さんの繭は「JAふえふき」管内の他の3軒の養蚕農家のものと一緒に集められ、JA職員が松澤製糸所に運んでいます。

Img_0074 松澤製糸所は、宮坂製糸のある岡谷市の隣、同じく諏訪湖を臨む下諏訪町にあります。

 最初に、社長の松澤清典さんに山梨県産繭の入荷状況と生糸の出荷状況についておうかがいしますと、

 山梨県から松澤製糸所さんへ年間約5000kgの繭が入荷しているとのこと。

 これは、大日本蚕糸会発行のシルクレポートで確認してみても、山梨県の繭出荷量は平成245843kg、平成25年で4073kgですから、ほぼすべてだといってよいと思います。
 

 また、山梨県産繭は、この製糸所にやってくる前にすでに山梨県富士吉田市にある2社の絹織物会社によってすべて買い取られているそうです。 そして、それぞれの絹織物会社より発注があると、必要な量の生糸を生産し、織物工場に出荷する流れになっているとのことでした。

 現在、県内に製糸工場が無くなってしまった山梨で、江戸時代から続く甲斐の絹織物が存続できているのは、この長野県下諏訪町の松澤製糸所さんの存在あってのことなの

ですね。

  

 では、中込さんの生産した繭がこの製糸所に運ばれてくると、どのように扱われていくのか順にみていきましょう♪

養蚕農家から山梨県内各JAで集めらた生繭は繭袋(油単ゆたん)に詰められた状態で、この松澤製糸所に送られてきます。

生きたままの蛹が入った繭は次々と出荷後23日で発蛾するため、製糸所に入荷すると、ただちに乾燥機で5~6時間乾燥されます。そして次に繭倉庫で貯蔵されます。

 

Dsc_1329 こちらの大型の乾繭機(岡谷市の製糸関連機器メーカー、『ハラダ』製)で熱風乾燥させます。

乾燥が終わると、繭袋に再び詰められ、

Img_0084 3階建ての繭倉庫に貯蔵されます。

Dsc_1401_2
 繭生産者や生産組合ごとに分けて保管される繭倉庫の内部。

 山梨県産の繭は、絹織物会社2社の保有繭が混じらないように、繭袋ごとに生産農家の名前や生産JAの名が記されたラベルがしっかりとつけられていました。

このあたりが山梨産の一角です」と案内してくださった場所には、ちゃんと『JAふえふき』の文字が記されたラベルがありましたよ! 袋の中には生産者の名前の紙も入っているそうです。 

 また、繭袋は長年使い回しされているので、日本中の今はもう操業を停止した製糸所や養蚕家の屋号もみることができます。

Dsc_1394

 倉庫内の繭冷蔵室。

 

 5月からの春蚕にはじまり晩秋蚕の出荷がおわる10月初めにかけて、数回ある飼育期間の一時期に集中して繭は入荷するので、乾繭が間に合わない場合は、倉庫内の冷蔵庫に一時保管して、発蛾を遅らせる措置をするそうです。 

さて、山梨県の絹織物会社から発注がくると、いよいよ繭が倉庫から出され、製糸工程に入りますが、その前に繭の選別を行います。

 

Dsc_1330 選繭台。 

Dsc_1332

 繭の選別は養蚕農家が出荷前にも行っているのですが、繭をつくる途中で死んで、体液で内部が汚れている内部汚染繭は乾繭後によくわかるので、ライトテーブル付の選繭台で人間の目をつかって、ひとつひとつ取り除きます。 

 汚れた繭を煮ると湯が汚れ、生糸も汚れてしまいます。(こちらの選繭台もハラダ製でした。

  この選繭作業の説明をしていただいている時に、まゆこが思わず、「中込さんの繭は・・・」と言いかけたところ、松澤製糸所社長からすぐに「え~、中込さんの最近の繭は・・・」とかえってきました。

 松澤製糸所には、山梨の他にも日本全国の養蚕組合や養蚕家の繭(埼玉・愛媛・高知・兵庫・長野等)が入荷するそうですが、それらのたくさんの繭を扱う目利きの社長は、さすがに生産者とその繭の品質を詳しく把握していらっしゃいました。

 

その他、山梨県では平成25年は15軒の養蚕家で生産しましたが、山梨県産繭約5000kgのうち、2000kgは富士川町にある1軒の養蚕家が生産したものだということも教えてくださいました。 その2000kgを生産している農家さんの繭でつくった生糸は高級絹製布団をつくる山梨県富士吉田の会社に納め、残り14軒の農家で生産した3000kの繭で生産した生糸はストールや傘の生地などをつくるもう一つの絹織物会社に納めているそうです。

山梨県産の繭はすべて製糸をこの松澤製糸所で行い、その後また山梨県内に生糸となって戻され、富士吉田市の織物会社(「カシワギ」「甲斐絹座」)で製品化されることが分かりました。 ちなみに中央市の中込さんの繭は、甲斐絹座の商品になっています。

 

また、社長さんは「毎年、国産の繭が2割ほど減っていく現状があり、国産繭の先行きが心配だ」ともおっしゃっていました。 

中央市でも生産者は85才の中込さん一人ですから、今後中央市産の繭出荷量が増えることは期待できそうにない現状です。 最近では、中央市のシルクの里豊富地区に、養蚕を引き継いでくれる救世主が現れますようにと、日々お祈りしているまゆこです。

 

次回はいよいよ、松澤製糸所での製糸工程をお伝えしますね。

 

まゆこ

2014年11月24日 (月)

ミニ企画展「重さをはかる」(4)

以前にも検位衡について少し触れましたが、大正10年に日本度量衡協会神奈川県支部から出された『計量機の種類及構造の概略』という本を見ることができ、おもしろいことがわかったので、改めて取り上げてみたいと思います。

 

まず、検位衡は検尺器とともにセットで使われることが必要です。なぜかというと生糸450mを正確にはかり取り、その重さをはかってはじめて繊度(糸の太さ、デニールで表す)がはかれるからです。検尺器は正六角形の枠を回転機に組み込んであり、枠は1周1.125mですから、これを400回回転させると450mとなります。450m分の重さが50mgであるとこれを1デニールといいます。普通、繭1個(つまり1本)の繊度は2.6デニールです。1デニールは1本の生糸(0.01mmくらいの太さ)より細いというわけです。

Dscn59112 岡谷蚕糸博物館の検尺器

Dscn63682 豊富郷土資料館の検位衡

 450mを生糸の繊度を決める標準の長さとするのですが、製糸工場では生糸の節約と手間を省くためその半分の200回転の長さで検位衡にかけることがほとんどでした。また蚕糸学校や研究用には100回転で検位衡にかけることもあったそうです。

 そういうわけで、100回転で検位衡にかける場合は、1デニールの重さは5mgの4分の1の重さが1デニールであり、200回転で検位衡にかける場合は5mgの半分の重さが1デニールですから、使用するときに間違えては大変なので、検尺器と検位衡の双方に回転数を表記することに決まっているそうです。輸出用に繊度をそろえる必要が生じた明治時代にはすでに、検尺器と感度の高い検位衡が使われていました。

Dscn63702 200回転用の検位衡

Dscn63642 150回転用の検位衡

 というわけで、あらためて資料館の検位衡をみてみると、200回転が2つで、150回転が1つでした。200回転はごく一般的なものですが、150回転というのはめずらしいものではないかと思います。これらの検位衡は、山梨県の蚕糸検査事務所というところで使われていたものなので、150回転という検位衡もあったのでしょう。

 資料館の検位衡は、まゆこのブログでもとりあげたことがある岡谷の増沢工業製です。明治29年創業の総合製糸機械メーカーです。検位衡も時代によって一部木製からすべて金属製へと少しずつ形が変わってきますが、現在も使われているのはこの形で、見学させていただいた岡谷の宮坂製糸でも松沢製糸でも同形のものが使用されていました。

Dscn63502 増沢工業のロゴが入っている

2014年11月22日 (土)

括造器(かつづくりき)の今昔

Photo

こんにちは、まゆこです。

本日は、昭和50年代前後に変化した括造器について、書きたいと思います。

当館所蔵の昔の括造器は、綛は[ちまき造り]とし、4綛を5段重ねて計20綛を括にする道具でした。現在の[長手造り]の綛は、どのように括造されるのか、見てみましょう。

Dsc_1250 当館所蔵・昔の括造器

Dsc_1243 こちらが現在宮坂製糸で使用している括造器です。 長手造りの綛をまとめるために、昔のものと比べ、横幅が2倍の長さで、5つある結束用の溝には木綿ひもがすでにセットされた状態です。

Dsc_1299

上部の蓋を開いて綛を詰めていきますが、長手造りの綛はただねじられているだけで結束されていないので、ねじりが戻らないように、綛の上下のクシごと括造器にセットします。

 

 

4綛ずつを6段、計24綛詰めていきます。セットした後もクシは抜かずにそのままです。

 

Dsc_1305 24綛詰めたら上部のふたを閉めて、ボタンをON!そうすると、括造器の底部が上昇して綛の束を締めます。

Dsc_1307

旧式と違い、すでにひもはセットされているので、上部横の溝で5カ所結びます。

 

再度ボタンを押すと底部が下降して、出来上がった括を取り出すことができます。

 

後は、宮坂製糸所のおかめ印の商標の紙(チョップ)をつけ、ビニール袋で包装されるようです。現在の長手造りの1綛は、200250gの糸を捻ってまとめられていますので、24綛結束すると、1括は5kg前後になるそうですよ。

 

 

そして最後に、当館所蔵の昔の括造器についていた商標と宮坂製糸所で現在使われているものについている商標のプレートをみてください。

Dsc_1127 当館所蔵・旧式の括造器商標

Dsc_1241 宮坂製糸で現在使用の括造器商標

なんと同じ「MASUZAWAの文字が!!

 現在宮坂製糸所で使われている『括造器』は、岡谷で「増澤商店」として明治29年に創業し、100年以上も継続して製糸関連機器を製造しているメーカー・現「新増沢工業株式会社」が製造したものだったのです。

「昔も今も、岡谷はスゴイ!」の一言です。

 当館所蔵の括造器の製作年代は不明ですが、同じメーカーのつくった現役の「括造器」に出会えたことに、妙に感動したまゆこ。

 この会社の商標編年が分かれば、当館所蔵の「括造器」の製作年代も明らかにできるでしょうか? 現段階では、現在の「新増沢工業株式会社」が設立されたのが1961年1月ということですから、昭和36年より前の製造だとしか言えません。

 まゆことしては、「山梨県韮崎あたりの生糸商人が長野県岡谷の増沢商店からこの括造器を購入したのが、100年位前のことだったら面白いのに!」と想像の翼をいっぱいにひろげてしまいました・・・・・。

 

今後調査が進展して、当館の括造器がいま何歳くらいなのか、判明しましたらすぐお知らせしますね♪

 

まゆこ

 

2014年11月21日 (金)

綛造り(かせづくり)の今昔

こんにちは、まゆこです。

前回の記事では、岡谷の宮坂製糸所で当館所蔵の括造器で「括」をつくる作業をレポートしましたが、今回はその前段階の作業である「綛造り」についてお伝えします。

ところで、当館資料「括造器」は昭和50年頃より前に使われていた古いもので、現在の製糸所では使われていないものだということはわかっていました。

そもそも、昭和50年前後を境に、生糸を捻り造りする「綛」の仕立て方が変わったので、「括」の形も変わりました。

これに伴って括造器自体も昔のものと縦横高さが違います。

そのため、宮坂製糸の小林さんには、むかしの方法での「綛造り(かせづくり)」から見せていただきました。

Dsc_1282綛(かせ)造りされる前の生糸。 繰糸(繭から糸を取り出すこと)の後、「綛揚げ(かせあげ)」という作業を経て、このような形態で生糸は綛造りをする職人のもとへ運ばれてきます。これからこの糸束をねじって「綛」にしていきます。

綛造り(昭和50年代より以前のものを再現):

Dsc_1315輪になっている生糸の片側を柱に取り付けたフックに引っかけて捻じっていきます。

Dsc_1316さらに捻じりながら半分の長さに折ります。

Dsc_1317端を最初にフックに引っかけた輪の中に通すと美しい捻じり作りの綛が出来上がります。

最後に細い木綿糸で形が崩れないように上部を一カ所縛っていました。

この二つ折りにして結束する綛は「ちまき造り」「鐘桜(しょうおう)造り」などと呼ぶそうです。

次は、現在の綛造りの様子をみてください。

現在の綛造り:

Dsc_1285現在の綛づくりに使用する回転式のフック。上下の円形の台の側面にはたくさんのクシが挿せるようになっています。

Dsc_1296 ステンレス製のクシに糸束の輪をかけ、上部の円形台側面の穴にセットします。

次に下部の円形台側面の穴に別のクシをはめておき、上下のクシに両端がちょうど掛かるように生糸の束をねじっていきます。

生糸を引っぱりながらねじる際に使う短い棒は管状になっていて、ちょうどよい捻じり具合のところでキープしたまま下部のクシに通し、生糸をスライドしてセットできます。

現在の綛は、捻じった生糸を半分に折らないので、昔の綛の約2倍の長さになっています。

いままでご覧のように、昔と今の「綛」の仕立て方はねじることはおなじですが、その長さに違いがありました。

現在の綛は「長手造り(ながてづくり)」とよばれるそうです。

Dsc_1323 いつごろから「綛」の形が変わったのか宮坂製糸の方に質問してみましたら、「岡谷では、いまから40年位前まで、昔のやり方でやっていた」そうです。

いまから40年前といえば昭和49年のことですから、昭和50年頃を境に「長手造り」に移行したのでしょうか?

いまでも世界中で使われている繰糸の最高技術機・ニッサンHR型自動繰糸機は、昭和51年に完成・導入されはじめますから、綛造りの変化に何か関係があるのかもしれません。

調べてみると、1つの綛は長い間70gが標準であったようですが、自動繰糸機の普及と繰糸の高速化により、現在では、1綛の重さは平均208gになっているそうです。

また最近では、綛造りにせず、直接ボビン等に巻き取って包装、出荷される場合もあるのだそうです。

すばやく滑らかに生糸をねじり、まさにマジックのように綛造りする宮坂製糸の小林さんの姿を惚れ惚れしながら見せていただいたまゆこは、このような情勢を知ると、なんだかさみしい気持ちになります。

ただ、ねじっているだけに見えますが、実は素人にはわからない微妙な糸の太さや光沢などのばらつきを内側にねじりこみ、最高に美しく見えるように綛造りするのが職人の腕だそうです。特に両端に見えるねじりの美しさにはこだわるのだそう。

生糸は、ねじられると光沢が増してより美しさが際立つように感じます。日本人の手仕事のすばらしさを実感したまゆこですが・・・。

綛造りの技術もこのままでは、将来なくなってしまうのかもしれませんね。

Dsc_1278左)昔の括と(右)現在の括 

さて、綛が違えば、括の形も違ってきます。

ということは、括造りの仕方も括造器も昔のものと変わっています。次回は現在の「長手造り」で括を造る様子をレポートしますね

Photoまゆこ

 

 

 

2014年11月20日 (木)

与一公の掛け軸位牌と安産石

 ある日のこと館長が探し物をするために収蔵庫にこもりました。めでたく探し物も見つかりま したが、副産物として素晴らしいものが見つかりました。

 それは浅利与一公にまつわる遺品で、平成9年に飯室嘉之さんから寄贈された、「掛け軸位牌」と「安産石」です。掛け軸位牌には中央に「大福寺殿一箭存與大居士 尊霊」とあります。

 右側にはそれより小さな字で建久六乙卯年、左側には十月秋(初?)七日とあります。これが命日であるとすると、浅利山法久寺蔵の位牌にある「承久三巳年九月七日逝年七三才」とはずいぶん違います。建久六年は1195年で、承久三年というのは1221年のことです。建久六年の干支は乙卯ですし、承久三年は辛巳ですので、干支はあっています。

Dscn64142

 しかし建久六年にはまだ源頼朝が健在で、板額御前たちの城氏による反乱(1201年)はまだ起きておらず、『吾妻鑑』に書かれた「板額の嫁取り」もまだ先の話になります。

 十月の下の文字は「秋」に見えますが、旧暦の十月は秋ではなく冬である点も不思議です。

 というわけでなぞの多い位牌が発見されたので、この謎を解く楽しみがふえたというわけです。

 もう一つ見つかったのは、「安産石」で、一緒に箱に入っていた『峡中家歴鑑』という明治24年に発行された本によると、飯室嘉一郎の項に次のようないわれがあると書いてあります。

Dscn64082

 「浅利与一が海戦で戦ったとき、敵の銃丸が与一の乗る船の舷側を貫いて船内に落ちた。与一が見てみるとそれは小さな玉だった。不思議なことにその玉が落ちたと同じ時刻に、郷里にいた与一の妻が男子を出産したという。それ以来この玉を飯室家の家宝として伝え、現在に至っている。世の人はこれ『産守玉』と呼び、産婦がこれを懐に入れておくと安産になると言われ、近隣の村々からも貸してほしいという依頼が殺到した」

Dscn64132

 飯室家は浅利与一の子孫の家と言われ、ほかに薬袋・中沢・下条氏などが知られています。海戦というのは源平合戦のことで、『平家物語』には壇ノ浦の戦いでの与一の活躍がのっていますが、これも義経とともに平家を西へ追いつめる戦いのうちの一幕と思われます。

 銃丸というのは投石器による石のこととでしょう。実際、古代の武器には中国の弩や投石器をまねた武器が使われていたようです。

 この頃与一は30代で、妻が出産したのでしょう。この石が本当に源平合戦のときの石かどうかは定かではありませんが、このような言い伝えが残り、安産のお守りとして村人に貸し出されたということは大変興味深いことです。

2014年11月19日 (水)

宮坂製糸所で括造りを教えてもらう

こんにちは、まゆこです。

 

当館資料の括造器について、使用方法等を調査する為、長野県に出向いたことは、先の記事でお話ししました。

今回は、まゆこ達が山梨から持参した括造器を使って、岡谷蚕糸博物館内にある宮坂製糸所のKさんが実際に括造りをして見せてくれた様子をレポートします。

 

現在の製糸所でも、出来上がった生糸は「綛(かせ)」の形に成形し、さらに綛を何本か揃えて束ねた「括(かつ)」にして出荷されます。

わざわざ「括」にして出荷するのは、糸の損傷を防ぎ、運搬しやすくするためだそうです。

 

 括造作業の前に、宮坂製糸さんがお持ちであった昔の括造器をみせていただくと、残念ながら当館の括造器には、使用の際にセットで必要な道具がいくつか失われていることがわかりました。

 内板と糸を通す「カギ」とよばれる道具、真鍮製の「クシ」の3点がありませんでした。

Dsc_1275宮坂製糸所所蔵の括造器のセット部品本体・上板・内板)

Dsc_1251 カギ(結束用のひもを通す道具)

Dsc_1281真鍮製のクシ(綛の端のねじりの輪に「クシ」を通して括造器にセットすると綛の両端が揃う)

 そこで、無い道具は宮坂製糸さんにお借りして行うことにしましたが、肝心の生糸はたいへん高価なので、無理を言ってまゆこのつくった紙束で代用してもらうことになりました。

Dsc_1249_2

生糸の代用品を使っての括造開始。

ハンドルを横に倒して上板を外し、綛をセットしていきます。

本来はこの旧式の括造器には、4綛をクシに刺して1段目とし、これを5段重ね、括造器に計20綛を直方体になるように積みます。

 

 

 次に内板を生糸の上に置き、上板を重ね、倒していたハンドルを戻してフックを掛け、ハンドルを回して綛の束を締めます。

締めることで、形の整えられた「綛の束」は「括」になります。

 Dsc_1257 

さらに、括の形を維持するために、ひもで縛る作業をします。

「かぎ」の穴にひも(甘撚りの木綿糸)をかけて、括造器の三か所の横溝にひもを切らずに通していきます。

 

 かぎは尖った方を先端にして、内板面に接するように滑らせて、通していくようです。

Dsc_1261

 ひもを通し終えたら、溝の両脇に出ているひもの輪になった部分を切り離し、括造器を裏返して底の部分で3か所縛ります。

Dsc_1267

Dsc_1270括」ができました!

Dsc_1272

 括造器に結束するひもをどのように通すのかが、Kさんのおかげでよくわかりました。

「かぎ」とよばれる道具が必要だったのですね。

 

 

 

 当館の展示においても、さっそくこの「カギ」は複製して、括造器の横に置きましたよ♪

 

 

 次回の「まゆこのつぶやき」も宮坂製糸所で学んだことをレポートします。

「括造り」の前段階として重要な、「綛造り」についての予定です。

 

Photoまゆこ

 

2014年11月16日 (日)

H26親子で正月注連飾り・凧作り教室

こんにちは、まゆこです。

 

平成26年度親子体験教室、「親子正月注連作り教室」と「親子凧作り教室」への参加申込みが1118日(火)よりはじまります!

 

595

日時:平成26127日(日)

 

     午前9時~ 親子正月注連飾り作り(材料費700円当日納入)

 

     午後1時~ 親子凧作り(無料)

 

             {どちらか一つでも参加できます}

 

場所:中央市豊富郷土資料館 エントランスホール

 

     中央市大鳥居16191 シルクの里公園内

 

参加対象者:各教室 児童とその保護者15組(30名)

 

材料費:正月注連飾り作りは700

 

持ち物:正月注連飾り作りは剪定バサミとペンチ

 

講師:正月飾り作り(田中正八 先生 元豊富郷土資料館館長)

 

   凧作り(渡辺高一 先生 風林火山凧の会代表)

 

申込み:平成261118日(火)より電話で申し込んでください。

 

     中央市豊富郷土資料館 055-269-3399 

 

(月曜日・祝祭日の翌日は休館、開館日の午前9時~午後5時受付)

 

締切:平成26126日(土)ただし定員になり次第締め切ります。

 

Photo去年の注連飾り完成作品

Photo_2昨年の注連飾り教室の様子

Dsc_1956昨年の凧作り教室の様子。凧の図柄は好きなものを描いてください。

Dsc_1950例年、人気の企画ですので、申し込みはお早目にね♪

お詫び : チラシ掲載の申込み締切日ですが、まゆこがポカやりまして・・・・。

       締切年が間違っておりました。

         申込み締切日は平成26126日(土)です。

 中央市ホームページでの掲載は修正済みですが、配布済チラシはそのままになっております。申し訳ございません。ご迷惑をおかけいたしております。

 尚、定員に達し次第締切となりますので、平成26126日以前に申込み受付を終了する場合があります。ご了承ください。

 受付が終了となりましたら、速やかにこのブログ上でもご連絡いたしますので、よろしくお願いいたします。 

Photo_3まゆこ

2014年11月13日 (木)

小麦の芽

Tomiko

 富子だけんど、今朝は寒かったじゃんね。昼間になれば、ぬくといどうけんどね。今日は資料館に、おじいやん・おばあやんとうが大勢来てくれとうさ。みんな自分とうが使っっとうもんが置いてあるからっちゅって、「なつかしいよう」って言ってけえって(帰って)いくさね。

 朝、資料館の前の落ち葉掃きをしてえて、ふっと気が付いたら麦の芽ん出てるじゃん。びっくらしたよう。小麦を蒔いとうは6日だから、1週間で芽ん出とうだね。厚く土をかけたからもっと芽ん出るのは遅いかと思ってたら、早かったね。

Dscn63712 2cmくらいの芽が並んで出た

Dscn63722_2 芽の先の朝露がきれい

 朝露が芽の先っぽにくっついて光っていたから、かええしいよう(かわいいよ)と思って、アップで写真をとってみとうさ。いいらもの?

 これっから寒さに向かうっちゅうに芽を出すだから、すごいもんだよね。土も凍るし、雪も降るし。どうゆうわけで、そんな寒い季節を選んで芽を出すだかね。

Dscn63752 油菜が景色に緑をそえる

 ついでに10月に蒔いとう油菜も見てくりょう。ひな祭りの頃に花ん咲けば、桃と菜の花できれいじゃんと思って蒔いたけんど、これも今っから寒い冬を乗り越えんと花は咲かんからね。植物っちゅうはすごいもんだと、つくづく感心するよね。

 プランターからあふれてるから、そのうち間引きをしておつゆの実にでもしっかと思ってるさ。(植物はすごいって感心してるそばから、食っちもう計画を立ててる私もすごい)このしゅんとう(この人たち)を思えば、寒いなんて言っちゃあいられんね。

 

 

2014年11月12日 (水)

長野に資料調査に行きました

Photoこんにちは、まゆこです。

去る1110日の当館休館日の月曜に職員皆で長野県の岡谷蚕糸博物館・宮坂製糸所・松澤製糸所に調査、視察に行ってまいりました!

目的は当館資料の括造器についての使用方法及び、括造り手順についての調査と現在の中央市産繭の製糸工程の視察です。

今回、長野県に資料調査に伺うことになったきっかけは、当館養蚕関連資料の「括造器」の使用方法等が不明であったことでした。

長野県にある明治29年創業の増沢工業の商標が括造器についていることを手掛かりに調査すると、現在岡谷の宮坂製糸所で「括造り」工程を行う職人さんが調査に協力してくださることになりました。

当館所蔵資料には、製糸に関するものも意外と多く含まれており、その他の技術的な解説もたいへん勉強になりましたよ♪

また、下諏訪の松澤製糸所さんにもお邪魔し、現在の中央市産繭の製糸工程や山梨県産繭の入荷状況なども確認できましたので、今後の展示解説に生かしていきたいと思います。

Dsc_1175まずは、岡谷蚕糸博物館において、宮坂製糸所社長の宮坂氏により繰糸機の技術史について、解説していただきました。

Dsc_1207_2

岡谷蚕糸博物館内の動態展示ブースにおいて行われていた上州式繰糸です。

我が館にも多数収蔵されている上州座繰器での座繰り体験に生かすことのできる、貴重な技術を教えていただきました。

まゆこはいままで鼓車への糸の掛け方がうまく行かずに困っていたので、頭の中の霧が晴れたようにすっきり、うれしくなりました♪ 

作業を止めてわざわざ糸を切って掛け直して見せてくださった職人さん、ありがとうございました!

Dsc_1316宮坂製糸所内で、綛造りの職人技を見せていただいています。

Dsc_1266

   この方が、「綛」と綛を束ねた「括」を宮坂製糸所内で唯一つくることのできる職人である小林さんです!

当館の持ち込んだ括造器は昭和50年代以前につくられていた規格の綛を束ねるものなので、小林さんも昔の技術を思い出しながら、実演してみせてくださいました。

 

次に下諏訪に移動して、松澤製糸所を見せていただきました。松澤製糸所は山梨県産の繭が乾燥・貯蔵され、製糸される工場です。

Img_0079松澤製糸所の社長さんがみせてくださっているのは、選繭のようすです。

Dsc_1401 松澤製糸所繭倉庫の様子。

山梨からの年間5000kgの繭を製糸し、富士吉田市の2社の絹織物会社に送っています。

 現在全国に主な製糸会社は4軒、そのうち2社は長野県の宮坂製糸と松澤製糸です。

Dsc_1344日本の最先端の自動繰糸技術をもつニッサンHR型自動繰糸機が導入されている工場。

 今回の長野での資料調査では、岡谷蚕糸博物館の職員の方にもお世話になりましたし、2つの製糸所の皆さんには、見学施設で無い部分でお仕事の手を中断してまで、私どもの疑問や質問に丁寧にお答えいただき、大変感謝いたしております。 

 現在も日本蚕糸の都である岡谷と下諏訪の方々が、製糸の歴史の途絶えてしまった隣県資料館のいまさらの調査に伺った私たちに、とても優しく丁寧に接してくださったことに、大変感動いたしました。

 地域に伝わる技術を惜しみなく真摯に教えてくださる姿勢に、この地域の現在にも続く、モノづくりに対する誇りを感じました。

 今回の長野県への資料調査はたいへん収穫の多いものでしたので、「括造器使用方法編」「繰糸技術史編」「製糸関連道具編」「中央市産繭の製糸工程編」「山梨県産繭関連情報」…等々、いっぱい書けそうです。

 今後ぼちぼち記事にしていこうと思いますので、よろしくお願いします♪

 まゆこ

2014年11月 9日 (日)

十日夜の泣き饅頭

こんにちは、まゆこです。

 

115日の『後の十三夜』が過ぎたので、旧暦の1010日に行われていた『十日夜(とおかんや)』にちなんだウインドウディスプレイに変えました。

Dsc_1136 「十日夜」をテーマに、新米のもち米・まんじゅう・火鉢に灰をいれてディスプレイしました。

この「十日夜」という行事、中央市内では新暦の1110日に行われることが多かったようです。(厳密に言うと、今年の旧暦1010日にあたる日は、121日(月)だということですが・・・)

 

 「十日夜」は稲の収穫を祝い、田の神に感謝する日でした。

 その年に収穫できた新米で餅を搗き、供えるのが習わしです。

 秋の収穫を見届けた田の神様はこの十日夜の行事で見送られ、山に戻って再び山の神様になるのだそうです。

 

Dsc_1138資料館では餅を搗けなかったので、もち米を升に入れて供えてみました。

 中央市内で行われていた十日夜を調べてみると、豊富地区では、搗いた餅の他に饅頭を神棚に上げる習慣がありました。

 その年の田仕事が終わり、この晩から夜なべ仕事がはじまる日でもあったため、その辛さをおもい、『十日夜の泣きまんじゅう』とも呼んだそうです

 

 Dsc_1133ディスプレイ用に、小麦粉でつくったまんじゅうも作りましたが、おいしそうにみえるでしょうか? 

 泣きながら食べるお饅頭って、ネーミングは哀しそうだけれど、収穫の喜びに満ちた十日夜の状況を想像するに、泣き笑いしながら家族で和やかにお饅頭たべていたんじゃないだろうか?と思ったまゆこです。 

『その年の田仕事が終わった夜、囲炉裏端に皆が揃い、エ~ン!って泣き真似しながら「十日夜の泣き饅頭っつうこんだ!」なんて言ってあははと笑い合いながら饅頭をうまそうに食べる家族』ってな感じ?♪ 

 その他にこの日は、炬燵の炉開きをする日でもあったようですね。

昼のうちに藁を燃やして、新しい藁灰を作るという作業もありました。

この先人の習慣を知ったまゆこは、家庭でも、十日夜が過ぎるまでは室内暖房をつけないで頑張ろうと思っています。

でも、例年の甲府盆地の気候から予想すると、1110日まではなんとかなりそうですけど、ことしの旧暦の十日夜をさす121日までは我慢できませんね、たぶん・・・・・。

 

Photoまゆこ

2014年11月 8日 (土)

小麦の種まき

Tomiko

 富子だけんど、寒くなるとじきに風邪をひくようになって困るじゃんね。うちの孫も鼻ったらしで、まあ、なんぼう拭いっとおっていっさら止まらんだよ。鼻の下ん赤くなっちゃって、かわいそうのもんどう。

Dscn63022  取っておいた麦の種

 今年も小麦を蒔いてみとうさ。去年よりちっとでっかいプランターに蒔くから、去年よりいい麦が取れるといいけんね。夏の麦打ちの時にとっといとう麦を出してきて、ノギからはなして。小麦はすぐ離れるからいいっちゅわけさ。

Dscn63032  ノギから離した

 上の写真は、ゴミを飛ばして残った麦の種だけんど、プランターに蒔くだからちっとのもんさ。なるたけちゃんと実がいったのを蒔きたいじゃんね。

Dscn63042  プランターに蒔く

 10日ばかめえ(前)に苦土石灰をふって、肥料を入れて寝かしといとう土に蒔いたさ。畑にまくじゃあ、さく(畝のこと)う(を)切ってばらばら蒔くだけんど、プランターだから2~3粒づつ丁寧に蒔いとうさ。6月に麦刈りをするだから、7か月もかかってようやっと食えるようになるっちゅうこんさね。

Dscn63072  プランター4個に蒔き終わる

 11月6日に種まきをしとうこんがわかるように、立札を立てて今日の作業は終わり。芽が出てくるのが楽しみだよう。

2014年11月 7日 (金)

甲州百目で枯露柿づくり

こんにちは、まゆこです。

今年も枯露柿づくりの季節がやって来ましたよ!

昨年のいま頃、はじめて挑戦したまゆこの干柿について、館長や来館される地元のお客様他、いろんな方から助言やダメだしをたくさんいただきましたのも良い思い出だわ~♪

 

Dsc_1166
本年は皮むきをまゆこになんか任せておけないと、館長が、一から館長流『枯露柿づくり』をレクチャーしてくれました。

Dsc_1141_2先ずはへたの部分を指で内側に折り返すようにして、丁寧に切り取ります。

Dsc_1142ヘタ周りのキレイになった甲州百目という品種の大型柿。

Dsc_1145皮はへたの周囲をグルリと丁寧に剥いていきます。(ココが昨年の失敗ポイント

Dsc_1144次に側面から底部へとタテに皮を剥きます。(剥き残しは乾燥後しわの原因になるのでNG!)

Dsc_1158 やっぱりまゆこにはひとつも剥かせてくれない体制の館長!

Dsc_1159紐にくくり付けてから、正面入り口脇に、30個吊るしました!

Dsc_1168皮も干しています(何に使おうかなぁ♪富子さんに相談してみようと思います)

さぁ、今年はおいしくできるかなぁ? 

まだ吊るしたてなので、鮮やかなオレンジ色がとっても綺麗です。

館長流甲州枯露柿は正面入り口左脇に展示しております。

どうぞ、ご覧くださいませ!

Photoまゆこ

 

2014年11月 6日 (木)

胡麻収穫

Tomiko

 富子だけんど、たっしゃにしてえるけ?

 だんだん寒くなってきて困るじゃんね。資料館のまわりの木も、赤だ黄色だで、にいやかだよ。来てみっしゃあね。

Dscn61892  10月に取り込んだまだ青い胡麻

 10月に取り込んどいとう胡麻ん、ぱちぱちいって実が飛ぶようになってさ。館長が紙をかけてよそへ飛んで行かんようにしてくれたけんど、11月になって枝がええかん茶色くなってきたから、胡麻打ちをしっかと思ってやってみたさ。

Dscn62572  箱の角でたたいて実を落とす 

 鹿児島の方の島で胡麻を作ってる人が、軽トラックの荷台へブルーシートを敷いて、その上で胡麻の枝を棒でたたいて胡麻を取ってるのを見て、まねをしてみとうけんど、ちょいとたたくだけで、ばらばらと落っこるから簡単のもんだっとう。

 

Dscn62582  ふるいでゴミを除く

 そのあと軽トラックの上じゃあ、コンテナ籠でゴミを取って袋に詰めてたから、同じようにしてみたさ。コンテナ籠じゃあなくて、目のでかいふるいだけんどね。うまいでかさのふるいがなかったから、胡麻はみんなふるいから落っこちちもうけんど、それがちょうどよかっとうさ。ふるいに残っとうは葉っぱとかゴミばっかだっとう。

 もっとちっくいゴミがいっぺえ混ざってたら、どうやってわけたらいいか困っちもうと思ってたけんど、けっこうきれいになったからうれしいよう。

Dscn63492  収穫した胡麻

 取れとうはこんだけだけんどね。黒いのはゴミじゃあなくて、黒い胡麻だよ。白い胡麻ん中に、混じってとうだね。植わってるときにゃあ、いっさら気が付かなかったけんどね。

 取れた胡麻をなんにするかっちゅうこんで、悩んださ。胡麻油を搾ってみっかと思ってやってみたけんど、失敗しちゃっとう。またちごうやり方をかんげえて(考えて)やってみるじゃんね。

2014年11月 5日 (水)

括造器(かつづくりき)

 こんにちは、まゆこです。

 

 先日、「括造器(かつづくりき)」とよばれる道具が当館に寄贈されました。

 韮崎市でかつて生糸商をなさっていた家にあったものだそうです。

 これは生糸を出荷する際、糸の損傷を防ぎ、荷造りや運搬をしやすくするために、ねじ造りした生糸の綛(かせ)を結束するための道具です。

 括造器によって締められ長方形にガッチリと結束された綛は『括(かつ)』と呼びます。

Dsc_1125寄贈された『括造器』 タテ23㎝×ヨコ30㎝×24㎝(木枠内の高さ

 

Dsc_1126ハンドルを緩めた状態で高さは約40cm。(本物の生糸でできた綛の代わりに、紙を丸めたものをセットしていますDsc_1127MANUFACTURED BY MASUZAWA.&CO OKAYA.JAPAN』の商標。長野県の岡谷市にある会社でつくられたことがわかります。 この道具を作った増澤商店は明治29年に創業した製糸機械メーカーで、「増澤式多条繰糸機」では日本のトップシェアを誇ったそうです。現在も、新増沢工業株式会社として存続しています。

Dsc_1131当館資料室展示の1括(かつ)

Dsc_1130当館資料室展示の1綛(かせ)

 この『括造器』はいつごろまで使用され、また、実際にどうやってこの道具で『括』を作るのでしょうか?

 特に結束する紐をどのようにこの括造器の溝に通して、綛を固く束ねていたかが想像できません。

 

 展示をしても来館者のみなさまに説明ができなくては困るので、来週の休館日にスタッフ皆で長野県の製糸会社に調査に伺おうと計画しています。

 

 岡谷市にある宮坂製糸に問い合わせてみたところ、岡谷市でも今から40年位前まで括造器を使っていたと教えてくださいました。

 そして、宮坂製糸では現役の職人さんのうちのお一人が昔のやり方の『括』を造ることができるということでした!

 なので是非、この括造器を持参して、その技を見せていただこうと考え、お願いしました。

 また、岡谷市の隣町の下諏訪にある松澤製糸所は中央市の中込さんの生産した繭が糸にされる工場なので、こちらの工場の様子も是非取材したいと思っています。 

 

 長野県岡谷市の宮坂製糸の皆さま、下諏訪町の松澤製糸の皆さまに、来週の月曜日にお世話になる予定です。

 山梨県は、群馬県の富岡製糸場開業からわずか2年後の1874(明治7)年に、県営の勧業製糸場を建設し、早くから器械製糸工場が発達した歴史があるのですが、現在、製糸工場は1件も存在していません。

 ですから、お隣の長野県の方々にお聞きする他ありません。よろしくお願いいたします。

 

Photoまゆこ

 

 

 

2014年11月 3日 (月)

大人も楽しい「こども秋まつり」♪

こんにちは、まゆこです。

 

 お天気にあまり恵まれていない今回の連休ですが、111日からはじまった秋まつりを開催中の中央市豊富郷土資料館は、お客様の楽しげな声でにぎやかです。

 

Img_0011スタッフがこの日のために集めておいた10種類以上の色とりどりの木の実を使っての「木の実のオブジェ作り」では、独創的な作品が多数生まれています!

 この工作は大人の女性に人気ですね。

 

Img_0013当館所蔵の古銭を使っての拓本体験は、子供たちだけでなく、お父さんも夢中になっていましたよ!

 拓本はしおりに仕上げてお持ち帰りいただきます。

 

その他、ぶんぶんゴマづくりは子供のみの工作として行っています。

 

Img_0014中央市豊富郷土資料館の「(大人も楽しい)こども秋まつり」は、平成26113日(月)4時半まで開催しておりますよ。

企画展「幕末・明治の中央市」ミニ企画展「重さをはかる」とあわせてお楽しみください。

秋まつり中は入館も無料なんです!! 

皆さんのお越しをお待ちしていま~す♪

Photoまゆこ

« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »