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2014年10月30日 (木)

ミニ企画展「重さをはかる」(3)

 

 

今日は棹秤について紹介します。棹秤は古代ローマ時代に発明されました。棹1本と錘ひとつでさまざまな重さのものがはかれる上、持ち運びに便利なので広く利用されました。

棹秤で重さをはかるときは、棹の一端のかぎに品物をかけるか、皿の上に品物を乗せるかし、把手(ひもの部分)を支点として吊り下げ、錘を移動して棹が水平になるようにします。棹が水平になった時の目盛を読んで重さをはかるわけです。

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棹秤には支点を2つ持つもの(吊り下げるひもが2か所にあるもの)が多いですが、前回紹介した「れいてんぐ」には3つの支点があります。例えば、15匁・50匁・200匁までの重さが支点を変えることによってはかれるようになっているというわけです。皿に近い支点を持ってはかるほど重いものがはかれます。れいてんぐは少ない重さを正確にはかれるので、薬の調合などにも使いました。

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 棹秤の錘は秤量の6%くらいの重さで、分銅とはちがって正確な重さは必要ありません。棹秤の秤量によりさまざまな大きさの錘がありますが、戦争中金属が不足したときは陶器の錘や石の錘が作られました。

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1貫以上の重いものをぶらさげてはかるには大きな棹秤が使われましたが、大きな棹秤は大棹秤とか杠秤(ちぎばかり)と呼ばれます。資料館にある一番大きな杠秤の秤量は120kgです。こんなに重いものをはかるのは一人では無理なので、支店に棒を入れてそれを2人でかつぎ、もう一人の人が錘を動かして水平をみます。つまり3人がかりではかるのです。

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棹秤には上皿棹秤というのもあります。これはてこ式の秤で決まった重さをはかり取るのに便利です。昔お菓子を100匁売ってもらうというような場面でおなじみでした。この秤は現在も製造販売されています。もちろん単位はkgですが。

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 11月1日は計量記念日です。棹秤や上皿棹秤を使ってさまざまなものの重さをはかる体験もできますのでどうぞおいでください。

2014年10月29日 (水)

「実繰り(綿繰り)」の実演!?

Photoこんにちは、まゆこです。

今週のはじめ、平成261026日(日)に館長と実繰りをしました。

当館では富子さんがプランターで昨年から洋棉と和棉栽培していますが、今年は何人かのボランティアさんにお願いして、それぞれの畑や庭で種を植えていただいたので、うれしいことにたくさんの棉の実を手に入れることができました。

  まゆこには、これから『昔の主婦のように自分でお布団をつくってみる♪』という企みがあるので、せっせと種を取り除く作業をまずしなければなりません。 

Dsc_1068午後、エントランスホールに座布団を敷いて「実繰り(地方によっては綿繰りともいう)」という道具を使って、種をとりのぞきました。

ちょうどいらしたお客様に「何をたいへん頑張ってるですか?」と声を掛けられ、作業内容をご説明しましたら、「昔子供の頃、自分のおばあさんが縁側で同じことやっていたのを思い出した!」とおっしゃって懐かしがっておられましたよ♪

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収穫した棉を、竹の棒で種と剥がれやすくするために叩いた(館長担当)後、実繰りのローラーに通すと、手前に種が落ち、ワタだけが向こう側に溜まっていきます。

今日は洋種の緑棉をやりましたので、手前に落ちる種が苔類のようなグリーンで綺麗です。

ローラーは横に付いているハンドルを回すと動く仕組みになっていて、ずっと正座して回していると腕が疲れてきます。

Dsc_1076 途中でまゆこから館長へ選手交代。

棉を叩いてある程度ほぐしてあるので、ローラーの間にスーと綿だけが吸い込まれていき、面白いように手前に種がポロポロと落ちて溜まっていきます。

取れた緑棉の綿は柔らかくてふわふわで、まるで長毛種の猫のような手触りです。

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しかし、館長と二人半日頑張ってできた綿の量は実繰りをする際に敷いていた座布団も作れなさそうなくらいの量でした。量ってみると、種取前の棉731gに対して、実繰り後に種の重さは563g、綿の重さ168gに分けられました。

収穫した棉から種を取り除いてみたら、20%くらいの重さになっちゃうんですね。

この作業はずっと同じ体勢で根気よくハンドルを回し続けなくてはいけないのでたいへんですが、少しくらいでしたら、種と綿がわかれて落ちていく様がなんだかユーモラスで、楽しい体験になると思います

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種付きの棉がまだとってありますので、体験ご希望の方はどうぞお電話でご相談ください。(ただし、体験に使うことのできる「実繰り」は1台しかありませんので、少人数でおねがいしますね。)

 

当館の収蔵品は7500点にも及びますが、道具の中には、文献だけでは実際にその仕組みがどのように動き、使われていたのかよくわからなかったりする場合があります。

ここのスタッフは皆わりと行動派で、「わからないなら自分でやってみよう!」といろいろと試みていることがよくあります。

 

お客さま方が来館された際、藁や木くず、棉や蚕にまみれた職員がウロウロしていることが多々ありますが、どうぞご容赦くださいませ!

そして興味をお持ちになったら是非声を掛けてみてください、一緒に体験してみましょう!

まゆこ

2014年10月28日 (火)

米の収穫

Tomiko
 富子だけんど、えらいご無沙汰しちゃったじゃんね。甲州弁を待っててくれる人もいるっちゅうにわりいこんどう。

 資料館の屋根が直って、今日足場をはずしてるとこさ。2月の大雪でおえたとこがようやっと今直ったさね。寒くなるのはしょうんねえけんど、あんねに大変雪は降らんでもれえてえもんじゃんね。公園の遊具も直してるっちゅう話だから、はんでお客さんが来てくれるとうれしいよう。

 

Dscn62032 プランター5個の田んぼで稲刈り

 プランター田んぼにもスズメが来るようになっちゃってさ。はんで稲刈りをしなきゃあだめだわと思って、稲刈りをしとうさ。まだまだ稲刈りをしちゃあいん田んぼも多いから、人並みの稲刈りっちゅうこんかもしれんね。

 正月飾り用にプロの作っとう稲ももらってあるだけんど、全然背の高さがちごうね。やっぱりプロはプロだね。いい米を作ってくれる農家の人がいるから安心して飯を食えるっちゅうこんさ。ありがたいこんどう。

Dscn62102 はざがけした稲、この後悲劇が

 日の当たるとこへはざがけしてちっとでもうまい米にしっかと思っとうけんど、甘かったね。上からも下からも横からもスズメにゃあ届かんらと思って安心してとうさ。2~3日たってから見たら、藁が下にいっぺえ落っこってるじゃん。直接米には届かんけんど、藁を引っ張って抜いちまってさ、下に落っこちたやつを堂々と食ってたってわけさ。まいっちもうね。これじゃあスズメの方がずっと利口だったわ。

 プランターに植わってる時と、はざがけにしてる時のスズメの食った米はかなりになると思うから、残りを人間が食うこんになるね。千歯扱(せんばこき)で脱穀して、磨臼(するす、すりうす)でもみすりをして、搗臼(つきうす)で精白をしてみてえと思ってるけんど、館長に駄目出しされるかもしれんね。磨臼が使えんでも、搗臼の代わりになるもんは探せばあるかもしれんから、なんとかなるらよ。楽しみにしてとくんねえ。

2014年10月24日 (金)

ミニ企画展「重さをはかる」(2)

今回のミニ展示に何を展示しようか考えているときに、以前「旅」の展示で使った小さい棹秤のことがまず頭に浮かびました。江戸時代の人が旅に出るときの必需品の中に「秤」があったからです。ところが今回秤に焦点を当てて調べていくうちに、さまざまなことがわかってきました。

旅行用だから小さかったわけではなく、携帯用だから小さかったのです。江戸時代のお金には金貨・銀貨・銭がありましたが、銀貨は秤量貨幣といって価値が重さではかられたのです。銭なら2文とか3文とか今と同じように支払うことができますが、銀は2匁とか3匁というように重さで支払うのです。だから支払う側は自分の秤を取り出して銀の重さをはかり相手に渡します。すると受け取った側も自分の秤で受け取った銀の重さをはかるわけです。今もお金を払うときは自分もお金を数えますし、渡された人も確かめますが、それを秤で行っていたということです。

Dscn62162_2 「守随家」の銀ばかり(れいてんぐ)

 

ですので、上のような秤を銀ばかりといいます。少ない重さでもはかれるので「れいてんぐ」とも呼ばれます。

 

どの国でも支配者は度量衡の統一をするものですが、江戸幕府もそうでした。直接的には江戸幕府の認可を受けた御用商人が秤の製造・販売・検査などの権利を独占したのです。江戸に東日本を管轄する「守随家」が置かれ、京都に西日本を管轄する「神家」が置かれ、それぞれ33か国ずつ受け持ちました。

Dscn61242 刻印の押された「守随家」の銀ばかりの皿

Dscn61252 「守随」と刻印のある銀ばかりの錘

「守随家」はもと甲斐武田氏に仕えた秤師で、武田滅亡後に徳川家康に仕え、江戸開府と同時に江戸に出て、関八州の秤の責任者に任命されました。武田氏は金山開発を行ったので、金の重さを正確にはかる秤師の技術が必要だったのです。

 

Dscn62172 「神家」の銀ばかり(れいてんぐ)

Dscn61202 刻印のある「神家」の銀ばかりの皿

Dscn61222 「神善四郎」と刻印のある神家の銀ばかりの錘

秤は幕府の厳しい統制下に置かれ、にせ秤を作った者は重罪が課せられ、秤を直すことも勝手にはできませんでした。そしておよそ10年に一度は秤のチェックがあり、正常な秤には検印が押され、悪い秤は廃棄させられました。現在も2年に一度の検査があります。もちろん江戸だけではできませんので、各国に支店がおかれました。

「守随家」の子孫の方は現在も名古屋で計量機器の会社を営んでいます。「神家」の子孫の方も京都にいて、秤の資料については京都市歴史資料館に寄託されています。

 

 

2014年10月23日 (木)

この道具の謎を追って1

 こんにちは、まゆこです。

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「この道具はな~に?」

 先日、豊富地区内の藁ぶきの古民家を購入したというお客様が来館され、取り壊す予定の民家の室内に残されていた、「古い何かの道具みたいな物をもったいないのでもらって欲しい」というお申し出がありました。

 車の荷台にのっているその道具を見せていただくと、当館に数点収蔵されている資料と同じものだとすぐにわかりました。

 この道具はとにかく装置がすごいのですが、どれも部品が不完全であったりして、使い方がわからず、まゆこにとって懸案の資料でした。

 今回持ち込まれた資料も、やはりいくつかの部品が欠損していましたので、見た瞬間思わず「う~ん、残念!ここについていたはずの部品は近くに落ちていませんでしたかぁー?」と叫んでしまいました。

 そうしましたら、「民家の2階に置いてあったので、よく探せばあるかもしれない。よかったら見に来てください」といってくださったので、その日のうちに訪問させていただくことにしました。

Dsc_1005取り壊される予定の民家。

この2階にれいの資料が取り残されていました。

 所有者の方と一緒に梯子のような階段を上って、養蚕をやっていたと思われる2階へ行くと、れいの道具のあった場所の辺りは真っ暗でよく見えなかったのですが・・・・、とにかく、この道具の正体を知る手がかりとなりそうなものをいくつか手探りで収集して参りました!

 持ち帰って並べてみると、糸をつくる道具に関係している道具の部品ばかりです。

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 埃だらけでしたので水洗いしてから組み合わせて、置いてみたところ

 左から、糸車と「れいの道具」と揚げ返し器。

 これら3点がセットで置かれていた現場であることがわかりました。

 見つからなかった部品もいくつかあるのですが、この組み合わせから「糸を作る一連の作業に必要な道具」であることにまちがいなさそうです。

  では、この糸車と揚げ返し器とセットで使うらしい「れいの道具」はなんという名前の道具で、何をするための道具なのでしょう? 

  同じような資料が他地域にないか身近にある織物に関係する書籍をあたってみましたが、みつかりませんでした。

 しかし当館には1点だけでなく、同じ形のものが数点収蔵されているのですから、山梨県中央市豊富地区でかつてよく使用されていた道具であることに間違いないのです。

 この道具の正体を解明しないわけにはいきません!

 まゆこは「ついている部品の様子から糸に撚りをかけて巻き取る道具ではないか?という推測ができるけど、片側に大小4つ付いている調車にどのように調糸がかかっていたかもわからないし、とにかく翌日から聞き取り調査を開始しよ~」と考えたところで、その日は時間切れで帰宅。

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 そして明朝、ずいぶんワクワクして出勤したまゆこは、館長が調糸を「あ~でもない、こーでもない」と調車にかけている姿を発見!

 館長もこの道具がどのように動くのか気になって仕方がなかったようなのです。不足していた部品もお得意の手作りで補修されていました。

 

Dsc_1020_3 そして「もっと早く来ればよかった!!」と悔しがる間もなく、館長が調車がついているのと反対側の側面にあるハンドルをまわすと、4つの調車が連動して動き始めるとともにこの道具を構成する多数の部品もガラガラと音をたてて動き始めて・・・・・。

 思わず「わぉー!!チョーカッコいいんですけどぉ~!!!」と年齢とブログ上でのキャラクターに不相応な言動で感動を表現してしまったまゆこです♪

 ところで、このセッティング(調糸のかけ方)で正解なのか? また、撚りをかけられて巻き取られる糸はこの道具の中をどのような順序で通っていくのか?    そもそも最初に撚りのかかっていない糸はどこにどのようにセットするのか? 疑問山積なのは確かです。

 しかし、館長のおかげで、とにかくこの道具を動かすことができ、その迫力にただただ感動したまゆこです♪

 さっそく、普段から当館のイベントなどでお手伝いをしてくださっている中央市歴史文化ボランティアの会、薬袋さんのお力を借りて、この豊富地区で唯一、昔ながらの座繰りや織物の知識をお持ちの長田ともゑさんを紹介していただきました。

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 この満85歳でいらっしゃるという長田ともゑさんにお会いできたことは、これから当館収蔵の糸作りや織物に関する道具についての貴重な情報が得られる大きなチャンスになると思います。

ズバリまゆこ「この道具の名前はなんですか?」

 長田さん「これは、『撚りかけ車』といいます」とのお答え。

 そしてまゆこ「何をする道具ですか?」と問うと、

 長田さん「同時に数本の糸に撚りをかけてね、さらに機織りにかける決まった長さの糸をつくる道具ですね」とのことでした。

  思わず前のめりになったまゆこ「使い方をご存じなのですね?」、

 長田さんえ~、え~、十七・八の時、せーせー、やりましたもん

  思わずバンザーイ!、バンザーイ!するまゆこ。

  今後詳しい聞き取り調査を行い、皆さんにワクワクするようなご報告ができたらと思います。

 最後に、長田さん「動くところをみたいさねぇ~」

  まゆこ「もちろんでーすっ!」

  この後の展開は、乞うご期待♪

 Photoまゆこ

 

 

 

 

 

2014年10月19日 (日)

お宮参りの掛け着の「背守り」

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こんにちは、まゆこです。

 毎月1~2回、山梨の地元タウン誌「かわせみ」でテーマごとに当館の資料を紹介していただいています。昔の暮らしを訪ねて』という名のシリーズです。

 今年の1月から掲載がはじまりましたので、もうすぐ11回目の取材を受けるところです。

 毎回、担当編集者Sさんが提案するお題に合わせて、まゆこが当館資料の中から数点をピックアップしてSさんに解説し、記事にしてもらっているのですが・・・。

 今回のお題はSさんより「七五三の時期ですので、子供の着物で」とのことでした。

取材を受ける準備資料を作っていて気付いたことがあります。 

Dsc_1049_2 女児用のお宮参りの掛け着

  お宮参りの掛け着を並べて眺めていたとき、まゆこはあることに気づきました。

「一つ身」の子どもの着物で「背紋」のない着物には、男の子用、女の子用ともに、色糸で方位マークのようなものが縫い付けられています。

 いったいこれは何のしるしで、どういった理由でつけられたものなのでしょうか?

Dsc_1048_2 男児用の「一つ身」の着物につけられた色糸

「一つ身」:赤ちゃんから2歳位までの産着・掛け着の裁ち方。帯の代わりに衿に付け紐をつける。

1041 「背紋」のついている掛け着には、色糸が縫い付けられていない。
 「背紋」:和服の背の上部中央につけられた家紋。 

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辞典などで調べてみると、『背守り(せまもり)』といい、子供の守護・魔除け・癇の虫が起こらぬようにするために、背紋の付いていない一つ身の子供の着物の背の上部中央(衿の下)に色糸で施す縫い飾りだと記載されていました。

縫い付ける針目の数を12目にするのだそうです。

背守りをつけるのは、子供が水に溺れたり、火の中に転げた時に、荒神様や産土神に引っぱり上げてもらうためだと伝えられているようです。

 ではなぜ背中に付けたのか?その理由は、大人の着物には背中に必ず1本の縫い目がありますが、子供の着物は一つ身で仕立てられ、縫い目がありません。

 そのため、「目」の無い無防備な背後から魔物が忍び込みやすいと考えられたようです。 Dsc_1051

  現代より医療環境の整っていなかった時代、特に産まれたばかりの危うく頼りない命を魔物が奪っていかぬよう、赤ちゃんの着物の背中に魔除けのしるしをつけたのでしょう。

お宮参りの掛け着に縫い付けた背守りには、魔物を退散させ、その後の健やかな成長を願う親たちの気持ちが込められていたのですね。

お宮参りは男の子は31日目、女の子は33日目に行いますが、その後もまだまだ7歳くらいになるまで些細なことで死亡してしまうことの多かった魂の安定しない子供の命は、神の手の内にあるといわれてきました。「七歳までは神のうち」という言葉にあるとおりです。

Dsc_1044 「麻の葉模様の産着」古くからある正六角形を基本にした模様で、大麻の葉に似ていることからよばれる。麻のように丈夫に育つようにと産着に広く使われた。

産まれてから一人の人間として社会に認知される7歳になるまでの期間は、神の手のうちから次第に人間界に入りくる子供の段階であり、着物や髪形も、3歳は髪を伸ばし始める、5歳の男児は袴をはくようになる、7歳の女児は帯を締めるようになるというように、「七五三」は次第に人間らしく姿を整えていく節目になっています。

 七五三の習俗の所以はその節目を地元の氏神様に晴れ着を着て報告し、感謝する儀式の一つなのだそうです。(以上、日本民俗宗教辞典・日本民具辞典等参考)

現在でも七五三が日本全国でひろく行われているのは、戦後の高度成長期における商業政策の影響だといわれています。

しかし、毎年1115日前後に見かける、思う存分着飾ってうれしそうにしている幼子の様子はとても可愛いらしいものですし、それを見守る周りの大人たちの様子も、心を和ませてくれる日本らしい風景の一つになっています。

地域の氏神様にこれまでの成長を感謝する機会など他にあまりないのですから、「お宮参り」とともに、これからも後世に伝えていきたい日本の習俗ですよね♪

 

まゆこ

2014年10月18日 (土)

ミニ企画展「重さをはかる」(1)

 私たちの毎日の暮らしは「はかる道具」「はかる計器」に支えられています。多くの「はかる」ことの中から、今回のミニ企画展は「重さをはかる」ことに焦点を当てました。

 人間が最初にはかったものは「時間」であると考えられています。人類が農耕を始めると、種を蒔くタイミングや洪水が起こりやすい季節、収穫の時期を知ることが必要になったからです。そして太陽や星の位置、月の満ち欠けを調べて時間をはかるようになります。

 やがて道具や家を作るようになると、その「長さ」をはかるようになり、また穀物を交換するために「体積」をはかるようになりました。「重さ」がはかられるようになるのはそれからずっと後で、都市国家が整えられていってからのことです。貴金属や宝石が大切にされその価値をはかるためでした。

Dscn62122 立派なケースに入った上皿ばかり

 重さをはかるための最初の道具は天秤です。古代エジプトの死者の書などに天秤の絵が描かれています。最初の天秤は皿を下に吊り下げるタイプのもので、上の写真のような上皿天秤は17世紀にロバーバル機構が発明されてはじめて可能になりました。ローマ時代になると棹秤が登場します。

Dscn59572 生糸の繊度をはかる検位衡

 度量衡ということばの「度」は「長さ」または長さをはかる「ものさし」を表し、「量」は「体積」または体積をはかる「ます」を意味し、「衡」は「重さ」または重さをはかる「はかり」を意味します。上の写真は検位衡という名が示すように重さをはかる道具です。単に重さをはかるだけでなく、決まった長さの生糸の重さをはかって、繊度(繊維の太さ)を調べるのに用います。単位はデニールで、養蚕が盛んだったときにはどうしても必要な道具でした。

 次回は江戸時代の秤を紹介します。

2014年10月16日 (木)

「こども秋まつり」開催ご案内

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こんにちは、まゆこです。

平成2611月1・2・3日(土・日・月)午前9時~午後5時(入館は4時半まで)で「こども秋まつり」を開催いたします!

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次の連休は、秋の木の実でつくるオブジェ・ぶんぶんゴマ・古銭で拓本をとって作るしおり(今年の新作)等の工作をご用意してお待ちしております。

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木の実のオブジェ

Dsc_1685_2 ぶんぶんゴマ

Dsc_1035 古銭で拓本をとって・・・

Dsc_1034 裏側もとってね!

Dsc_1040お好みのレイアウトでしおりに仕上げましょう♪

 3日間は入館無料で、工作も無料で体験できますので、お子さんやお孫さん、ご近所の子供達も連れて、安心してたくさんでおいでください♪

Img_0013 昨年のこども秋まつりの様子

 また、秋まつり期間中は、企画展「幕末・明治の中央市」の解説日にもなっております。こちらも、是非ご覧にいらしてくださいね♪

まゆこ


 

 

2014年10月13日 (月)

ミニ企画展「重さをはかる」はじまる

Photoこんにちは、まゆこです。

平成26年度第3回ミニ企画展「重さをはかる」がはじまっています!

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  私たちの毎日の生活は「はかる道具」「はかる計器」に支えられています。

 

多くの「はかる」ことのなかから、「重さをはかる」ことに焦点をあて、どのような歴史をたどってきたのか、クイズ形式でみてみましょう。

 

「へぇそうだったんだ」と驚くことがいっぱいです。

 

昔の秤(はかり)を使って実際にはかる体験もしてみましょう。

 

 

Dsc_1022 展示資料には、生糸の太さを重さではかる「検位衡」や、江戸時代に幕府の許可を受けた秤師「神家」と「守随家」のつくったそれぞれの「銀秤」、竿は象牙・皿は鼈甲でつくられた「薬用秤」などがあり、それぞれの形そのものの面白さも楽しめます。

昔の棹秤を使って実際に色々なものをはかって、そのあと現在の電子秤で同じように計量できたかどうかを確かめてみるコーナーもあります。

小学生のみなさんから大人の方まで、十分楽しめる内容になっています♪

 

会期は平成26125日(日)までです

 

  月曜休館、祝日の場合はその翌日が休館となります。

 

 9時~夕方4時半まで入館できます。

 

 大人250円、小中学生100円ですが、65歳以上と幼児は無料です。

 

また、11123日(土・日・月)の連休は「こども秋まつり」開催し、 3日間はどなた様も入館が無料になります!

皆様のお越しをお待ちしております♪ 

まゆこ

2014年10月12日 (日)

臼井阿原の伊勢神社・10月禮大祭が行われる

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中央市臼井阿原に伊勢神社がある。市役所田富庁舎の東隣である。そう広くない境内には樹齢数百年とも伝わる大欅があり、そのほか杉・桜などもある社叢に囲まれた拝殿と本殿がある。本殿・拝殿・鳥居ともに、昭和に再建されたものであるが、その歴史はどこまでさかのぼるのか?神社の創建や伝来経緯を調べることは容易ではない。ところがこの伊勢神社の来歴を詳細に調べた人物がいる。それは本館に席を置く「中央市歴史文化ボランティアの会」の会長・加藤正行さんである。加藤さんはこの地域に住み、伊勢神社の役員にもなっており、今回の祭りも開催の報を送っていただいた。

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伊勢神社は武田氏の家臣饗庭氏により、永禄6年(1563)頃に伊勢神宮の神霊「天照大日霊命」を勧進して創建したと想定されており、その饗庭氏の祖先が神社周辺の土地を現在も所有している。詳細は、中央市のことぶきクラブ連合会文芸誌『しわふみ』4号(2012)に記載されているので、興味ある方は市内図書館で読むことができる。

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さて、今日の伊勢神社秋の禮大祭は本来10月17日に開催されるのですが、最近の諸事情により、その近くの日曜日に行われるようになり、本日10月12日御前10時から式典が開

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催された。神主さんの祝詞や玉串奉奠ののち、子供神輿が地域を練り歩きます。といっても、今は神輿を軽トラックに乗せて、出発です。小学生が少なくなり、来年はどうなることやら…などという声も聞こえる中、太鼓の音を響かせて出発していきました。

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これから役員の方々は直会を行い、歓談です。秋祭りにふさわしい晴れた天気ですが、明日からは19号台風が襲来しそうです。天照大御神のご加護を祈りたくなった祭典でした。

2014年10月 9日 (木)

「幕末・明治の中央市」はじまる

Photoこんにちは、まゆこです。

平成26年度 第3回企画展『幕末・明治の中央市』がはじまっています!

「今から150年ほど前、江戸幕府が崩壊して明治政府ができました。その時、私たちの祖先は、どのような荒波を乗り越えて、「文明開化」の時代を受け入れてきたのでしょうか?」

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「幕末から明治維新の頃、中央市内でも様々な出来事がありました。天保騒動や皇女和宮降嫁に伴う助郷、田安騒動、大小切り騒動、村の合併や学校建設、キリシタン禁令や廃仏毀釈など。 今も様々な資料が残っています。」

観に来てください!

   会期は平成261227日(土)までです。

   月曜休館、祝日の場合はその翌日が休館となります。

  朝9時~夕方4時半まで入館できます。

  大人250円、小中学生100円ですが、65歳以上と幼児は無料です。

 

また、11123日(土・日・月)の連休は「こども秋まつり」と同時開催で、「幕末・明治の中央市」の解説日といたします。

 3日間はどなた様も入館が無料になりますよ!!

 

皆様のお越しをお待ちしております♪

 

まゆこ

 

2014年10月 8日 (水)

座繰り器

Photoこんにちは、まゆこです。

 当館のある中央市豊富地区は平成のはじめまで全国屈指の繭生産地でしたので、養蚕に関する資料が数多く収蔵されていますが、繭を出荷した後に汚れ繭などを使って自宅用の糸をとる道具も充実しています。

 今日はその糸を取る道具、「座繰り器」を見ていただきたいと思います。

  一年のうち、5月の春蚕からはじまる養蚕はだいたい9月終りの晩々秋蚕でおしまいです。

Dsc_0699 糸を取る準備として繭を煮る(煮繭しゃけん)

 農繁期が終わると、かつての主婦は出荷できなかった繭から糸をとり自家用の着物を作ったり、真綿をつくったようです。

 それでも昭和30年以降くらいになると、屑繭を専門に引き取る業者がいたので、家では糸をとらなくなり、真綿も作らなくなったと聞いています。

 ですから来館される地元の方(65歳以上)に伺っても、「自分のおばあさんと母親がやっていたのを幼い時に見た記憶がある」程度で、座繰り器や揚げ返し器の使い方や真綿の掛け方について覚えている人には今のところお会いできていません。

  しかしねぇ~、この地の主婦がかつて自分の家で糸を取っていたことを証明する道具、「座繰り器」が、当館には多数収蔵されているんですよぉ~!

 収蔵庫のものを加えると10点ありました。その中から糸を巻き取る仕組みや形状により分類してご紹介しようと思います♪

  まずここで、どのような手順で繭から糸を取るのかご説明しておかないと・・・。

 蚕は糸のまわりにセリシンという接着成分をコーティングしながら吐いています。

 ですから、糸同士がしっかりくっつき球状の繭をつくっています。

 そこから1本の糸を取りだすには、繭を煮てセリシンを溶かして柔らかくしておき、蚕が繭を作る時に吐いた順に糸を取り出し、巻き取っていきます。

 鍋で煮た繭の表面を藁の穂先で作った小さな箒で撫でることで糸口を絡め取り、糸の太さにより5本から60本位を束ねて撚りをかけながら取りだしていくのです。

 「座繰り器」は繭から取り出した糸を撚りをかけながら巻き取っていく道具です。

 当館所蔵資料には太糸を繰糸できる「奥州座繰り器」が3点と、細糸を繰糸する「上州座繰り器(富岡座繰り)」が5点、平座繰り器と思われる資料2点がありました。

 

「奥州座繰り器」

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 大小2つの調車に糸(調糸しらべ)をかけて、ハンドルを1回転させると小枠が4回転半するようになっています。

 小枠が回るのと同時に、「山路(やまみち)」という綾振り機能をもたらす部品も動き、小枠に糸を平均に巻き取ります。

 

 

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「山路(やまみち)」

20から60個程の繭から同時に糸を引き出して太い糸をとる場合、この山路という部品がついている座繰り器は力が強いため多く使用されたといいます。

 

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「上州座繰り器(富岡座繰り)」

 歯車が5枚でハンドルを1回転させると小枠が7回転するタイプです。

 群馬県の碓氷・甘楽・富岡地方において、輸出用細糸を繰糸する際に多く使用したそうです。

 綾振り棒は横に噛み合わせた歯車の回転によって動く仕組みになっています。

 

他に、

Dsc_0815「平座繰り器」という、振り手(綾振り機能)がない初期タイプと思われるものもありました。

歯車(当館資料4枚歯車)を右手で回し左手で撚りをつけます。

しかし平座繰りが使われたのは1830年~1840年位からと古いので(http://www.manabi.pref.gunma.jp/kinu/sangyo/seisan-gyo/05zaguri/zaguri.htm による記述による)、当館資料は大枠をセットして座繰りで取った糸を揚げ返しするのに使用した可能性もあります。

 

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「鼓車(こしゃ)」

鍋に沸かした湯で繭を煮て、みご箒で(稲の穂先などをまとめた小さな箒)で繭をなでて糸を取り出し、数本をまとめて「鍋に取り付けた弓→鼓車→綾振り棒」と糸は通り、→小枠に巻き取られていきます。

 一つの繭は約1200mから1500mの一本の糸でできており、蚕が吐いた糸の太さは0.01㎜(3デニール)といわれています。

ちなみに大人の着物一着(一反分の生地)を作るのに必要な繭の個数は約2600粒です。

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 先日、当館に立ち寄られた団体ツアーのお客様に、3種類の座繰り器で糸をとる体験をしていただきました。

 座繰り器には、巻き取る仕組みや形状にさまざまタイプがあり、生産する糸の質を変える工夫がされていることにみなさん驚かれていました。

 また、木でできた歯車などの精巧な部品の動きや巻き取られた糸の美しさに感心されていました。

 かつてこの地の主婦が普通にやっていた座繰りの仕事を、実際に体験してみるのも面白いですよ。

 今後、団体でのご見学などでご希望があればこのような体験の機会を増やしていきたいと思っています。是非ご相談ください。

 まゆこ

 

2014年10月 7日 (火)

葛(3)

Tomiko

 富子だけんど、台風はだいじょうぶだったけぇ? うちんとこは側溝の水んあふれてさ、ちっとの間だけだったけんど通行止めになっとうだよ。大雨だの噴火だの台風だのホントに困るじゃんね。

 困るっちゅうことを言えば、葛も今じゃあ困りもんの草だよね。なんぼう上の方ばっか草刈り機で刈っても、根っこが残ってろばどんどん繁殖して、そこらじゅう葛だらけになっちもうからね。外来植物ワースト100になってるっちゅうから、どっかから日本に来ただと思ったら、日本から外国へ行ってはびこってるらしいよ。日本の植物にも根性のあるやつがいるもんだねぇ。ほかにもススキとかイタドリとかも日本から出て行って困らせてるだって。はんで葛から糸を取ったり、籠を編んだり、葛粉を作ったりすればちっとは葛も減ると思うけんどね。

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 糸にした葛から布にしてるのが上の写真だけんど、使ってるのは前に木綿で布を織ったときと同じ「そうこう」だけの機織り機っちゅうわけ。織ってるとにおいもいいし、つやもいいだよね。糸の太さが、木綿と違って、太くなったり細くなったりしていんところもいいしね。

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 大体できあがったとこだね。草っぽい感じがするから、畳表みたいに見えるけんどさ。さわった感じはそんねん硬くはないね。ほんだけんど、木綿と違って夏のもんだね。夏着ると涼しくていいと思ううよ。

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 砧打ちをすればもっとやっこくなるかと思って、資料館の砧を借りるこんにしとうさ。資料館にゃあちゃんと縦の槌と横の槌の両方があるだよ。すごいじゃんね。砧は弥生時代っからあるだって。織った木綿や麻の布を畳んで砧で何回も叩いてやっこくしてつやを出すのに使ってとうさ。たぶん豊富じゃあ絹の布を叩いてつやを出すのに使っとうずらね。絹の布の時は外側を布で包んで叩くだって。

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 そういうわけで砧打ちをしてやっこくしてみとうさ。コンコン音が響いたもんだから、館長が収蔵品を壊されちゃあ困ると思ったずらね。「何をやってるで?」って聞かれちゃったさ。

 来年の春にゃあもっといい葛をとって、いい糸を取ってみてえと思ってるさ。その前に冬になったら、葛粉もとってみてえと思ってるから、また楽しみにしてくりょう。

2014年10月 3日 (金)

葛(2)

Tomiko

 富子だけんど、いなように暑いじゃんね。今年の大雪で資料館の屋根も瓦が落っこちたり樋がこわれたりしとうさね。やっと直してもろう工事ん始まったさ。直すとこが多くて、手間も資材も足りんだって。雨漏りがしちゃあ困るようって思ってたけんど、直してもれえてよかったよう。足場ん組んであって、へえり(入り)にくいかもしれんけんど、休みじゃあねえから遠慮しんでへえってくりょう。

 今日も、せんころ(先頃)の続きの葛の糸作りのこんだよ。

 一晩水ん中へつけといとうツルを、発泡スチロールの箱ん中へ入れてビニール袋で包んどいたさ。本当は刈った草の中へ入れといて発酵させるらしいけんど、刈った草んそんなにねえし、発泡スチロールの中でも発酵するって聞いたからね。おまじない程度に刈った草も入れたけんど、役に立っただか立たんだかわからんね。

 

Dscn59959102 外の皮がむけて靭皮になった

 2日ばっかほっぽといたら、ちっとカビんきてるようだったから、早々箱から出して水で洗ってみとう。ほうしたら外の皮がずるずるむけちゃって、どんどん取れるじゃん。臭いって聞いてたけんど、それほどでもなかったし、家の台所でやっても後ん困るようのこんもなかったさ。

 ほの後、ツルのはじっこを持ってもう一方の手で皮を押し下げると、ぺろっと靭皮がツルの芯から抜けてくるさ。そりゃあ気持ちいいくれえにするっとむけるさね。たまらんよ。

Dscn59969102 物干し場に干した繊維

 そりょう洗って干したのが上の写真で、こうなるときれえなもんさ。白いけんど緑がかってえて、風が吹くとさらさらゆれて。

Dscn59999112 乾いた繊維

 すっかり乾いたら取り込んで写真を撮ってみとうさ。色もいいけんどにおいも干し草のようでなかなかいいもんだよ。ほの上つやもあるね。皮だからまだ幅ん広いもんもあるから、適当に細く裂いて糸にするっちゅうわけ。

Dscn60962 裂いて撚りをかけ巻いた糸

 裂くだけで撚りをかけなんでも織物に使えるらしいけんど、ちっと強くしたほうがいいと思って撚りをかけながら割り箸へ巻いてっとうさ。ちっと湿らせるとすぐつなぐこんができるから、扱いやすいね。本当は繊維の方向を気にしんといけんと思うけんど、皮がついてる段階で上だか下だかわからんようになっちゃったから、しょおんねえ(仕方ない)じゃんね。

 次は機織り機で織るこんにするから、楽しみにしててくりょう。

2014年10月 1日 (水)

葛(1)

Tomiko

 富子だけんど、また台風ん近づいてるじゃんね。今日は久しぶりに小学生の見学があって、あたしのこんをだれも教えんに、「富子」って知っててびっくりしたさ。おもしろいじゃんね。

 きょうは葛の話をちっとしっかと思ってるさ。葛から糸を取って織物を作らっかと思ってさ。

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 これん(これが)資料館の石垣のとこに生えてる葛だけんど、ここだけじゃあなくてまわりじゅうなんぼでも生えてるさね。これを利用しん手はねえと思ってさ。ほれこさ(それこそ)好きなだけ糸んとれるじゃん。

 9月の6日に試しにちっと糸をこせえて(こしらえて)みっかと思って、葛を切ってみとうさ。本当は春のまだツルんやっこいうちに取ったほうがいいらしいけんど、切ってきとうツルは、固いし枝は出てるし、ほかのツルとからまってるし、いいとこはねえようのツルだったさ。しょうがねえさね、思いついとうが9月になってからだったから。まあまた来年の楽しみがあるっちゅうもんさ。

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 葉っぱをとってまるめて鍋で煮れるようにしてみたけんど、太いとこあり細いとこありで煮るのもえらそうだよね。ほれに(それに)葉っぱの出てるとこが節になってて、そこが固いだよ。ツルの上と下がしっかりわかるように束ねたほうがいいらしいけんど、葉っぱを取ってたらどっちが上でどっちが下だかわからんようになっちゃったさ。あたしゃあ何をやってもええかげんだからね。

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 うち(家)にゃあそんねんでっかい鍋はねえけんど、とりあえず一番の鍋にむりやりつっこんで煮てみとうさ。まあ煮ればちったあ(少しは)やっこく(柔らかく)なるから、鍋ん中でひっくりけえしたりして15分か20分煮たと思うよ。煮えると色が変わるらしいけんど、あんまし変わらんじゃんね。太いとこと細いとこがあるから、太いとこが煮えるようにちっと長めに火にかけとうさ。

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 火からおろしたら水につけて一晩おいといとう。水につける理由もあると思うけんど、見たとこ変わりがねえから実際なんのために水につけるかは科学的にはわからんね。野菜をゆでて水につけるのとはわけんちごうと思うけんど。

 明日はこっから繊維を取んだすさ。どういうもんになるだか楽しみにしててくりょう。

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