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2014年9月30日 (火)

今年は2度ある十三夜!

Photoこんにちは、まゆこです。
 

 お月見と言えば「十五夜」が一番ですが、旧暦の913日である「十三夜」は十五夜に次いで美しい月だとされ、古来よりお月見をする日です。

 当館の所在する地域でも、十五夜に月見をしたら必ず十三夜にも月見をするものだといわれてきました。十五夜だけの月見は「片見月」と言って嫌われたそうです。

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 ウィンドウディスプレイは現在「お月見」がテーマなので、ことし

2014年の十三夜、すなわち旧暦の913日にあたる日は何日だろうかと調べて、106日(月)と解説に記していたのですが・・・・・、

 

 なんと、今年の十三夜は2回あるというじゃないですか!?

 資料館スタッフのMさんが教えてくれました。

「えっ、ウッソぉ~!?」と俄かに信じられず、とりあえずネットで調べてみることに・・・。

 

 ヒットした中日新聞電子版の記事を掻い摘まんでお伝えしますと、

なんでも『旧暦は約3年に一度、閏月を挿入して暦を調整することになっている。今年の場合は9月の後に閏9月が入るので、暦の上では913日が2回出現する。2回目の十三夜のことを「後の十三夜」と呼び、今年は115日{水}がその日に当たる。これは171年ぶりのことで、前回「後の十三夜」があったのは1854(天保14年)』だそうです。

 秋のお月見3回目も是非楽しみたいものですね!

Dsc_0973 また、十五夜は「芋名月」といわれ、十五個のお団子とサツマイモや里芋などのイモ類を中心にお供えしますが、

「栗名月」・「豆名月」とよばれる十三夜では、栗・豆類を主な供物とするそうです。

そしてお団子の数は13個!

 こしらえたおだんごを実際にお供えしてみた人ならわかると思うんですけど、意外と15個と13個のお団子をきれいに山型に積むのは難しいです!!

 まゆこは毎回毎回、こうでもない、ああでもないと頭の体操をひとしきりしてから飾っています。

 そんなのまゆこだけでしょうか?

 みなさんも一度おだんごを積んでみてください。

 売っているお団子セットは十五夜用のものでも数えてみるとけっこう積み易い14個だったりしますからぁ~♪ 今度よ~く見てみてください。

 

 では、最後にもう一度確認しておきましょう。

 平成26年(2014)の十三夜は、1回目が106日(月)、2回目が115日(水)ですよ! 

 美しい月を眺める機会が増えるとともに、お団子も2倍食べられる~♪グフフッと喜んじゃったまゆこです。

 

まゆこ

2014年9月28日 (日)

まゆこに表彰状が届きましたよ!

Photoこんにちは、まゆこです。

本日は、まゆこより皆さまに改めてお礼申し上げます。

ことしの夏、7月半ばから~8月いっぱいまで行われた「ミュージアムキャラクターアワード2014」の人気投票において、日頃からの来館者様やブログを見てくださっている方々、その他ご近所様からのご厚情により、予想以上に得票数を伸ばすことができました。

 38キャラクターのうち9位になったことを皆様にはご報告済みですが、

 このたび、インターネットミュージアム事務局より表彰状をいただきました!

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表彰状には、

『あなたはミュージアムの広報キャラクターとして人々から愛され、インターネットミュージアム「ミュージアム キャラクターアワード2014」において第9位となりました。その栄誉を称え、ここに表彰いたします。』と記されていました。

  

 うれしくて、さっそく事務室内の壁に飾りました。 「ご協力してくださった皆様にもお礼をたくさん言いたい!」と思っているまゆこです。

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近々に「まゆこトップ10入り感謝祭」ということで、ティーパーティーでも開けたらいいのにぃ♪

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 とにかく、皆様への感謝の気持ちを一言お伝えしたいので、まゆこに投票してくださった方は来館された時に教えてくださいね!

ありがとうございました。

これからもよろしくお願いします。

まゆこ

2014年9月25日 (木)

綿の収穫

Tomiko

 富子だけんど、久しぶりじゃんね。孫のお子守でまごまごしてえるうちに、えらいご無沙汰しちまって。どおでえ、はんでかせえでるけ?

 収穫の秋じゃんね。甲府盆地の田んぼじゃあ、へえ稲刈りをしてるとこもあるからね。資料館じゃあぼつぼつ綿の収穫をしてえるとこさ。今年はどういうわけだか、綿をほしいようっちゅう人が何人も来てね。洋綿は畑でも作ってるからやれるけんど、和綿は弱くてなかなかうまく育たんから、たいへんはなくて困まっちもうさ。

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 上の写真は和綿の白だけんど、きれえ(綺麗)ずら?綿の白とガクの紫がいいよね。

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 ほんだけんど、洋綿とはこんねん(こんなに)ちごう(違う)だよ。でかさを見とくんなって。左が洋綿だけんど、ひっぱって伸ばしてるわけじゃあねえからね。

 アメリカが南北戦争で綿花栽培ができなかったとき、イギリスが日本の綿を品質がわりい(悪い)けんどほかに輸入できるとこもなかったから、しょうがなく買ったって本(『人づくり風土記 19 山梨』)に書いてあったけんどさ。これじゃあ確かにそうだよね。

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 今年採れた綿は、左から洋綿緑、洋綿白、和綿白、和綿茶色の4種類だけんど、和綿の茶色が一番育ちにくかったね。また来年は和綿にもがんばってもれえてえもんじゃんね。

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 稲もだんだんと頭が下がってきて、実が入ってきたようだから、案山子を立てたさ。案山子って言っても風でキラキラ光るテープと、CDに目玉が付いたような簡単なもんだけんどね。今あんまりこういうもんも田んぼじゃあ見かけんよね。スズメとかは来んずらか。

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 見てくれちゃあ。頭が下がってきてるじゃんね。こんなちっくいプランターでよく育ったもんだと思うよ。稲刈りがいつできるか楽しみじゃんね。

2014年9月24日 (水)

中込さんの桑切り作業

Photoこんにちは、まゆこです。

 秋の夕暮、山梨県中央市玉穂地区極楽寺の静かな田んぼ道を歩いていると、「ザッザッ、パチンパチン、ザッザッ、パチンパチン」と何だか小気味良い音がリズミカルに聞こえてきました。

音のする方に顔をむけてみると、わぁ~桑畑! 

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 ここは豊富地区山宮に住む中央市最後の養蚕家中込文義さんの桑園の一つです。

 ちょうど文義さんの軽トラックが置いてあり作業中でしたので、しばらく作業を見学することにしました。そのうち、「ザッザッ」という音は文義さんが切る枝を2本引き寄せている音、「パチンパチン」は2本の枝を剪定ばさみで切っている音だということがわかってきました。

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 次に、ある程度木の枝が集まると、「ガサッ」という音とともに、こんもりとした桑葉の固まりが桑の木の間から見え隠れしながらゆっくり動いていくのが見えます。

 そして、桑園の脇に停めてある軽トラックのところで待っていると、文義さんがたくさんの桑枝を肩に担ぎ上げて木々の間から現れます。

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 この桑園は昭和42,3年頃に水田を潰して「一ノ瀬」の苗を植えたもので、当時は、水田よりも桑畑にして蚕を育てたほうが耕地面積当たりの利益率が高かったのだそうです。

 玉穂地区に桑園を持ったことによって文義さん曰く、「ここは平地で作業は楽だし、車を桑園に横付けできるし、何よりも盆地の底にあたる玉穂は水が豊富で、山の斜面につくった桑畑が降雨不足で灼けてしまってもここの桑は大丈夫!近くに農薬をかける果樹園はないしね。」とのことでした。

 他に2か所の桑園をもつ文義さんは、果樹などに使う強い殺虫剤がかからないように、山の奥の方にも桑園を持つなどの工夫をしているそうです。

 5齢の時は、1日に2回、1回の桑切りに2時間半かけて軽トラックの荷台いっぱいの桑枝を切るそうです。

 

 

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お邪魔したのはこの日2回目の午後の桑切り真っ最中の時でした。

 「3齢と4齢の初期には、細い枝を切ってゆき、葉をちぎってやるなど、それぞれの成長に合わせたやり方をするのだが、5齢になるとよく伸びた太い枝を飼育かごの長さに合わせてバッサバッサと切ってゆくのだ」とまゆこに教えてくれた文義さんです。

 文義さんはこの日の昼食後、まず飼育場の蚕に朝切っておいた桑枝を与え、その足で玉穂の桑園にやってきて2時間半の桑切り作業を行っているとのことでしたが、心配になるくらいひと時も休まず作業続けています。

 桑畑に規則正しいリズムを刻みながら響いてくる「ザッザッ、パチンパチン、ザッザッ、パチンパチン」という音が、文義さんのその動きを教えてくれます。

 朝からずっとこんな重労働を一人でこなすなんてすごいなぁ。なんだか自分がたいへんな怠け者に思えてきます。

 

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 秋の透き通った夕暮れの空気の中で思わずこの音に聴き惚れていたら、もう4時半になっていて、明朝に与える荷台満載の桑枝とともに文義さんは飼育場に戻る時間です。

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 「ではまた~、いろいろ教えてくださいね!」と田圃道でひとり手を振るまゆこに向かって、「いまから一緒に温泉行くけ!」と一応ナンパしてみてくれた、とても心やさしい84歳の中込文義さんです。(笑)

 

まゆこ

2014年9月23日 (火)

極楽寺の選繭台

Photoこんにちは、まゆこです。

 久しぶりにとても気持ちの良い秋晴れになった週末、以前から気になっていた玉穂地区極楽寺にある「選繭台(せんけんだい)」を写真に収めにいきました。

「まだありました、ありました!」現在は極楽寺集荷場の建物の内壁に立てかけられています。

 

 実際に使用していた時は足場を組んだ上にのせていたと思います。

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 各農家から出荷された繭は、地区ごとの出荷所に備えられたこの「選繭台」にまずのせられ、悪い繭を取り除きながら、すぼまった口のほうへ押しやられていきます。

 選繭台の口から押し出されたチェック後の繭は油単(ゆたん)に詰められ、重さをはかって業者に渡します。

 近寄ってみると、側板に墨書がしてあり、『昭和48620日新調・秋山商店寄贈』とありました。

 この「選繭台」のまわりに繭の収穫の喜びを分かち合う人々が集い、作業するかつての様子が目に浮かんできます。

養蚕が盛んだった中央市の往時を物語る大切な遺物に出会えて、とてもテンションの上がったまゆこです。

Yatusiro505参考に、こちらの写真は「八代町・永遠のふるさと写真集」平成16年発行に収められている選繭台使用の様子です奥に、選別済の繭が入った油単が積み上げられている。

Dsc_0820選繭台の見られる玉穂地区極楽寺集荷場の建物

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 その後、近くにある養蚕家中込文義さんの桑園を覗いてみることにしたまゆこは、運のいいことに桑園脇の農道に文義さんの軽トラックを発見!

 桑切りの様子を見せてもらうことができました。

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「てっ、こんなとこほっつき歩いて何してるだぁ~」と桑園の茂みの中から桑を担いで出てきた文義さんをびっくりさせてしまったよ♪

 とにもかくにも、秋の夕暮に行われていた桑切りの様子はとっても素敵な光景でしたよ。

 次回にレポートしますね!

まゆこ

2014年9月21日 (日)

『甲斐国志』幕府献呈200年記念講演会の開催

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9月20日(土)に「『甲斐国志』幕府献呈200年記念講演会」を開催しました。講師は東京女子大学准教授高橋修氏で、演題は「甲斐の地誌ー『甲斐国志』に至るまで」として、①『甲斐国志』の先祖をたどる、②『甲斐国志』の仲間たちー甲州に関する地誌ー ③『甲斐国志』編纂の時代、という流れでした。

今まで、『甲斐国志』を利用するだけでしたが、成立の背景や、その過程、関係した人々のことが、歴史的に説かれたことで、甲斐国志の評価が一段と高まったようです。Img_0116

講演に先立ち、編纂の中心人物である内藤清右衛門の子孫で、11代目の内藤家当主、内藤幹彦氏がご挨拶に立たれ、最近の「甲斐国志草稿資料」の保管状況や公開の様子をお話しいただきました。

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山梨県の歴史を知り学ぶ上では、欠かすことのできない『甲斐国志』の、歴史的な意義を学ぶために、県内外から80名ほどの参加者があり、会場の外側まで椅子が並んだことは、大変なことでしたが、主催者としては喜ばしいことでした。

2014年9月19日 (金)

お蚕たちの桑をもとめて

Photoこんにちは、まゆこです。

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昨日の朝は、笛吹川の土手沿いを柔らかそうな桑を探し歩きましたが、大変歯ごたえのありそうな「魯桑(ろそう)」という品種や干からびたように痩せて葉っぱが小さく薄くなってしまった一ノ瀬(いちのせ)桑しか見つけられませんでした。

車の中から探していると、遠目では青々と茂っているようにみえたのですけどね。

春蚕の時は手入れしていない道端の桑でも柔らかい新芽が吹き出していたので蚕もおいしそうに食べていたのですが、この晩秋蚕の季節になると、なかなかみずみずしくておいしそうな桑葉がみつけられません。

やはり人が手入れしていない桑はダメですね。

おまけに蚕は農薬に大変弱いですから気をつかいます。

いままでに5回の飼育経験しかないまゆこですが、良い桑葉をあげると、やはり大きくて白さ際立つ良い繭をつくってくれるように感じます。

県外に旅行に行っても、ついつい目が自然と桑の葉を探すようになってしまって、自分でもあきれてしまいます。 

Img349 一面桑畑 年代不詳ですが中央市豊富地区水上の法乗寺あたりから撮影したものと思われます。

Img350豊富地区関原での桑切りのようす.

 かつての豊富地区はこんな感じで村中桑園だらけだったのですが、いまは見る影もありません。道端の街路樹のすき間や畑の端でおこぼれ肥料をもらって、かろうじて生育しているのを見る限りです。

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他の作物を植えるために桑を抜根しているところ。

資料館で飼う蚕はだいたい100頭前後ですから、一日2回給桑するとして、一番よく食べる5齢時でも、大きな枝であれば4本くらいで間に合います。

Dsc_0786 豊富地区山宮の河原でみつけた理想の「一ノ瀬」の葉

 農薬がかかっていなくて、しかもこんなにりっぱでおいしそうな葉のつく「一ノ瀬」桑が、身近に生えていて、「いつでも取りに来ていいよ!」という情報があれば、たいへんうれしいです。

 桑が必要なのは、あと1週間(H26  926日くらいまで)!

 資料館に近い豊富地区の方ならば、まゆこがすぐに小躍りしながらハサミ持って伺います!! 情報よろしくお願いいたします♪

 まゆこ

2014年9月18日 (木)

猫神出現?!晩秋蚕4齢「眠」へ

Photoこんにちは、まゆこです。

祝日の次の日は休館日となるため、9月15日の夕、おかいこさんは資料館からまゆこの別宅に移動してきました。

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さっそく玄関で出迎えるまゆこの飼い猫ぽんこさん。

 

 

ぽんこ「おぉー、1週間でずいぶん大きくなりましたねぇ♡ かわいい~♪」 

Dsc_0801H26 9月15日夕方 

 まゆこ「猫神ぽんこさん、おかいこさんたちはそろそろ最後の眠りに入りますから、ぐっすりよく眠れるように守るのですよ!」

 

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ぽんこ「えっ、ねこがみぃ~!それはちと荷が重そうですが、頑張ってみます!!」

 


 蚕を食い荒らすねずみを退治してくれる猫を、蚕を飼う家では神さまとして崇めるくらい大事にしてきたという歴史があります。

江戸時代の養蚕風景を描いた絵図には、蚕の世話をする女の人の傍らによく猫が描かれています。

 猫の絵を猫神様として蚕室に貼っていた地域もありますし、中央市豊富地区の塚田家住宅には、ねずみ除けを目的とする「猫」の字のたくさん入ったお札が見つかっています。(塚田家住宅のねずみ除けの札については、「まゆこのつぶやき」カテゴリーの過去記事「おかいこさんとねずみ除けのお札2013・6.8.」をみてください)

 養蚕と猫はたいへんつながりが深いのですよ!

 Dsc_0809H26 9月16日夕方「眠」状態の蚕たち

 さて、ぽんこのおかげかどうか定かではありませんが、頭を上げる特有のスタイルで、みな無事にぐっすり眠りに入りました。

 

 起蚕(おきっこ)になるのは、918日の朝だと思います。

 

 脱皮を終えたお腹がぺこぺこのお蚕さんたちがたくさん食べられるように、やわらかくておいしい桑葉を調達しなくては! 

 

 朝出勤前に笛吹川の河原道まで、よい桑葉を求めて出かけてみようと考えているまゆこです。

 

 豊積橋付近で朝、剪定ばさみをもってウロウロしているおばちゃんを見かけたら、それは「まゆこの化身」です。

 

 みなさんそこらへんの事情はスルーして、優しくしてくださいね♪

まゆこ

~おまけ~ 

Dsc_0812 資料館玄関脇の鉢植え桑で生育している「のらぼこ(クワコ)さん」

 こんなに大きくなって、木の枝に擬態しています。

 

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 小さい時は鳥の糞に擬態していたので葉っぱの上にのっていましたが、今度は枝にくっついているので、

 

よ~く探さないとみつかりませんよ~♪

 

 

2014年9月17日 (水)

祝言グッズ、いろいろあります♪

Photoこんにちは、まゆこです。

秋は結婚式の多い季節ですね♪

最近、「あらぁ~、そうだったの! おめでとう!!」というハッピーな情報を、あちらこちらからいただきます。なので、きょうは結婚式に関するおめでたいグッズをご紹介!

 

Dsc_0188 まずは、「島台(しまだい)」という結納や結婚式場に置かれた縁起物から見ていただきましょうか。

 夜、床の間の前で盃事(さかずきごと)をして祝言(しゅうげん)をあげるという形が一般化したのは、江戸から明治にかけてだといいます。

 そして、神聖な場所である床の間に神の拠り所となるように置いたのが「島台」という縁起物です。

 当館に収蔵されているこの島台は豊富地区浅利にあったお大尽、有泉家より寄贈されたもので、雛問屋に特注したと思われる、大変豪華なものです。

Dsc_0189 台上に蓬莱山をかたどり、尉(じょう)・姥(うば)を配し松竹梅や鶴亀、日の出などを模した作り物が飾られています。

高さ90cm(台上は70cm)×横65㎝×奥行40㎝もあり、大型の島台です。

  次は、島台を置いた床の間の前で行われた盃事(さかずきごと)をする道具、「重ねの盃」をみてください。

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いわゆる三々九度(さんさんくど)をするやつですね。

 婚礼において新郎新婦の間で交わす酒盃で、朱漆塗りの木盃にのせられます。三つ組になっていて、小さい杯から大きい盃へ順に3度ずつ3回、新郎から新婦へ、新婦から新郎へと酒盃を交わします。

 当館資料には、鶴・亀・松などが描かれておりとても美しいです。重ねの盃を3セット展示中。

  そしてこの交盃は少年少女が扮する男蝶・女蝶(おちょうめちょう)が酌をする役目を担いました。

Dsc_0798それぞれがもつ酒を入れた銚子(ちょうし)には、折り紙した独特の飾りが付けられています。

 小笠原流の礼式が一般化して広まったものといわれていますが、オスの蝶、メスの蝶をかたどった飾りは金銀の紙や紅白の和紙に水引などで作ります。

この写真は折り方の違う2種類の雄蝶。雌蝶は扇状になった一番外側の部分を裏側に折ります)

Dsc_0800こちらは、まゆこが折って銚子に飾ってみた雄蝶雌蝶の飾り。水引飾りがうまくできなくて、とてもシンプルになってしまったよ)

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 着物関係では、明治から戦前にかけての花嫁の正装であった素敵な黒振袖や豊富地区浅利の有泉家に京都から嫁いできた花嫁が持参したという絢爛豪華な打掛の数々が写真以外にも展示してありますし、

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 祝いの酒を入れた立派な角樽(つのだる)などもあります。

Dsc_0795その他、豊富地区に嫁いだ花嫁さんが身に着けてきた小物や髪飾りなどをたくさん展示しています。

当館は結婚式関係の資料もかなり充実しているんですよ♪

 どうぞ今後、花婿・花嫁さんになるご予定の皆さま(そんな予定など無い方でも構いません)、品のいいクラシカルな式の企画参考に、是非ご覧になってみてはいかがでしょうか。

 おめでたい品々を見ているだけで、夢見ていたころを思い出して気分の良くなるまゆこです。

 まゆこ

2014年9月15日 (月)

お米を食べるための道具

Photoこんにちは、まゆこです。

 

そろそろ新米が出回る時期になりましたね。

   今日は、まゆこも大好物の炊き立ての白いご飯にかかわる道具たちを当館資料から探していきたいと思います。 

 

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常設展示室内の稲から脱穀して精米するまでに使用された民具たち。

千歯こき・足踏み脱穀機・唐箕(山梨では千石という)・するす(磨り臼)・搗き臼・万石通し等。

稲刈りしてから、様々な道具を駆使して、いくつもの工程を経なければ白いコメが得られなかったことに驚きます。

 

しかしその途中で得られる稲藁、籾がら、ぬかは先人たちの生活には必要不可欠なものばかりだったのですね。

 

 次は米を調理する道具を探しますと・・・、稲作がはじまった弥生時代の資料がありましたよ♪

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甑(こしき):甕形の土器の底に孔を開けたもので、水を入れた別の甕の上に重ねて使用します。

   弥生時代前期には、土器に米を多めの水と一緒に入れて煮て食べるということもしていたようですが、そのほかの調理法として、甑(こしき)という甕形の土器の底に孔を開けた土器で、米を蒸した強飯(こわめし)を食べていました。

古墳時代6世紀ごろになると、方形竪穴住居にかまどを作りつけるようになり、平安時代になると、関東でも羽釜形土器というかまど専用の鍋も出現します。

 

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羽釜(はがま):胴部の周りにぐるりとつばがついているかまど専用の鍋。

かまどにつばの部分がひっかかって設置するようになっていて、下から吹き上がる火力を無駄にすることがありません。

羽釜で湯も沸かしますが、飯炊きの場合は、上にのせた分厚い木蓋が炊きあがったご飯を十分に蒸らす役目もします。

  関東より北では、囲炉裏で自在かぎに吊るした鍋で「米を煮る」という文化もあったようですが、昭和30年代電気炊飯器が普及するまで、炊飯はかまどに羽釜で行っていました。

 

「はじめちょろちょろ、中ぱっぱ、ぶつぶつ吹いたら(ジュージュー吹いたら)火をひいて、赤子泣いても蓋とるな、最後に藁を一握りパッと燃えたちゃ、出来上がり」とは、釜炊飯の火加減の目安をたとえた言葉。

「はじめは釜の底だけ熱が加わって炊きムラが起きないように緩やかに火を入れ始め、中ぱっぱでは強火、吹きこぼれはじめたら火を弱くして、蓋をとらないようにしてしっかり蒸らした後、最後に余分な水分を飛ばすために藁を一握りいれる」と解釈すればよいでしょうか♪ 

まゆこは普段、母親から譲り受けた「文化鍋(昭和25年代に発売開始)」で炊飯しているのでよく解るのですが、この先人が云いえた言葉で火加減すると、ホントにおいしいご飯が炊けますよ!

 

Dsc_0643 竈(かまど):鍋・釜をのせて煮炊きに使用する場所。「くど」「へっつい」ともいいます。

当館資料は竈口と竈口の間に銅壷(どうこ(銅や鉄で作った湯沸し器)を設けています。

  その他、かまどの周りには火吹き竹や付木ヒノキ・スギ・マツなどの薄片の先端に硫黄をぬったもので、火種や囲炉裏の炭火などから薪や灯心などに火を移す時に使った。写真資料はロール状に成形された珍しいもの)、火箸、十能もおいてありますので、来館された際はじっくりご覧になってみてくださいね。

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炊いたご飯を移すお櫃

 現在、朝食はパンというご家庭もかなりの割合だと思いますが、やはり日本人にとって、ごはんの地位は不動なのではないでしょうか? 

 本やネットにはごはんに合うおかずのレシピが満載です。

 しかし、保存食であるパンと違って、ご飯はほとんど毎日炊かなくてはいけませんねぇ。

中世ヨーロッパでは1週間に1度ほどしかパンを焼かなかった地方も多かったようですから、保存食であるが故にパン作りは早くから家庭の台所を離れて、パン屋に任せるようになったそうです。

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上段左から、夏にご飯を移す竹のお櫃・冬に使う藁のお櫃入れ

 一方ごはんは、炊き立てが一番おいしいことを日本人ならばたいてい知っています。

 冷蔵庫や冷凍庫で保存しておいたものをレンジでチンする場合もよくありますが、せいぜい2・3日前に炊いたものです。 

 ご飯は炊いた時から時間がたつにつれて、粘り気がなくパサパサになり、まずくなります。

おまけに暑い夏の間は朝炊いたご飯が晩にはすえてしまうこともあります。

 ですから、お母さんは一日に一回は飯炊きをしなければなりませんでした。

しかも、飯炊きは火の調整が随時必要で、ふきこぼれたり焦げ付かぬよう釜から目が離せません。

 いまは電気自動炊飯器のタイマー機能を使えば、朝晩2回に分けてごはんを炊くことも苦になりませんから、ホントに便利な時代なんだと思います。

Dsc_0656 でもでもやっぱり、「釜や鍋で火加減して炊いたごはんが一番おいしい!」と思っているまゆこです。

 しかも東日本大震災のあとの計画停電の際には、「米を炊く火加減を知っていて助かった♪」と思い知らされました。

 母よ、ありがとう♡ まゆこ

 

箱膳

2014年9月12日 (金)

座繰り器の動態展示を目指す!?

Photoこんばんは、まゆこです。

当館は繭から糸をとる道具である「座繰り器」をいくつか収蔵していますが、最近、館長は暇さえあればその座繰りの体験用機の製作を試みています

昼食中も頭の中は座繰りの横ふり棒の仕組みを考えるのにいっぱいみたい。

Dsc_0743 ほら、大好きなオムライスをあっという間にたいらげて、もう触ってる!

 

 事務室を訪れるお客さんにも、「また館長いろいろやってますねぇ~」と声をかけられ、

 

カンチョー「それはなぜかと答えたら・・・、まゆこに命令されたからっ!! 困ったもんだよぉ~」と嘯いています。

 

 

 

Dsc_0791_2 確かにまゆこはこのごろ、館内所蔵の座繰りをいろいろひっぱり出しては、「奥州式、富岡式、平座繰り、うちの収蔵庫にはいろいろあるぅ~。すごーい!」とか、「糸枠に平均に巻きつける仕組みも、2種類あってカッコイイ~♪」などと、いちいち声を発しながら感動しています。

 でも、実際に糸をとりながら、「この歯車が壊れているから動かないのねぇ~残念!」とか、「横ふり棒の調節がうまくできないよぉ~」、「『山路絡交』ってすごい仕組みだぁ~、動いているところを見てもらいたいなぁ」等と、イベントで座繰り器を使った絹糸工作ができないものかと悩んでもいます。

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 そんなこんなで、カンチョーが「体験で使うんじゃぁ、もっといろいろ考えないと・・・」と、歴史学専門の館長なのに頑張る羽目になっているのは事実。

 何をやっても不器用なまゆこの様子を見ているうちに、いつもこんなことになってしまうカンチョー。

まゆこ「カンチョー、いつもごめんなさい。でもまゆこは豊富郷土資料館のカンチョーの部下で大変幸せです♡」  

 

 

Dsc_0770 欠損している歯車を自ら木を削って作ってしまったり、以前製作したペットボトルを使った簡単座繰りに綾振り機能をプラスしたりと、相変わらず素人の域を超えた館長のものづくりの技がスゴイです。

 

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Dsc_0790座繰りでとった絹糸工作の試作品1・2

 まずは、10月に行われる中央市をめぐるグループツアーでの展示解説の一環として、館長が修復した様々なタイプの座繰り器と、身近な材料で作ることのできる簡単座繰り器をご用意して、何かできないかとたくらんでいるまゆこです。

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座繰り器」という道具の名は一つですが、取り出す糸の太さや繭の状態に応じて、巻き取る糸枠の回転数や綾振り機能、歯車の形などに違いをもたせた様々なタイプがあります。

当館の「座繰り器」にもいろいろな型式のものがありますので、今後ご紹介していきたいです♪

まゆこ

2014年9月10日 (水)

氷削機と氷冷蔵庫

Photoこんにちは、まゆこです。

 最近は秋雨が続いて少し涼しく過ごせますね。それでも、秋の運動会に向けて練習中の子ども達には、まだかき氷や氷入りの冷たい飲み物が大人気です。

 電気冷蔵庫など存在しなかった昔の人たちは、どのようにして冷たいものを味わっていたのでしょうか? 

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資料館の氷にまつわる道具を探してみました。

 

明治時代、氷は食品保存の目的よりも先に、冷たい美味しさを味わう食べ物として、庶民の生活に登場したようです。

 

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氷削機(かきごおり機):

明治20年(1887)「氷削機」として特許が取得された道具です。

 

鉋状の刃がついた台座の上で氷の塊が回転し、スライス状に削りながら氷塊を繰り下げていく仕組みです。

発明された明治20年頃には大衆的な食べ物としてかき氷が認知されていたようですが、ほとんどはこの氷削機ではなく、台鉋(だいがんな)をつかって氷を削っていたそうです。

氷削機が一般化するのは、昭和初期になってから。

資料館所蔵のゴンドラの商標がみえるかき氷機は昭和のものでしょうか。かっこいいですね! 

しかもこれで削れば、おいしそうなふわふわな舌触りのかき氷ができそうです。

 

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氷冷蔵庫(氷箱、冷蔵箱):

氷冷蔵庫は2段式で中はブリキ・トタン製で、周囲の壁にはコルク粒や鉋屑などが詰められ断熱構造をとっています。

保冷の原理としては現在のクーラーボックスと同じですが、上段に氷1~2貫目(1貫目=3.75kg)を入れ、湿った冷気が下へ流れることで、下段の食品を乾燥させることなく冷やし、美味しく味わえるという仕組みです。

溶けた氷の水を集めて、冷蔵庫の下から流し出す排水機能もついています。

この写真の冷蔵庫には、右側面に現在も豊富地区で営業している「二文字屋」さんの名が墨書されています。

当館では「魚のアジ」と「すいか」を入れていますが、現役中はどのようなものが中で冷やされていたのでしょうか?

今度、買い物に行ったついでにきいてみたいと思います。

Dsc_0563

昭和30年代後半になると、台所の氷冷蔵庫は製氷機付き電気冷蔵庫に交代していきました。

 

食材は毎日買いに行くのではなくまとめ買いして保存できるように、また氷も家で作ることができるようになり、冷凍食品も充実していきます。

社会科見学でやってくる小学生たちに、氷冷蔵庫は人気です!

私たちの生活にとても大きな変化をもたらした冷蔵庫の歴史について、小学生たちと面白く語り合えたらいいなぁと思うまゆこです。

2014年9月 7日 (日)

H26晩秋蚕はじまりました!

こんにちは、まゆこです。

Dsc_0778 H26 9月7日の桑付け直後の様子

平成2696日(土)晩秋蚕が2齢眠でやってきました。

 5月からの「春蚕」にはじまり、「夏蚕」、「初秋蚕」と飼育し、「晩秋蚕」で今年度の資料館でのおかいこ飼育は最後になります。

 この晩秋蚕は春蚕と同じく、中央市最後の養蚕家の中込さんから分けていただきました。

10H26 春蚕上蔟時の中込文義さん(84歳)

 そこで昨日、中込さんともこの話題になったのですが、山梨県内の養蚕農家戸数が激減しています。

 というのも、先日届いた大日本蚕糸会統計のシルクレポートによると、山梨県内の養蚕農家戸数は、平成24年度24→平成25年度15と記載されていたからです。

数少ない県内養蚕家のうち、9戸がやめてしまったのですね。

 

ますます貴重なっていくおかいこたち。10月のはじめには繭になります。観に来てください!

 

 まゆこは今回も、中込さんから中央市豊富地区の優れた養蚕技術を少しでもたくさん聞き出して記録できるように、努力したいとお思います♪

 

 ―おまけー 

Dsc_0776資料館玄関脇の鉢植えの桑に「クワコ」ちゃんがいつのまにか生息していました! おかいこさんの祖先と言われる「クワコ」もとってもかわいいです。お蚕さんとの違いを観察してみるのも面白いですよ!

Photoまゆこ

浅利与一公顕彰祭

 中央市浅利にある浅利山法久寺にある位牌によると、浅利与一は承久3年(1221年)9月7日に逝去し、享年73歳であったといいます。つまり793年前の今日が浅利与一の亡くなった日というわけです。

Img_00832 幟が立つ浅利与一公の墓所

 そこで浅利与一顕彰祭が毎年この日に、中央市の主催で行われます。場所は大福寺の浅利与一公の層塔前です。今年の顕彰祭は雨はあがったものの足元が悪い中での祭りとなりました。

 中央市商工観光課の職員のみなさんが準備を整え、市長をはじめとして多くの方々が出席するなかで、大福寺の住職の読経による法要を中心として祭は進みました。

Img_00702 大福寺住職による読経

 大福寺にある位牌には「大福寺殿一箭存譽大居士」という法名が書かれていて、法久寺の「法久寺殿一箭存譽大居士」や、大聖院の「浅利前出羽守儀成一箭存譽居士」と基本的には同じです。

Img_00882 市長による顕彰の辞

 市長による顕彰の辞のなかに、亡くなってから今年で793年たったことが述べられました。もう少しで800年になります。市長が今年、板額御前の故郷の胎内市を訪れた縁もあり、800年祭は、胎内市との関係も深まったなかで行われることが期待されます。

2014年9月 6日 (土)

稲の天敵発見

Tomiko
 

 今日は秋らしい天気になったけんど、さっぱりしん天気が続くじゃんね。きのうは大根の種を蒔いたけんど、せんだって蒔いたのはおかげでへえ芽が出てきたさ。いい大根になるといいよう。

 見ておくんなって。資料館の稲にも花が咲いとうさ。

Dscn59612 黄色い雄蕊の稲の花

 せんころ(先頃)出穂した写真をのっけとうけんど、それっからちっとたったら花ん咲いたさ。米は自家受粉だから、実がいってくれるとは思うけんどね。こうなってくると、穂が垂れ下がってくる日が待ち遠しいよう。みんなんよりちっと遅れてるとこが気になるけんどさ。種を蒔いとうが遅かったから、しょうん(しょうが)ないわ。

 今日は稲の天敵をふたつも見つけたさ。ひとつはイナゴの幼虫。もうひとつはカヤツリグサさ。葉っぱがちっと虫に食われてたから、なんかいるずらかと思ってみたら、イナゴんとまってるじゃん。ほんだけんど幼虫だからかわいいだ。

Dscn59582 目がするどいイナゴの幼虫

 翅もまだねえし、全身が緑でね。成虫になると短いけんど翅が出るし、体の横のほうに黒い線がはいるだよね。イナゴの佃煮になるやつさ。こんなちっくいプランターの田んぼをよく見つけてきたもんじゃんね。ここのプランターは消毒をしんから安心してとまっていられるずらね。

 もうひとつのカヤツリグサは見つけるたんびに引っこ抜いてたからへえねえらと思ってとうに、今日もでかいのを見つけちゃっとうさ。

Dscn59632 知らない間に伸びていたカヤツリグサ

 茎が三角形でさ。裂いて蚊帳の形にして遊ぶ子どもの遊びから名前がついたらしいよ。地下茎でどんどんふえるから駆除がやっかいで、田んぼにとっちゃあ最高の雑草だね。カヤツリグサにどうしてここが田んぼってわかっただか不思議だよう。カヤツリグサの仲間にゃあ菅笠を作る材料になったり、パピルスを作る材料になったりするもんもあるけんど、ここのは単なる雑草だね。これはすぐ引っこ抜いて、蚊帳吊り草遊びをやってみたさ。

2014年9月 3日 (水)

繭は冷凍→天日干し(飼育蚕の繭の処理2)

こんにちは、まゆこです。

 

今日は、皆さまからの問い合わせの多い質問=「収穫した繭をどのように保存すればよいか」についてお答えしたいと思います。当館での実践方法をご紹介します♪

 

 

Dsc_0693H26年初秋蚕では、228個を収繭しました。

 

 飼育した蚕が無事に繭を作りひと安心したのもつかの間、そのままにしておけば2週間位で繭の中のカイコガは成虫になり穴をあけて出てきます。そして交尾をし1頭が500粒程の卵を産みます。

学校や自宅で蚕を飼育する人の中には、収繭(しゅうけん)後は繭工作したり、糸をとったりと、繭を原料とした学習を計画していたのに、日程がうまくいかず結局最後は廃棄せざるをえなかったという話がきかれます。

養蚕家の生産した繭は、製糸工場などで出荷後ただちに乾繭(かんけん)されるのですが、一般家庭や当館ではそのような装置は持っていませんので、昨年から行ってきたまゆこのやり方をご紹介したいと思います。

 

蚕が繭をつくりはじめて10日目に収繭します。(成長が不揃いで繭の作りはじめにバラつきがある場合は、完成した繭に日付等を書いた付箋を貼りつけておくのもおススメです)

収繭は早すぎてもダメです。繭の中の幼虫がしっかり蛹化してから収繭しないと、まだ柔らかい皮膚が衝撃で破れて出血し、繭が汚れてしまうからです。

 繭を軽く振ってカラカラという音がしたらしっかり蛹化した証拠ですが、この方法で確かめるのは日数を確認した上で慎重に行ってくださいね。

 

Dsc_0694 給湯室の家庭用冷蔵庫に入れてます。

次に、繭を袋詰めし、3日以上冷凍します。(この作業で、蚕の命は尽きます)

Dsc_0756 車のフロントガラス上がいつも天日干し場。
 そして、天気の良い日が続く日を見計らって、冷凍庫から繭を取り出し天日干しをします。結露による水分の除去と繭中の蛹自体も乾燥させるためです。

 冷凍庫から出した時の繭の重さは2グラムくらいですが、日中干しては夜に屋内に取り入れてを繰り返して、1グラムほどの重さになるまで乾燥させればOKです。

Dsc_0757_2

 あとは、このようにネットに入れて、風通しの良い屋内の壁などにつるしておけば、好きな時に必要な個数の繭を取り出して使用することができます。

ここには平成25年の春蚕のものからストックしてあります。

 まゆこはこの壁から、随時必要な繭を少量ずつ取り出しては大切に使っています。

Dsc_0731 真綿作りのようす。

Dsc_0698 座繰り機で糸をとるようす。
 いつでもすぐに使える繭がストックしてあると、社会科見学で触ってもらう真綿(まわた)を都合の良い日に作ったり、座繰り体験をする際に使う繭を5個だけ煮たりと、とても便利です。

困っていた方は、ぜひ試してみてくださいね♪ 

Photo まゆこ

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