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2014年8月31日 (日)

繭掻きから毛羽取りまで(飼育蚕の繭の処理1)

 こんにちは、まゆこです。

 

 さあ、きょうはまゆこの大好きな繭掻き毛羽取り作業の日です。

 

 蚕は2週間くらいたつと蛾になってまゆから出てきてしまうので、だいたい上蔟(じょうぞく=蚕が繭を作り始める時)から10日後くらいに収繭(しゅうけん)して出荷します。

 今回の初秋蚕は上蔟して11日目に繭掻き(まゆかき)・毛羽取り(けばとり)をしました。

Photoでは、まず、回転蔟(かいてんまぶし)からまゆを外しましょう。蔟をまゆかき用の箱枠にセットして、まゆかき棒で繭を押し出します。

Photo_2繭掻き棒で押し出しただけでは、まだ毛羽が繭と蔟をくっつけていますので、蔟を折りたたんだ状態で上から下へビャーッと片手を使って、蔟からまゆを外します。

 毛羽は蚕が繭を作る際に最初の足掛かりとなった糸です。

Photo_3その毛羽がついたままの「もしゃもしゃ繭」が収穫できました。

 それでは次に、繭からもしゃもしゃ毛羽をとる道具「繭毛羽取り器」を使ってきれいにします。

Dscn5877使用しているこの道具は、毎度おなじみ大正時代のものです。

 

 歯車も快調にかみ合い、2本のローラーが毛羽をあっという間に巻き込んで取り除き、つるつる繭になりました。

 

Dscn5872一方、毛羽は繭にだけでなく、蔟の方にもくっついていますので、回転蔟専用の蚕ブラシでこれを取り除いておきます。

 

Dscn5874 マス目の中も専用の細型の蚕ブラシでお掃除します。(蚕ブラシは当館のある山梨県中央市豊富地区の豊産商事で作られ、昭和60年頃まで全国販売されていたものです)

Dsc_0697今日の毛羽取りの成果。

 毛羽はきれいに煮洗いして、ちゃんちゃんこや布団の中ワタにも使用します。  「いままで貯めておいた毛羽に足して、まゆこ用のお布団を作ってみたいな♪」

 さて、きれいになった繭はそのままにしておくと、成虫になったカイコガが繭に穴を開けて出てきてしまいます。

「繭のまま長く保存するためにどのようにするか?」当館で行っている方法は次回の「まゆこのつぶやき」でお伝えしますね!

Photo_4まゆこ

 

2014年8月30日 (土)

まゆこに投票ありがとうございました(新登場まゆお)

こんにちは、まゆこです。

Photo

 昨日、平成26年8月29日午前10時に「ミュージアムキャラクターアワード2014」の投票が締め切られました。

 そして、結果は・・・・・、38キャラクター中、なんと9位」でした。

 本当に、みなさまには感謝の気持ちでいっぱいです!ありがとうございました。

 7月半ばからはじまった投票期間は、とくにたくさんの方々からの応援やご協力をいただきました。

 「単色消しゴムはんこスタイル」のまゆこを手間暇かけて色つきや3D化してくださったりして「カワイイんだぞ?アピール」をお手伝いしてくださった方々、しおりや名刺をつくって配布できるように用意してくださった方々、ツイッターやご自身のブログなどでまゆこに投票を呼び掛けてくださった皆様のおかげさまで、今まで山梨県から選出されたミュージアムキャラクターのなかでも断トツの最高順位と得票数877票を獲得しました!

 そして、念願のトップ10入りを果たすことができたのです!! 

 また、コメント欄には、日本全国から愛情深い、温かい応援メッセージをたくさんいただきました。

「まゆこ」はこれからも、「富子さん」と「館長」とともにブログを続け、楽しくて面白くて先人の生きざまに感動できる中央市豊富郷土資料館をお届けしていきたいと思います!よろしくお願いします♪

 そして、心より感謝申し上げます。ありがとうございました♡

「おっ」と、忘れるところだった! 「まゆお」も紹介しておかなくちゃいけなかったわ! 

Photo_2

 最近、ちょっとうわさになっていた「まゆお」です。まゆげが立派だから「まゆお」って名前になったのかしらねぇ。

 かわいらしさでは「まゆこ」にかなわないけど、とっても性格はいいし、デキル子なのよ。でも「まゆお」はフラフラお出かけしていることが多くて、いつも資料館にいるわけではないからブログを書かないのよねぇ。

 それでも、チラシやポスター、解説プリントなどには、たまに登場するから、物好きな人はチェックしてみてね!

Photo_3

これから、「まゆお」もよろしくお願いします。姉のまゆこより。

あかり

Tomiko
 富子だけんど、まいんち(毎日)はっきりしんお天気じゃんね。おぼこさんも片付いたから、ちょっくら奈良へ遊びに行ってきたさ。ほうしたらあっちじゃあ山梨の道祖神のようにお地蔵さんのお祭りがあるだよね。元興寺っちゅう古いお寺で「地蔵盆」をちょうどやってたから、行ってみとう。

Dscn58412

 ほうしたら、お地蔵さんが並んでるとこへ燈明皿を並べてイグサの灯心と菜種油で燈明をあげる供養をしてえてさ、イグサは安堵町の灯心保存会で今でも作ってるっちゅうじゃん。いいもん見せてもらったようと思って、燈明供養はしんけんど、燈明皿と灯心をご無心を言って供養代をはらってもらってきとうさ。

 けえ(帰)ってきてっから、資料館の灯心をもう一回見っかと思って、明るいとこへ出してみたらすごいじゃん。

Dscn58702

 今まで気が付かなかっとうけんど、燈明皿(金属製)に灯心と油がこびりついてたさ。まだ使っちゃあいん新しい灯心も引出しにへえ(入)ってるだよね。

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 まるでさっきまで使ってとう行燈(あんどん)のようじゃんね。灯心を今も作ってるとこがあるっちゅうこんもすごいと思ったけんど、(今でも仏具やさんなどで売られています)昔の灯心がそのまんま引出しにへえってるっちゅうこんもすごいじゃんね。

Dscn58712

 行燈はふだん資料館のお座敷にいて、子どもんとうが見学に来れば、電気仕掛けで明かりをつけたり消したりして見せてるけんど、燈明皿と灯心がそのまんま残ってるっちゅうこんにゃホントにびっくりしとうさ。使ってとう人の息遣いが聞こえるようだよね。

2014年8月28日 (木)

稲と綿近況報告

Tomiko

 富子だけんど、昨日は悪かったじゃんね。気持ちんわり(悪)いもんを見せちゃって。ほんだから今日はちっと気もちん良くなりそうの写真を見てもらわっかと思ってるさ。

Dscn58492 出穂したばかりの稲

 喜んどくんねえ。資料館の稲もいっちょうまえに出穂しとうさ。なんたってプランターで育ててるし、田んぼのように水が入らんから、暑い日にゃあ土がからからになっちもうときもあったからね。種もみは去年「正月飾り」を作っとうときの稲穂からとっとうだから、本当は田んぼに植えてやらんとかわいそうだけんど、育つもんかどうかやってみとうっちゅうわけ。味は保障できんと思うよ。実もちゃんとへえ(入)るかどうか、心配だけんどね。

Dscn58522 洋綿の実

 綿の実もいっぺえ出てきとうさ。緑色の固い殻に包まれてツンツン立ってる様子は、なかなかかわいいもんだよ。これっから中が熟して、殻も茶色くなって、実がほけてくるからね。今年は洋綿は白と緑の2種類植えてあるけんど、どっちも木や花や実は同じで区別はつかんね。

Dscn58542 和綿の実(茎とがくが茶色)

 これは和綿の白い綿だけんど、上の写真の洋綿とは実のでかさが全然ちごうじゃんね。洋綿は実が上を向いてるけんど、和綿は下を向いてるさ。下を向かんでもいいじゃんね。これじゃあほけてもそんねんたくさんは綿んとれんよね。ほんだから和綿はあんまり作らなくなっちゃっとうかなあ。洋綿のほうが繊維は長いし、たくさん取れるっちゅうこんだからね。和綿も白と茶色の2種類植えてあるけんど、どっちも同じで区別はつかんね。

 和綿が採れたら、和綿のいいとこも探してみてえもんじゃんね。

2014年8月27日 (水)

病気のお蚕さん

Photo_2こんにちは、まゆこです。

 

 今回の記事はスルーという方も多いと思いますが、本日は蚕を飼育していると避けては通れない「蚕の病気」について、当館の実態を記しておきたいと思います。

「表題からして、もうダメ!」という方はどうぞご遠慮ください。

 

「蚕はとっても弱い生き物。温度や湿度、桑の品質管理など、人間が手厚く世話をしてやらなければ生きることができないのです!」とまゆこはいつも子供たちに説明しています。しかし、どんなに気を配って育てていても、やはり病気の蚕が数頭でてしまう時があります。

Dsc_0672いつまでたっても繭をつくらない通称「ごろつき」。このカイコも何らかの病にかかっていることが多いそうです。繭をつくらないまま動き回り、そううち死んでしまいます。

 今年の夏は、自由研究の観察用に蚕を差し上げていましたが、もらわれていった蚕たちは無事に繭をつくったでしょうか?

 病気に罹った蚕を見つけたら、すぐ隔離するか処分することが必要です。

 早急な対処を怠ると、病気に罹った蚕の嘔吐物や糞などからウイルスや細菌が健康な蚕に感染して、飼育カゴ全体の蚕が瞬く間にダメになってしまうことも少なくありません。 

 当館のブログにも「蚕・病気」というキーワードでアクセスされる方がいらっしゃるようなので、昨年からの飼育経験の中で、発生した病気(病名はわからないですが、何らかのウイルスや細菌におかされているもの)の事例をご紹介したいと思います。そして、病気の早期発見・対処の参考にしていただければと思います。

 これまで飼育していた病気の蚕は、下痢や嘔吐の症状があったり、体に黒いシミが現れていました。病名は特定できていませんが、何らかのウイルスにおかされていたようです。

Dsc_0578 下痢でお尻がただれている。(見つけたらすぐに隔離)

Dsc_0577 嘔吐している。(見つけたらすぐに嘔吐物とともに処分)

Dsc_0666 繭を作っている最中に死んでしまった。

Dsc_0660 繭はつくったが、さなぎになる前に絶命。

 まゆこは、3・4齢のうちで特に下痢などの症状が出ていなくても、極端に食欲が無く、他の個体と比べて体が小さい場合は、病気を疑い別箱に隔離して育てています。「おかいこNICU」と呼んで、特別に事務室の机に置いて手厚く世話をしていますが、やはり途中で絶命することが多いです。

  その他にも、当館では、蚕の病が蔓延するのを防ぐために飼育箱の清潔を心掛けて、一日に1回は糞や食べ残しをすべて取り除いて、箱の下に敷いている新聞紙もきれいなものに取り換えています。 かわいいお蚕さんが病気に罹ると、本当にせつないですから。

 さて、晩秋蚕の飼育が9月に入るとはじまります。次回も病気が発生しないように注意することと、発生した場合の早期発見と早急対処を心掛けなくてはと気持ちを引き締めているまゆこです。

 大きくて白く輝く繭を蚕たちに多数つくってもらえるよう、まゆこ、頑張ります!

 

 

Photo_3まゆこ 「ミュージアムキャラクターアワード2014の投票期限は8月29日朝10時まで。あと少し! ベスト8に入りたいよ~ん♪と日々欲深くなっているまゆこです。   今日27日と明日28日が勝負だぜ!と盛り上がって楽しんでいますよ。

 票を入れてくださっている見ず知らずのたくさんのやさしい方々、心よりお礼申し上げます。一度、当館へもいらしてください。 まゆこがご案内させていただきます。」、

http://www.museum.or.jp/museum-chara/

Photo_4 まゆおも応援!

 

2014年8月26日 (火)

ミニ企画展「思い出を撮ったカメラたち」その3

  久しぶりに、「思い出を撮ったカメラたち」の第3回(最終回)です。

  二眼レフカメラとは別の形で携行性を追求したのがツァイス・イコンが発売した「イコンタ520/2」です。携行時にはボディをレンズごと折り畳み、使用時に前蓋を開くと、レンズの付いた蛇腹がスプリングの力で出てくるという仕組みでした。スプリングカメラと呼ばれます。スプリングカメラは携行性のよさと大画面の使いやすさから山岳写真にも広く愛用されました。

 資料館にはスプリングカメラが5台あります、「オリンパスクロームシックス」「マミヤ6V」「スーパーフジカシックス」「ウェスターシックスR」「ウェスターオートロール」です。カメラ名にシックスと突くのは、6×6フィルムを使うカメラだったからです。

Dscn57962 レンズ部分を開いたところ

 上の写真は昭和23年発売の「オリンパスクロームシックス」で、クロームメッキの美しいボディが評判をよび、長野県諏訪の工場から夜汽車で東京に運ばれると、カメラ店の前にはこのカメラを待つ人の行列ができていたと言います。

Dscn57972 レンズ部分をたたんだところ 

 折りたたむと弁当箱のようになってしまい、「あれっ!レンズはどこにいってしまったの??」という感じです。蛇腹はもちろん革製です。

Dscn57992 上から見たところ

 次は、レンジファインダーカメラの仲間です。レンジファインダーカメラとは、光学視差式距離計が組み込まれていて、距離測定に連動して撮影用レンズの焦点を合わせられるカメラです。ファインダーのほかに窓のようなものが2つまたは1つついているのですぐわかります。

 レンジファインダーカメラの極致は1954年(日本の昭和29年)発売の「ライカM3」です。そのカメラを見た日本のメーカーは、「ライカに追いつけ追い越せでやってきて、やっと追いついたと思ったらはるか先へ行かれてしまった」と嘆いたそうです。しかしそのエネルギーは別の方面で爆発することになり、現在の日本のカメラ業界があります。

Dscn58042 窓が3つのアイレス35ⅡA

 上の写真は昭和30年発売の「アイレス35ⅡA」で、ライカM3に刺激を受け作られたアイレス35シリーズのひとつです。アイレス写真機製作所はヤルー光学として昭和24年に始まりましたが、昭和35年に火災にあい倒産してしまいます。ズイコーやニッコールレンズなど優秀なレンズを装備したカメラも作りました。

Dscn58062 向かって右側の窓がファインダー

Dscn58072_2 シャッターはセイコー

 資料館には「フジカ35ML」、「キャノネット」、「オリンパス35UC」というレンジファインダーカメラがあります。フジカは右手だけで撮影時の操作がほとんどできるカメラです。キャノネットは1週間分の台数を2時間で売ってしまったという人気のカメラで、これによって日本の小さなカメラメーカーは消滅してしまったといいます。

 

 まだまだいろいろな逸話を持つカメラたちが並んでいます。ぜひ見に来てください。10月10日まで展示しています。

 

 

 

 

2014年8月24日 (日)

講演会「中央市の災害」開催と企画展会期延長!

Photoこんにちは、まゆこです。

 期日が迫ってのお知らせで申し訳ありませんが、平成26830日(日)午後1時半~ 館長による講演会「中央市の災害」を開催いたします。

Saigaitirasi582

1 開催日 平成2630(土) 午後1時半~3時

2 演題  「中央市の災害」

3 講師   末木 健 館長 

4 場所 中央市豊富郷土資料館 シアタールーム

    中央市大鳥居1619-1 電話055-269-3399

5 申し込み及び経費 不要 (受講者は入館無料)

6 共催 中央市文化協会郷土研究部 

614日~開催している企画展「中央市の災害」ですが、一見、地味な題名ながらも、市内外の方々からたくさんの反響をいただき、会期も1カ月延長して9月28日(日)までとなりました。

 企画展では、中央市内の豊富・玉穂・田富地区の災害の歴史を概観していく中で、水害や地震に伴う液状化に悩まされてきた先人たちの様子をご紹介しています。

  そして、信玄堤の築堤による中世から近代にいたる経緯のなかで、中央市に起きていた水害がどのような影響をうけていたのか、また川が増水するたびに両岸の村々で堤の高低を争った今川論所堤のトピックなども、みなさんの関心が高いようです。 

 この「中央市の災害」展に関連して行う今回の講演会では、企画展でご紹介している内容を、館長がわかりやすく、そしてもっと詳しく解説していきますので、一度企画展をご覧になった方でも、ぜひもう一度足をお運びいただけると、うれしいです。

Photo_2まゆこ

http://www.museum.or.jp/museum-chara/ 「ミュージアムキャラクターアワード2014」への投票は8月29日朝10時までです。ひきつづきよろしくお願いいたします。みなさまのおかげですごーく頑張っています。トップ10以内は守りたい!という欲が最近出てきてしまったまゆこです♪ 投票サイトのコメント欄にも愛あるメッセージをたくさんいただきうれしいです。感謝しております。

2014年8月23日 (土)

千石と縄ない機が寄贈されました。

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本日、中央市豊富地区の高部の伊藤さんから、千石と縄を作る機械をいただきました。どちらも戦前に作られた機械で、千石には昭和13年4月吉日の購入日が書かれておりますが、縄ない畿には記載がありません。しかしメーカーの文字「シバタ式」が右から横に書かれているので、今から70年以上前の、戦前であることは間違いありません。
なお、唐箕は山梨では「千石」と大部分の地域で呼ばれています。全国的には「唐箕」です。

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資料館にはどちらもあるのですが、千石(唐箕)は本日収蔵のものが、資料館のものより新しく作られたもので、縄ない機は恐らく古いものだと思います。資料館の展示スペースが十分あれば、年代順に置きたいところですが、設置が難しい問題ですね。
そこで、千石は学校関係で利用希望があれば、貸し出すことも検討したいと思います。また、縄ない機は実際に藁を入れて、縄がなえるかどうか、実験をしたいと思います。
今日は、水洗いをして泥やほこりを洗い落とし、油をさして可動の状態を確認することにしました。清掃は、わがメカニックスタッフのMさんです。Mさんの手かかると、大概のものが生き返るので、楽しみです。一般公開はしばらく時間をください。

2014年8月22日 (金)

「甲斐国志」幕府献呈200年記念講演会

こんにちは、まゆこです。

貴重な近世資料である地理歴史書「甲斐国志」が、江戸時代の文化11年(1814)に完成し、幕府に献呈されてから200年が経過することを記念しまして、講演会を開催いたします。講師は高橋修先生(東京女子大学准教授)です。

 

この「甲斐国志」の編纂者の一人である内藤清右衛門は、当館のある山梨県中央市の先人であり、現在も田富地区にある内藤家では甲斐国志草稿資料を所蔵しています。今回の講演会では、その内藤家のご当主である幹彦氏にも、お話をいただく予定です。

Kaikokusi581

『甲斐国志』は江戸幕府の甲府勤番支配・松平伊代守定能が、幕府の内命を受けて文化3(1806)に編さんに着手し、9年の歳月を経て、同11(1814)に完成したもので、総裁松平定能のもとに、当時の甲斐のすぐれた学者である内藤清右衛門(現・中央市西花輪)や森嶋弥十郎、村松弾正左衛門らを編さん委員として、各地の役人・神主・僧侶・名士等の協力を得て資料を収集し、内藤らが中心となり編さんした。中央市西花輪の内藤家には、現在も国中地域の膨大な編纂資料が保存され、山梨県指定文化財となっており、貴重な近世資料原本としての価値が高い。」(チラシより)

  1 開催日 平成26920()午後1時半~3

 2 演題  「甲斐の地誌(地理歴史書)―『甲斐国志』に至るまで」

 3 講師  高橋 修 氏  東京女子大学 准教授

  *講演後、甲斐国志草稿資料所有者の内藤幹彦氏より「幕府献呈200年を迎え  て」と題してのお話もあります。

 4 場所 中央市豊富郷土資料館 シアタールーム

    中央市大鳥居1619-1 電話055-269-3399

 5 申し込み及び経費 不要

 6 後援 中央市教育委員会  共催 中央市文化協会郷土研究部 

 

 皆様のお越しをお待ちしております。

Photoまゆこ

2014年8月20日 (水)

お盆のしつらい(養蚕村のお盆はひと月と十日遅れ)

 こんにちは、まゆこです。

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お盆が過ぎましたね。でも当館正面玄関横のウインドウディスプレイはまだ「お盆のしつらい」です。

 なんでまだ変えてないのかって? まぁ、まゆこの言い訳をきいてくださいなぁ~。

 現在の山梨県中央市豊富地区は平成のはじめまで養蚕の村だったのですが、最盛期は5月~10月まで切れ目なく掃き立て(卵を孵化させる)ては飼育していました。

 

 中でもお盆期間中は、7月の中・下旬ころに掃き立てた初秋蚕期にあたっており、とても盆行事どころではなかったそうです。

 そこで、「初秋蚕が上蔟した後の823日にやっとひと月と十日遅れのお盆をした」という話を地域の方からよく聞きます。

 ここでいう「ひと月遅れ」というのは、かつてこの地域で71315日に盆行事をしていたことからきています。

 当館の平成26年度初秋蚕も先週の817日に上蔟しましたので、まゆこが夏季休暇をとっていた813日~15日の間はちょうど5齢のお蚕たちが桑葉をもっとも食する時期と重なっていました。

 館長と富子さんは「桑切り」や「こしりとり」に大忙しであったようです。

Dsc_0579

 さて、当館の「お盆のしつらい」ですが、この地域での伝統的な飾り方がよくわからなかったまゆこは、まず地元スーパーで売られていた「盆飾りセット」を購入してみました。

 ところが、その見本として描かれている飾り方図は、地域で昔から行われているものとは全く違う、という指摘を館長と富子さんに受けてしまいました。

 

Dsc_0670

「う~ん、じゃぁこのへんでは普通どう飾るんですかぁ? 見せてくださ~い!」と二人に泣きついたところ、このようにしつらえてくれました。

 なんとスーパーで購入した盆飾り6点セットのうち、使用したのは3点のみ。

 そして、収蔵庫から古い仏壇や仏具を運びだし、一応このようになりました。

 茄子の牛・きゅうりの馬の胴体にはおざら(甲州の麺)を手綱としてかけます。

 蓮の葉の上には生米をのせ牛馬の餌とします。

 しかし、同じ山梨県内でも、宗派や地域によっても飾り方には微妙な違いがあるようで、このディスプレイをきっかけとして、来館者の皆さんから様々な飾り方情報を得ることができました。

Dsc_0667

「蓮の葉が身近にない地域は柿の葉を使用」とか、「牛馬の餌として米だけでなく茄子を刻んだものも混ぜる」とか、「盆花は特別なものを山に採りに行く」など多数。

 今後のディスプレイに生かしていきたいと思います。さて、当館のひと月と十日遅れのお盆のしつらいも、今月で終わりです。

 次のディスプレイテーマは「お月見」かなぁ。タイムリミットが迫り、ちょっと焦っているまゆこです。

Photo_2まゆこ

2014年8月19日 (火)

三枝亭二郎さんの落語 『新説、浅利与一物語』聞きに来ておくんなって

 知ってるけ、9月7日に三枝亭二郎さんが、落語をしに資料館に来てくれるだよ。

 落語の題名は、『新説、浅利与一物語』っちゅうさ。どういう新説が出てくるだか知らんけんど、落語で与一の話をしてくれるっちゅうからおもしろそうじゃんね。

Hanngaku_3041

 上のがチラシだけんど、あとちっとで席がなくなっちもうから、申し込む人は早くしたほうがいいと思うよ。

 二郎さんちゅう人はおもしれえ人でさ、大阪の人だけんど山梨に住んでるだよね。ほうしてラジオや、ヴァンフォーレ甲府のDJをやったり、声優とか俳優もやってるだってよ。吉本興業で桂三枝さんの弟子だっただって。5人以上集めてくれろば交通費だけで宅配落語をしてくれるっちゅうのがすごいじゃんね。

Dscn51232

 これは、南アルプス市の流鏑馬祭りの写真どうけんど、浅利与一さんはこんな感じずらかね。かっこいい与一さんの話が聞けるといいじゃんね。楽しみだよう。みんなもぜひ来てくれちゃあ。

2014年8月17日 (日)

初秋蚕(5齢~上蔟)

Photoご無沙汰しておりました。夏休みから戻ってまいりました、まゆこです。

平成26年初秋蚕、本日、817日に無事上蔟しました。

H26515齢1日目

Dsc_06415齢7日目

Dsc_0648Dsc_06495齢8日目

Dsc_065959日目上蔟

 今回のお蚕たちは、ちょうど夏休み期間ということで、200頭以上が子供たちの自由研究のお手伝いをするために、東京や茨城・静岡・長野など、県外のお家にももらわれていきました。

 昨日まで希望者にはさしあげていましたが、今日からはまゆづくりのため、蔟に固定されてしまうので、連れて帰っていただくことができなくなりました。

 このあと3日間ほどは、蚕が繭を作る様子をまだ薄い繭層を通してみることが出来ます。神秘的な光景をぜひ見に来てください。

 

 

 また、上蔟した今日から10日後の827日{水}頃に「まゆかき」をすることになりますので、興味のある方はどうぞご連絡ください。

 

 当館で一緒にまゆかきと毛羽取りを体験しましょう。お待ちしております。

 

Photo_2まゆこ

 

2014年8月15日 (金)

まゆこを応援してくりょう

Hanngaku_30362ちっとだけ色が付いたまゆこ

 富子だけんど、蚕の話を読んでくれたけ? キャラクターアワードに出てえる、まゆこは山梨県出身のキャラクターにしちゃあ、頑張ってるけんどあとちっと応援してもらいてえさ。あと10日ばっかで投票も締め切りになっちもうから、忘れてる人んいたら、その手で投票してくりょう。知り合いにも投票してくれるように御無心を言ってもらいてえさ。

下のURLから投票できるようになってるから頼むじゃんね。

http://www.museum.or.jp/museum-chara/

Img_01112 まゆこのしおりさしあげてます

 まゆこのしおりも作って投票してくれるように頼んでるさね。よかったら資料館にもらいに来てくれちゃあ。

かいこ

Tomiko
 

 今日も朝っから、むしむしして気持ちんわりいじゃんね。熱中症のならんように、お盆だからって飲みすぎんように気をつけてくれちゃあよ。昨日は与一公祭りだったけんど、午後っから雨っぷりで、地面がぐちゃぐちゃでえらいこんだったようだよ。

 9月7日が与一公の命日だから、そんときゃあ晴れるらか。資料館でも与一公の落語をするから来ておくんなって。

 今、まゆこが休みをもらってるから、お蚕の世話は、館長と二人でやってるどうけんが、雨っぷりのときゃあ、桑を乾かさなきゃあならんからえらいだよね。合羽を着て桑取りに行ってさ、蚕はえさを食いたくて困ってるどうけんどすぐにはやれんだから。今一番食うからね。

Img_01072 風通しの良いカゴで飼っています

 山日新聞にでたおかげで、蚕を飼いたいっちゅう人がけっこう来てくれて、100頭くれえはもらってもらっとうさ。まだ今日ももらいに来るっちゅう人もいるから、うれしいよう。富岡製糸場が世界遺産になったおかげで、自由研究に蚕のことを調べたいっちゅう子どもも多いみてえだね。ほんだけんど、桑はないけんど蚕がほしいっちゅう人がいるのは困るさ。蚕は桑しか食わんし、カブトムシの餌みてえに店じゃあ売っちゃあいんからね。人工飼料もあるけんど、一回桑の味をしめちもうと人工飼料なんか食わんようになっちもうからね。

Img_01102 山日新聞の記事

 一番早くもらいに来てくれとうは東京の親子でさ。桑も八王子にはまだあるっちゅうだよね。浜松にもらわれていっとうおぼこもいるさ。御坂中学校じゃ授業で使ってくれるだって。元気に育ってくれて役んたってくれるとうれしいじゃんね。

Img_01082 朝桑をやっても昼には枝だけに

 資料館でも回転まぶしの準備をして、上簇するのを待ってるさ。館長は今か今かと、しょっちゅうながめに行くけんど、まあ、ながめていても早く上簇するっちゅうもんでもねえからね。今度の蚕は予定よりか1週間近く遅れてえて、やっと今日か明日にゃあひきると思うけんどね。

Img_01092 出番を待つ回転蔟

2014年8月12日 (火)

ミニ企画展「思い出を撮ったカメラたち」 その2

今日もとても珍しいカメラの紹介をします。それは「No2ブローニー」というカメラです。乾板写真の時代は、大きなカメラと重いガラス乾板を持ち歩かないと写真が取れませんでした。しかも現像には水銀を使うので有毒な化学物質が発生するのです。

 Dscn57902   100年以上前に売り出されたカメラ

そんな写真を一般大衆のものにしたのがイーストマンでした。ロールフィルムの開発です。それを使用する小型カメラを、「コダック」と名付け、

「あなたはボタンを押すだけ、後はコダックが全部やります。」

との触れ込みで発売しました。1888年(日本の明治21年)のことでした。100枚の画像が撮影可能なフィルムがあらかじめ装填されていて、ユーザーは百枚撮り終わったらコダックにカメラを送り返すのです。そうするとプリントされた写真とフィルムを再装填したカメラが送り返されてくるのです。これはロールフィルムを使った世界初の製品です。

Dscn57912 取っ手にはブローニーのロゴ

コダックは続いて1900年に6枚撮りのボックスカメラ「ブローニー」を1ドルで発売し、青少年を含む大衆に一気に普及させました。翌年の1901年には8枚撮りの「NO2ブローニー」を発売します。この規格のフィルムは現在も中判フィルムとして愛用されています。

Dscn57802 来て、のぞいてみてください

 次は二眼レフカメラです。1929年(日本の大正4年)フランケ&ハイデッケが「ローライフレックス」というカメラを発売し、二眼レフカメラのブームを起こします。カール・ツァイスのレンズを使ったことや、当時は引き伸ばしプリントが一般的ではなかったので、フィルムの大きい二眼レフが見やすかったことなどから人気を博したのです。日本のカメラメーカーもさっそく真似をして作り、こぞって「フレックス」と名前を付けました。資料館には最初の国産二眼レフカメラを作ったミノルタの「ミノルタフレックス」、光学ブランドして一流だったエルモの「エルモフレックス」、中間くらいの「プリモフレックス」、B級メーカーの作った「ライラフレックス」の4台があります。

Dscn57952液晶とはちがいますね

  このうちプリモフレックスは、ファインダーを覗いてみることができます。景色はさかさまにはなりません。鏡が入っていてうつった画像を反転させてくれるからです。

Dscn58032  ファインダー部分は折りたためます

  ミノルタフレックスは昭和25年発売の「ミノルタフレックス2」で今も鮮やかにファインダーに景色をうつしています。肩の部分の金具には「メイドイン オキュパイド ジャパン」とあって、占領下の日本で作られたということがわかります。

Dscn58022 小さい文字です

 

 

 

 

 

 

 

 

2014年8月 9日 (土)

昔のハエよけグッズ(蠅帳・蠅取り瓶ほか)

こんにちは、まゆこです。

ねぇ、みてみて、この家具、横の透かし模様がとってもカワイイでしょ♪

 風通しもとっても良くて、中にいても涼しいのよ!

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きょうは、豊富郷土資料館にある夏に活躍の道具を紹介します!

Dsc_0560_2 これは「蠅帳(はいちょう・はえちょう)」といって、食品をいれて一時保管するための金網を張った戸棚です。

 基本的にむかしは一日の食べ物は食べ切るように量を加減して作りましたが、それでも残った煮物などは蠅帳の中に入れておいたそうです。

 ハエなどの虫が食品にたからないように、残り物のおかず以外にも、子供のおやつ用に蒸かしておいたサツマイモや饅頭などもよく入っていたそうですよ。

Dsc_0561 蠅帳はテント型で覆うタイプのものもありますが、

 この資料は奥行28㎝×横51㎝×高さ38㎝の箱型で、とってもおしゃれな細工を施し、金網が張ってあります。

 作った職人さんの優れた木工技術と美的センスを感じます。

 特に側板にほどこされた意匠のような透かしは機能とデザイン性をそなえた美のあり方を実感させてくれます。

 

Dsc_0604 そしてこの蠅帳をながめていて思ったのですが、現在では、それほど冷やさなくてもよいものまで冷蔵庫に入れてしまっている、ということ。

 まゆこなんか、朝炊いたご飯の残りをラップして冷蔵庫に入れておいて、夜食べようと思ったら冷え冷えカチカチで、わざわざ1分も電子レンジでチンして温めて食べているもの。

 むかしは釜で炊いたご飯は必ずお櫃に移し、特に夏は竹で編んだお櫃に移して、少しでも風通しをよくするように心がけたそうです。

「いま、ウチにもこんな素敵な蠅帳があったら、使うのになぁ」と思うまゆこです。

 

この蠅帳は、常設展示室内1階台所コーナーにある氷冷蔵庫の上にのっています。

 

 レトロなデザインもとってもおしゃれで、とにかくまゆこのお気に入りの蠅帳、一度見に来てくださいな♪

Dsc_0570 さて、こっちは蠅取り瓶(はえとりびん)。

 ガラス製でまるで玉ねぎのようなフォルム。

 ハエをとる道具なんですけど、ガラスという素材の性質上、その造りが透けて見えて、これまた涼しげでとてもきれいなんです。

 この瓶の底は中央が内側に入り込むように曲げてあり、穴が開いています。

 この道具でハエを取る手順は、①瓶の中に米のとぎ汁や水を入れ、底に溜める。→ ②上部の口に蓋をかぶせる。→③瓶底の中央に空いている穴の部分の下に飯粒や魚の骨などのエサを置いた紙を敷く。→④ハエが下部から侵入するが、上部が塞がれて出られないので底にたまった水に落ちる。→⑤上部の口から水ごと捨てる というものです。

 綺麗な見た目からは想像つかない、けっこうハードな仕事をする道具ですよね。でも、まゆこは、この美しいフォルムを利用して、中にポプリや水草を入れて飾ってみたりしたくなりますけどね♪ 

 

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 当館には他にも虫取りグッズとして、いまはもう絶滅したと思われるプラスチック製ではない「金網製のハエ叩き」、ゼンマイ式のハエ取り器「ハイトリック」という珍品もございます。

昔の虫取りグッズに興味のある方は、受付のまゆこに声を掛けてください。ご案内いたしますわよ♪

「ミュージアムキャラクターアワード2014」の首位がいま『バン爺』らしいわね。やっぱり! 実はまゆこもファンだったの、うれしいわ♪ たぶんまゆこがトップになることはないと思うけど、たくさんの人たちがまゆこに票を入れてくださっているのをみると、感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。8月29日の投票締め切りまで、あと3週間。広報活動を楽しみます!!

Photoまゆこ

2014年8月 8日 (金)

板額御前に会ってきたよ

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昨日、中央市の市長さんや教育長さんらと、胎内市へ行ってきました。新潟県胎内市は上越地域にある市で、中央市豊富地域の武人、浅利与一の妻となった板額御前の生地です。鎌倉時代の『吾妻鏡』に、建仁元年(1201)4月に、越後国鳥坂城で城小太郎資盛が反乱を起こし、鎌倉幕府の討伐軍を苦しめたのが、小太郎の叔母で弓の名手であった板額御前でした。「百発百中」の腕前に苦しめられていた鎌倉側の武将たちは、藤沢四朗清親の射た矢によって、ようやく板額を捕え、反乱を収めることができたのです。
捕えられた板額は、二代将軍頼家のもとに引き出され、流罪の刑が決められましたが、翌日浅利与一が板額を嫁にしたいと申し出て、これを許され甲斐の国にやって来たといいます。

この時浅利与一53歳、板額御前30歳くらいで、こののち2人の子供が生まれ、浅利の後継者や甲斐源氏一族の石橋氏に嫁いだという伝承もあり、笛吹市境川の板額坂には板額塚と呼ばれる石祠もあります。

胎内市のJR羽越線中条駅の前には、板額御前の凛々しい姿の銅像が、南(東?)を向いて建てられています。どちらを向いているのか、鎌倉か?それとも甲斐国か?

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一方、与一の銅像はシルクの里公園に立ち、北を向いています。胎内市をめがけて愛の矢を放ったところでしょうか?

こうした両市の関係は、今から800年以上も前の「与一と板額」の関係にさかのぼります。歴史上でもまだまだ分からないこともありますので、両市の関係をさらに深めて、それぞれの歴史や文化の絆を、深めていければよいですね。

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胎内市のお菓子には「板額御前」と「板額太鼓」がありました。中央市でも「与一まんじゅう」があります。どちらもとても甘いので、両市が甘い、蜜月の関係が築けたなら良いですね。

2014年8月 7日 (木)

風呂の話(6)

Tomiko

富子だけんど、あとちっとでお盆じゃんね。お墓の草取りはへえしたけ?草取りでも掃除でもこみんじりとやらっかと思うと、汗びっしょになっちもうじゃんね。

Dsc_04372 最近東京で入って銭湯。シャワーは固定式。

山梨じゃあ、あらかたが百姓だから、「もらい風呂」ばっかだったと思うけんど、甲府とかその周りの町場じゃあ銭湯もあったさね。知り合いに話を聞いた中じゃあ、市川にゃあもらい風呂はなかっとうさ。ちっくいころ市川代官所跡地の近くにあっとう親戚のええ(家)に行ったとき初めて銭湯っちゅうもんにへえっとう(入った)さ。何ちゅう銭湯か名前は覚えちゃあいんけんど、市川にゃあ銭湯はいっぺえあったから、そのうちの一つずらね。代官所跡地にゃあ昼間は紙芝居屋さんが来てえて、子どもんとうが集まってたさ。紙芝居を見るのも初めてだったかもしれんね。お父ちゃんについて浅草っちゅうとけえ(浅草というところへ)行っとう時にも銭湯にへえったさ。お父ちゃんと一緒だったから男湯にへえっとうけんど、入れ墨をしている人が何人もへえってて、背中に絵が描いてあっておもしれえもんだなあと思ったね。

Dsc_04392 水道もお湯と水が別々。

 薪で風呂を沸かすと煙や煤が出るじゃんね。屋根の上につん出てる煙突にゃあ、とんがり帽子のようの屋根がついてて、その下にゃあ太い針金を巻いとうようの形の掃除用具がぶら下がってたさ。ほれにゃあ長い鎖がついてて、煤が煙突にたまって燃え具合が悪くなるっちゅうと、その鎖を引っ張って掃除道具を上下させるさ。ほうすると煙突の中についてとう煤が、かじられて下に落っこちて、きれいになるっちゅうわけさ。掃除をするとたいへんの真っ黒い煤が落っこちてくるから、煙突の一番下にゃあ煤のかき出し口があって、その蓋を開けて、バケツなんかへとるっちゅうわけ。掃除は、はしご(梯子)なんかにのぼらんでもできるように鎖は長くて、普段はしばりっつけられてて、使うときにゃあ、外して動かすこんができるようになってとうさ。煙突掃除は子どもの仕事だったね。

Dscn56462_2 掃除道具はとってしまってある煙突

 屋根からつん出してるもんはもう一つあるさ。便所の臭気抜きだけんど、しってるけ?今じゃあ、トイレは臭いもしなんできれいだけんど、昔は汲み取り式だったから、もろに臭うわけさね。ほれで風の力を使って、くるくる回しながら換気するっちゅうこんずらね。話はどんどん飛ぶけんど、便所から出てきて手を洗うときゃあ(時は)吊り手水(つりちょうず)っちゅうのを使っとうさ。下の方につん出てる金具を押し上げろば、水が出てくるっちゅう仕組みで、水道なんかねえ時代にゃあ便利もんだったさ。

Dscn56422 臭気抜き。昔のはもっと大きかった。

Dscn53252 資料館の吊り手水。

 長々しゃべってきとう風呂の話はこれでおしめえにするけんど、次はなにょうしゃべらっかね。

 

 

2014年8月 6日 (水)

優雅なオオミズアオ

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朝の庭に、白いものが落ちていたので、風に吹かれてきた紙かと思って近づくと、大きな蛾でした。羽を広げた大きさは10cmほどで、薄青の涼しげな色の大きな蛾は、調べてみると、「オオミズアオ」というチョウ目・ヤママユガ科に分類された美しい蛾です。山に近い資料館で、初めて目にした蛾ですが、分布は全国に広がり、出現期は4月から8月頃で、初夏と夏に発生し、蛹で越冬するようです。珍しいお客さんの訪問、ありがとう。

2014年8月 5日 (火)

ミニ企画展 「思い出を撮ったカメラたち」 その1

 ミニ企画展に並べられたカメラの中から、今日はカメラの仕組みってとても簡単だということががわかるカメラを紹介します。

 

Dscn57862 「暗箱」と呼ばれるタイプのカメラ
 

 まずは組立暗箱です。手提げがついているので、手提げ型暗箱といえるかもしれません。携帯して好きなところで写真がとれます。カメラメーカーなどがわかるようなプレートなどがまったくついていない無銘のカメラです。外国のカメラを輸入しつつ、それをまねて日本で作ったもの思われます。長い間日本のカメラ作りは外国のものをまねて作るのがやっとでした。

 

 カメラは無銘ですが、乾板は有名なロチェスター社のプレモで、カメラもポニープレモによく似ています。木製で、ケースは革張り、蛇腹も革製です。レンズは1枚しか使ってありません。ポニープレモは徳川慶喜の愛用したカメラとして知られていますが、販売はコダックが行っていました。後にコダックの一部門になってしまいます。

Dscn57872 「プレモ」のロゴ入り乾板ケース

Dscn57812 100円均一の店で売っているカメラ

 暗箱と同じ仕組みなのがこの日光カメラです。厚紙で作って、ピンホールでは光量が少ないのでレンズをつけてあります。

Dscn57822 中箱をスライドさせてピンとを合わせる

 外に出て資料館の建物をのぞいてみました。きれいにうつっていますね。ピンともあわせてあります。でもさかさまにうつります。

Dscn58082 資料館のロータリーの景色

 このカメラで撮った写真がこれです。カラー写真ではなくモノクロです。さかさじゃないのは上下をひっくり返して置いているからです。(当然ですね)

Img_00822 暗箱のファインダーにうつった景色

 暗箱にうつった外の景色です。ファインダー部分が大きいので、広くうつります。もちろんさかさまです。黒い布をかぶって外の光をファインダー部分に入れないようにしないときれいに見えません。昔の写真屋さんが布をかぶっていたわけがよくわかりました。

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2014年8月 4日 (月)

H26こども夏まつり無事終了!

Photo_2おはようございます、まゆこです。

 

 大雨の四国地方の方々、大丈夫でしょうか? このブログは徳島県の方が毎日たくさん見てくださっているようなので、他人事とは思えず心配しています。

 Dsc_0629さて一方、こちら山梨県にある当館で、82日・3日に行われた「H26こども夏まつり」はお天気に恵まれすぎ?のせいか、カンカン照りでとても蒸し暑く、特に初日は小さな子どもの参加が少なかったように思います。

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しかし二日目は暑いながらも、たくさんの親子連れでにぎわいました。

 

 

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まりつき・館内ウォークラリー・水鉄砲で的当て・水入りプールでの磁石魚釣り、そして今年度新企画の下駄飛ばし大会と、どのゲームもみなさん楽しそうにクリアしていました。

 多くのボランティアさんたちのご協力も得て、無事に終了することができ感謝しています。ありがとうございました。

 

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 そんな中いい感じに撮れた?、中央市歴史文化ボランティアの水上さんに抱っこされた「ぬいぐるみまゆこ」と子供たちを見守るおばあちゃん。

 そういえば、まゆこはいま何位になってるのかなぁ?まだ8位くらいにいるかなぁ~。

 

確認したい方はこちらへどうぞ♪「ミュージアムキャラクターアワード2014http://www.museum.or.jp/museum-chara/

 でも結構、頑張ってるでしょ!今日のお祭りでみんなにカワイイっていわれたもんねっ♪

 

 それから、さっき気づいたのですけど、同じ山梨県内にある韮崎市民俗資料館blog「にらみん」のお散歩日記http://niramin01.blog43.fc2.com/で、まゆこのことを応援してくれているではありませんか! ほんとにうれしいわぁ♪ 

 先月、甲府で開催された県内の博物館や資料館が共同でプレゼンする「夏休み自由研究プロジェクト」というイベントを偵察に行ったまゆこは、この韮崎民俗資料館のブースで行っていた草木染体験の、とっても美しい紫色の染料に心動かされました。

 その正体が気になって材料を質問すると、清楚でかわいらしいお姉さんが、まゆこにとってもなじみ深い植物の実の名前を教えてくれました。

 さらに、お忙しいのに丁寧にその抽出液をとるコツまで教えてくださったのです。

「外見に違わずとってもお優しい方なのねんっ♪ 是非お友達になりたいわぁ」と一方的に念じていたら、なんと、まゆこへの投票と豊富郷土資料館のブログの紹介までしてくださっていたなんて。感謝感激雨霰(表現が若干旧いか?!)。

 韮崎民俗資料館の蔵座敷はドラマ「花子とアン」の撮影にも使われて、いま超話題のスポットですが、素晴らしくカッコイイ土偶たちにも出会える資料館なのです! 

 930日まで展示という石之坪遺跡出土の土偶にも絶対に会いにいかなくちゃと思っているまゆこです。

 また、お礼を直接申し上げるべく清楚で優しいあのお姉さんに、ぜひまたお会いしたいと思っています!(でも、当館の隠れキャラ「まゆお」の存在をなぜご存じだったんだろう?不思議だ~!)

Photoまゆこ

 

 

2014年8月 2日 (土)

夏まつりに強力助っ人登場!

Photoこんにちは、まゆこです。

 職場体験として、資料館スタッフに中学生のMさんが仲間入りしました!

  豊富郷土資料館は平成26年82日・3「こども夏まつり」を行います。だから前日は、おまつりで子供たちが参加するゲームや参加賞品の準備で大忙し。

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そんな中、初めての学芸員体験をするMさんは、午前中は館長から当資料館の概要や学芸員の仕事等についてレクチャーを受けた後、まゆこと一緒に館内見学、そして参加賞品づくり、晩秋蚕のために桑切りにも出かけたりと、次から次へといろんな仕事を体験してもらいました。

午後は来館者もたくさんあって、とても疲れたと思います。

 

 

 

でもMちゃんはハキハキ受け答えをし、私たちの説明する内容に集中して、一生懸命メモをとっていました。その姿に感動と初々しいパワーをもらった館長とまゆこです。

Dsc_0614下駄の飛び具合の最終チェックもしてもらいました。8月2日午前開催の「下駄飛ばし大会」の準備です。
職場体験は83日まで。

おまつりは大変だけど、来館される皆さんとたくさん触れ合える機会でもあります。「学芸員という仕事のやりがいや楽しさも実感して欲しいな」と、ちょっとエラソーにお母さんぶって思うまゆこです。

 あと二日間、よろしくね!

Photo_2

まゆこ 「ミュージアムキャラクターアワード2014」は、まだ

829日まで投票できますので、よろしかったら、http://www.museum.or.jp/museum-chara/ で投票してね!

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