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2014年3月30日 (日)

小麦(7)

Tomiko

 富子だけんど、いよいよぬくとくなってきたじゃんね。畑へ出てるしゅうも多くなってきて、それに負けんくれえ草もおいてきとう。資料館の麦もずっと雪の下にいとうけんど、最近はどんどんでっかくなってきてるだよね。

Dscn48982 やっと雪の下から顔を出せた小麦

 

ほうやっていよいよ麦の秋になるっちゅうと、麦刈りをするこんになるさね。お父ちゃんとおかあちゃんと子どもんとうの総出で刈り取るだけんど、そんなにでっかい畑を持ってとうわけじゃねえから、こいちんちで終わっちもうさ。

次は脱穀をするさ。近所で足踏み脱穀機を使ってるところを見たこともあるけんど、うちじゃあ、モーターで動く脱穀機を使って脱穀してたね。そうはいっても自分えの機械じゃあなくて、下の集落のうちのものを借りてきとうさ。まずは、お父ちゃんが脱穀機の本体を、背負子に付けて背負ってくるさ。でっかい機械だから、背の低いお父ちゃんは脱穀機に隠れて見えんくらいでね。背は低いけんどがっしりしてたから、坂道を上ってくる足取りはしっかりしていたさ。それを遠くから眺めてると、「ああ、麦扱きの日がきたなあ。」って思うだよね。ほのあとで、持ち主のおじさんと一緒にモーターを担いでくるさ。モーターはものすごく重かったと思うけんど、ロープで丸太にぶらさげて二人がかりで担いできたさ。今じゃあ考えられんよね。ほうしてうちの庭で組み立てて、スイッチを入れろばモーターが回って、脱穀機が動くっちゅうわけ。時効だと思うから言うけんど、ほの電気は電線の途中からもらっってきたさ。すごいことをするじゃんね。むかしゃあアンペアがちっくかったから、ほうでもしんとブレーカーがおっこっちまっとうだよね。

脱穀機の持ち主のおじさんにも手伝ってもらって、麦扱きも一家総出でするさ。これっから扱く麦を渡したり、扱き終わった麦をまるけたり、麦の束を運んだり、音もでかいし、忙しいし、まったくお祭りみたいだったよう。

Dscn49162 足踏み脱穀機

 

 扱き終わって、残った麦わらはどうするかっちゅうと、屋根を葺くのに使うから、うちの雨の当たらんとこにおいて取っておくさ。ほかのうちからももらったりして屋根を葺くのにいるだけ集めて、屋根屋さんに来てもらって屋根葺きをするさね。屋根はでっかいから、いっぺんに全体は替えられんで、前の方だけとか、後ろの方だけっちゅうように順を追って替えるさ。

Dscn35982 茅葺屋根

 

 そうゆうわけで、麦わらがたいへん積んであるところに蛇がもぐりこんでいたから、さあ困らあ。お母ちゃんが寝てるときに、何か冷たいものが体にさわるからっちゅうで、明かりをつけてみてみたら、寝間着のたもとに蛇が入ってとうさ。うちのお母ちゃんは、世の中で何が嫌いって、蛇くれえ嫌いなものはなかったから、恐ろしいし、驚いたし、大騒ぎだったさ。蛇の皮を財布に入れとくと、金持ちになれるとか言って、蛇の皮を見せるだけでも大騒ぎをするくれえの人だったからね。

回転族の下に取り付けるシート

先日地元の有泉さんから、珍しいものをいただきました。回転族の下に取り付けるビニールシートです。何のために取り付けるのか?お話を伺うと、なるほどと納得しました。

Img_0072 それは、蚕が繭を作る前には、餌を食べなくなり、体の水分を出して繭を作り始めるのですが、回転蔟の格子の部屋に入りながら水分を外に出します。すると蔟の下が蚕の小便でひどくぬれてしまい、部屋が湿気を帯びて、不良な繭ができてしまうのです。

そこで、通常はむしろや新聞などを敷いて、濡れたら取り替える作業をしていましたが、昭和50~60年代には、写真にあるようなビニールシートを回転蔟の下に吊るして、小便受けとし、たまった小便は柄杓ですくって捨てたとのことです。

Img_0073 また、ビニールシートの上に青い網があるのは、蚕が落ちてもこのネットで引っかかるようにしたためだということです。さまざまな知恵を出して、養蚕業にいそしんだ人々の苦労が、このシートからもわかりますね。

2014年3月29日 (土)

春の便りがそこに

 急に暖かくなってきました。春休み、土曜日ということも重なって今日の公園は大賑わいです。中には半袖で遊んでいる子供もいます。

Dscn49102 繭ドームで跳ねる子供たち

 そして公園内では、春を告げる花たちが、「もう春だよ」「春が来たよ」と告げています。ほら、桜も咲きました。

 Dscn49032 ふれんどりぃのわきの桜

辛夷(こぶし)も白木蓮(はくもくれん)も咲いています。

Dscn49092 公園の辛夷の花

Dscn49052_2 上を向いて咲く白木蓮

 これから次々にさまざまな花が咲くシルクの里公園です。花を見ながら、資料館にもお立ち寄りください。お待ちしています。

2014年3月25日 (火)

ワタの種をたくさんいただきました。

 こんにちは、まゆこです。

Dsc_0329 「綿と棉」ミニ企画展を見に来てくださいました甲斐市の米山さんが、ご自宅で栽培した4種類のワタと種を資料館に送ってくださいました。

 

 昨年の夏、ミニ企画展準備の為、資料館玄関脇にプランターを置き、ワタを栽培しましたが、江戸時代に盛んに栽培されていた和綿の種を手に入れることができず、洋綿の白いワタのみの栽培でした。

 Dsc_0330 展示を見に来てくださった米山さんに展示解説の途中でそのことをお話ししましたら、「家で栽培しているワタの種を分けてあげましょう。」とさっそく送ってくださり、明後日には資料館に届きました。

 Dsc_0333 その箱のなかには、美しく個別梱包された白の洋綿・和綿、茶色の和綿、緑色の洋綿の、実繰りしたあとの綿5種類と、それぞれのタネが入っていました。特に濃いグリーンをしたかわいらしい緑綿のタネは別の袋にたくさん入っていました。感謝です。御親切にありがとうございました。

Dsc_0287 米山さんはご自身で栽培した綿からチャルカというインドの糸車で糸を紡いでいらっしゃるとのことで、当館の体験用糸車も難なく使いこなしておられました。

  ワタの栽培は「綿と棉」展の中の一項目として、ワタはどうやって作られるのかを知っていただく資料とするために、実験的に行いました。

  綿を扱う技術においては素人のつたないものでしかありませんが、このささやかな努力を少し認めてくださり、親切にたくさんの綿をお送りくださったのだと思います。

 

 箱の中には綿の栽培ポイントとお人柄のにじみ出たお手紙が入っていて、「お身体にくれぐれも気をつけて、お仕事にお励みください」とやさしい言葉が最後にそえられていました。感謝いたします。

 

 いつものことですが、開催した企画展を通じて、たくさんの方々と交流でき、さらにその道に通じた人々からは色々なことを教えていただく機会が持てるのも大きな喜びです。

 

Photo まゆこ

 

2014年3月24日 (月)

大鳥居地区の水神祭り準備

Img_0047 平成26年3月23日の 朝、隣の「ふれんどりぃ」の所長が、大鳥居地域の人々が、大福寺境内の水神祭祀の準備をしていることを知らせてくれました。あわててカメラを取り出し、駆け付けると、地域の役員の方々が10人ほど、大福寺の山際にあImg_0049 る池のわきの小さな祠を清掃して、しめ縄をめぐらしています。終わると代表の方の拝礼に従って皆さんも拝礼を行いました。

Img_0053 伺うと、この後続いて山の神の水神の祭りの準備にも向かうとのことで、ついていくことにしました。参道はまだ雪が残り天神社の階Img_0064 段も雪の中です。皆さんスコップを取り出し、道の除雪を始めました。しめ縄をめぐらし、社にお神酒と供物をあげて拝礼をして、今日の準備は終了です。

Img_0071 この水神社の祭りは3月28日に近い日曜日の朝に行われるということですから、3月30日に行われるのでしょうか?

また、山の神神社の祭礼4月16・17日の前に、大しめ縄つくりが4月12日午前中に行われるようです。大鳥居の水上地区の人々が総出で大きなしめ縄を現地で作って、鳥居にかけるイベントです。大層迫力がある行事ですので、また、取材にも行きたいと思います。当然このブログでも報告しますので、ご期待ください。

2014年3月23日 (日)

お湯立祭(ゆたてまつり)

 こんにちは、まゆこです。

  3月21日(祝)午後2時より、山梨県中央市豊富地区大鳥居の諏訪神社において、お湯立祭が行われました。

 Dsc_0257 Dsc_0269

  毎年地域の恒例行事として、3月21日の春分の日に子供たちの無病息災を祈願しているそうです。また、昨年の祭礼後に生まれた新氏子を歓迎する懇親の会も兼ねており、今年は4人の赤ちゃんたちが主役でした。

 Dsc_0229 祭典に使われる湯掻棒(ゆかきぼう)と湯笹(ゆざさ)、神前のお供えは、鏡餅・洗米・酒・水・果物・繭最中・海の幸(鯛または生サバ)・山の幸(大根など)・豆餅・赤飯・塩を今年の当番である中村地区が用意しました。

 Dsc_0235 Dsc_0249 まず、新氏子である赤ちゃんたちが勢ぞろいで社殿内での式典に参加し、玉串(たまぐし)を奉奠(ほうてん)。

 

Dsc_0261

Dsc_0268_2 その後儀式は屋外へと移り、宮司が湯掻棒で数回湯を掻き廻した後、湯に浸した笹を左右に振ってしぶきを飛ばし、氏子たちの頭に振りかけます。

 Dsc_0280 Dsc_0264

無事に祭礼が終了すると、新氏子歓迎の宴が開かれました。

  Dsc_0285 大鳥居地区5組260戸を守る諏訪神社の神様に、子どもたちの健やかな成長を祈願する地域の人々が和やかに賑やかに集って、古式ゆかしく、しみじみとした春のお祭りがひっそりと行われていました。

派手ではないけれども、中央市内にまだまだこんな素敵なお祭りを大事に伝えている地域があることに、とても感動したまゆこです。

 

Photo まゆこ

2014年3月22日 (土)

教えてください これは何?

3月20日、資料館に寄贈されたものです。

真ん中にバネがあり、刀のような木製の板が両側にあります。どうも2本で1組となっているようですが、はっきりしたことはわかりません。両脇の板の長さは68cm、幅3.5cm、暑さ3mmです。板の外側が刀の刃のように薄くなっています。板には「實用新案 一四五八三六」と書かれた紙が貼られています。バネの金属と板は固定されておらず、少し上下に動きます。

Img_0039 何かを広げるもののような気がしますが、はて、なんでしょう。皆様のお知恵をお貸しください。制作・使用年代は「實用新案」の「實」の文字から、戦前のものか、または戦後間もない昭和20~30年ころのものだと思います。

2014年3月21日 (金)

糸車体験ができます。

ミニ企画展「綿と棉」に合わせて、本日3月21日と23日に糸車体験を行っています。

昔話によく出てくる糸車は、木綿や麻糸によりをかけて、強い糸を作るための道具です。

Img_0033 昔は、丈夫で細い糸を上手に作ることのできる女性は、とても評価が高かったとのことです。小学一年生の教科書にも「タヌキの糸車」というお話がありますが、実際どのように使うのか、今の私たちはなかなか体験できません。

Img_0038 そこで、資料館では手作りの糸車2台を用意して、入館者の皆さんに糸車体験をしていただくことにしました。

体験第1号は小学3年生の女の子です。驚いたことにとても上手に綿から糸を作り出しました。とても器用な手つきで、手元から糸が魔法のように出てきます。バンザイ

2014年3月20日 (木)

小学生に板額姫と浅利与一のお話。

こんにちは、まゆこです。

先日、今年度最後の社会科見学に、境川小学校3年生のみなさんが来館してくれました。

Dsc_0191 今回は、事前の先生方の下見の際に希望があり、「板額御前(はんがくごぜん)」と「浅利与一(あさりよいち)」の関係について通常の見学コースの前にエントランスホールで解説いたしました。

境川小学校は現在は山梨県笛吹市にありますが、かつては境川村といって「板額塚(はんがくづか)・帯石(おびいし)」という板額御前に関わる史跡があり、中央市豊富郷土資料館のある旧豊富村とはとても深い関係がある地域です。

 Img_0015 板額御前は、中央市の英雄浅利与一(あさりよいち)の奥さんだった人なのです。境川小学校のすぐそばには「板額塚」があり、境川小学校の子ども達は日頃目にするこの塚は何なのか気になっていたのだそうです。

Img_0018 今から800年以上も前、かの源平合戦で活躍した弓の名手、浅利与一はその後鎌倉幕府に取り立てられ活躍します。

 一方、反乱を起こした平氏方の残党、現新潟県中条町を治めていた城氏の姫であった板額は捕らわれの身となり鎌倉におくられます。板額姫は女性でありながらも弓の名手であり、勇猛果敢な戦いぶりが評判となっていました

 

 

 

Dsc_5845 「吾妻鏡(あづまかがみ)」によると、評判に違わず堂々とした振る舞いとその美貌に魅了された浅利与一は姫を妻にしたいと願い出ます。

 そして、鎌倉幕府に反乱を起こした敵方の姫を貰い受けるにあたって、自分も弓の名手として有名であった浅利与一は、「板額が男子を産すれば、必ずや幕府や朝廷を守る立派な武将になりましょう」と懇願したのだといいます。

 

敵同士であった甲斐の国と越後の国にいた人間的魅力あふれる二人の男女が、鎌倉で出会い結ばれるという、この逸話は、板額姫の異彩を放つ魅力と、矢のように真っ直ぐな与一の性格が垣間見え、結構ドラマチックな話なのです。

 Dsc_0192ここシルクの里にある浅利与一の墓所も紹介しました。小学3年生の子ども達も興味を持って聴いてくれましたよ!

 

 この後、1時間40分ほどかけて、1階の「昔のくらしの道具」2階の「養蚕」について、じっくり私たちの解説を聴いてくれた子供たち。地域の先人の暮らしぶりに所々で驚きと尊敬をこめた歓声が上がっていました。

 

最後に、「今日の見学はどうだった?」とみんなにきいてみると、即座に「楽しかった~! 面白かった~!」とのお返事が返ってきて、今年度最後の社会科見学を無事に終えられ、充実感に満たされた職員一同なのでした。

 

来年度も、もっともっと工夫して楽しくて面白い解説ができるように職員みんなでがんばるぞ!

 Photo まゆこ 

 

2014年3月19日 (水)

デイサービスセンターでの熱演

 浅利与一の紙芝居を貸し出していますという新聞報道がでたおかげで、その後何件かのお問い合わせがあり、実際に紙芝居を利用していただきました。大変ありがたいことだと思っています。 

 そのうちの一つですが、シルクの里デイサービスセンターの職員の皆さんが、入所者さんに向けてすばらしいパフォーマンスを披露してくださいましたので紹介します。

Img011

 なんと紙芝居屋さんにふんした男性職員が自転車の荷台に紙芝居の舞台を乗せて現れたのです。これで入所者さんのテンションはいっぺんにあがります。そして主人公の浅利与一にふんした職員の方も弓を持って紙芝居の中から現れ、入所者の皆さんに語りかけるのです。

Img012

 ランニングに半ズボンの夏の衣装の紙芝居屋さんと、弓道経験者の浅利与一さんという芸達者なお二人の熱演で、浅利与一の紙芝居は百倍も楽しい紙芝居になりました。

 こんなふうに紙芝居を使ってくださるとは思ってもいなかったので、本当にびっくりしました。ほかのデイサービスセンターから出演依頼が来るかもしれません。資料館でも続編を早く作らなければならないなと思っています。

2014年3月18日 (火)

ワタの話(10)

Tomiko

富子だけんど、急にぬくとくなったじゃんね。今まで雪につぶされたりしてぺっちゃんこになっていた花壇の花が、上に伸び上ってきてるようの気がするよう。

今日は、糸にしたワタで織物のまねごとをしとう様子を話すじゃんね。

Dscn47672 Dscn47692 経糸の準備

準備するもんはこれだけさ。子供向けの機織りの本で見て、原始的な機織りでおってみたくなっとうだよね。縦の糸は自分で作った糸じゃあちっと心配だから、タコ糸の細いやつを使ったさ。それを館長が作ってくれた「そうこう(綜絖)」に通すっちゅわけ。糸は、「そうこう」の細い板にあけた穴を通すのと、板の間を通すのとをばんてっこにするさ。

Dscn47832 機を織る

ほうすると、見てみろし。ちゃんと糸が上に上がるのと下がるので分かれるだよね。その間に横の糸を通せば布になるっちゅわけ。

こういう簡単な仕組みで布になるだよっていうこんを、資料館に来る子どもんとうに見してやりてえじゃんね。でっかい機織り機はあるけんどそれじゃあどうやって布になるかよくわからんからね。

2014年3月14日 (金)

馬大黒印養蚕紙張幕

ミニ企画展「ウマ・馬・午」で、養蚕紙張幕の商標版木について展示紹介しましたが、見学された多くの方に聞いてもなかなか紙張幕を持っているという方にはめぐりあえませんでした。ところが先日豊富で養蚕をしていた方から、養蚕紙張幕を寄贈していただくことができました。

Dsc_00392 養蚕紙張幕の全体

 

大きさは、およそ縦1.8m、横7.6mです。高さは1.8mのかもいにぴったり合っています。0.9m×1.8mの大きさの紙を縦に長く使って8枚張り合わせて7.6mにしているのですが、貼り合わせてこの大きさなので、元の紙はもう少し大きいと思われます。貼り合わせた紙の周りは補強のため折り返して糊付けされています。のりしろは3cmくらいです。

この幕2枚を2間×2間の部屋に吊るすと重なり合う部分ができるのですが、そこが部屋に出入りする部分となります。暖めた空気を逃がさないように、出入りにも気を使ったことがわかります。それだけ稚蚕はデリケートな虫だったということでしょう。幕を2枚使ったということなので、寄贈してくださった方の稚蚕飼育室は8畳間だったのではないでしょうか。寄贈していただいたのは1枚ですが、もう1枚も、さがせば見つかるかもしれないとおっしゃっていました。ネズミの糞尿でかなり汚れたり破れたりしていますが、紙自体はかなり強度があります。

Dsc_00142 紙張幕の商標

 

商標は別の紙に印刷したものを張り付けてあるのですが、紙屋の名前がないので、どこで作られたものかはわかりません。大黒様が馬に乗っていますが、どちらも蚕がよい繭をたくさん作るようにとの願いがこめられた図柄です。寄贈した方は、農協を通して買ったものだと思うと話していました。横書きの文字が右側から書かれていることや、旧字体が使われていることから、昭和20年代より前のものではないかと思われます。ネズミの汚損以外はきれいなので、補修をしたりして大切に使っていたことがわかります。

稚蚕を飼っていたのは昭和50年くらいまでなので、前述のように養蚕をしていたという方々に聞いても、幕の残っている家はほとんどないようです。

Dscn47712 富子さんの部屋に畳んで展示しました

2014年3月13日 (木)

糸車が四拍子で歌うとき。

こんにちは、まゆこです。

Dsc_0190 ミニ企画展に展示の「糸車」

 糸車は綿を紡いで糸にする時に使う道具です。大きな竹製の車に調べ糸を取り付け、70㎝ほど離れたところにある紡錘(つむ)に八の字にかけて回します。

 糸車を巧く操って上手に糸が引けていると、「ビーン、ビーン、ビーン、ヤ」と四拍子のメロディが聞こえるそうなのですが・・・。

 戦前の日本の物理学者、寺田寅彦の随筆に「糸車」という作品があります。昭和10年に書かれたものです。この随筆は、かつて彼の祖母が操っていた糸車の追憶からはじまり、綿から布地になるまでの工程とその道具を、詩的に描写したものです。しかし、決して抒情的になり過ぎずに、科学者らしい目線で正確、詳細に記述しているところが素晴らしく、まゆこは読み返す度にいつも感服させられます。

 さて、その中の糸車の記述ですが、

Dsc_5872 「右手で車の取っ手を適当な速度で回すと、つむの針が急速度で回転して綿の繊維の束に撚りをかける。 撚りをかけながら左の手を引き退けて行くと、見る見る指頭につまんだ綿の棒の先から細い糸が発生し延びて行く、左の手を伸ばされるだけ伸ばしたところでその手をあげて、今できあがっただけの糸を紡錘に通した竹管に巻き取る・・・」

Dsc_5873 

そして、同じことを繰り返す操作のために「糸車の音に特有なリズムが生ずる。それを昔の人は「ビーン、ビーン、ビーン、ヤ」という言葉で形容した。取っ手の一回転「ビーン」で、それが三回繰り返された後に「ヤ」のところで糸が巻き取られるのである」とあります。

Dsc_0004_2  まゆこは、糸車を上手に操ることができれば、この「ビーン、ビーン、ビーン、ヤ」を体感できるのだと思っていましたが、どうもまだ全然聞こえてきません。規則的なリズムを刻むことができるようになるには、まだまだそうとうな精進が必要なようです。

 まゆこより格段に上手な館長と冨子さんの様子をみても、まだまだ聞こえません。どうしたことでしょう? いつか、聴いてみたいなぁ♪

 ちなみに、寺田によると日本の糸車が奏でるメロディーは4拍子なのだそうですが、西洋のものは六拍子だそうです。シューベルトの歌曲「糸車のグレーチヘン」では伴奏の6連音の波のうねりが糸車の回転をあらわしているのだとか

Dsc_0005 さて、開催中のミニ企画展「綿と棉」では321日(祝)と23日(日)に当館製作の糸車で実際に綿を紡いで糸にする体験を、エントランスホールにて随時開催いたします

Dsc_0025 この糸車で体験します。」

みなさんの糸車からはどんなメロディーが生まれるのでしょうか? このイベントをとっても楽しみにしているまゆこです♪

Photo まゆこ

2014年3月 9日 (日)

ミニ企画展「綿と棉」はじまる。

 こんにちは、まゆこです。

 Uma504 平成2638日(土)~425日(金)の会期で、ミニ企画展「綿と棉~繭からもらった綿とワタからもらった綿~」がはじまりました。

Dsc_1886 柔らかくてふわふわであったかい! 私たちの知っている「わた」は何からできているのでしょう? 

  今回の「綿と棉」では、蚕のつくる繭からつくった「真綿」と植物のワタの実からつくった「木綿綿」の2種類に焦点を絞り、それぞれの「わた」の作り方とその道具、また昔から生活の必需品であったこの2種類の「わた」の使われ方を紹介します。

 Dsc_1474 真綿の原料である繭をつくっているお蚕

  さて、「綿と棉」という題名ですが、かつて「わた」は繭から作った真綿(まわた)をいとへんの「綿」と書き、木綿綿(もめんわた)のことをきへんの「棉」と書いて区別していたことにならって付けました。

 Dscf5434 栽培したワタの実の収穫

 当館ではこのミニ企画展のために、富子さんは昨年の5月から綿花を種から栽培して棉を収穫して糸車で糸を紡ぎました。一方まゆこは5月と9月に飼育した蚕が作ってくれた繭を煮て角真綿をつくることに挑戦し、準備を進めてきました。

Photo_4 「綿と棉」展示の一部

 2種類の実際のわた作りの様子を写真パネル等で紹介するほか、わた作りに必要な民具、それぞれのわたから作られる紬糸などの実物資料を展示しています。直接手に触れて、わたや糸の違いを感じてもらう資料もご用意していますよ!

  Photo_2体験用の糸車で棉から糸をとる。

また、平成26321日(祝)・23日(日)には、無料で「糸車体験」を企画しています。資料館で制作した糸車を利用して、「わた」から糸をとる体験をします。体験日の開館中、希望されるお客様は随時職員の指導により体験することができますので、お気軽に事務室に声を掛けてくださいね!

 みなさん、「綿」と「棉」の不思議な魅力について、一緒に探求しましょう! 中央市豊富郷土資料館でお待ちしています♪

Photo まゆこ

 

 

 

2014年3月 8日 (土)

ワタの話(9)

Tomiko

 富子だけんど、元気け? ぬくとくなると花粉症になる人も大勢いて困りもんじゃんね。

 ワタもようやっと糸らしくなってきたから、ご覧なって。糸車で糸にしたのを糸繰り器で糸巻に巻き取って、「かせ」にしとうさ。

Dscn47552 糸巻に巻き取る

 ほうしてっから、米のとぎ汁の中へいれてぐつぐつ煮とうさね。ほうすれば撚りが固定されて強い糸になって切れにくくなるだって。水だけでもいいらしいけんど、せっかくだから効き目がありそうな米のとぎ汁で煮てみたさ。こういうこんを発見した人はえらいよねぇ。

Dscn47502 鍋で煮る

 煮てっからよくすすいで、干したら、いいじゃんね。木綿の縫い糸っていうより極細の毛糸みたようにできあがっただよね。まあ素人の糸紡ぎだから、太いとこも細いとこもあって、なおさら毛糸に似てるかもしれんね。

Dscn47482 出来上がった糸

 

 こんだこれを使って織物にするだけんど、また館長に頼んで、原始的な機織り道具を作ってもらったさ。次の回にはその様子を載せるから楽しみにしててくりょう。

2014年3月 7日 (金)

お人形まつり

こんにちは、まゆこです。

 本日も、現在開催中の企画展「ひな人形展」より、様々なお人形たちをご紹介したいと思います。

Photo_2 享保雛(女雛の袴に厚く綿を入れてふくらませているのが特徴です。顔の形が里芋をむいたようにきれいなので芋雛ともいわれたそうですよ。)

Nbb 真央ちゃんに似ている享保雛(着物の裾がふわぁっと広がって、まるで軽やかなジャンプを決めた後みたいでしょ♪)

Img_0050 押絵雛(型紙に綿をのせ、その上を布で包んだもので、幕末から明治時代に流行しました)

Dsc_0089 御所人形(裸のふっくらとした童子の人形ですが、そのむっちりとした白い肌と体格には健康美と気品が感じられますね)

Dsc_0082 有職雛(このお人形の着物は着せ替えられるようになっています)

Dsc_0087 市松模様の着物を着た市松人形

 様々な種類のお人形がありますでしょ♪ 昔は家にあるすべてのお人形を集め、雛段に飾ってお祝いしたようです。まさにひな祭りは「お人形祭り」だったのです。

Dsc_0160 当館のひな人形展では、250体を超えるお人形の数だけでなく、様々なタイプのお人形をご覧いただくことができます。

 いにしえのお人形祭りをたくさんの皆さんに体感していただきたいです。

Photo まゆこ

2014年3月 5日 (水)

みそっかすのお人形「横沢びな」

 こんにちは、まゆこです。

 中央市豊富郷土資料館では、46日(日)までひな人形展を開催しています。

 先日のひな祭りイベントで行った「紙雛を作ろう!」も好評につき、会期中エントランスホールにおいて随時行うことになりました。(山梨のひな祭りは43日が本番ですから、まだまだ間に合いますよ!)

  さて、本日は皆さまからのお問合せの多い、「横沢びな」についてご紹介したいと思います

Dsc_0163 不思議なポーズの横沢びな(H25年度ひな人形展より)

 

「横沢びな」は明治・大正時代に甲府横沢町の雛問屋の流れをくむ松本米兵衛の営む雛問屋(通称「松米(まつよね)」)が数多く製作し、山梨県の庶民に愛された、作りの質素な在地雛のことです。

 詳細は昭和48年に発行された上野晴朗著「やまなしの民俗・上巻」に紹介されており、今回のひな人形展での横沢びなの解説において、参考にさせていただきました。

 上野氏の記述によると、農村部の田圃道を売子が「ひなんどーひなんどー」と大声をあげながら、御膳籠(ごぜんかご)と呼ばれる四角の竹籠に横沢びなを入れて担ぎ、売り歩いたのだといいます。

Dsc_0185 手足の芯になっている針金を曲げるだけで、様々なポーズの横沢びながつくられた。

  また、上野氏の横沢びなの記載部分冒頭は、「横沢びなは、みそっかすのように寂しい存在である」ではじまり、「たいして高価な雛様ではなく、晴れやかな雛壇の中では、片隅に追いやられて、泣きべそをかいているような風情が見られる」とつづき、その他にも、「一目で安物と分る・・・」「横沢びなは安物だったので・・・」「横沢びなは段物などの高級品はまったくなく・・・」とか、「舞か踊りか、手足を一寸あげてみたけれど、泣きべそをかきながら途中でやめてしまったようなポーズの不思議な人形」等と、たいへんネガティブな記述が連なります。

 その他、作りが質素で手頃な値段であったため、現金収入の少ない農村の人々にとって、親戚への初節句の贈り物として格好の雛であったようだとも書かれています。

  当館の横沢びなを見てみると、裏側が紙でつくられたものもあり、雛問屋が様々な価格帯を用意して庶民が買い求めやすいお人形を製作していたのではないでしょうか?

 Dsc_0186 ウラ側が千代紙でつくられている横沢雛もある

 晴れやかな段飾りの中で一目で安物とわかってしまう不思議なポーズと表情の横沢びなの一群は、地元で多数制作された在地雛ですが、高級品で無いが故に、逆に現存するものが少なくなっています。

Dsc_0184 甲府の雛問屋作と思われる人形の一群(豊富郷土資料館では所蔵の雛人形のうち、主に人形のつくりや衣装の材質によって、甲府の雛問屋でつくられたと考えられる雛を横沢びなとして分類しています。よって、内裏雛、埼玉県岩槻でつくられはじめた裃人形等も含まれています)

  上野氏によると、かつて田舎っぽい娘を「横沢雛のようだ」と形容することもあったようです。

  しかし、「横沢びな」は山梨の庶民に愛され、私たちの郷土のひな祭りにおいて人々の記憶に深く刻まれた重要なお人形なのだと思います。まゆこは毎年恒例のひな人形展を通して、この横沢びなをイチオシで、このお人形が語る山梨の農村のひな祭り風景とともに伝承していきたいなぁと考えています。

 Photo まゆこ

 

 

 

2014年3月 2日 (日)

紙びな作り

こんにちは、まゆこです。

 昨日と本日(平成26年3月1日(土)・2日(日)、豊富郷土資料館ではひな祭りを開催しています。

 エントランスホールでは、紙びな作りに来館者の皆さんが夢中で取り組んでいます♪

Dsc_0165 とても熱心に工作中のみなさん。

Dsc_0167 お顔に目鼻を入れる時はとくに集中しています!

Dsc_0168 桃の花びらをレイアウト中。

Dsc_0170 初節句の赤ちゃんのママたちも奮闘中!

Dsc_0173 とても気品あるお顔の雛を製作したのは、なんと50代の男性です。ステキ!!

 出来上がった紙雛とともに、この日に合わせて開花させた桃花の枝をお持ち帰りいただいています。 今回の紙雛は「流し雛風」に仕上げていますが、みなさんのお宅で思い思いに素敵に飾っていただけるとうれしいです。

 本日平成2632()も入館無料でひな祭り開催中です!! 工作ももちろん無料ですから、今日は豊富郷土資料館のひな祭りで紙雛作りをご家族で楽しんでみてはいかがでしょう♪

お待ちしてま~す!!

Photo まゆこ

 

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