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2013年12月26日 (木)

「富子さんの部屋」①(養蚕器具、蔟の変遷)

 こんにちは、まゆこです。

 今日は、まゆこの大好きな頼れるお姉さん、「富子さん」のお部屋にご案内いたします♪

 富子さんの部屋は豊富郷土資料館の2階にあります。その部屋で毎日忙しくおかいこの世話をしているのが、デキル養蚕家の嫁「富子さん」です。決して怖い人ではありませんよ!

 Dsc_2108 とても大事に育てられるお蚕さんは、畳を取り払った家の中に高層マンションのような棚(さしこ)を組んで育てられ、人は蚕棚の間で寝るしかないほど、部屋はお蚕さんたちに占領されました。昭和30年代頃の養蚕家の家の中の様子がよくわかるように再現されています。

 またこの部屋には、養蚕具の「蔟(まぶし)の変遷」が理解できるような展示もされています。 「蔟」とはお蚕に繭をつくらせる場所となる器具で、モズ・上蔟器(じょうぞくき)とも呼ばれます。今回は特に、この「蔟」という器具について、その変遷と進化をご紹介したいと思います。

 養蚕道具である蔟とは、熟蚕(じゅくさん)を収容し、営繭させる器具です

熟蚕=お蚕が孵化から4回目の脱皮を経て成長し、繭をつくる場所を探すようになった状態のこと。  営繭=お蚕が繭をつくること。»

 この蔟という道具の形態は、養蚕作業の効率化や良質の繭の生産のため、時代を経て様々に試行錯誤、改良され、変化してきました。 出現順にご紹介します♪

 全国的に広く使用された蔟を大別しますと、粗朶蔟→折藁蔟→改良藁蔟→回転蔟の順に出現し使用されました。

Dsc_2005 粗朶(そだ)蔟

 蔟の初期からの形態で、江戸時代以前から明治・大正・昭和にかけて長い間使用されました。葉を落とした直径数センチ程度の雑木の細枝を集めて軽く束ね、営繭させます。自分の身近にある自然素材を集めて雑然とできる空間に、熟蚕を収容して繭をつくらせます。

 

 Dsc_2010 折藁(おりわら)蔟

蔟の次段階として、粗朶蔟と共存しながらも、同じ自然素材である藁に簡単な加工を自作で施して使用するようになります。 日本髪の髪形である島田まげに似ているので、島田蔟とも呼ばれました。

 Dsc_2009 藁を蛇腹に折りたたんだものを、お蚕の上に広げ、その上に数本の藁をぱらぱらと軽くのせて営繭させます。 農家にとって費用のかからない手近にある稲わらを使用できますし、蔟織機も発売されていたため農閑期に夜なべして大量に作ったそうです。

 しかし、製作した折藁蔟を広げる際に労力が多くかかること、波形に広げた折藁の山が倒れやすく営繭状態が悪いこと、収繭にも時間がかかること、使い捨てであるという短所も多くありました。 にもかかわらず、安い価格で農家で簡単に自作できることから、改良された次代の藁蔟が登場しても、一部では第二次世界大戦終了前後まで並行して長く使用されました。

 「蔟」は昭和に入るとさらに進化していきます。

Dsc_2114 口をキュッと結んで、愛情を持って注意深くお蚕に接する富子さん。おかいこ仕事は女の人が主役でした。

長い記事になりそうなので、昭和時代に多く使われた蔟は、次回の「富子さんのお部屋」②で、続きをご紹介したいと思います。

ではまた♪

Photo まゆこ

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