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2013年12月27日 (金)

ミニ企画展「ウマ・馬・午」

 2014年は午年です。古墳時代に馬の飼育と乗馬の技術が伝わって以来、人間と馬は大切なパートナーとなりました。それから約1500年。

 その間の馬と人間のかかわりを探してミニ企画展としました。午年にちなんで、何事もうまくいくように、資料館の馬たちに会いに来てください。

Dscn45312 展示の様子

 人間と馬の歴史、甲斐の黒駒、蚕になった娘、馬頭観音などをとりあげ、「身延町歴史民俗資料館蔵 養蚕紙張幕版木」「浅利諏訪神社蔵 板状立聞素環鏡板付轡」をはじめ「馬形土製品」「駒曳銭」「荷鞍」「蹄鉄」「馬の日除け帽子」などを展示します。

2 養蚕用紙張幕版木

2_2 絵銭(駒曳銭)

期間 平成26年1月5日(日)~3月2日(日)

1月11日~13日の3連休中は入館無料です。また、希望者は藁馬を作ることができます。

2_3 藁馬

 2014年もますますよい資料館になるよう精進いたしますので、どうぞ遊びにおいでください。また、楽しいブログも発信したいと思います。これからもフォローよろしくお願いします。

 

2013年12月26日 (木)

「富子さんの部屋」①(養蚕器具、蔟の変遷)

 こんにちは、まゆこです。

 今日は、まゆこの大好きな頼れるお姉さん、「富子さん」のお部屋にご案内いたします♪

 富子さんの部屋は豊富郷土資料館の2階にあります。その部屋で毎日忙しくおかいこの世話をしているのが、デキル養蚕家の嫁「富子さん」です。決して怖い人ではありませんよ!

 Dsc_2108 とても大事に育てられるお蚕さんは、畳を取り払った家の中に高層マンションのような棚(さしこ)を組んで育てられ、人は蚕棚の間で寝るしかないほど、部屋はお蚕さんたちに占領されました。昭和30年代頃の養蚕家の家の中の様子がよくわかるように再現されています。

 またこの部屋には、養蚕具の「蔟(まぶし)の変遷」が理解できるような展示もされています。 「蔟」とはお蚕に繭をつくらせる場所となる器具で、モズ・上蔟器(じょうぞくき)とも呼ばれます。今回は特に、この「蔟」という器具について、その変遷と進化をご紹介したいと思います。

 養蚕道具である蔟とは、熟蚕(じゅくさん)を収容し、営繭させる器具です

熟蚕=お蚕が孵化から4回目の脱皮を経て成長し、繭をつくる場所を探すようになった状態のこと。  営繭=お蚕が繭をつくること。»

 この蔟という道具の形態は、養蚕作業の効率化や良質の繭の生産のため、時代を経て様々に試行錯誤、改良され、変化してきました。 出現順にご紹介します♪

 全国的に広く使用された蔟を大別しますと、粗朶蔟→折藁蔟→改良藁蔟→回転蔟の順に出現し使用されました。

Dsc_2005 粗朶(そだ)蔟

 蔟の初期からの形態で、江戸時代以前から明治・大正・昭和にかけて長い間使用されました。葉を落とした直径数センチ程度の雑木の細枝を集めて軽く束ね、営繭させます。自分の身近にある自然素材を集めて雑然とできる空間に、熟蚕を収容して繭をつくらせます。

 

 Dsc_2010 折藁(おりわら)蔟

蔟の次段階として、粗朶蔟と共存しながらも、同じ自然素材である藁に簡単な加工を自作で施して使用するようになります。 日本髪の髪形である島田まげに似ているので、島田蔟とも呼ばれました。

 Dsc_2009 藁を蛇腹に折りたたんだものを、お蚕の上に広げ、その上に数本の藁をぱらぱらと軽くのせて営繭させます。 農家にとって費用のかからない手近にある稲わらを使用できますし、蔟織機も発売されていたため農閑期に夜なべして大量に作ったそうです。

 しかし、製作した折藁蔟を広げる際に労力が多くかかること、波形に広げた折藁の山が倒れやすく営繭状態が悪いこと、収繭にも時間がかかること、使い捨てであるという短所も多くありました。 にもかかわらず、安い価格で農家で簡単に自作できることから、改良された次代の藁蔟が登場しても、一部では第二次世界大戦終了前後まで並行して長く使用されました。

 「蔟」は昭和に入るとさらに進化していきます。

Dsc_2114 口をキュッと結んで、愛情を持って注意深くお蚕に接する富子さん。おかいこ仕事は女の人が主役でした。

長い記事になりそうなので、昭和時代に多く使われた蔟は、次回の「富子さんのお部屋」②で、続きをご紹介したいと思います。

ではまた♪

Photo まゆこ

2013年12月23日 (月)

小麦(2)

Tomiko

雪が降ったじゃんね。びっくりしちゃっとう。こんなに早く雪が降るなんてめったにないこんだよ。

資料館の庭はうんと寒いから、小麦は深植えをしておいとうけんど、ようやっと芽が出てきたさ。木の葉っぱが散っちまって、今は緑があんましないじゃん。ほんだから芽が伸びるっていうのはいいこんだね。

Dscn4524 芽が出た小麦


今日は、私がちっくいころのことを話さっかね。うちのお父ちゃんが修行で3か月ばっか家を留守にしとうさね。冬の前にする農作業はたくさんあるけんど、麦まきもしなきゃあならん。うちは山の上だから、田んぼはなくて畑ばっかだっただよね。ほんだから、飯には麦を入れて増やして食ってたさ。まわりのうちもみんなそうだけんどね。飯に入れる麦は大麦っていう麦でね。すいとんやうどん、薄焼きなんかにする小麦も作らなきゃならん。米の飯ばっかじゃなくて、そういうもんを食ってでかくなっとうだよ。

Dscn4516 こういう笊はいろいろなことに使った


お母ちゃんは一人で家事やら、3人の子供の世話やら、畑仕事やらをしとうだよね。その上にお父ちゃんとの面会にいくときゃあ、何十人分もの煮物を作ったり、洗濯物を持って帰っちゃあ大量の洗濯をしたりで、なんぼう時間があっても足りなかったと思うよ。一番上の私は、まだ幼稚園に行ってる年だし、一番下の弟は1歳にもなっていなかっただから、そりゃあ大変さ。子供に晩飯を食わせてっから、お母ちゃんは畑に行くさ。月が出てれば、畑を耕すくらいのこんは夜でもできるからってね。でっかい笊に小麦の種を入れて、切った畝に蒔いて、ほうして土をかけるだけんど、暗い中での仕事ずら、ちゃんと土がかかったかどうかあやしいもんっだたと思うよ。

よくしたもんで麦はちゃんと芽を出して、12月になってっから10cm位に伸びたら、麦踏みをするだよね。麦踏みはよく手伝っとうさ。お母ちゃんと並んで、麦の上に乗って、ちっとっつ動いて。たぶんお母ちゃんは赤ん坊をおぶっていた気がするさ。麦はいじめるとがっしりとして、根っこも増えるだって。昔のお母ちゃんもすごいよね。

 

2013年12月22日 (日)

実繰りと製麺機はやっぱり・・・

 こんにちは、まゆこです。 まずは、ご覧ください♪

 Dsc_2036この道具は「実繰り(みくり)」といいます。他に、「さねくり」・「綿繰り(わたくり)」とも呼ぶようです。

 Dsc_2030こちらの道具は「製麺機(せいめんき)」です。

 富子さんが以前に『ワタの話(6)』の記事で実繰りを紹介した時から、「この道具、何かと似ている!」とは思ったものの、感の鈍いまゆこはモヤモヤした頭の中のまま、ずっと時間だけが過ぎていました。 しかしいまやっと、その思いがすっきりする時がやって来ましたので、お知らせします♪

 Dsc_2037まず、実繰りとは、採集した綿の実の中に包まれている種子を取り除く時に使う道具です。 二つの反対に回る樫材のローラーの間に綿実を食い込ませると、綿の繊維の部分が食い込まれて向こう側に落ち、堅くてローラーの間を通過しない種子だけが裸にされて手前に落ちる仕組みになっています。 ローラーは手回しですが、木製のローラーの端はらせん状に溝が掘られており、上下のらせん溝が互いにかみ合うと、反対方向に回ります。 いわば、ローラーの端が手彫りの歯車になっているわけで、昔の木工職人の技を見せつけられる思いです。

 Dsc_2026_2一方、製麺機ですが、当館の常設展示の中でも「この製麺機でほうとうの生地をのばすのが子供の仕事でね、なつかしいよ」とか、「これで夏はひやむぎをつくったさ」など思い出話が多く語られる資料のひとつです。

 製麺機の機能は『小麦粉を捏ねたものをローラーの間に通過させて紙状に薄く延ばし、さらに、縦に溝を切ったローラーの間を通して細かく糸状に切断するというもの(国立公文書館HPより)。

 Dsc_2033ここでよ~く見てください! 手で回して動く二つのローラーがあって、その間隙に物体が吸い込まれていく仕組み。「実繰り」ととてもよく似ていませんか? まゆこはホントに些細なこのことが長い間頭の隅にひっかかっていたんですよ。

 ところが最近、別の調べもの途中だったんですが、国立公文書館HPにあった明治の発明と産業を紹介したページを読んで納得しました! 製麺機は佐賀県の真崎照郷という人が明治21年特許を取得していますが木綿の綿繰機(実繰り)が綿実を繰り出す時に使用するローラーを応用して発明したと書かれていたのです。

 
 「実繰り」も「製麺機」も二つのローラーの間を物体が通過することにより、順次引き続いて作業を遂行させるという点で着想が同じということなのでしょうか。(よもや、綿(めん)と麺(めん)の音つながりで思い付いたわけでもないでしょうsmile

 実繰りはすべてのパーツが木製で、しかもローラーと歯車が一体化しています。ですから、富子さんが古い実繰りを実際に使用してみようと試した時には、経年劣化でゆがんでしまった木製のローラーの歯車部分が、らせん状にうまくかみ合わず、苦労していました。   

 その後発明された製麺機は、ローラーと歯車が別パーツとなり、修理・取り換えが容易になったことでしょう。 

 しかし、まゆこには、精巧な螺旋溝が深く彫り込まれた一木造の実繰りのローラーの美しさにはやっぱりかなわないよな・・・と思えて仕方ありません。

 また、この地域の各家庭で戦後までよく使われたこの実繰りのローラーは、歯車と一体化したその木工細工のスタイルを変化させることなく、長く使われ続けました。

 「実繰り」という道具は織物の元となる糸を木綿から作り出す際の第一歩の仕事を担う道具です。 布に関する仕事は昔から女の仕事でしたが、この実繰りという道具の美しさを愛でていると、なぜか、やっぱり女性の道具なのだなぁと、しみじみ感心するまゆこなのでした。

Photo
まゆこ

 

2013年12月21日 (土)

Mちゃんは常連さん

 こんにちは、まゆこです。

 Dsc_2015資料館前の昨日昼頃の様子。 降った霰と雪でこんなに真っ白になってしまいました。

 何たって山梨県中央市で一番山奥にある施設ですからね♪ 盆地の中より少し寒いんです。

 そんな寒さの中、石和町立富士見小学校一年のMちゃんがまた資料館に遊びに来てくれました!

 Dsc_2040
 いままで何度かお父さんとお兄ちゃんと一緒に来てくれていましたが、今日は初めてお母さんを誘って二人で来てくれたのです。 エントランスホールにある手作りの昔のおもちゃで遊ぶのが大好きなのだそうです。

 入館料を払って何度も来てくれるMちゃんに、本日は工作をしてもらいました。

 ぶんぶんゴマとくるみのペンダント作りです。

 Dsc_2041
 まゆことおしゃべりしながら作っている間に、こっそりMちゃんが教えてくれたことがあります。 なんと、「2階が怖いの!?」だそうです。 2階の養蚕農家の居間が再現展示されているコーナーで、いつも一心不乱に働いている富子さんが・・・、実はちょっと怖いんですって!

 急ぎ、まゆこは「富子さんはとっても物知りで、いい人なんだけどなぁ」と伝えましたが・・・・・。 低学年のお子さんにも、お蚕とともに暮らしていた私たちの先人の生活をもっと楽しく理解していただけるように、さらに努力しないといけないなと反省しました。

 

 Dsc_2043
 さて、完成したぶんぶんゴマとくるみのネックレスを持ってポーズのMちゃんですheart01Mちゃんとお母さんからは掲載許可をいただいています)

 いつもありがとう。 また来てね! 今度は2階の富子さんに、まゆこと一緒に会いに行ってみよう♪

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 まゆこ

2013年12月19日 (木)

ひで鉢

ただ今展示中の「農家の明かり」から、ひで鉢について書いてみました。

松の株根の脂(やに)の多い部分を「ひで」といい、灯火の素材として用いました。これを燃やす照明用具をひで鉢といいます。ひでは細かく割ったものを次々と継ぎ足しながら燃やしますが、油煙もひどく、手間のかかるものでした。ランプや電灯の普及の遅かった農山村では、昭和の初めまで使われ、東京都下でも明治の初めころまで使われていました。

Dscn4515_3 展示中のひで鉢

 脂を多く含んだ松の幹や根が明るく燃えることは古くから知られており、コエマツ・アブラマツ・ヒデ・シデなどと呼ばれ、明かりとして利用されてきました。

鉢は不要になった石の挽き臼や、砂岩や玄武岩などの自然石を掘りくぼめ加工したものを利用します。東日本一帯では高さ三十センチメートルくらいの自然石を掘りくぼめただけの簡素な造りのひで鉢が多く使われました。一方西日本では鉄板や網状で一本あるいは三本脚つきの鉄製のものが多く使われました。まれには陶製もあり、台の中央に枕が取り付けられて、ひでが燃えやすいように工夫されているものもあります。また、不要になった鉄鍋を使うこともありました。

これらは囲炉裏の片隅に置かれたり、土間に置かれたりして、夜なべ仕事の照明となりました。火の番は子どもまたは老人の仕事で、ひでの補充をします。ひでの明かりは行灯や燭台より明るさでは勝りましたが、油煙が多く出るのが難点でした。囲炉裏やひでのおかげで明かるく暖かく過ごせたのはよいのですが、そのため眼病の多かったことも事実です。

Dscn2666 石臼をリフォームしたもの?

 

ひで鉢は地方によってマツトウガイ、マツトウゲイ、マツトウダイ、マツアカシ、トウダイ、ヤロウ、ヒデザラ、マツナベなどのさまざまな名前で呼ばれました。

Dscn3665_2 脚のあるタイプ

 柳田國男が昭和19年に書いた『火の昔』という本には、大正の終わりごろ東京から遠くない山村を調査したところ、親の代から使っていたというひで鉢が壊れもせず物置の隅っこにころがっていたと書かれています。ひでは、大きな松の木を切ったあとの根株を、3年も5年もほったらかしておき、脂のない部分が腐って土になり、脂みだけが残ったのを丹念に掘り出して小さく割り、松取箱という箱へ1年中使う分を蓄えておくのだそうです。

 そんな歴史を持つひで鉢が豊富郷土資料館には4つもあります。ぜひ一度見て、ひでの番をした子どもたちに想いをはせてください。「農家の明かり」展は27日までです。

2013年12月14日 (土)

館長製作の馬玩具

 今朝も寒かったですね。 まゆこです♪

 あの~、最近の資料館事務室の床には、竹屑と藁屑がいっぱい落ちているんですぅ。

 それは、来年の平成26年1月5日(日)からはじまるミニ企画展『ウマ・馬・午』にあわせて、館内では手作りのお馬さんのおもちゃが、所々で皆さんをお迎えする予定だからです。

 古来より人間の大切なパートナーであった馬は、親しみを持って多くの玩具のモチーフになってきました。 当館の器用な職員たち(まゆこ除く)は、来館者の皆さんにも直接手に取って馬のおもちゃで遊んでいただこうと、様々な素材でいろんな馬玩具を製作しています。

 館長は竹を使って馬のおもちゃを製作しています。

 Dsc_1781このお馬さんは竹のパーツに凧糸を通して、台に設置し、ゴムの力を利用して動かすおもちゃです。 いまゴムで繋がれたレバーを引っ張って、お馬さんが「クタンッ」となっているところ。

 Dsc_1779レバーと連動する動きを調整して、出来上がり。

 Dsc_1783見てsign01館長の得意顔!! レバーを引くと、お馬さんが「こんにちは」heart04

 Dsc_1900こちらのお馬は、馬子がちゃんと操っています。 箱の横についている取っ手をクルクル回すと、馬子と馬が上下して、ゆっくり歩いているようにみえます。

 Dsc_1904手綱を持って、「どーどー」、馬の気持ちを落ち着けている様子がわかるでしょsign01

 Dsc_1652
 その他に、職員Dは、正月や盆等の行事や祭礼において、日本各地で作られている藁馬(わらうま)の製作教室を、来年の1月11日~13日の無料入館日に開催します。

 この藁馬作り教室については、またあらためてご紹介しますね♪

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まゆこ

 

2013年12月13日 (金)

干柿づくり、まゆこへ指導

 こんにちは、まゆこです。

 資料館の軒先に吊るした干柿ですが・・・。今日は途中経過をご報告します♪

 Dsc_184011月半ばにまゆこが吊るした柿を、館長が皮むき鑑定しています。 ヘタまわりの皮の剥き方がまずかったため、揉むときに割れが生じやすいと注意・指導されました。

 Dsc_1843(館長の手)  一週間後揉めるようになってきました。すでにもうこの時点で、干柿の世話は館長が・・・。まゆこには任せておけなくなった模様ですcoldsweats01

 Dsc_19152週間たって、色が変わってきました。二日に一回は中の繊維が壊れるように揉んでいきます。 しかしまだ乾燥が進んでおらず、表面がベタベタで柔らか過ぎるそうです。

 

3週間たち、柿の表面がサラサラになってきたので、吊るした柿を下ろして、そろそろ藁のお布団に寝かせてやる時がやってきました!

 Dsc_1994形を整えて、藁のお布団に寝かせていきます。

 


Dsc_1995
 館長がヘタまわりを修正しています。

 それは、まゆこが皮むき段階で失敗をしているからです(´・ω・`)ショボーン

Dsc_1996 このように、ヘタの周りに、まだずいぶん皮の剥き残しがあります。

 ヘタの周りの皮が少しでも残っていると、なぜダメなのか?

 それは、①水分が蒸発して萎んでいくうちに、特に目立って見場が悪くなります。

 そして、②食べる部分も減ってしまいます。

 さらに、③揉む時と形を整える時に、ひび割れを起こしやすくなり、そこからカビが生え やすくなる。

 とのことです。

 Dsc_2001
 さて、後は、柔らかい藁布団の上で白いお粉が吹いてくるのを待つばかり。 干柿作り名人の豊富郷土資料館館長指導ですから、きっとうまくいくでしょう♪

 きれいに白くお化粧した干柿が出来上がりましたら、またご報告しますね!

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まゆこ

 

2013年12月12日 (木)

ボランティア募集します!

 Dsc_1696
 中央市豊富郷土資料館では、資料館の展示・イベントへのご協力や、市内の歴史遺産・文化財などの案内をしていただけるボランティアを募集しています!

応募資格

 原則として中央市内に居住している方で、年間の事業に3~4回程度参加できる20歳以上の方。 会員期間は2年で、延長は可能です。

募集期間・応募方法

 平成26年2月23日(日)までに、氏名・性別・住所・電話番号を記載して当資料館「中央市歴史文化ボランティアの会」宛までお送りください。(Faxでも結構です。)

応募場所

 中央市豊富郷土資料館 〒400-1513 山梨県中央市大鳥居1619-1

                                              ℡ 055-269-3399

 Fax 055-269-3397

お問合せ

 興味や関心のある方は、お気軽に当資料館へお電話ください。

 

その他

 詳細は、平成26年3月(中頃)に説明会を行って会員の決定をいたします。

 なお、年数回の研修会も行います。

 Dsc_1856玉穂地区歴史散歩の一コマ


 中央市の歴史や文化に興味のある方を大募集しています!!

 平成24年度から25年度の二年間では、20名ほどの会員の皆さんが資料館イベントの手伝い・市内の歴史、文化遺産等の案内・歴史文化講演会などの研修会・その他民俗調査等でご活躍いただいています。

 よろしくお願いします。

 

2013年12月11日 (水)

朝はおねり

 おはようございます、まゆこです。

 突然ですが・・・、 

 Dsc_1928
 まゆこのバイブル「豊富村誌」には、「食生活・ふだんの食事・主食」の項目に『おねり』なる食べ物が記されています。

『おねり』とは、「采の目に切ったさつま芋を柔らかく煮て、その中にもろこし粉を入れてすりこぎで練る。そのまま食べたり、細かく刻んだねぎと味噌をのせて食べる」とあります。

 一度食べてみたかったんですよ♪ 地元のお年寄りによると、「芋ならば、そん時ウチにあるもんで作りゃあいいんだよ」とのことなので、気軽に Let's Cooking!!

 まず、

 ・かぼちゃ、里芋、さつまいも、じゃがいも等のイモ類

 ・煮干し

 ・水

 以上3つの材料を鍋の中に入れて煮ます。

 Dsc_1918今回はかぼちゃのみで作りました。数種のイモ類をミックスしても、様々な味のバリエーションが楽しめます。

 Dsc_1921
 イモ類が柔らかくなったら潰し、トウモロコシ粉を加えます。

 Dsc_1926
 弱火にして、ダマにならないよう粘りが出るまで練ります(ここポイント!)。

 Dsc_1931出来上がった『おねり』は、味噌をのっけて召し上がれ!!

 刻んだねぎ等の薬味をのせてもおいしいそうですよ。

 職員Dの感想は・・・、「甲州名物かぼちゃのほうとうと同じ味がする」と。 今回はかぼちゃのみで作ったので、味噌と口の中で混じれば、ほうとうの汁と似た味になるのは当然ですよね。 でも味噌をのせないで食べてみると、かぼちゃと、とうもろこしの自然な甘みが煮干しのだしで引き立てられ、素材のうまみがより強く感じられました。

 「米が貴い時代の昔の食べ物だよ」と地域のお年寄りはおっしゃいますが、まゆこはとてもおいしかったです♪ 食物繊維にビタミンたっぷりで元気になれそう。 風邪をひいた時にもよさそうです。 その日に家に残っているイモ類を適当にだしで煮て、トウモロコシ粉を加えればよいだけですから、独り暮らしで弱っている時にもすぐ作れますよね。

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 かつて山梨には、「朝はおねり、昼はおやき(麦飯)、夜はほうとう」という言葉があったと聞いたことがあります。

 『おねり』は忙しい朝でもパパッと作ることができて栄養満点!!

 現在、『おねり』を毎朝食べていた時代は忘れ去られようとしていますが、当時の生活の知恵は、昔も今も変わらない慌ただしい朝の生活に生かすことのできる食習慣だと思いました。

 まゆこの明日の朝食も『おねり』にしますわっ♪

『おねり』の材料

 ・イモ類

 ・煮干し(または顆粒だし)

 ・トウモロコシ粉

 ・味噌

 ・ねぎ等の薬味

 

 みなさんも、『おねり』作ってみませんか?

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まゆこ

2013年12月10日 (火)

「注連縄・凧作り教室」満員御礼

 こんにちは、まゆこです。

 師走に入って2回目の日曜にの12月8日に、年末の資料館恒例行事「親子注連縄作り教室」と「親子凧作り教室」が行われました。

 Dsc_1946
  出来上がった注連縄を持って、ご満悦の記念写真。

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 地元、中央市豊富地区の田中正八先生は、稲穂付きで、縄をなう(普通の縄をなう方向とは逆になう)ところから始める、伝統的な注連縄作りを教えてくださいます。 現在では珍しい、豪華で本格的な注連縄作りが体験できる教室として年々評判を呼び、今年度は57人のご家族連れがエントランスホールいっぱいに広がって、作りました。

 Dsc_1968
  午後は凧作り教室。

 風林火山凧の会代表の渡辺高一先生指導の下、機能的に技有りの、よく飛ぶ凧が出来上がりました。

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 子どもたちは思い思いの絵を描いて、素敵な絵柄の凧がたくさんできましたよ。

 今回の教室は、NHK甲府放送局でイベント予告が紹介されたこともあってか、中央市外からもたくさんのご参加がありました。 申込みの際に、「資料館の場所をおしえてください」という方も多く、今回の教室参加をきっかけに、初めて豊富郷土資料館に足を踏み入れたという方もいらっしゃいました。 

 参加された皆さん、手作りのお正月準備が一つ終わって、晴れ晴れとしたお顔でご帰宅されましたよ。 また来てくださいね♪

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まゆこ

2013年12月 6日 (金)

第4回企画展「中央市田富・玉穂ノ道祖神祭り」開催中

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昨年度(平成25年1月)には、国民文化祭に合わせて、豊富地区の道祖神祭りを紹介しましたが、本年度は11月30日から田富・玉穂地区の道祖神祭りを紹介します。

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市内の道祖神には、文字・丸石・祠・双体道祖神がみられます。黒丸は文字、赤丸は双体道祖神、青丸は丸石道祖神、黄丸が石祠道祖神です。

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田富地区布施の道祖神は提灯や幕がしめ縄とともに飾られ、豪華な感じがします。また、東花輪の道祖神は大きなのぼりがみられます。

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太田和や藤巻は、オカリヤを建て、その周りを獅子舞がめぐり、小屋を燃やす盛大などんど焼きが行われます。

玉穂地区にもたくさんの道祖神が残っていますが、区画整理などで移動したものも多く、都市化によりどんど焼きは規模を小さくして行われています。

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オフィスでおかいこ!

 こんにちは、まゆこです。 ずいぶん朝は冷えますね~。

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 山梨県中央市の公共施設の中で、たぶん一番標高が高い所にあると思われる豊富郷土資料館。資料館のあるシルクの里公園にも一面に霜が降りています。

 この寒さの中、当資料館に元気でかわいらしい素敵なお客様が来てくれましたよ!

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       まるまる太った5齢のおかいこさんたちですnote

 このおかいこさんたちは、来館者様の仕事場で飼っているんですって! 高層ビル内のオフィスは夜中でも暖かく、この時期でもお蚕様達にとって快適な温度なのだそうです。 冬季の寒さでは、生桑はないので、人工飼料のみでこんなに大きく育ったそうです。

 なんでも会社中の人気者だそうで、代わる代わる会社内のいろんな人が、様子を見に来て癒されているそうです。

 おかいこは鳴かないし、逃げないし、かわいいし。 また成長が速く、日を追うごとに様子が変わるので、飼育していてとても面白いそう。happy01

 寒さにやられないように、もこもこの毛の座布団に飼育箱をのせ、その上からストールでグルグル巻きにして、会社から大事に資料館に持ってきてくれた若い女性は、社内で、「○○(会社名)のミチコさま!」と呼ばれているそうです。 もちろん、皇后陛下の美智子様が皇居で養蚕をなさっているのにあやかってのことです。

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 こちらは繭になったおかいこさんたち。 お蚕を連れてきてくれた女性は、以前、当館に来館され、職員の解説と展示をみて、お蚕の飼育をしてみたいと思ったとのこと。(まゆこ、うれしいheart04) 

 オフィスでイヌやネコを飼うというということは聞いたことがありますが、おかいこさんを飼うのは珍しいですよね。 会社内でのお蚕様の飼育は好意的に受け止められているようで、これから、『オフィスでおかいこ流行るかも!?

 資料館に少しだけお出かけしたおかいこさんたちは、飼い主さんの展示見学中は事務室で預かり、その後、無事にまた暖かいオフィスに帰っていきました。 

 ホントにかわいかった~~note 冬期の資料館の夜は寒くてダメなので、来年の5月、春蚕がやって来るのが、もっと待ち遠しくなったまゆこです。

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 まゆこ

 

2013年12月 4日 (水)

角真綿作り2

こんにちは、まゆこです。

 Dsc_1784
 当館で9月に飼育した晩秋蚕のまゆを使い、角真綿作り試作2回目を行いました。

 前回の角真綿作りに使用した春蚕のきれいな繭と違い、今回は晩秋蚕でとれた繭の中でも、蚕の尿などで汚れたものと、薄皮にできてしまった繭を使用しました。

 Dsc_1879昔の養蚕農家では通常、汚れのついた繭(びしょ繭・汚染繭)や、2頭が一つの繭をつくったもの(玉繭)等、出荷できなかったものを家庭で真綿にしたそうなんですよ。

 真綿作りにおいて、繭を煮る作業は一番肝要なのだそうで、この「煮繭」の良し悪しがその後の木枠に掛けて拡げる際の繭の伸びに影響します。 煮繭のコツにはいろいろあるらしく、どの方法がよいのかわからないので、今回の煮繭は、前回よりも火加減を強くし、重曹の他に少量の石鹸を入れてみました。

 しか~し、結果は・・・・・、前回作った時よりも明らかに失敗! 伸びが悪かったですshock

 Dsc_1787煮繭後の状態を見てみると、繭が崩壊し、繭同士が絡み合っています。 こんなんじゃ、繭の中から上手に蛹が出せないじゃないか! ショック。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

 初めて真綿作りに挑戦した春蚕の煮繭がうまくいったのは奇跡的であったのだとよくわかりました。

Dsc_1792 しかし、この状態で放置するわけにはいきません。繭を作ってくれたおかいこさんたちに申し訳ないからですね。 硬くあまり伸びない繭を気合でグシグシと押しひろげて、木枠に引っかけてみました。途中で破れ続出で、悲しい気持ちになりましたが、なんとか・・・・・。

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 そんなこんなで出来上がった平成25年晩秋蚕の角真綿。 まゆこの技術不足でボロボロですが、それでも光に当てると光沢があり、きらきらと輝きます。 触り心地はふんわり柔らか。 

 Dsc_1909_2 これをシルク100%のスカーフでくるんで首に巻いてみました。 あったか~~い、そしてふわふわ♪ 肩にも置いてみましたら、じんわりほっこりいい気もちヽ(´▽`)/

 Dsc_1901 軽くてあったかい、そして真っ白で光を受けてキラキラと輝く真綿。 花嫁さんの綿帽子はもともとは真綿をかぶっていたことが始まりとされていますが、寒さから身を守るだけでなく、ハレの日の神聖な「いでたち」として、とてもふさわしい素材なのだと感じました。

 今回できた真綿は、来館された皆様に、おかいこさんの作った繭から作られる真綿の暖かさと柔らかさを、実際に触って感じていただくためにつくりました。(まだまだ真綿の美しさは感じていただけないと思いますが) 当館2階の展示室内にありますので、是非、触ってみてくださいね!

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 「糸取り一年、真綿掛け三年」という言葉があるそうです。柔らかく美しい真綿を作ることが出来るよう、まゆこはこれからも試行錯誤していきます!

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 まゆこ

 

 

 

2013年12月 3日 (火)

歴史文化ウォーク(玉穂南部)無事終了!

こんにちは、まゆこです♪

 平成25年12月1日は、お天気にも恵まれ、風もなく絶好のウォーキング日和となりました。

 7人の参加者は朝9時半に中央市玉穂庁舎を出発し、

 熊野神社→中世の堀のめぐる永源寺→山王川流域の風情ある街並み(雨降王石碑・掘り抜き井戸・蚕室のある家屋・各家から水路に降りる階段・様々な道祖神等)→論書堤そばの洪水避難船見学→浅利与一伝説の諏訪神社→虚無僧寺院(明暗寺)跡と鬼瓦→乙黒桜の長林寺→毘沙門堂→孝女姫碑のある蓮花寺→玉穂庁舎へ帰る

 以上およそ11か所のチェックポイントでは解説がなされ、その他にも今後の地域研究の参考にしようと、途中で気になった歴史遺物は写真等の記録を残しました。 参加者のみなさま、歴史談議に花を咲かせながら、約3時間の行程です。

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 旧三町村の辻にあたる場所にある道祖神を前に、いにしえに想いを馳せる参加者たち。

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 町之田の小澤さん宅では「上げ船」と呼ばれる水害避難用の船を見せていただきました。関連して「論書堤」という水害時に堤が自分たち側で切れないように、両岸の堤の高さを、川を挟んで牽制しあった歴史なども教えていただきました。

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 中央市歴史文化ボランティアの会会長の加藤さんの詳しい解説は、わかりやすく勉強になります

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 乙黒地区の、廃寺になった虚無僧寺・明暗寺の鬼瓦と、毘沙門堂の鎌倉時代造の毘沙門天・持国天立像は、今回特別に所有者のご厚意により見せていただくことができたのですよ。

 こうしてゆっくり解説を聴きながら歩いてみると、いつもは近所過ぎて気にも留めなかった地域の魅力が再発見できました。 特にまゆこは、玉穂地区の山王川沿いの街並みが、現在も風情のある素敵な風景で残っていることに、たいへん感動しました♪

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 路傍のカワイイ道祖神さんたちにもたくさん出会えて、ほっこり、ゆったり、気持ちの良いウォーキングを満喫できました。 参加者の皆さんにも楽しんでいただけたようで、うれしかったです。

Photo
まゆこ

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