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2013年10月31日 (木)

大正時代の特許

 こんにちは、まゆこです。

 最近のまゆこは養蚕に使われる、ある道具のことで頭がいっぱいです♪

 というのも、まゆこは春におかいこを育てた時に、おかいこさんが繭を作る場所となる蔟(まぶし)が、区画されたボール紙でつくられており、回転するように仕立ててあることを初めて知りました。 その道具の名は「回転蔟」。 

 Dscf5520中込家の回転蔟
 そして、その優れた機能美にも魅了されてしまい、誰が発明したのだろう? この道具の発祥の地はどこ? どのような経緯で日本全国の養蚕農家が使うようになったのか? 様々な疑問が同時に湧いてきました。

 そこで、発明品といえば、特許でしょ!と、昔の養蚕に関する特許を調べています。

 
 しかし調べる過程で、出るは、出るは、蔟に関する特許の珍品の数々が! あまりに面白いので、回転蔟の起源を探る旅からは脱線しますが、今回は回転蔟以前の蔟の発明品について、ほんの一部ですがご紹介させてください♪

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蔟発明品の数々、第63690号は蚕を部屋ごとに閉じ込めて繭をつくらせるらしい。 第64918号はあなあき紙折畳蔟製造機。 第68428号は一枚の紙に切り込みを入れ、表面に凹凸をつくるもの。 第73887号においては、もうアート作品です。

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ちなみに、最初の区画蔟の登録は第637号。 第14311号はチーズみたいに穴の開いた区画蔟でシュールですなぁ。
 

 明治18年~昭和31年の間に取得された特許が記載されている「特許分類別総目録」という本を読みますと、発明された道具のうち、養蚕関連では全部で907件、そのうち蔟に関する特許だけでも255件ありました。生糸の輸出が日本の基幹産業であった時代、繭生産する全国の個々の養蚕家も技術や道具の向上にしのぎを削っていた様子がうかがえます。

Dsc_1668_2その中には、わが山梨県中央市の三町村(現玉穂地区)下河東の発明者・土橋伴三郎さんが出願したものもありました。出願は、大正十三年四月十日、その後公告され特許権者となったのは、大正十四年二月十九日のことでした。特許第六二四九七号とあります。その明細書には、「養蚕用上蔟器」とあり、発明の性質及び目的の要領、詳細な説明、図面、特許請求の範囲などが記されています。

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Dsc_1671_2第62497号「養蚕用上蔟器」下河東・土橋伴三郎さん出願 - さやにカイコを入れた受け皿を吊るし、荒縄をさやの周りに球形になるように張り巡らして繭をつくらせる場所とするようです。 この発明は数個つなげて蚕室の天井などにかけて吊るして使えるので、面積を経済的に使うことができ、使用後は受け皿を外せば、非常に小さくなって収納や運搬にも便利と書かれています。

 

 

その他にも山梨県では、現明野町の皆川要二郎さんが経木を縦横に組み合わせる区画蔟の一種で、明治三十六年に取得しています。

 実は当初、これらの戦前の特許の調べ方がうまく行かず、かなり悪戦苦闘していたのです。なにせ、発明の名称からは特許の申請者や取得年月日・内容を知ることはできないとのことだったからです(国立国会図書館リサーチ・ナビによる)。 そこで、わが中央市の玉穂生涯学習館司書のOさんに相談したところ、その高いレファレンス能力でもって、瞬く間に秋田県より、「特許分類別総目録 自明治18年8月至昭和31年12月」という本を取り寄せてくれました。そして、「この本で、あたりをつけた年別に、業種ごとに記載されている特許番号を調べ、今度は『特許電子図書館(IPDL)』にアクセスして、本で調べた特許番号を順に検索するのよ!」と教えてくれたのです。 

 まゆこはこの時、Oさんが神様となり、その背中から俄かに後光が差しているのが見えました。 マジで! ありがとうございました。これからもお世話になるつもりです。 よろしくお願いしますm(__)m

回転蔟の起源を探る旅はつづく。

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 まゆこ

渡辺回転蔟製作所がなくなりました。

Dscn0247今年の7月に紹介した、旧豊富村木原の渡辺回転蔟製作所Dscn0608が、なくなりました。

Dscn0609 左は今年の7月の写真です。左下は本日の写真です。更地になり、一部に野菜がすくすくと育っています。
Dscn0610 回転蔟製作所は旧豊富村の発展と切っても切り離せない産業でした。養蚕の繭を効率的に作る蔟は、昭和30年代に爆発的に生産されたものです。
こうした産業遺産が消えていくのはさみしいものですね。でも、建物が日々朽ちて危険になれば、通学の子供たちのことも心配しなけらばならず、無理も言えないところです。
街灯の看板だけが、在りし日の繁栄を残して、歴史の光を放っていました。

2013年10月27日 (日)

大輿神社の秋祭り

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中央市今福の大輿神社は、その由来は定かではありませんが、田富町誌には祭神は守屋大臣とされています。『甲斐国志』には明神宮を配祀し、今福氏の鎮守とあります。今福一族の祭神を祀った神社が地域の神社として発展してきたのでしょう。
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10月27日(日)の午後は、この神社の秋祭りです。少女による「浦安の舞」と「川除け神輿」が行われるというので、取材に行きました。

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浦安の舞は、地域の小学6年生の少女が4名で巫女姿で舞を舞います。「浦」とは「心」の古語で、人々の心が平安になるように舞う舞のことです。つまり地域の平安を祈る巫女神楽の一つです。

緋袴に冠をつけ、金色の扇から鉾鈴に持ち替えて優雅に踊る姿は、地域の人たちの心を和ませるに十分です。

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舞が終わると、いよいよ神輿の出番です、境内を子供神輿蛾練り歩き、続いて大人神輿が出て、地域を練り歩きます。子供の元気な声が、台風一過の青空に響きます。最初は釜無川土手に近い「めぐり木の祠」に向かいます。田んぼの中に2本の杉の巨木が立ち、いかにも神聖な場所です。これから3か所の地区公民館を巡って大輿神社に戻ってくるそうですが、各休憩所ではお酒やお菓子がふるまわれ、大賑わいだそうです。

毎年、4月と10月に行われる祭りですが、神輿は秋だけだそうです。浦安の舞がとてもよかったので、来年の春もぜひ見たいものです。

2013年10月26日 (土)

ワタの話(7)

Tomiko

 やっと涼しくなったと思ったら、台風ばっかで困ったもんじゃんね。

 雨っぷり仕事に綿打ちをやってみとうさ。本当は綿弓という道具があるらしいけんど、資料館には狩猟体験の弓しかねえから、同じこんずらと思ってやってみたら、うまくいってびっくらこいちゃっとう。

 ワタはあっという間にふかふかになっちゃって、欲ぅかいていっぺえ打っても大丈夫だっとうさ。ほんだけんど、なんで弓の弦で打つとワタの繊維がばらばらになってふかふかになるか不思議じゃんね。

Dscn39112 種を取っただけのワタ

Dscn39002 狩猟体験の弓で打つと、

Dscn39102 あっというまにふわふわに

 ワタの上で弓をはじくと、ワタが弦の周りにくっついてくるさ。どんどんはじくとワタが滝みたようになって弦を滑り落ちていくだよね。へえそんときはワタの繊維はほぐれてるっちゅうわけ。

 ワタは打ち直しをしろば、せんべい布団でも新品のようになるっちゅうけんど、固くなっちまたワタの繊維がこうにほぐれるずらなぁ。

 ワタは脂肪分があるあいさは打ち直しができるっちゅうよ。まあ、ワタも生きもんだから、年ょうとれば脂肪分もだんだん抜けちもうらしいけんど。生きもんだから、押し入れやらビニール袋やらに密閉しちまっちゃあ、息ができなくなっちまって寿命を縮めちもうらしいよ。天気んよくなったら、うちの押し入れも風を入れてやらんとね。


2013年10月25日 (金)

浅利与一の紙芝居(平家物語・遠矢)

 こんにちは、まゆこです♪

 最近、まゆこは富子さんの不審な行動が気になってしょうがなかったんです!だって、お向かいの机に座る富子さんの方から、カサカサ・シャッシャッと画用紙を擦る音が聞こえたり、分厚い武具の辞典や写真集などを開いて、虫めがねでウ~ンと唸りながら眺めていたり。 富子さんの机上で何が行われているのか? まゆこの机の向かい側に富子さんの机はあるのに、パソコンのディスプレイが邪魔になって座っていては見えません。でも立ち上がって覗き込むには勇気が要ります。 だってだって、パソコン越しでさえ、覗き込むのが憚られるほどの気迫なんですもの(@_@;)

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 しかしある日、我慢できず恐る恐る覗いてみました!

 何か絵を描いてる? この頃の富子さんは、いつもの業務に加え、おかいこさんしたり、次のミニ企画展の準備だったり、綿を栽培して加工したり、結構忙しいのに・・・・。

まゆこ「今度は何やってるんですか?」

富子「えっ! 浅利与一の『遠矢』の場面を子供たちにもわかりやすいように、紙芝居にしてるだよ! まゆこもそんなの欲しいって言ってたじゃん!」

館長「俺はさ、紙芝居の枠っていうやつ? 作るつもりだけどさっ!」

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 そしてこのたび、富子さん作の紙芝居「弓の名手・浅利与一」と、館長作の紙芝居の木枠が、あっという間にササーッと出来上がりました!!!

そして、 試し上演し、改善点などを職員同士で話し合いました。

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源平の合戦に甲斐源氏が挙兵する場面

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矢を射返すために、平家から討ってきた矢を吟味する浅利与一の図

 今回の紙芝居では、平家物語に記されている浅利与一の活躍を描いています。浅利与一は、壇ノ浦の戦いにおける平家方の武将との弓矢での戦いぶりが有名で、弓の名手として知られていました。

 しかし、平家物語は名文ですが、古文ですので、浅利与一ゆかりの地である山梨県中央市の子供たちといえども、平家物語の『遠矢』の部分を理解するのは容易なことではありません。郷土の英雄・浅利与一のことを、もう少し小さな子どもたちにも知ってもらいたい、その一心でつくりあげた紙芝居です。 浅利与一が「ひょう」と弓を放ち、400メートルも飛んで、平家方の敵に「ひょうふっ」と命中させるあたりなどは、原文の躍動感をなるべく損なわぬように工夫して読む努力をしたいと思います。

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館長作の紙芝居の木枠も上々の出来栄えです。

 今回の紙芝居製作において何もしなかったまゆこは、これから頑張って、よい読み手となるよう精進していきたいとおもいまっす!!

「紙芝居みたい!」と言っていただければ、少人数でも(大人もOK!)、いつでも上演しますからね! 来館されたお客様は気軽に声を掛けてくださいね♪

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まゆこ

2013年10月24日 (木)

十日夜(とおかんや)って?

 こんにちは、まゆこです♪

 少し曇っていましたが、17日の「十三夜」の月はみなさまご覧になれましたか?

 いままで十三夜のしつらいをしていた当館の正面ウインドゥディスプレイですが、今週より「十日夜(とおかんや)」バージョンに変えています。

 十日夜(とおかんや)とは、旧暦の10月10日のことで、今年は11月11日になります。

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 行事そのものは、現在ではほとんど行われていませんが、稲の収穫を祝い、田の神に感謝する日だとされています。 そこで、正面ウインドウに、新米を供えてみました。

 中央市内の旧3町村においても、かつては大事な年中行事として行われてきたことが、それぞれの村誌、町誌の記述でわかります。 読んでみると、とても興味深い内容でしたので、ご紹介しますね!

 田富町誌(昭和56年発行)には、「十一月十日、農家が秋の実りを作神に感謝し、農事で疲労した体力を回復するために新穀でもちをついて神に供え、のち食べる」

豊富村誌(平成12年発行)には、「本来は旧暦の十月十日のことだが、新暦の十一月十日に行っていた。新米で餅を搗く。また饅頭を神棚へ上げた。この晩から夜なべ仕事を始め、冬の約三か月間に一年分のわらじや草履を作り、縄をなったりするほか女性はつくろいものなど針仕事に精を出した。『とおかんやの泣き饅頭』という言葉もあった。この夜から働かなければならないつらさを言ったものである」

 Dsc_1603夜なべ仕事の照明として、囲炉裏の片隅に置かれた「ひで鉢」


玉穂町誌(平成9年発行)には、「収穫したばかりの新米で餅をつき、まず神様に供えた。下肥をもらった甲府の人たちに餅を届けた。えびす講には甲府からサンマがたくさん届いた。下肥、餅、サンマのつきあいの中で、心をひらいていった。八十歳の古老は『小五の時、からくさの風呂敷に餅を包んで、鉄道馬車で太田町でおりて深町へ届けた。鞍馬天狗の映画を見て家へ帰ったのは夜の十一時頃だった。』と往時をなつかしんでいた。十一月十日の行事で、秋の収穫を見届けた田の神さまが、山に戻って再び山の神さまになる日としての田の神送りであった。 この日は炬燵の炉びらきをした。昼のうちにわらを燃して、新しいわら灰をつくっておいた。」
Dsc_1609_2居間に置かれた「火鉢(ひばち)」

旧3町村ともに、新米で餅を搗き、神に感謝するのは共通です。

 が、その後は餅を食べて、田んぼ仕事が終わってやれやれとただ体を休める日だったり、これから始まる冬の夜なべ仕事のことをおもって、おまんじゅう食べながら嘆いたり、甲府のお街に届けた餅がサンマになって返ってくるのを楽しみにしたりと、昔の中央市の人たちが、悲喜こもごも十日夜という日を過ごしたことがわかります。

 また、冬支度をはじめる日でもあったようですね。これから寒くなります。豊富郷土資料館の正面ウインドゥもどんどん冬仕様に変えていきますよ! 火鉢に炬燵、かいまきに夜着でしょ、それからえ~っと・・・。 これから収蔵庫の中をさがしてこよ~っと♪

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 まゆこ

 

2013年10月22日 (火)

ブログ訪問者が10000人を超えました

10月22日午前10時現在、ブログのカウンターが10027を示しています。今年の4月2日にブログを始めた時の目標は、1年間で10000人を超す訪問者が来てくれるページにすることでした。それが半年と少しで達成できました。職員一同大変喜んでいます。訪問してくださった皆さん本当にありがとうございます。

Dscn3917 10027を示すカウンター

訪問してくれた方は、山梨県の方が一番多いのですが、その他にも東京・大阪・三重・神奈川など全国各地から見に来てくれています。遠くの方は実際に豊富郷土資料館を訪ねて、展示してある実物資料を見ていただいたり、職員と話をしたりしていただくのは難しいかと思いますが、デジタルの世界で楽しんでいただけたらうれしいです。また、ブログに対するご意見や、資料館に対するご意見などがありましたら、コメントを送ってください。これからもますます楽しいブログになるよう精進します。

Dscn3916 張り切って解説する館長

10000人超えの今日は、甲府東小学校の4年生が見学に来ています。喜んだ館長はいつもより張り切って子どもたちに解説しています。

Dscn3913 お米の収穫を感謝する室礼

玄関わきの室礼も少しずつ変えながら、皆さんのお越しをお待ちしています。







2013年10月17日 (木)

「栗名月」

 こんにちは、まゆこです。

 本日は、「十三夜」ですよ♪

 旧暦の9月13日である今日、平成25年10月17日は、十五夜と並んでお月見をする「十三夜」です。

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 十五夜の月に次いで美しい月だといわれています。

 昔から、現中央市でも「十五夜に月見をしたら、必ず十三夜にも月見をするものだ」といわれてきました。 十五夜だけの月見は、「片見月(かたみづき)」といって、嫌われました。

 また、十五夜は「芋名月」ともいわれ、15個のお団子とサツマイモや里芋などのイモ類を中心にお供えするのに対し、十三夜は「栗名月」「豆名月」ともいわれており、栗、豆類を主に供物とします。そして、お団子の数は13個になります。

 十五夜と違って「だんご突き」の子どもたちはやって来ませんから(山梨県中央市内)、今夜はゆっくり美しい月を愛でながら、ホカホカの栗ごはんでもいただきたいものです。ちょっと肌寒くなった秋の夜長の月見酒もまた格別でしょうな。ホッホッホッ♪

 お月見の話をしているのに、どうしても食べ物の話題にシフトしてしまいます。 でも仕方ないのですよ、お月見行事は古来より収穫祭の意味合いも兼ねているそうなので、おいしいものがいっぱい出揃う時期でもあるのです!

 台風去った本日の夜、「片見月」にならぬよう、美しい月を眺めて、神さまに収穫の感謝をし、おいしい秋の味覚を堪能したいと思います♪

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まゆこ

2013年10月16日 (水)

ミニ企画展 農家の明かり展

Dscn39022 ひで鉢とひで(松の小枝)

暖かい火の恋しい季節となりました。火は暖をとるとともに明かりともなりました。

豊富郷土資料館の建物の周りにはたくさんの石造物が置かれていますが、この中には農家の明かり「ひで鉢」もあります。「松台」とも呼んで、どこの家にも必ずありました。

Dscn39062 平安時代の燈明皿

今回のミニ企画展は、松台やたんころ・燈明皿など、ランプや電気が普及する前の明かりに焦点を当て、昔のくらしを想像してみました。

Dscn39072 つけ木と灯心
 

10月19日(土)から12月23日(月)までの期間で行います。休館日は月曜日と祝日の翌日です。(11月20日は県民の日で入館料は無料です。)

どうぞお越しください。

2013年10月14日 (月)

収繭(しゅうけん)作業

こんにちは、まゆこです。

 きょうは、来館者のみなさんと一緒に行った収繭作業の模様をお伝えします♪

 このブログを見て来てくださった養蚕未経験のお嬢さん、小学生・中学生とそのお父さん、小さいころ手伝ったという高齢者の方、ご参加ありがとうございました。

 まずは、蔟(まぶし)を枠から外し、まゆかき棒で格子状の区画からまゆを押し出しました。

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 しかし、押し出された繭は、こんな感じで、自身の毛羽でもって、まだかろうじて蔟にくっついています。

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 そして、このように蔟を折りたたみますと、まゆも密集してコンパクトな配置になります。

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 棒きれのようになった蔟を片手に持ち、もう片方の手で、たわわに実った真っ白なまゆをもぎ取るようにして収繭します。

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 次に毛羽取り器で、繭のまわりにモシャモシャついている毛羽をとりました。

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 収繭完了! 大事に育てたおかいこさんから、その命を代償に、こんなに美しいまゆをいただきました。

 参加者は、「へぇ~、繭ってこうやって収穫するんだぁ」や、「まゆかき棒でザクザク押し出すところが気持ちいいから、もっとやりたい!」、「まゆかき棒で押した後の蔟にぶら下がっているまゆが、たわわに実った何かの果実のようでおもしろ~い!」、「毛羽取り器でこんんなにまゆがきれいになるとは思わなかった」など、未知の作業を楽しそうに体験していました。

 「この繭の中のさなぎはまだ生きているんですよね?」 ある参加者の一言から、それまでゴキゲンで作業していた小学生の手が一瞬止まりました。 収繭作業自体は、まるで作物を収穫するかのような感覚なのですが、これがひとつひとつ生き物なのだと意識すると、また違う感情も湧いてくるようでした。 小学生にとって、ペットとは違うカテゴリーの生き物とともに暮らすということ、そして、牛や馬などとともに、古くから日本の家々で飼育されてきたお蚕様と人間の営みを知る、よい機会になったようです。

 豊富郷土資料館では、このまゆを一旦冷凍庫に入れました。そして、お天気の頃合いを見計らって、天日干しで乾燥させる予定です。そして、今後の資料館での体験学習など、様々に使用していきます。 楽しみにしていてくださいね!

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まゆこ

2013年10月13日 (日)

第3回企画展「山梨の遺跡2013」開催中

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平成24年度に山梨県内で発掘調査された遺跡のパネル紹介です。山梨県埋蔵文化財センターが調査した遺跡8件と市町村の発掘10件で、このうち中央市関係では2件が展示されています。

縄文時代では北杜市の堰口遺跡、古墳時代では甲府市天神山古墳、大坪遺跡、平安時代の遺跡には山梨市上コブケ遺跡と膳棚遺跡、日下部遺跡、中世では身延町の本城山遺跡、近世の甲府城跡などです。

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中央市の上窪遺跡は、山梨大学医学部付属病院の増築に伴う発掘で、中世の水田と平安時代の遺物包含層が発掘され、平安時代の土器がたくさん出土しました。また、東花輪駅の近くからは近世の石仏が下水道工事で発見されました。中央市の2遺跡の出土品が展示してあります。

ぜひお出かけください。開期は11月24日(日)まで、月曜日と祝日の翌日が休みです。

天蚕蛾(ヤママユガ)

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朝、落ち葉掃きをしていたら、落ち葉の中に動くものがありました。なんだこれ?と思ってよく見ると大きな蛾でした。羽に目があり、不気味な大きさです。あわてて富子さんを呼ぶと、「こりゃあ、ヤママユの蛾じゃんけ」と一言。そうか、と思いつつ、資料館の標本を改めてみると、確かに天蚕の蛾でした。

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標本は色が抜けて白っぽくなっていますが、確かに同類です。羽の両端の大きさは10cmを越える大きさです。庭の天蚕の蛾はまだ生きていますが、もう飛ぶことはできません。シルクの里で最後を迎えることが最良なのかも。

2013年10月10日 (木)

ワタの話(6)

Tomiko

秋じゃんね。資料館の周りも、ちっと紅葉がはじまってるけんど、ワタの葉っぱも赤くなってきとうさ。本当はワタは多年草で、うまく冬越しできればまた来年花が咲くだけんどね。まあ、普通は寒くて枯れちもうから、毎年種まきをするっちゅうこんさね。

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 2本ばっかしのワタの木だったけんど、籠ひとつワタがとれたさ。すごいじゃんね。ほんだから、ワタから種を取る実繰り(棉繰り)をしっかと思って、やってみとうさ。資料館にも棉繰り機はあるけんど、どれもみんなさんざ使っとうずら。がくんがくんしてえて、いっさらうまくいかんさね。

それでもだましだましやってみとうさ。すいすいとはいかんけんど、なんちょうにか種と繊維を分けれたさ。どんどん取れれば、気持ちいいと思うけんどくやしいじゃんね。そろっか、にいしい棉繰り機を買わんとだめずらか。どんどん種が取れる棉繰り機があれば、資料館に来たお客さんにもにもやらしてやらっかと思っってとうけんど、残念じゃんね。

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 なんちゅっても「愛国棉繰り機」だから古いもんさね。お国のために女衆がせっせと実繰りをした様子が目に浮かんでくるじゃん。

綿は服にもなるけんど、綿火薬も作っただってよ。太平洋戦争の終わりっころにゃあ、「ふとん」まで供出させられ、綿火薬の材料にしたっちゅうからね。戦国時代もそうだったけんど、やっぱし綿は軍需物資っていうこんだね。

切手販売用引出箱が寄贈されました。

Img_0010 9日の日、中央市豊富郵便局から、昭和28年4月から使っていた郵便切手や現金書留封筒などを販売する箱を、寄贈したいという申し出がありました。さっそく10日の朝に訪問しましたところ、局長さんがにこやかに迎えていただき、資料を見せていただきました。
Img_0013 その箱は高さ40cm、幅35cm・奥行き35cmのがっしりとした作りで、正面の蓋をはずすと、内側は左右2列に分かれ、小さい引出が合計17個ついています。両サイドには手持ちの金具が付けられ、裏面には旧豊富村の各施設の電話番号などが貼ってあります。
局長さんに伺ったところ、昭和28年4月1日から官給品として置かれていたものだそうですが、はるか昔に現役を退いたものだそうです。
昭和28年といえば、今からちょうど60年前のことですね。人も60歳で定年ですから、よく働いたものですね。
Img_0012 今後は資料館の展示室で、同じような古い仲間と一緒に、ゆっくり休んでほしいものです。

2013年10月 8日 (火)

「のらぼこさん」のその後

 こんにちは、まゆこです♪

 きょうは、2013年9月13日(金)の記事「今日のおかいこさん(4齢3・4日目)」でご紹介した『のらぼこさん』のその後について、お伝えしたいと思います。

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 飼育していたおかいこさんのために採ってきた桑の葉に紛れ込んでいた野生のカイコ=「クワコ」。 まゆこは、地元で「のらぼこさん=(野良のおかいこさん)」と呼ばれているのを聞いたことがあります。

 真っ白なおかいこさんに比べ茶色っぽいので、気づかずに桑葉と一緒に連れてきてしまいました。 たぶん天敵にも見えにくいようになっているのでしょう。この体色を生かして、上手に枝に擬態したりするそうですよ! 当館に思いがけずやって来てしまったクワコさんですが、これも何かの縁ですから、「のらぼこちゃん」と名付け、どんなまゆをつくってくれるのか、観察することにしました。

 「クワコ」は、私たちが飼育しているおかいこさんの祖先にあたります。 5000年以上も前の中国で、この「クワコ」が人間の手によって飼いならされ、「カイコ」となり、養蚕がはじまったとされています。

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 見た目は、小ぶりで茶色っぽいところが違うだけで、あとはおかいこさんとそっくりなのですが、おかいこさんに比べ、たいへんグルメで桑葉の中でも先端の超柔らかいところしか食べません。 移動するスピードも速く、おかいこさんたちにあげていたちょっと硬い桑葉がお気に召さず、自分の食べたい柔らかい上の方の葉っぱにたどり着こうと、どんどん飼育箱から脱走しようとします。 えさがなくなっても箱の中でじっと待ち、目の前に桑葉が来ないと食べられないおかいこさんとは大違い。 でも、桑葉を食べる速さと食欲はおかいこさんのが上ですが・・・・。

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 ところが、珍入者の「のらぼこちゃん」は、いま何齢かもわからないし、体色が濃いので、おかいこさんのように体があめ色に透き通ってくる様子もわからず、まゆをつくりはじめるタイミングがわかりません。 なので、紙筒をつくって箱の中に入れておきました。

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 ある日とうとう朝出勤すると、「のらぼこちゃん」が黄色の糸で、まゆをつくってくれていました。 大きさは、おかいこさんがつくる真っ白な繭に比べ、4分の1ほどしかありませんが、その糸は、飴細工のように透き通った黄色で、見た目はとても上質そうです。

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 こちらは、自然界と同じように桑の葉を曲げて作っています。おかいこさんに比べて、やはり小さな黄色のまゆです。

 この後、どんな成虫が出てくるのか楽しみに待っていましたが、2週間経っても出てきてくれませんでした。 調べたところによると、野外で採集したクワコの幼虫は成虫になる前にかなりの高率で死んでしまうそうです。残念でした。 また、クワコの成虫は、おかいこさんと違って、ビロードのような艶やかな大きな羽を持ち、飛び立つそう。

 残念ながら成虫の姿を見ることが出来ず、失敗に終わった「のらぼこちゃん」の飼育ですが、まゆこは、「クワコ」の繭がどんなものか学習できました! これからは屋外で風に揺れるクワコの繭を見つけたら、季節によってはその周辺で成虫に出会えるかもしれませんよね♪

 金木犀の香り漂うシルクの里公園周辺の散策が、これから一層楽しくなりそうです♪

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 まゆこ

 

2013年10月 6日 (日)

浅利与一義成公顕彰弓道大会

 こんにちは、まゆこです♪ 本日は弓道大会のレポートです。

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 平成25年10月6日(日)、第11回浅利与一義成公顕彰弓道大会が、中央市体育協会主催で、シルクの里公園内の与一弓道場で行われました。

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 まず、中央市長をはじめ、市議会議長、教育委員会等も出席し、大会参加者とともに開会式です。 参加者は、山梨県内だけでなく、静岡県からもあり、総勢75名の、中学生から高齢者の各団体が競技に臨みます。

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 次に、中央市体育協会弓道部長川口さんによる「矢渡し」が小笠原流にのっとって行われました。 「矢渡し」とは、弓道大会におけるオープニングセレモニーのようなものなのだそうです。 28メートル先の的に見事的中!

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 その後、昼食をはさんで、午後も行われた競技後には、余興として「五色板割り」も行われ、たいへん盛り上がっていました。

 山梨県中央市では、現在も浅利与一公の遺徳をしのび、与一公にまつわる祭りや式典が行われたり、伝承や史跡も多く残っています。

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 大会の行われた、シルクの里公園内にある「与一弓道場」は浅利与一義成公墓所の隣にあり、射場は10人立ちできます。 宿泊施設もありますから、春夏の休みには、合宿で利用する県内外学校の弓道部員たちでにぎわいます。

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 平家物語によると、九尺の弓に十五束の矢を用い、四町先の敵の武将に「よっぴいて、ひょうふっ」と射倒したという、浅利与一義成公。 弓の名人ゆかりの丘でのこの大会は、与一公のご加護により、今年も盛大に開催されています。

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まゆこ

2013年10月 3日 (木)

「まゆかき」と「毛羽取り」やってみませんか?

こんにちは、まゆこです♪

 養蚕家は、おかいこさんたちが回転蔟(かいてんまぶし)にまゆをつくってから10日ほどたった頃に、収繭(しゅうけん)といって、まゆを蔟から外し、まわりについた毛羽を取り除き、出荷します。

 豊富郷土資料館で飼育した晩秋蚕のまゆは、ちょうど今度の土・日に収繭する予定です。

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 養蚕家にとって繭は、寝る間も惜しんでお世話したお蚕様たちが、その命を代償として自分たちに与えてくれるもの。収繭とは、まさに養蚕仕事のクライマックスです!!

 春蚕で収繭体験をしたまゆこ。その時の心地よい感動と喜び、先人の気持ちに少しでも近づいた感じ!? 言葉でうまく言い表せないけれども、ものすごい充実感を味わせてくれる収繭作業を、「晩秋蚕でも独り占めしてやってしまうなんて、ずるいでしょ、よくないでしょ!」 と思うに至り、来館してくださる皆さんと収繭の喜びを分かち合おうと考えました。

 ここで、皆さんにお知らせです!

 「まゆかき」「毛羽取り」作業の体験しませんか?

 実施日:平成25年10月5日(土)・6日(日) 午後2時~3時

 当日、上記の時間内にエントランスホールにて、作業いたします。 受付で入館料お支払いの際、お申込みください。

 先着10名様(小学生以上)に体験していただくことが出来ます。

 繭をお持ち帰りいただくことはできませんが、体験は、持物不要・もちろん無料です。

 お問合せは、中央市豊富郷土資料館 ℡055-269-3399まで。

 内容:

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「まゆかき」は、まゆかき棒とよばれる道具を使い、1列ずつザクッザクッと押し出すようにして回転蔟からまゆを取り外す作業です。(力は要りません、たいへん気持ち良いです)

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「毛羽取り(けばとり)」とは、おかいこさんが繭を作り始める時に、まず足がかりとして吐いた糸(毛羽)やゴミを、繭の周りから取り除く作業です。今回は、大正時代に使われた、美しい歯車で動く、手回しの毛羽取り器を使用して行います。(こちらもたいへん快感です)

 これはなかなかできない貴重な体験になると思いますよ。お待ちしております♪

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まゆこ

2013年10月 1日 (火)

思い出ふれあい教室

 こんにちは、まゆこです♪

 平成25年9月25日・26日の2日間、中央市地域包括支援センターの主催で、昔を思い出して脳を活性化してもらおうと、「思い出ふれあい教室」が開かれました。

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 2日間で約30人ほどの高齢者が参加し、昔の台所コーナー・農具コーナー・養蚕風景ジオラマ等を前に、腰を下ろしてゆっくりと昔の道具の使い方や思い出話を語り合っていただきました。

 私たち学芸員にとっても、とても有意義な企画で、文献に書かれていない貴重な証言資料をたくさん聴かせていただける機会に恵まれました。

 ここで聴いたお話は、今度社会科見学でやってくる小学生たちに伝えたいと話すと、みなさん、丁寧に詳しく教えてくださったのです。

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「10歳になる頃には、家族の夕食のために、女の子はみんな一人でほうとうを作っただよ」

「パン焼き器で焼くパンはおいしかったのよ、あんこ入れたり、さいの目に切ったサツマイモ入れたりね」

「製麺機でおほうとうの生地を作るのは子供の仕事でね、たくさんやらされただよ」

「朝は『おねり(カボチャやサツマイモ等のイモ類を煮干しを入れて煮て、潰してドロドロになったところへ、トウモロコシ粉か小麦粉を入れて練ったもの。ネギや味噌をのっけて食べる)』をよく食べたけど、朝食の後、洗いやすいように、家の周りの水路に鍋を冷やかしておくんだけど、どの家の前の水路にもお鍋が水につけてあって、みんなどの家もおんなじようなもん食べてるんだなぁって思って、おかしかったねぇ」

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「おかいこをいっぱい飼ってたもんで、寝る場所がなくてね、この蚕の棚の間に布団敷いて寝たんだよね」

「わらの蔟(かいこにまゆをつくらせる道具)だった頃は、手がガサガサになって荒れてね、血が出たりして痛かっただよ、だけど、ボール紙でできた回転蔟になってからは、繭かき棒でザクッザクッて収繭できて、気持ちよかったね」

「出荷できなかったまゆは、母親が自分ちで糸にして、縞の着物を織っただよね」

「あたしの嫁入りのとき持ってきた晴れ着はね、母さんが糸から紡いで、白い反物を織って、京都に送って染めてもらってから、仕立てたものでね、尊いもんだから、今も捨てられんですよ」

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パン焼き器、製麺機にまつわるおいしい思い出、養蚕の辛くも楽しい思い出などを語っているうちに、参加者の皆様が、家族と過ごした小さいころに戻ったように、生き生きとされてくるのがわかりました。

 わたしたちも、皆さんからたくさんの貴重なお話を聴くことができて、とても勉強になりました。

ありがとうございました。

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まゆこ

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