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2013年9月22日 (日)

養蚕家を訪問

 こんにちは、まゆこです♪

 きょうは、山梨県中央市豊富地区の養蚕家中込さんの飼育場に見学者があるというので、まゆ子も便乗して、一緒に見せていただくことにしました。

 豊富郷土資料館で飼育しているおかいこさんは、この中込さんから分けていただいたものです。

 Dsc_1277_2昭和57年に建設した中込家の飼育場は、近代的です。作業のほとんどが機械化され、ボタン一つでいろいろなことができます。4段もある飼育かごは、ベルトコンベアーで回転し、人間の立ち位置を変えずに、ラクラク給桑できるようになっています。

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 ひとつひとつの飼育かごの底はパカッと2つに割れて開く仕組みになっており、ボタン一つで飼育かご内の清掃ができるようにもなっています。

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 見学者に、まゆをつくらせる装置(回転マブシ)の設置方法を説明してくださる中込さん。

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 見学者の、「どうして83歳になった今も、一人で養蚕を続けているのですか?」という質問に、

中込さんいわく、「昭和の終わりに、安く大量に輸入されはじめた中国産のまゆに押され、どんどんまわりの衆は養蚕をやめてしまった。 自分は中国のまゆに対抗するためには何が必要かと考えた結果、いち早く機械導入をし、作業の省力化をしたおかげで、いまこの年になっても一人で養蚕を続けることができている。山梨では、養蚕をやめてブドウやモモなどの果樹に転換した人が多いが、消毒代や袋かけの材料費や手間などが大変だし、天候にもかなり左右される。その点、機械化された養蚕は、人件費は抑えられるし、まゆの販売先は吉田の組合(山梨県郡内地方で甲斐絹を生産している)に決まっているので、損がない。 なんで皆、やめちゃったんだろうなぁ。 豊富では700軒もの養蚕農家があって、16億の利益を上げていた時があっただよ・・・・・」

 ここで、もと養蚕組合長であったという中込さんの語り口は、淋しいトーンに。

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 かつてブランド繭といわれ、品質の優れた豊富の繭を生産してきたという意地と誇りが、養蚕を続ける中込さんの原動力なのでしょうか? 合併して中央市となる前の旧豊富村は、昭和34年~昭和56年の22年間、全国の市町村で繭の生産量が最多でした。 

 現在(平成24年度大日本蚕糸会調査)、山梨県の養蚕農家戸数は、24軒です。そのうち、豊富郷土資料館が把握している中央市の養蚕農家は2軒1軒です(平成25年9月26日現在調べ)。 中込さんによると、平成5,6年くらいに急激に養蚕農家は減ったそうです。

 いま、山梨県中央市では、養蚕の最後の最期のともし火が、この83歳の中込さんによって守られています。

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飼育場隣は、桑の栽培畑です。もちろん品種は、山梨発祥の「一ノ瀬」です。

Photo
まゆこ

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