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2013年7月28日 (日)

まゆのメリーゴーランド?!

こんにちは、まゆこです。

Img_0142こんな面白いビジュアル、なかなか無い道具ですよね!

何に使われたと思います?

 

 

 

 

ヒントは当館2階にあるといえば? そう養蚕関係の道具です。

Img_0202
答えは「種繭雌雄鑑別器」でございます。 部品が外れていたりしたので、直してまゆをセットしてみました。 そして、早速回してみました。

 

 まゆのなかでさなぎになったかいこはオスとメスで重さが違います。卵を産むメスの方がオスより微妙に重いのです。 この雌雄鑑別器はゴンドラに一つずつ乗ったまゆのうち、軽いオスが落ち、重いメスが落ちずに残る仕組みになっているようです。

 Img_0198

本体中心部を覆うこのおしゃれな装飾にも見える切り込みの入った鉄板が、重さ鑑別の肝であるよう。回転する際にこの部分を通過するゴンドラの根もとは、それぞれに乗ったまゆの重さにより3つのルートに分かれて通過していきます。重いものは最も上のルート、軽いものは最下のルート、中間のものは真ん中のルート。最下と真ん中のルートを通るゴンドラのまゆは、取り付けられたアームの金具に引っかかって落とされます。

 Img_0208
このように軽いオスのまゆは取り付けられたアームに引っかかり落ちます。

 

 この道具は主に蚕種家とよばれる、蚕の卵を販売する人々が使いました。まゆから成虫が出てしまう前のさなぎの段階で雌雄の数を確保するために使用されたようです。

 

 なのでもちろん、ゴンドラに乗せられたまゆの中のさなぎは生きていたわけで・・・・。「わーい、クルクルしてきゃっほー」とは思わなかったでしょうが・・・、なんだか楽しげな雰囲気を想像してしまうまゆこ。

 

 これと類似した資料を所蔵している長野県の岡谷蚕糸博物館の収蔵品リストを見ますと、「最初のうちは手で回していたが、モーターで回転するように改善された。しかし蚕体識別が主流であったので普及はしなかった」とあります。 ほ~(^人^)この道具、普及はしなかったのね。それだけに、貴重な資料かもしれませんよね♪

 

 でも、どこでどんな人が発明し製作したのでしょうか? ズームアップしてみますと、

Img_0143何やら手がかりとなりそうな文字が・・・・。 『清気舎製造』『京都府加佐郡河東村』『種繭雌雄鑑別器』『織田式』『実用新案』『六一二九七号・六八六八二号』『京都府織田製原動機特製品』

 

 岡谷蚕糸博物館所蔵の資料は大正5年に大沢太郎により考案された「大沢式雌雄鑑別器」とありましたので、当館所蔵の織田式とは別の製造者です。姿や鑑別原理は似ていますが、鑑別結果を示すまゆの落ち方が違うようです。

 

 あまり普及はしなかったようですが、日本中で盛んに行われていた養蚕において、大正時代の勤勉な日本人がそれぞれの地域で試行錯誤し、様々な道具を研究・考案してきた歴史がうかがえる資料の一つだと思います。

 Img_0205

しかし、何の予備知識もなく現代の私たちが、ごくシンプルにその道具のビジュアルや動きを見てみると、回転しながら上下に複雑にまゆの乗ったゴンドラが動く様は、単純に、とても面白く興味深いものがあります。 そんな視点で資料館の展示品を、もっと気軽にご覧になるのもよいかもしれません。 豊富郷土資料館2階の豊富な養蚕資料の中には、まだまだ掘り出し物はいっぱいありますからね♪

まゆこPhoto

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