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2013年6月30日 (日)

第2回企画展「中央市・山と富士山」

Tomiko 富子だけんど元気だったけ?


 富士山が世界遺産になっただってね。すごいじゃんけ。資料館でも、6月29日から9月23日まで「中央市・山と富士山」ていう企画展をやるだよ。

 今じゃあ山の名前も必要ねえから忘れちゃってるけんど、むかしゃあみんな名前がついてただよね。山で木を切ってこねえきゃあ家も建たんし、橋も作れんし、道具も作れんしね。薪や炭がなけりゃあ飯も煮えん。落ち葉や草を取ってこねえきゃあ畑の肥やしに困る。山があるから水もあるっちゅうわけさ。山がなければ暮らしていけなんどうだよ。

 ほんだから、山の神様を祀ることは大事だったさね。展示の最初に「中央市の山への信仰」を紹介してるから見ておくんなって。

Dscn33601 弓建峰の馬頭観音

 その次には「山の道具」「狩猟」と題して、山の恵みをもらうための道具なんかが飾ってあるさ。わたしもちっくい頃に材木を切り出すところを見たことがあるけんどすごいもんだよ。カンでつながれた材木が山道をすべり台を滑るように降りてくるだよね。けっこうスピードもあるだけんど、道がカーブしているとこにゃあトビを構えた人がいて、タイミングを合わせて向きを変えるだよね。子ども心にたいしたもんだと思ったね。

Dscn33971 山の道具

 最後は「中央市の富士講」を取り上げて展示してあるけんど、飾ってある「行衣」も「御伝え」も古いもんずらね。

Dscn33981 富士講の「行衣」と「御伝え」

 7月20日の午後1時半から、「中央市の山と信仰」という演題で、青柳陽一さんの講演もあるから、ぜひ来ておくんなって。

 

2013年6月27日 (木)

養蚕の道具、回転蔟製造過程の解明

Img_0163 6月26日の午後、旧豊富村木原に住んでいた渡辺さんが、友人の内藤さんの案内で資料館を訪問してくれました。手に何やら将棋盤か碁盤のようなものを持参していました。渡辺さんの話によると、お父さんの康宜さんが、回転蔟とその取付枠を生産していたとのことです。碁盤のような道具は、段ボールで回転蔟を造る道具でした。
碁盤の目のような隙間にボール紙をはさんで、外側に厚いボール紙を貼り付け、木枠を持ち上げると、きれいに外れるようです。豊富小学校のすぐ近くに工場があり、段ボールの裁断、蔟の組立、乾燥、検査、出荷をしていました。また、、蔟を10個ずつ木枠に止めて天井からつりさげますが、その木枠に、回転蔟をセットするのに、子供でもセットしやすいようにバネをつけたものを、実用新案特許の取得をしたとのことです。資料館の2階に展示しある木枠も、渡辺さんの家の製品でした。
昭和20年代の中頃、写真の回転蔟制作台をImg_0166 康宜さんがつくり、回転蔟の改良木枠を工場で組立て、蔟を大量に出荷したしたとのことです。作業は、家族のほかにたくさんの女性作業者がいたほかに、冬場は近所の農家にも内職を出したようです。
回転蔟は、昭和30年ころは甲府の伊勢町に日産回転蔟製作所・南アルプスの国光回転蔟製作所、豊富の渡辺回転蔟製作所があり、各農協を通じて農家の注文に応じていました。御坂峠を越えて郡内までも運送しました。
また、昭和27年に長野県のカタクラ製糸工場から、回転蔟の製造を視察に来ており、昭和28年ころから長野県では急激に回転蔟が発達したようです。視察が関係したかもしれませんね。
渡辺さんの実家の工場は、機械がすでに取 Img_0162_2 り払われているようですが、写真や様々な道具に興味がありますね。今度訪問できたら調査して報告しましょう。

2013年6月26日 (水)

まゆの毛羽取り

こんにちは、まゆこです。

本日は、まゆを回転まぶしから外して、毛羽取りをします♪

道具は2階の富子さんから貸してもらったもんっ♪

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まず、まゆを回転まぶしの枠からはずします。

今回は大正時代の毛羽取り機を使用します。

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片手でまゆを押さえて、もう一方の手でハンドルを回します。いまから80年以上も前に使われた道具ですが、当館の毛羽取り機の歯車はとても滑らかに動きます。作業もスムース!すごい! 歯車によって動かされる2本のローラーが、面白いようにどんどん、まゆの毛羽とゴミを巻き取っていきます。

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モサモサしていたまゆが、ローラーを通過すると、ほら、こんなにきれいになってる!!物足りないくらいあっという間に70粒のまゆがきれいになってしまいました。

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最後に、ローラーに巻きついた毛羽を取り除きます。(毛羽とは、かいこがまゆをつくる時、足場として最初に張るけばけばした糸のことです)

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ローラーは取り外し式になっていて、お掃除もラクラクできました。ローラーから取り除いた毛羽は、真綿といって、ふとんの材料にもなるんですよ!

大正時代の道具ですが、長い時を経てもこうやって現役で働いてくれるなんて、本当に作ってくれた昔の人に、自然に感謝と尊敬の気持ちが湧き上がってきます。感動です♪

まゆこ

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2013年6月22日 (土)

弓建嶺に案内看板設置

Img_0156_3 永い間の懸案となっていた、弓建嶺への案内看板を中央市歴史文化ボランティアの会で行いました。看板は12枚で、山ノ神神社・千本桜登山道入り口から、大鳥居林道を登って、途中のゲート脇から山道に入ります。山道は20分ほどで石祠につきます。この間に10枚ほど案内看板を設置しましたので、多くの方が浅利与一伝承の地を訪れてほしいと思います。
与一の伝承とは、遠出をした与一がこの地にいたり、はるか眼下の一町畑を眺めると、シラサギが田んぼでついばんでいるの発見し、強弓で射たところ、見事に当たりました。ところが、その地を訪れるとそれは白い着物を着たタニシ採りの老婆でした。与一は憐れんで石の祠を立て、姥神としてまつったとのことです。弓建嶺と一町畑の直線距離は約4キロです。この伝承の地に江戸時代の人が建てた石祠には、竹の弓と祭祀用の矢が置かれていました。
また、この地 Img_0151_2 で、芦川の土豪と矢文で交信したという伝えもあります。
看板設置で、一般の人が由来を想いながら参拝していただけたらうれしいものです。

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まゆの中のおかいこさん

こんにちは、まゆこです!

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まゆをつくって6日目・ふ化から33日目のおかいこさんです♪6粒のまゆをカッターで開いてみると、ちょうど3頭のメスと3頭のオスのさなぎが出てきました。手前の大きいの3つがメスです。オスのさなぎの方はほっそりとしています。

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クシュクシュっとした灰色のかたまりは、おかいこさんがまゆの中でさなぎになる前に脱皮した抜け殻です。

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さなぎはこのまま、まゆの外に出しておいて観察していても問題なく成虫になるそうです。不思議ですね!

まゆから出されたおかいこさんのさなぎは、まだ柔らかく、ゆっくりですが芋虫のように動きます。少しかわいそうですが、毎日じっくり観察させていただきましょう!

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2013年6月21日 (金)

養蚕のまつり

Tomiko 初めまして、富子というもんです。資料館の2階で毎日蚕を飼ってるさね。だまって仕事ばっかしているから、私にもしゃべらせてほしくて出てきたさ。たまにゃあ私の話も聞いておくんなって。

 資料館の近くの水上っちゅうところに、御崎神社があるだよね。御崎神社はお稲荷さんだから、五穀豊穣の神様だよね。ほんだから、社にゃあ狛犬じゃあなくて、お狐さんが置かれて社を守っているってわけさ。

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 御崎神社のお祭りは9月3日で、『世のうつり 第2号』に山口と志さんが書いてるように、昔は盛大にやってとうだよ。

 「2日が宵祭りで、沿道には提灯が灯され、狭い道いっぱいに出店も並んで、子どもの喜こぶおでん、自慢焼き、梨、葡萄、ヨーヨーなどが並べられ、カーバイトを燃やした明かりに照らし出された品々には、子どもたちだけでなく、大人も祭り気分をそそられ、購買心が浮き立つようでした。

 養蚕家の人たちはてんでにお重に煮おこわを詰めて神前にお供えし、よく繭がとれるように心を込めて祈ります。その供えられたお赤飯は参拝者の手のひらに、おぶっくといって分けられ、ありがたくいただきます。」(一部のみ抜粋)

 養蚕が盛んだった豊富じゃあ、御崎神社も養蚕の神様として拝まれてたさ。お祭りじゃあ映画をしたり、相撲もしたりして、甲府や市川からも力自慢が来とうさね。ほんだけんど、だんだん催しもなくなって、20年くらい前にゃあかろうじて残ってとう子どもの相撲も今じゃあなくなっちゃったね。

 御崎神社のあるとこは、実は「おみさきさん古墳」ていう古墳だってよ。学者は円墳だといってるけんど、大きさや、中がどうなっているかとか、いつごろのものかっていうことは、調べてなくてわからんらしいよ。こんな奥の方にどうして古墳があるずらかと思うほど丘陵が山にくっついたところにあるだよね。ほんだけんど一回きてみてごらんなって。甲府盆地がきれいに見えるから。ここに埋めてもらいたいと思ったのもわかる気がするよ。

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2013年6月19日 (水)

1960年代(昭和35年~45年)の夏の居間

こんにちは、まゆこです。

豊富郷土資料館玄関横のウインドウ展示が、6月から変わっています。テーマは夏休みということで、「1960年代(昭和35年~45年)の夏の居間」をつくってみました。

Img_0100暑い夏の昼下がり、たまった宿題を気にかけながら工作をしつつ、ついつい怪獣のおもちゃに手が出てしまった子供心を思い出して再現してみました。

Img_0101ガメラとギロンが戦っています。他にも、カネゴン・モスラ・ヘドラにも登場してもらいました。

ウインドウを不思議そうに眺めるお子さんが、お父さんに聞いていました。「なに?この怪獣!」 親子(おじいちゃんとお孫さん)の会話が少しでも弾んでくだされば幸いです。

Img_0104そう、この頃、新幹線が登場し、東京オリンピックが開催されたのです。人々の暮らしぶりが急速に変化した年代です。

来館される方の反応も様々で、「つい最近のことじゃんけ!」という方もあれば、平成生まれの方々には未知の世界!ということで、黒電話やレトロな扇風機、おもちゃの巻玉てっぽうに興味深々なご様子です。

いまから50年ほど前のことですが、かつての子供たちが熱狂した怪獣やダイヤル式の電話の使い方など、1960年代は近いようで、平成生まれにとっては未知の遠い時代なのですね。

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2013年6月16日 (日)

国蝶オオムラサキの訪問

Img_0058_4 今年もオオムラサキの訪問が始まりました。2日ほど前から、資料館の周りに鮮やかな模様を広げてやってくるようになりました。昨年は、この時期から7月初め頃にたくさんのオオムラサキが乱舞しており、資料館では毎日入館してくるオオムラサキを追い出すのに大変でした。もちろん、入館料はいただきませんでしたが・・・昨年は大量発生だったのですね。
写真のチョウはオスです。色が鮮やかですね。メスには青色がなく、全体が茶色っぽいようです。今年はどうなるのかわかりませんが、ほどほどの数がみられると、よいと思います。皆さんも捕獲せずに見守ってあげてください。お願いします。

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2013年6月15日 (土)

富士講の石祠(中央市中楯)

Img_0048_3 中央市中楯の曹洞宗陽明山竜徳寺は、室町時代の創建が考えられています。この寺の本尊は聖観音菩薩坐像で、室町後期の作と伝えられています。
この寺に、富士講の石祠が?と思いつつ、「玉穂町誌」の記述に従いやってきました。
すると、この境内の写真、左側の木の裏に、石造物群が置かれていました。

Img_0052 中央の石祠が、「町誌」に載せられた祠です。かつて国母工業団地の中にあった富士塚の上に置かれていたものを、造成に伴い、この寺に移したといわれています。

側面には文化八年(1811)十二月の建立で、「當村講中」と彫られています。中楯村の富士講信者によるものでしょう。

中央市の南部は富士山が見えないところが多いのですが、このあたりからは御坂山塊の上に富士山がよく見えます。

富士塚の昔の姿を知りたいものです。また、今は富士講の信者はいるのでしょうか?

2013年6月13日 (木)

おかいこさんがまゆをつくりはじめました!

こんにちは、まゆこです。

五齢・9日目になり、桑葉を急に食べなくなったおかいこさん。真っ白だったおかいこさんのからだがあめ色に透き通ってきました。

Img_0031ただいま、かいこの先生によるおかいこさんの身体検査中。

 

先生「うん、これはきてます! 上蔟(じょうぞく)です!」

ということで、おかいこさんたちには、まゆづくり専用の個室マンションに入っていただきます。

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そして、飼育23日目(孵化から29日目) 五齢・10日目で、おかいこさんがまゆをつくりはじめました!

 

豊富郷土資料館では、回転まぶしとよばれる道具を使って、まゆをつくってもらうことにしました。

そこで、登場したのがこの人です。

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本来の回転まぶしは、マス目のついたボール紙が10枚一組で木枠に固定されますが、手先がとても器用で何でもあっという間に製作してしまうMさんならばということで、小型の回転まぶし(エントランス展示用の特別仕様)を製作依頼しました。おかいこさんがまゆをつくるマス目のボール紙を2枚にして固定しています。

ここで、回転まぶしとはどんな仕組みなのか説明しますね♪

『回転まぶしとは、かいこがどんどん上に登る性質を利用して、効率的にまゆをつくらせるために考えられた道具です。かいこがまゆをつくるマス目のついたボール紙を木枠で挟んで吊るし、回転する仕組みになっています。かいこが上部に集まると、その重みでくるりと回転し、新たに上部となった空いた区画にかいこが次々にはい上がり、一枚のボール紙のマス目に、まんべんなくまゆをつくらせることが出来るように考えられているのです。通常養蚕家では、この回転まぶしを天井から吊るして使います。』

昔の人って、すごいこと考えつくなぁと思いませんか? 格子状になったマス目にまゆをつくらせることも、まゆの数量の把握やまぶしからの取り外し作業の省力化になったでしょう。

しかしまゆこは、そのマス目のボール紙をくるりと回転できるように仕立てることを思いついた人ってすごいなぁと感動してしまったのです!!

そこで、実際におかいこさんたちが上へ上へとはい上がり、回転まぶしがくるりんこするところを、ぜひみなさんに見ていただきたいと考えました。そして大成功!

入館者のみなさまをはじめ、当館スタッフ、もちろんまゆこも、この目で回転まぶしがくるりんこ回るところを目撃しましたよ!!

おかいこさんたちは一匹の脱落者もなく、回転まぶしの区画でまゆをつくってくれています。2~3日をかけてまゆは完成するようです。

回転まぶしにおかいこさんがつくったまゆは、とってもきれいで、愛おしいです。

みなさんも、観に来てくださいね♪

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2013年6月11日 (火)

給餌を手伝ってくれました

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6月7日に見学に来てくれた後屋敷小学校の3年生2人が、もう一度お父さんと訪問してくれました。館内を熱心に見学し、狩猟体験をしたり、ロビーのおもちゃでもたくさん遊んだりしましたが、最後に蚕の餌やりも手伝ってくれました。最初はおそるおそるさわっていた2人も、しだいになれ、「かわいい!」「顔は小さいね。」などといいながら、すっかり別の箱に移し替えてくれました。

館長も、「一度見学に来た子どもたちが、もう一度訪ねてくれるのはうれしいね。」と2人の姿を見ながらつぶやいていました。

2013年6月 8日 (土)

おかいこさんとねずみ除けのお札

こんにちは、まゆこです♪

平成23年に山梨県中央市豊富地区で、江戸時代中頃築の塚田家が調査・解体されました。その天井裏の柱にくくりつけられていた多数(1,550点以上)の御札の中に、「鼠(ねずみ)」と「猫」と「鬼」の字が記されたものがあります。

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「鼠(ねずみ)」という字を中心に、取り巻くように鼠の苦手な「猫」とこわい「鬼」が配置されています。 「ねずみ除けの御札」と思われます。

なぜ、おかいこさんとこの御札が関係あるかって?!

もともと、養蚕と猫とは深い関係があるのです。猫には、大切なおかいこさんの天敵であるねずみを捕まえる重要な役割があったからです。

地方によっては、養蚕の神様として蚕室に「猫絵」を飾ったり、猫の絵を刻んだ石造物を建てたりしました。残念ながら、現中央市にはそのような猫絵や石造物はありませんが、養蚕のたいへん盛んな豊富地区ですから、塚田家の御札には養蚕守護を目的としたものが多数あります。

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心配性のまゆこは、おかいこさんの飼育箱のまわりにこれらの御札を貼りすぎて、館長に呆れられています。

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五齢・5日目のおかいこさん。 体長 6.7㎝で~す! おかいこさんが桑葉を食べる音(「雨がずっと降っているような音」ともいわれます)ザワザワ?パキパキ?ウ~ン違うかも? うまく表現できませんが、とにかく皆さん、今だけの、この音を聴きに来てくださいね!

あと数日でまゆをつくりはじめますからね。いよいよ、「おぼこひき」が迫っています!

まゆこ

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2013年6月 7日 (金)

後屋敷小学校3・4年生が来訪

6月7日、山梨市から後屋敷小学校の3・4年生80人が見学に来てくれました。4つのグループに分かれて、職員による解説を聞きながら見学しました。

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後屋敷小学校の周りは果樹園が多く、蚕ばかりか水田もそんなに見たことのない子どもたちが多かったのですが、とても熱心に見学しました。

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蚕をじっと見て、「頭って小さいんだねえ。」と感想をもらす子や、「もう一度つれてきてもらう。」と言っていた子もいました。今回は短い時間だったので、十分に見られなかったかもしれません。ぜひまた家の人と一緒に来てください。












2013年6月 6日 (木)

五齢・三日目になりました

こんにちは、まゆこです♪

「おかいこさん」たちは、4回の脱皮を無事終え、いまは五齢・三日目です。

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体長は、5.5㎝です。 大きくなりました。

人工飼料がなくなったので、桑の葉を取りに行ってきましたよ! かご背負って! 

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桑の実爆弾の襲来に備え、上着にカッパを着用です。

果樹から離れた農薬のかかっていない桑葉を、新芽の柔らかい葉を選んで摘んできました。

うれしいことに、おかいこさんたちは新鮮な桑の葉をもりもり食べてくれています。このかごいっぱいの桑葉を約60頭のおかいこさんたちは、明朝までに食べつくしてしまうのでしょうか?

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これからしばらく、桑摘みに追われる毎日です!!

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2013年6月 5日 (水)

中央市の冨士浅間神社1

中央市は旧田富・玉穂地域からは富士山が見えます。ところが豊富地域に近いところや、豊富地域では富士山は見えません。富士に近づくほど冨士山とは縁がなくなるなんて、さみしいですよね。じつは御坂山地が邪魔をして、見えなくなるのです。昔から、「富士山の見えないところに美人が多い」と言われていることをご存知ですか?富士山の神様である木花咲耶姫命が、美人で嫉妬深く、富士山頂から眺めて、自分より美人を見つけるとヤキモチを焼くからだと言われています。ホントかな?

下の写真は山宮の浅間・愛鷹神社です。
Img_0119中央市にはいくつかの浅間大明神をまつる社 Dscn00092 があります。豊富地区大鳥居の山宮にある浅間・愛鷹神社、同じ浅利の宮ノ下に浅間社(これは所在がはっきりしません)、そして、旧田富地区今福の大輿神社内の石碑です。このほか豊富地域の冨士池に富士講の碑が立っています。
今日紹介するのは、今福の大輿神社の冨士浅間大明神の碑です。大輿神社の鳥居をくぐって、随身門を通ると、左側に石碑と祠がまつられています。碑の裏には昭和12年に建立した時の人々の名前が残されています。講は丸高講という名称です。

Dscn00161 石碑の上部には講印があり、富士の三峰の下に3つの星があるものです。この裏側に貴重な記録がありました。昭和10年代までは盛んに富士講が行われていた証拠です。

富士講の先達や修験者の名前が記されています。興味のある方は是非見学においでください。

世界文化遺産登録に伴い、これらの文化財も見直されるとよいですね。

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2013年6月 2日 (日)

ジェット洗濯器の全貌が解明されました

Photo 先ごろから山梨日日新聞やYBSラジオで、報道していただいた手回し洗濯機の全貌がわかりました。というのは、山梨市の藤原さんから、本日電話があり、ラジオ放送で話していた洗濯機と同じものが、箱入り、新品同様の状態で所有していること、しかも、取扱説明書があるとのこと。さっそく、写真と説明書をメールで送っていただきました。取扱説明書には細かな説明があり、しかも、どのくらいのものが洗えるか、脱水の方法まで書かれています。報道関係の皆様、また、藤原さんに感謝感謝Photo_2 です。これで、子供たちが社会科見学で来ても、説明ができます。ありがとうございました。

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