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2017年2月21日 (火)

菰編み台と俵編み機

Tomiko

 富子だけんど、昨日は風がすごかったじゃんね。午後っから雨は降るし風は吹くし、その上青空は見えてるしで、変な天気だった。玄関の戸をちょっと開けたら、戸と一緒に吹っ飛ばされそうになるし、顔にゴミがビシッと当たってくるし。

 今、資料のキャプションを付け替えてるだけんど、今までちゃんと知らなかったこんがわかったから、今日はそのこんを書くね。

Dscn9537jpg2 藁で編んだ米俵

 菰編み台と俵編み機のこんだけんど、今までどっちも俵を編む道具って思ってたし、ぼこんとうにも(子どもたちにも)そう説明してきただよね。進化形の編み機と古い形の編み機があるくらいに思ってたら、ふたつのもんはえらく違うってこんに初めて気づいたさ。

Dscn9544jpg2 菰編み台は歴史が長い

Dscn9538jpg2 縄を挟むタイプの俵編み機

 上が菰編み台で下が俵編み機だよ。どっちも縄を前後に振り分けて俵の胴体を編む道具だから、大差ないじゃんと思うら? 2つの道具の大きい違いは「菰槌(こもつち)」があるかないかだね。菰編み台は石なんかを菰槌にして、編んだ縄をゆるまないように固定するだよね。私のちっくいころはどこのうちでも石のついた台で編んでた気がするよう。横に入れる材料を何にするかでいろいろなものになるらしいけんどね。藁を入れれば米俵になるし、スゲとかだと炭俵になるし、簾(すだれ)を編むこともできるって。こういう編み方をもじり編みっていうらしいよ。

Dscn9542jpg2 縄の先端に注目

 ところが俵編み機は俵専用の装置で、俵の胴は2枚の板の間につぎつぎできていくだよね。一番の違いは錘(おもり)の石がないことだから、縄の先端は扱いやすく適当に縛ってあるね。じゃあ錘の代わりは何かっちゅうと、金具の部分で縄を挟んで、動かないようにできるっていうこんさ。

Dscn9540jpg2 金具とビー玉で縄を挟む

 縄を金具とビー玉みたいので挟んであるのがわかるけ?このビー玉も最初は冗談で入ってると思ってたら大違いだね。これでバネを留めてるだよ。試しにビー玉を押してみたら、金具の中に引っ込んで、手を離すとまた戻ってきたさ。ほんだからバネの力で縄を留めてるっていうこんだね。

 こういう俵編み機が普及するのは昭和40年頃からだっていうから、そう長く使われたもんでもないよね。米の保存袋はすぐに紙になるからね。俵には俵のすごさもあるだけんどね。

2017年2月19日 (日)

ミニ企画展「縁側の茶器」(5)

今日は湯冷ましについて書きます。

湯冷まし

玉露を入れる場合はお湯の温度を50~60度くらいにさます必要があります。それで湯冷ましという道具を使います。熱い温度で入れる煎茶には湯冷ましは必要ありません。また、玉露が生まれたのは天保年間(18301844)のことなので、それ以前には湯冷ましは使われませんでした。

Img_9771jpg2 左から番茶・煎茶・玉露が並ぶ

玉露は甘みのあるまろやかな味が特徴で、緑茶の中では最高級品とされています。煎茶とは栽培方法が異なり、茶摘みの約2週間前の新芽が出始める前から茶畑を葦簾(すだれ)で覆います。直射日光を遮ることで柔らかい鮮やかな緑色の葉ができるのです。覆下園(ふっかえん)から取れた茶は、煎茶よりきわだって鮮やかな緑色をしており、揉み方もふっくらと丸く仕上げます。茶摘みの時期は煎茶より遅く、摘んだ後も寝かせた方がまろやかになるため、新茶の出回るのは十月頃からです。

Dscn9501jpg2 右奥が湯冷まし(九谷焼)

湯冷ましの形は、水差しから取っ手を外したようなものや、片口鉢のようなものがあります。湯の温度を効率よく下げるため、底より口を大きく作ってあることが特徴です。資料館にはなぜか湯冷ましはたくさんあります。急須や茶碗とセットにならない湯冷ましの単品もあります。それだけ玉露を飲む文化がこのあたりにはあったと思われます。

Img_9726jpg2 小さい字で漢詩が彫ってある湯冷まし

そんなとき図書館で出会ったのが小川流煎茶6代目家元の書いた『漱石と煎茶』という本でした。漱石の『草枕』を中心に煎茶の心を説いています。ちなみに『草枕』では煎茶の場面はこんな具合です。

「濃く甘く、湯加減に出た、重い露を、舌の先へ一しずくずつ落として味わって見る・・・舌頭へぽたりと載せて、清いものが四方へ散れば咽喉(のど)へ下るべき液はほとんどない。只馥郁(ふくいく)たる匂いが食道から胃の中へ沁み渡るのみである。」

Img_9486jpg2 湯冷ましと急須(九谷焼)

私も南部町にいた頃、水で出した煎茶を小さい茶碗でいただいたことがありますが、ほんとにびっくりしました。お茶ってこんなに甘くおいしいものだったんだと。(漱石の表現とは比べものになりませんが)漱石も言っているとおり、こういうお茶は飲むものではなく、喫するもののようです。

Dscn9573jpg2 金彩が豪華な九谷焼湯冷まし

煎茶道ではほかにもさまざまな道具を使いますが、家庭でお茶を入れるときには急須・茶碗・茶托・(湯冷まし)で充分です。ちょっと気取っておいしいお茶を入れてみませんか。

 

2017年2月17日 (金)

繭雛5段飾りを作ってみた

Tomiko

 富子だけんど、春一番が吹いたってねぇ。春がすぐそこまできてるだね。うちの畑は冬のまんま成長が止まってる感じだけんど、植物の体の中では何か変化が起こってるかもしれんね。

Dscn9548jpg2 制作途中の繭雛

 せんころお雛さんを見に来たお客さんが、工作で作る繭雛の見本を見て、「かわいいじゃん。繭で作ったお雛さんて、かわいいねぇ。」って言ってるのを聞いて、「繭で5段飾りのお雛様を作ってみたらどうずら。」って思ったわけ。お内裏様だけじゃなくて、三人官女や五人囃子も作ったらすごいじゃんと、さっそく繭を切って、さなぎを出して作り始めたけんど、時間がかかりそうだから家でやるこんにしたさ。

Dscn9554jpg2 仕丁に持ち物を付ける

 三人官女たちに着物を着せてたら、うちの2歳の孫が「かわいい、かわいい」ってほめるだよね。「くれ、くれ。」って言うけんど、やっちもうわけにいかず、なだめながら顔と着物は仕上げて、次の日資料館に来てから道具を作ってくっつけたさ。

 大臣の持ってる弓と矢は竹ひごを細く削って、糸を張ったり、矢羽根を付けたり、細かくて大変だったね。五人囃子の鼓もちゃんと作ったよ。立体にしたもんと平面にしたもんがあるけんど、平面は手抜きだね。

Dscn9563jpg2 できあがった5段飾り

 左近の桜と右近の橘も葉っぱや花は切った残りの繭を使ってつくったさ。雪洞も切った残りの繭だよ。何を使ってどう作るか考えると楽しいよね。

 ひな壇はチョコレートの箱で作って、赤い紙を貼ったさ。5段に15人のお雛さんを並べるとなかなかいいね。近くで見るとけっこう迫力もあるよ。

Dscn9564jpg2 表情もそれぞれ

 2月25日・26日のひな祭りでは、お内裏さんだけを作るけんど、よかったら5段飾りの繭雛も見ておくんなって。お雛さんの工作をしてくれる人には、お雛さんにあげる「ひなあられ」が当たる福引きも用意して待ってるからね。

Dscn9566jpg2 福引きのひなあられ

2017年2月15日 (水)

御殿飾り雛コレクションin とよとみ

Photoこんにちは、まゆこです。

Dsc_0514 二月に入ってから連日、ひな人形展に多くのお客様に来ていただきうれしい限りです。

享保雛、古今雛、有職雛、土雛、押絵雛、御殿飾り雛他、土雛や御所人形、市松人形や甲府の雛問屋が作った横沢雛など、多彩なお人形が皆さまをお迎えしております。

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←今日は、寄贈していただいた御殿飾り雛が新たに一式、展示資料として仲間入りしましたので、お知らせします。

これで当館展示の御殿飾り雛は全部で6点となり、おかげさまで、御殿飾り雛の形態の時代的変遷を理解していただける絶好の資料が揃いました!

当館ひな人形展の見どころがまた一つ増えたわけです。

Dsc_0520←昭和初期から戦前につくられたシックな御殿飾り雛

御殿飾り雛は明治大正時代から戦後昭和にも流行し、長い間人気のあったお雛様です。御殿の中に男雛、女雛が入り、その周りに三人官女が配置される、見た目にもたいへん豪華な雛飾りです。

しかし、昭和20年を挟んで、戦前、戦後のものでは建物である御殿の趣がかなり変化していきます。

戦前のものは宮中への憧れをそのまま具現化したようなシックで格調高い御殿なのですが、戦後になると、屋根の中央付近に破風が据えられるになり、ピカピカとした金メッキの装飾金具がどんどんと多用されるようになります。

Dsc_0519←屋根に破風が据えられた昭和20年代の御殿飾り雛

Dsc_0508←昭和20年代末のだんだん装飾が過剰になっていく御殿飾り雛。(本日から展示の新資料)
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←当館展示の昭和30年代終わりの御殿になると、キラキラ金ピかのまるで東南アジアの寺院のような姿になってしまっていて、おもしろいです。

これは、特に昭和20年から30年代にかけては、御殿が宮中を模したものという概念が薄れたこともあるでしょう。

さらに、戦後の復興、高度成長期への期待感が高まっていた時ですから、ひな人形を子どものために購入する大人たちの心にも、将来の暮らしの豊かさへの強い欲求が込められた結果なのだと言われています。

在の感覚からすると、いまから50~60年前くらいの、少々やりすぎにさえ感じられるこの究極の金ピか御殿にも、当時の子を持つ親の願いが強くこめられていたのだと思うと感慨深いですね。

ひな人形展をご覧のお客様には、昭和初期から20年代、30代末と趣を変化させていく御殿飾り雛の世界もじっくりと比較しながら見ていただけましたら、うれしいです。

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昭和40年代に入ると、御殿飾り雛はぱったりと姿を消し、五人囃子以下を伴う豪華7段飾りが主流になっていきます。

7段飾りは、まゆこの買ってもらったお雛様の時代です。

どの世代の方が来館されても、なじみある雛人形とそれよりもちょっと昔の心惹かれるお雛様たちに出会うことができますよ!

そんな、江戸から昭和までの雛壇の様相の変化を一堂にご覧いただけるのは、当館ひな人形展の自慢なんです♪ 

まゆこ

2017年2月12日 (日)

ミニ企画展「縁側の茶器」(4)

今日は茶碗と茶托について書きます。

茶碗

茶碗は玉露や煎茶用の小ぶりのものと、日常のお茶用の中型のもの、そして番茶用の厚手で大ぶりのものにわけられます。形でわけると釣り鐘形、碗形、盃形にわけられます。

玉露や煎茶用の茶碗はごく少量を味わうにふさわしく、猪口ほどの大きさです。煎茶茶碗は直径4cm前後を目安とし、玉露用はさらに小ぶりのものを使います。(ちなみに抹茶の茶碗は直径10cm以上あります)材質は白磁が最も良いとされます。それはお茶の色がよく映えるからです。

Img_9497jpg2 絵で埋め尽くされた九谷焼の茶器

日常のお茶用の茶碗は磁器でも陶器でも良いのですが、やはり内側のお茶の色が映えるものがよいようです。そうと知って周りを見回すとやっぱり皆さん茶の色が映える茶碗を使っていますね。私の今使っている茶碗は、外側が白くて内側が水色ですから、お茶を飲むには合いません。

番茶の茶碗は、たっぷりの熱いお茶を入れるものですから、大ぶりで厚手のものが適しています。

Img_9693jpg2 手書きの絵がかわいい茶碗

今回煎茶用の茶碗を中心に展示しています。急須や湯冷ましとセットになっているものもありますが、茶碗だけになってしまっているもの、急須だけになってしまっているものもあります。その小さな茶碗や急須には手書きで文様が描かれています。手書きですから並べてみると一つ一つ微妙に違います。染め付け茶碗のウサギや笹の葉を比べて見てください。

Dscn9535jpg2 七福神の茶碗(九谷焼)

また七福神の茶碗は九谷焼ですが、絵を描いた画工さんの名前が「橋田」と糸底にあります。3個しかないのが残念ですが、急須や湯冷ましなどとセットで七福神になっていたのではないでしょうか。非常に繊細かつ大胆な線で描かれ、美しく着彩されています。

Img_9484jpg2 画工は橋田さんという方

茶托

茶碗をのせる台のことで、托子とも言います。茶托の起こりは中国の唐の時代です。当時のお茶は熱湯を用いた上茶碗も大きかったので、直接茶碗を持つのには熱すぎ、そのために作られたのだろうと言われています。

日本の煎茶道では元々は茶托に当たるものはなかったようで、江戸時代中期に杯と杯台が輸入され、それぞれが茶碗と茶托に転用されたようです。

材質は木・竹・籐や銀・錫・銅などがありますが、輸入杯台は錫製が大半だったので、錫製の茶托が最上とされます。

玉露や煎茶には錫製の茶托を用います。黒ずんでいるほうが価値が高く、木製のものは番茶に用います。

Img_9584jpg2 重みのある錫の茶托

茶托については、小さい頃、変な安っぽい金物でできた茶托があるなあ、と思っているうちに、ままごとの皿になり、そのうちどこかにいってしまったという来館者が大勢いました。私もその一人で、私たちの小さい頃はけっこうどこの家でも錫の茶托があり、しかもその価値はすでにわからなくなっていたと思われます。

2017年2月 9日 (木)

「豊富人形工房繭竹」って?

Photo

こんにちは、まゆこです。

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←ラジオで情報を得て、わざわざ八王子から見に来てくださったお客様。本当にありがたいです。

節分がおわり、立春を迎え、当館には、ひな人形展が目当てのお客様に加え、

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「昔のくらし」の勉強にいらっしゃる山梨県内小学

3年生の学校団体が連日お越しくださり、たいへんにぎやかです。

 

でも、今日はめずらしく団体予約がない日でしたので、2526日(土・日)開催イベント「繭雛とあい竹雛を作ろう!」の準備をスタッフみんなで集中して行いました。

Dsc_0485館長があい竹雛の竹を切り、

Dsc_0507_2富子さんが繭雛の竹パーツをきれいに磨き、

Dsc_0497まゆこはと繭雛の髪をひたすら描きました。

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←こちらは「繭雛」よんっ♪

繭雛とあい竹雛各50セット全部で200体分のパーツを作らなくてはなりません。

もう、みんな無言です!(ウソ)

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でもまちがいなく今日の事務室は、『豊富人形工房繭竹』の作業場と化していました。

明日はというと、やはり団体様御来館!ありがたや!!

お客様への資料解説の合間を縫って、内職作業がしばらく続きます。

←こっちが「あい竹雛」よっ♪

館長の手がささくれ立っているのも、富子さんの手がカサカサになっているのも、まゆこの手が墨だらけになっているのも、人形パーツづくりに毎日勤しんでいる証拠です。

大目に見てください。

(「繭雛とあい竹雛を作ろう!」イベントの詳細は当ブログイベントのお知らせカテゴリーでさかのぼってご覧くださいね!)

まゆこ

2017年2月 7日 (火)

麦落雁を作ってみた

Tomiko

 富子だけんど、この頃風が強いじゃんね。夜なんかビュービュー音がして、うち(家)んつぶれちもうかと思うくらいさ。

 風ん強くて外へ出て、結界の御幣探しができんから、家で麦落雁を作ったさ。初めてだからね。うまくいくかどうか、ちゃんと固まるずらかって心配でね。作り方は簡単だけんどさ。

 麦こがしと砂糖とオリゴ糖と水を全部ボールに入れて混ぜればいいだけだから、何にも難しいこんはないだよね。ただ本によって砂糖の種類もいろいろだし、水の量もいろいろだから、こっちも試しにいろいろやってみるしかないよね。

Dscn9482jpg2 水分はほんの少し

 混ぜても混ぜてもほとんどサラサラしたまんまさ。それでも我慢して混ぜてると、手で握ったときにちょっと固まるようになっただよね。くずせばすぐ粉々になっちもうけんどさ。

Dscn9484jpg2 混ぜても混ぜてもサラサラ

 この辺でいいかと思って、型にギューギュー詰めて、詰め終わったら型をひっくり返して、コンてまな板に叩きつけると、ポンてきれいな型にぬけて麦落雁が出てきたさ。型はまゆこさんに借りた型だよ。

 大成功と思って続けたら、だんだん抜けにくくなってきてきれいな形にはならなくなってきたさね。なんかもっと続けてきれいに取れる方法があるのかもしれんけんど、今日はあきらめて先へ進んださ。

Dscn9488jpg2 きれいな形ができた

 プロの落雁屋さんは一晩おいて固めるっていうけんど、フライパンで乾かしたり、オーブンで乾かしたりしてもいいらしいので、フライパンにのせて乾かしてみた。熱で水分が飛ぶと同時に、砂糖分が少し溶けてがっちり接着する感じだね。それでサクサクするけんど、くずれない落雁になった。

Dscn9516jpg2 資料館の打ち菓子の型

 次の日に今度は水分を多めにしてやってみたら、型に詰めるのは楽になったけんど、サクサク感がなくてしっとり感ばかりになっちゃってね。やっぱりレシピどおりがいいってことだね。型は家にあるもんで何か代わりになるもんはないかといろいろ試したら、計量スプーンのいいやつだとコンて叩いてポンと出せたから、いいもんを見つけたと喜んだけんど形が単純すぎるよね。

Dscn6617jpg2 伊勢神社の歳旦祭の落雁

 落雁は子どもの頃はよく見かけたよね。仏事っていえば落雁がつきものでさ。私たちは薄茶のお手前なんていうのには縁がなかったから、落雁ていえばもっぱら仏事だね。だから菓子の中では高級だよ。甘いもんなんかめったにないからね。今は、個人的には小布施の栗落雁とか、秋田の諸越とかは好きだね。鎌倉の小鳩豆落も好きだよ。正直言って仏さんにあげてあった菊の花なんかの落雁はあんまりうまいと思わなかったけんどね。

2017年2月 5日 (日)

ミニ企画展「縁側の茶器」(3)

今日は煎茶の道具についてお話しします。

煎茶の風習は中国から伝えられたこともあって初期には中国から渡ってきた道具を使っていましたが、日本での煎茶の発展や飲まれるお茶そのものの変化に応じて変わってきました。煎茶の器の特徴は、抹茶に比べてはるかに小型、かつ繊細なことです。茶碗一つ例にとっても、片手にすっぽり納まってしまうほどのかわいらしさです。また、肌も透けるほどに薄いものが多く、色絵に代表されるように華やかで、中国風の趣味が生かされています。

煎茶に欠かせないのは、急須、茶碗、茶托の三種類です。玉露を入れるには湯さましが必要です。

Dscn9500jpg2 染め付けの急須(直径は約6cm)

急須

急須の原型は中国で発明され、茶を飲む習慣のある文化圏、特にアジアでは古くから使用されています。日本では江戸後期に広まり、「きびしょ(急焼・急尾焼)」とも呼ばれました。素材としては陶磁器製のものが最も普通で、日本の急須の主流は万古焼き・常滑焼の朱泥・紫泥が占めています。伊万里焼・九谷焼などの磁器や美濃焼・萩焼などの陶器製のものも多く生産されています。

取っ手によって分類すると、

「横手(よこで)」と言われるものがいわゆる急須で、注ぎ口を正面に見て右横に取っ手がつきます。

Dscn9497jpg2 横手の急須(直径は約8cm)

「後手(うしろで・あとで)」といわれるものは、注ぎ口を正面に見て、後方に取っ手がつきます。中国茶や、西洋の紅茶のポットなどによく見られる形です。小型のものを煎茶や玉露に用います

「上手(うわで)」本体上部に取っ手がつきます。一体化しているものもありますが、別個につけるものは、いわゆる土瓶です。

「宝瓶(ほうひん)」取っ手のない急須のようなもので、泡瓶とも書きます。玉露を入れるときに使います。玉露はお湯の温度が低いので、直接手に持っても熱くないため取っ手を必要としません。

横手・後手の煎茶用急須と、上手の番茶用土瓶を今回展示してありますが、宝瓶がないのが残念です。

1jpg2 万古焼の急須(直径約8cm)

写真の紫泥急須は、三重県四日市で焼かれた万古焼です。明治時代の中頃にそれまで使っていた白い粘土を掘り尽くしてしまい、赤土を用いて焼き締め陶器を作ったのが始まりです。

3jpg2jpg2 窯印には寿楽とある

2017年2月 3日 (金)

中国四川省都江堰市訪日団の甲州の豆まき体験

Photoこんにちは、まゆこです。

Dsc_0466本日、中国四川省都江堰市訪日団の皆さん7名が来館されました。当館では、中央市の歴史をご紹介しました。

 

Dsc_0471

今日は日本では節分の豆まきですので、早速入口で甲州の豆まき体験をしていただきました。

中国でも節分において鬼を払うということをしますが、爆竹の轟音でもって鬼をはらうそうです。

豆をまくのは初めてなようで、大変面白がっておられました。

Dsc_0474その他、シアタールームで養蚕が主要産業であった時代の中央市の歴史を見ていただいたり、充実の郷土資料展示をご覧いただきました。

Dsc_0475日本が誇るドールフェスティバル、桃の節句の雛人形も開催中の企画展で見ていただき、訪日団の皆様にも晴れやかな気持ちになっていただけたようです。

よかった♪ 

まゆこ

2017年2月 2日 (木)

ブログアクセス数と人気記事ランキング

Photoこんにちは、まゆこです。

先日、地元新聞に中央市の運営するブログアクセス数が・・・いうような記事が出ていました。「ふ~ん」と思って、この中央市豊富郷土資料館のブログの昨年のアクセス数を軽い気持ちで調べてみたら、7万人近くも来てくれていた!感謝でいっぱい!!

わぉー、市のブログを超えとるじゃんけ!いまのところずっと、アクセス数は増加傾向にあるので、館長と富子さんとまゆこのたった3人でまわしている当館のブログに改善命令が出ることはなさそうです。やった~♪

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←どんど焼きの館内ディスプレイ をする1月の半ばはなぜかアクセス数が増える。

このところ、当ブログを見て興味を持ち、わざわざ遠方から来館くださる方や資料の問い合わせ等も確実に増えており、手ごたえを感じている私たち。

アクセス解析を見る限り、北海道から沖縄、海外の方まで面白がってみてくださっている様子なので、励みになってます。

ちなみに今までの人気記事ランキング

1位「繭は冷凍→天日干し」2位「どんど焼きのおだんごを焼く棒について」3位「桑の木に住む虫たち」 4位「球形手回し洗濯器」 5位「菜種をとった」 6位「輪じめのつくり方」 7位「桟俵をつくってみました」 8位「病気のおかいこさん」 9位「氷削機と氷冷蔵庫」 10位「座繰り器」11位「昔のハエよけグッズ」 12位「繭のにおいを嗅いだことありますか」 13位「雑嚢(ざつのう)」14位「富子さんの部屋③」といったところ。よかったら、見直してみてください。

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←1年生用糸車貸出キットは、当館ブログをみて、県外から何人もの先生が今年も借りに来てくれている。

やはりお蚕や昔の道具についての学習で調べたら行き着いたとか、作り方を調べたらヒットしたとか、実用的なお役立ち記事に人気があるようです。

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書いているスタッフ皆に、ブログを展示活動の延長としての位置づけがあるので、わりと詳しく丁寧に書いているつもりです。

←昔ながらの節分の豆まきに関しては、ブログ内で詳しく解説しています。

イベント告知や開催報告的なのも、もちろんありますけど、今後ともよろしくお願いします。

Dsc_0373_3←ひな人形展は今日も大盛況!

まゆこ

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