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2017年1月22日 (日)

道祖神祭り(3)

Tomiko

 富子だけんど、今日はいい天気じゃんね。日曜日だけんど静かだよ。あとちっとで節分だから、少しはぬくとくなるかなぁ。

 道祖神祭りの(2)で、道祖神ていうのは中国の旅行安全の神様だっていうことを書いたけんど、日本で始めて旅行安全のために道案内をしたのは猿田彦だよね。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が高天原から天孫降臨をしたときに猿田彦が道案内をしたっていう日本神話から、道祖神と猿田彦が同一視されて、猿田彦が道の神・旅人の神になっていったただって。

Jpg2 高部新道の猿田彦大神と彫った道祖神

 ほんだから道祖神祭りの石碑に道祖神とは彫ってなくて、猿田彦大神って彫ってあるのも豊富にはあるよ。高部新道の道祖神だね。

Dscn9392jpg2 関原北組の猿田彦命と彫った道祖神

 関原北組(関原1202-1)の道祖神には、台座に猿田彦命て彫ってあって、石祠の破風のところに猿田彦の顔らしいものがレリーフになってるよ。

Dscn9393jpg2 祠の破風のレリーフ

 『山梨県史』の民俗編を読んだら、山梨県の道祖神は、塞の神とはいうものの、集落のはずれに立っているものはあんまりなくて、どっちかといえば集落の中心に祀られていることが多だって。だけんど、道祖神祭りの時は、集落の境を意識して、青竹にシメを挟んだ御幣が立てられるらしいだよね。『山梨県史』には中央市の成島のことが書いてあって、平成14年にゃあ、上成島じゃあ白の御幣、宿成島じゃあ青色の御幣を立てただって。災いがムラに入り込まんように立てるだってよ。今度成島にも見に行かなくちゃあね。

Dscn9382jpg2 浅利豊積橋南詰交差点の御幣

 たしか豊富でも見かけたなあと思って、確かめに行ったら、浅利の北側の境に3カ所発見したさ。小さい御幣だね。

Dscn9386jpg2 関原愛宕神社近くのお札

 以前豊富の道祖神のこんを企画展示したときも別のを見たことがあったから、そこも確かめに行ったら、あったよ。関原北組(関原愛宕神社)だけんどね。ここは御幣じゃなくて、お札を青竹に挟んでたててあったね。「善い星皆来、悪星退散」って書いてあるから、はっきり災厄よけだよね。

Dscn9387jpg2 災厄を除けるお札のアップ

 平成24年の写真を見たら、お札を付けた青竹が4本ばかりまとまって置いてあったから、4本くれえ立てるだね。お札が本格的だから、お寺のお坊さんが作るのかと思ったら、そうじゃあなくて、その年の区長さんが作るだって。そういえばここの道祖神祭りは、線香をあげてお参りしてるよ。神様が混ざっただけじゃなくて、仏様も混ざっちゃっただね。

 今じゃあ自治会長が音頭を取って道祖神祭りをしないと成り立たんけんど、江戸時代は逆に大騒ぎになりすぎて大変だったらしいよ。そのこんが『玉穂町誌』と『豊富村誌』に書いてあったから、次の時話すね。

2017年1月21日 (土)

できたよ!「とよとみのまゆ」

Photoこんにちは、まゆこです。

Dsc_0390_2本日は山梨・豊富の養蚕をご紹介する冊子「とよとみのまゆ」が完成し、頒布を開始いたしましたので、お知らせします。

仕様:フルカラー、A4判16ページ (税込200円) 

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← 表紙写真は当館生産の繭だよ!まゆこが手に持って、館長に撮ってもらったの。

目次:p2「養蚕という仕事」養蚕という仕事/蚕の一生 

3「豊富地区の養蚕の歴史」江戸時代から昭和時代まで 

5「昭和30年代の養蚕風景」蚕の種がやってくる/稚蚕は土室で育てる 

7「お蚕さんと一緒に暮らす」富子さんのお宅拝見!

8「養蚕技術の進歩」上蔟技術の進歩 

9「繭の嫁ぎ先」豊富の繭の嫁ぎ先(昭和30年代)

10「最後の養蚕家」近代的な壮蚕飼育用の蚕室/なぜ養蚕をやめていったのか?

11「おかいこあるあるTrivia about silkworms in Toyotomi

16「山梨・豊富の養蚕遺産マップ」

頒布場所:当館窓口 

         そのほか、山梨県立博物館(笛吹市御坂町成田)・山梨県立考古博物館(甲府市下曽根町)・ふじさんミュージアム(富士吉田市上吉田)・北杜市郷土資料館(北杜市長坂町)でも販売してもらえることになりました。お近くの館にお寄りの際は、お手に取っていただければ光栄です。

 

Dsc_0385 当館は養蚕に特化した展示スペースを持っております県下一の養蚕資料収蔵館ですが、ここで告白しますと、実は、まゆこと養蚕(おかいこ)とのかかわりはたったの4年なんです。豊富郷土資料館に勤めるようになってからの4年間、毎年5月から10月の間に資料館に残されていた養蚕の道具を使って、蚕を飼い、できた繭を使って糸をとるということをしてきました。

←P6土室での稚蚕飼育の様子 p7「a life with cocoons」

Dsc_0387_2失敗も多くありましたが、この間に、豊富地区の方々にいろいろとお世話になり、養蚕関連の様々なことを教わりました。
また、飼育したお蚕さんそのものからも、多くのことを学ぶ機会をもらいました。

←「おかいこあるある」は豊富に伝わる蚕にかかわる豆知識集です。

短い間でしたが、蚕という生き物と人間の関わりを知ることによって得た情報を、今できる限りの精一杯、この冊子に詰め込んでみました!

Dsc_0388まゆこのお伝えしたいことがギュウギュウ詰めで、ちょっとウザいかも♪ 

豊富地区最後の養蚕家であった故中込文義さんへの感謝とオマージュも込めました。

もしご興味を持たれた山梨県外の方がいらしたら、気軽にお電話ください。

基本的には窓口販売ですが、ご相談に応じます。よろしくおねがいします。

まゆこ

2017年1月19日 (木)

昭和の包装紙

Tomiko

 富子だけんど、道祖神のことはちょっくらこっちへ置いといて、おもしろいもんが見つかったから見せるね。

Dscn9377jpg2 小さい七段飾りのお雛さん

 せんころボランティアさんと一緒にお雛さんを飾ってたときのこんだけんどね。資料館のお雛さんは古いもんが多いから、直し直し飾ってるだけんど、七段飾りの小さいお雛さんがあるだよね。戦後ちょっとたった頃のまだ物があんまりない時期に作られたもんじゃねえかと思うだけんど。雪洞なんかの布がぺこぺこになっちゃって、丸くふくらんだ雪洞になってないだよね。ほれで持ち主の人が、その辺にあった包装紙をくしゃくしゃと丸めてその中へ入れて形を整えたらしいだよね。

Dscn9379jpg2 この雪洞に入っていた

 その包み紙を見つけたボランティアさんが、「包み紙じゃあかっこ悪いから、違う紙にしたらどうで」っていうから、薄葉紙を丸めて入れるこんにして、包み紙をやっとのことで取り出したら、かなり古い包装紙で、これは面白いって、しわを伸ばして、裏打ちをして、どこの包装紙だか調べてみるこんにしたさ。

Dscn9373jpg2 梅林堂の包装紙

 一枚は甲府銀座の梅林堂っていうお菓子屋さんの包み紙だったさ。この店が今もあればいいなと思ったけど、残念ながらお菓子屋は廃業して駐輪場になってるらしい。昭和の初めの写真を見ると、松林軒ていうデパートの近くにあって、2階では喫茶店もやったりして、人通りもにぎやかで流行ってた。峡陽文庫に書いてあるのを見ると、梅林堂は明治12年に創業してて、昭和7年に喫茶部ができただって。

 昭和の初めの包装紙には電話番号が2969番て書いてあるだけんど、こっちの包装紙には、3056番になってるだよね。電話番号が地方都市で4桁だったのは手動交換時代のこんで、昭和30年代前半までだっていうから、ちょうどお雛さんを買った頃の包装紙じゃあねえかなぁ。お雛祭りに梅林堂のお菓子を買って、みんなでそれを食べながらお祝いしたと思うとなんか心がほんわかするねぇ。

Dscn9376jpg2 ケンシポマードの包装紙

 もう一枚は店の包装紙じゃなくて、精香舎のケンシポマードやヘアトニックの包装紙で、ケンシポマードっていうのは大正13年に発売されて、昭和に入っても人気を博した整髪料だったらしいさ。なにしろ男の人用の整髪料はポマードしかないって言う頃だからね。

 1960年代からはドライヤーが登場して、ヘアリキッドでふんわりしたセットができるようになって販売数がへったけんど、それまではポマードの世界だったわけさ。ケンシポマードは植物性で、ヒマシ油と木蝋に香料を練り合わせてあるだって。ちょっとべたつくし、原料が臭うから、香料がたくさん使ってあったらしいから、つけてたのはおしゃれな人だったんだね。お雛祭りをした家のお父さんが使ってたのかなあ。

 いずれにしても雪洞がタイムカプセルの役目を果たしてくれてただよね。

2017年1月18日 (水)

昔の「節分の豆まき」を再現します!

Photoこんにちは、まゆこです。

いよいよ今年もみんなで「鬼も目をぶっ潰すっ!」爽快イベント開催の季節がやってまいりました!!

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●事業名 「節分の豆まき~鬼の眼をぶっつぶせ~!」

日時 平成29128日(土)午後1時半と2時半

   129日(午後1時半と2時半 

※当日(全4回)資料館前庭に集合し、豆まきを行います。

※豆まき参加者は入館無料となります。

 ※参加者には、福引きがあります。

場所 中央市大鳥居1619-1(シルクの里公園向かい)

     中央市豊富郷土資料館前庭

問い合わせ ℡055-269-3399

 

Dsc_1492 当館で行う節分の豆まきは、古くから山梨に伝わる節分行事を再現したもので、地域文化の伝承をはかるために行います。

 

いまではほとんど行われなくなった甲州独特の節分は、主として昭和30年代初めころまで、甲府盆地各地で行われた記録が残ります。

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軒先よりも高い竹竿の先に目駕籠や手すくいを縛り、そこにネズミサシ・ヒノキ、スギなどの枝を刺して庭に立てます。

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夕方、竹竿の先の目駕籠めがけて、「鬼の眼をぶっつぶせ~!」を唱えながら豆を投げ上げるのです。

本人の気づかない間に、鬼は心の中に住みつくものです。

まゆこは毎年、1年のうちに心にたまった見えない鬼を一気にこのイベントで追い出すべく、全力で豆をかごの目にぶつけようと奮闘しています。

←目駕籠にネズミサシバージョン

参加者の皆さんもぜひまゆこと一緒にレッツエキサイト! 

まゆこ的に年々増加する鬼の多さを実感しており、精神衛生上、必要不可欠なイベントとなっております。

←手すくいにネズミサシ

 

しかも、たくさんの来館者の皆様と一緒に鬼をやっつけられるのですから、なんと心強いことでしょう。

Dsc_3437_2参加者の皆さんと共有できる一体感もこのイベントの魅力の一つなんです。

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今年の鬼たちは、一段と手強そうですわよ!

 みなさま、心を一つにして立ち向かいましょう!

まゆこ

2017年1月17日 (火)

道祖神祭り(2)

Tomiko

 富子だけんど、今日もさぶかったよね。朝、資料館へ来る途中の川から湯気が立ってたよ。川の水の方がぬくといだよね。さぶいから温泉へ来る人が多いよ。資料館に寄ってくれる人も多いよ。

 道祖神のこんについては、4年ばか前に資料館で企画展をしたことがあって、そんときに中央市中の道祖神をまわって調べたさね。町誌に載ってるより多く道祖神が見つかって、一覧表にしたもんもあるけんど、旧豊富地区が23基、旧田富地区が31基、旧玉穂地区が38基あるだよね。すごい数じゃんね。だいたい集落ごとにひとつはあるからね。全部で92基だよ。これが全部古いもんかっちゅうとそうでもない。平成になってから作られたもんもあるさね。そこがまたおもしれえじゃんね。

Dscn9326jpg2 13日、幟だけが立っている寛政10年建立道祖神

 「道祖神」さんてなんずらと思ったら、『豊富村の石造物』っていう本に、「古来道の分岐点で邪気が村に入り込むことを防ぐ岐神(ふなどのかみ)とよばれる神がいると信じられていた」ことと、「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉国(よみのくに)から逃げ帰ったときに道をふさいで幽鬼から尊を守った黄泉平坂(よもつひらさか)の石を道返大神(みちかえしのおおかみ)と呼」んだこと。この二つが混合して塞の神(さいのかみ)って呼ぶようになったことが書かれてるさ。

Dscn9309jpg2 13日、文政8年建立の道祖神

 さらにはそれに「中国の古代信仰に旅行の守護神として道祖神があって、この信仰が日本に伝来し塞の神と混合したらしい」って書いてあるさ。「道祖神」っていう名前がついたのもここからだね。「塞の神」とも呼ぶけんどね。「その上性器崇拝の習俗とも混合し、縁結び・子授け・安産などの祈願も行われるようになった」だって。まあすごい神様だね。御利益のデパートだね。山の神なんかもそうだけんどさ。日本人はどんどん神様を作っちもうし、よそから来た神様も御利益がありそうならどんどん祀っちもうしね。貪欲だよね。

Dscn9308jpg2 集落の境に立てられた青竹としめ

 『田富町誌』には、昭和20年頃までの道祖神祭りの2日間、どんなふうに祭りを進めてくかが書かれてておもしれえよ。その中に「1月11日の朝、道祖神の両側に5間の幟を立てることから始まる。当日の14日の朝、道祖神の前にしめ縄を張るとともに村落の境に青竹にしめを挟んで立てる」ってあるさ。豊富の関原でも立てるってことで、企画展の時にも復元して立てたけんど、豊富のは竹の背が高いだよね。町の中に時々見かけてなんずらなと思っていたらこれだっただね。今回立てたばっかの写真を撮ってきたよ。下の写真は集落の境っていうのがわかるように遠くから撮ったから、しめが見にくいけんどね。

Dscn9323jpg2 電柱の下に立てられた青竹としめ

2017年1月15日 (日)

道祖神祭り(1)

Tomiko

 富子だけんど、寒いじゃんね。こっちは雪が風花程度だったけんど、日本海側はえらいこんだね。センター試験ていうと雪じゃんね。きのうは風も強くて、寝てても鼻の頭がつべたくなっちゃって。

 13日と14日に道祖神祭りの飾りの写真をたくさん撮ったから、ちょっと載せるね。昨日は大田和のどんど焼だったから、そのことを中心に書いて、あと所はまた後で書くよ。

 どんど焼(山梨の一部と愛知の一部での呼び方)は、実家の方じゃどんどん焼き(山梨の一部での呼び方)って言ってた気がするけんど、左義長っていうのが全国に共通する言葉らしいね。

Dscn9342jpg2 14日午後4時まだ神様はいないお小屋

 平安時代に清涼殿の東の庭で、青竹を束ねたのに、毬杖(ぎっちょう)っていうホッケーのスティックみたいのを3本結びつけて、その上に扇子や短冊をくっつけて、陰陽師が謡ったりはやしたり踊ったりしながら燃やす行事があっただって。1月15日にやって、天皇もそれを見たらしいよ。

 庶民の間でもそれは、門松やら、注連飾りやらの歳神さんを出迎える飾りをどんど焼で焼くこんで歳神さんを見送る行事になってずっと続いてるだね。

Dscn9352jpg2 点火に先立って獅子が舞う

 謡い踊るっていうところが獅子舞になっていったのかもしれんね。陰陽師も鬼とかに仮装して踊ったらしいからね。

 あと、道祖神祭りは若者と子どもが活躍する祭りだけんど、大田和でもお小屋に火を付けるのは子どもの仕事で、中学生の女の子たちが四隅から火を付ける役をまかされてたさ。

Dscn9359jpg2 中学生による着火

 本来若者と子どもが活躍する祭りだけんど、昨日の新聞を見たら、集落が高齢者ばっかになっちゃって、道祖神祭りのおヤナギが飾れなくなっちゃったところのことが書いてあったね。10mもある柱に割った竹をヤナギのように付けていくのは技と体力と人手が必要だからね。ほんだけんどもったいねえよね。おヤナギは子どもの頃、実家の辺じゃあみんな作ってて、その下に立つとホントに神様が降りてきそうな気がしたよ。

Dscn9364jpg2 あっという間に大きな炎に

 大田和のお小屋も高齢者の人たちの技と人出がないと作れないって言ってたから、技の伝承をしていかんとだめだよね。昨日は寒くて北風も強くてお小屋を燃やしても大丈夫ずらかと思ったけんど、無事にできてよかったよう。

2017年1月14日 (土)

節分行事の準備

今日は大寒波が来ていて寒いですね。
太陽は出ないし、奥秩父の山や南アルプスは雪雲でしぐれています。

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公園も今日は寒すぎて誰もいません。

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そこで節分の豆まき準備で、目駕籠に付けるネズミサシを切りに行ってきました。

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左側の道路脇に、毎年いただいている枝があります。わかります?
では近づいてみましょう。

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びっしり生えた針状の葉がとてもちくちくして痛いのです。
まず切り落として、持つところの葉を綺麗に刈りました。

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これで準備は完了です。参加者に配る豆は、今年は300袋用意しました。

昭和30年代まで、甲府盆地の各地で行われていた豆まきを、
1月28日と29日の午後、1時半と2時半の1日2回ずつ行います。
高い竹竿の先にネズミサシと目駕籠を結わえて、これにめがけて豆をまきます。
昔は、この先に鬼が下りてきて、ネズミサシを避け籠に寄り付くので、
籠の目に着いた鬼を追い返すために、豆を投げたのだそうです。
『福は内。鬼は外、鬼のまなこ(め)をぶっつぶせ』と3度言ってなげます。
ぜひご参加ください。
用意した豆はこれです。表には「招福除災 鬼大打豆」の印が押してあります。

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ひな人形展がはじまった

Photoこんにちは、まゆこです。

 

Dsc_0368 本日より平成28年度第4回企画展「ひな人形展」はじまりました。

 江戸から昭和時代に製作された250躰以上の雛たちが皆さんをお待ちしています。

Dsc_0366もちろん、甲府の雛問屋が作った雛たちも、ちょっと古びているけれど堂々と立って、例年通り皆様をお迎えしています。このなかでも、上から2段目が童子の顔に身振り手振りがかわいらしい「横沢雛」です。その他、1段目は内裏雛、3段目は翁と媼の人形(高砂)と埼玉県岩槻発祥だけれども甲府の雛問屋が作った裃雛、4段目が神功皇后と玉津島明神がモチーフの雛、5段目が市井の人々を表現した雛たちを、今回は分類して展示してみました。 

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←昭和の7段飾りの内裏雛

さらに、男雛と女雛の並び方にも、時代によって変遷がありますので、そこのところも当館ではこだわった展示をしています。

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気になる方は、どうぞ解説パネルを読んでみてください。

明治・大正期の内裏雛

それから、当館には、添え雛とか添え人形といわれる内裏雛の周りに飾られたユーモラスな雛たちもたくさん居まして、それぞれに個性があり面白いのですよ。甲府の雛問屋で製作された添え雛たちの表情を見ていると、飽きることがありません。

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まゆこ的に勝手なストーリーを考えて配置しています。

←これは、かっこいい若君を町で見かけた娘たちがキャッキャッ言っておしゃべりしてる感じのシチュエーションにしてみました。

他にもいろいろな個性の添え雛があるので、みなさんも「この人形とこの人形をこういうふうに配置して、こんな場面にしたら?」と思いついたらまゆこに知らせてくださいな。

これから4月まで、当館でいっしょにお人形まつりを楽しみましょうぞ♪

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でも、今日はお外が寒すぎて、誰もまだ観に来てくれてないのだけれど・・・ね。

山梨県中央市のはじっこにある当館ですが、周辺で雪は降っていませんし、路面は良好です。

館内を暖かくしてお待ちしていますから、どうぞ観に来てください!

隣の温泉施設ふれんどりぃにもついでに寄って、体を温めて帰るのもよいですよ!

まゆこ

2017年1月 9日 (月)

小正月

Tomiko

 富子だけんど、降ったね、雪が。やっぱり成人式はどこへ移動しようが雪なんだねぇ。大人への試練てことかな。

 試練のことを言えば、小正月の行事は結構大人への試練も兼ねてるとこがあっただよね。うちの方のはそういうこともないけんど。子どもは活躍するよ。うちの娘なんかも子どものころ、どんど焼きで燃やす松飾りとかを集めに回ってたからね。

Img_9812jpg2 子どもたちの獅子がやってきた

 昨日は子どもんとうは、朝早くっからグループに分かれて、お獅子を先頭に家々を回ってくれたさ。獅子頭をかぶったら前が見えなくて歩けず、「前が見えないよ「」「獅子の口を開けて歩くだよ。」って大人の人に言われたり、太鼓を担いだ子が「もう、疲れちゃったよ。」「あと少しだから、頑張ってな。」なんて言われたり。子どもの試練の日だったかもしれんね。ほんだけんどこうやって1年に1回でも、地域の人たちに頼りにされる子どもって、いいよね。その町に根っこがあるのが大人になってわかるよ、きっと。

Img_9816jpg2 お獅子の祝福を受ける

 うちの孫の頭を獅子がちゃんとかんでいってくれたよ。

Img_9770jpg2 孫も団子を挿す

 うちでも子どもに役に立って貰いたいと思って、団子を木の枝に挿すのをやってもらったさ。なんだか訳も分からずやってるとは思うけんね。そのうちでっかくなってから、心の中にちっとでも残ればいいじゃんけね。

Dscn9305jpg2 雪のどんど焼

 さていよいよどんど焼の時間になったら、雪じゃん。どうするずらと思ってたら、「4時からやります」っていう放送があってさ。役員さんたち頑張ったね。4時頃にゃあちっと小降りになってきたから、会場へ行ってみたら、最初のうちは少なかった人も、松飾りや団子をもってどんどん集まってきて、にぎやかになったねぇ。私もミカンとおつまみと御神酒をよばれたさ。雨よりか雪の方が風情があってよかったかもしれんね。

2017年1月 7日 (土)

今日は七草がゆの日

Tomiko

 富子だけんど、寒いじゃんね。晴れても寒い。晴れるから寒いのかもしれんけんど。

 今日は七草だよ。例によって、近所のスーパーの行事用食品売り場は七草セットや七草がゆセットが大量においてあって、この寒空の中を生えてもいん草を探しにいかんでもいいようになってるさね。ありがたいこんじゃんね。

Dscn9280jpg2 パック入りの七草、緑が鮮やか

 七草がゆは正月の胃の疲れを休めるとか、冬場に足りなくなるビタミンの補給とか言われるけんど、白い米に緑の色が新鮮で体にも心にもよさそうだよね。

Dscn9284jpg2 土鍋で粥にした、ちょっと多すぎた

 昨日のうちに米をひやかして、朝粥をたいて切っておいた緑の七草を炊きあがる頃に入れて、ちょっと塩味をつけてできあがり。だしを入れる人もあるようで、そこはそのうちの好きな味にすればいいし、中に入れるもんも人参とか好きなもんを彩りよく入れればいいっちゅうこんだよ。

Dscn9289jpg2 行儀が悪いが粥を食べた

 野菜は大嫌いなうちの孫が七草がゆは食っったから、びっくりだよね。途中で梅干しを入れたり、ふりかけをかけたりして、味の変化も楽しんでたけんどね。大人も梅干しとかゴマとかでひと味変えてもいいらしいよ。要するに好きなように食えばいいっちゅうこんだけんど、行事食はいいよね。日本の文化だし、心がすがすがしくなるからね。

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